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いっそ冷酷に

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 試験の日程は、何日にも分かれる。

 筆記試験、実技試験、歌声試験――

 それぞれ配点があって、合格ラインに達しなかったらその場で試験終了だ。
 どこかに秀でている必要があるけれど、どこかに劣っていてもいけない。聖女になるのは大変だ。

「ふう」

 そんな私は、筆記試験と実技試験を突破していた。
 両方ともベス様の指導のおかげか、無事トップクラスの成績で突破できていた。
 この二回の試験を経て、さらに面談。結果、一〇〇人以上いた候補生は、僅か七人に絞られている。

 当然、シルニアも生き残っていた。

 さすが英才教育を受けているだけある。
 特に実技試験は相当特訓を受けていたのか、トップである。このまま歌声試験でもトップを取れば、間違いなく彼女が聖女候補生に選ばれるだろう。

 声は、まだ戻ってきていない。

 このシルニアの声で挑まないといけないだろう。
 私は何度も深呼吸をして、口を湿らせて気分を落ち着かせる。この緊張感は敵だ。
 そして、シルニアも敵だ。
 彼女には負けたくない。彼女にだけは――。

「あら、緊張しちゃってるわね」

 控え室に向かう道の最中、姿を見せたのはベス様だった。
 いつものように自然体の笑顔だ。
 私はほっと胸をなでおろす。安心する。

「はい、さすがにちょっと」
「気負いすぎよ。ほら、肩周りがガチガチになっちゃってる。良い声でないわよー。リラックスして、肩もほぐして」
「あ、は、はいっ」

 私は言われるがまま、肩周りをストレッチしてほぐす。
 あ、ちょっと楽になった。
 一目でこういうのを見破るなんて、さすがベス様だなぁ。
 感動していると、ベス様は私の後ろに回りこむ。

「それと、おまじない」
「おまじない?」
「そう。おまじない。魔法じゃないわよ。だから安心して」

 なんだろう、と思っていると、背中からぎゅっと抱きしめてもらった。
 温かい。
 何かが熔けていく気がした。

「あ、あの、ベス様っ……!?」
「卑怯者のことなんて忘れなさい。自分の歌を歌えばいい」
「……っ!」
「聖女になるんでしょう? だったらそんな些細なことに心を囚われていてはいけないわ。だから前を見て。聖女になるための歌を、思いっきり歌っておいで」

 どくん、と胸が高鳴った。
 そうだ。そうだった。
 私は、聖女になりたいんだった。

「思いが大きくて強い方が勝つのよ」
「ベス様……っ」
「いってらっしゃい」

 とん、と励ますように背中を押された。
 身体が嘘のように軽い。
 背筋を伸ばして、笑顔で、力を抜いて。

 私は大きく前に進む。

 すると、目の前にシルニアが姿を見せた。
 あの時みたいに、憎憎しげな表情を浮かべている。どうしてか、不安も恐怖も感じなかった。

「あなた……あなた風情が、どうしてベス様なんかと!」
「人の声を奪うような女には関係ないわ」

 私はベス様のように、しれっといなす。

「なっ、なんですって!」

 シルニアは激昂して叫ぶ。

「何言ってるのよ、この声はもう私のものよ。あんたのものなんかじゃない。いえ、もともと私のものだったのよ。聖女になるために選ばれた、私のものなのよっ!」
「意味の分からない妄言を吐かないでくださいな」

 私はいっそ冷酷なまでの笑顔を浮かべてやる。
 実際、彼女にかまっている暇はない。
 私は私の全力を出し切るまでなんだ。

「私は聖女になる。それだけよ」
「生意気なっ……! 覚悟しておくことね、聖女になったら、まっさきにあんたを断罪してやるんだからっ!」

 そんな邪な気持ちがあって、本当に聖女になれると思っているんだろうか。
 私は小さくため息を吐いて、シルニアのことも忘れた。

 今は、歌うことだけに集中だ!


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