ギルドの小さな看板娘さん~実はモンスターを完全回避できちゃいます。夢はたくさんのもふもふ幻獣と暮らすことです~

うみ

文字の大きさ
上 下
23 / 35

23.お買い物

しおりを挟む
「チハルさん、天使っす。マジ天使っす!」
「ルチア……少し黙ってなさい」

 翌日、朝の魔法のリンゴ売りが完売した後、アマンダに服のことを相談したチハル。
 すると一緒にいたルチアもベルメールの店についてくることになった。彼女らは依頼を受けていたが、即キャンセルしたのは言うまでもない。
 チハルはローランの母親マリアッテに……ではなく、ルチアの求めに応じて着替えを済ませ彼女らの元に出てきたところ。
 
「これでいいのかな?」

 チハルの来ている服はワンピース型のスカートやオーバーオールと言えばいいのか。上と下が繋がっていて、下部がフレアスカートになっているものだ。
 上側に袖はなく、この服の下にブラウスなどを着て合わせるようになっている。
 桜色でスカートの裾にレースをあしらった服の下に、白色の襟ぐりが丸いブラウスを着たチハルにルチアはもうメロメロになっていた。

「よくお似合いよ。チハルさん。ね、ローラン」
「し、知らない」

 息子の背中をツンと突く母親に、息子はプイっと顔をそむけぴゅーっと店の奥に引っ込んで行く。
 ルチアは「ほうほう」とおっさんのように嫌らしく口元に手を当て、ニヤニヤする。
 そんな彼女にアマンダが「メッ」とすると、彼女がしゅんと小さくなった。
 
「チハルちゃん。どう? 動きやすい?」
「うん!」

 くるりとその場で回るチハルにアマンダが目を細める。
 彼女の足もとで嘴を上に向けてカラスが「くああ」とやる気のない鳴き声をあげた。
 
「どうかな? クラーロ」
『俺は服を着ねえから良い悪いが分からん。そこの人間が良いと言ってんなら良いと思うぜ』

 クラーロの意見を聞いたチハルは、今着ている桜色のフレアスカートに白のブラウスを選ぶ。
 せっかくなのでこのまま着て行こうと元々着ていたワンピースを袋に詰めて店を後にする。
 
 テイラーショップ「ベルメール」を後にしたチハルたちは、おしゃれなカフェへ……ではなくギルド隣の酒場でランチを取ることにした。
 
「ごめんね。アマンダさん、ルチアさん」
「チハルちゃんから誘ってくれるなんて、嬉しいに決まってるじゃない」

 アマンダがにこやかにそう言うと、ルチアは尻尾があれば千切れそうなほど振っているだろうくらいにぶんぶんと首を立てに振る。
 誘ったチハルの方は純粋に聞きたいことがあったからに他ならない。
 彼女の行動はとてもシンプルで、人と接するうちに多少は人の機微を理解するようにはなってきたものの、まだまだ見た目の年相応とまではいっていない。
 
 探索者が多いこの酒場はランチもやっているものの、昼どきにはまだ少し早いため閑散としている。
 といっても探索者は日中どこかへ出かけているため、昼の客は一般客ばかりだった。

 クラーロに魔法のリンゴを与えたチハルは、ウェイトレスが運んでくれた料理に黄金の瞳を輝かせる。
 料理は鴨肉とザパン周辺で食べられる青菜を挟んだサンドイッチと、特に珍しくもない料理だった。
 
「あら、チハルちゃん、鴨肉が好物なのかしら?」
「ううん。おんなじだったから。えへへ」

 普通なら何ていじらしいと思うかもしれない。現にルチアの反応がそれだ。
 しかし、アマンダの考えは少し違う。確かに、無邪気に目を輝かせる彼女は目尻が下がらずにはいられないほど愛らしい。
 チハルちゃんは、人間である私たちと同じだから嬉しいんじゃないかしら?
 ゴンザやルチアは彼女の事を精霊や天使と言ったことがあった。彼女らも本気で彼女が人間ではないとは考えてはいないだろう。
 マスターから聞いた話だと、彼女は「別大陸」から来た。向こうの大陸には人間以外の種族がいたはずだわ。
 有名どころでエルフね。エルフが人間社会に出て来ることは滅多にないと聞くわね。
 チハルちゃんが人間社会に出てきた特異なエルフだとしたら、「人間と同じ」だったことで喜んだのも不思議じゃない。
 彼女が人間社会に溶け込みたいとしたら、だけど。
 
「アマンダさん」
「ごめんなさいね。食べるのに夢中だったみたい」

 アマンダは食事に手をつけていないというのに夢中とは何? とチハルが突っ込むこともなく、彼女は「うんうん」と頷いている。
 世間知らず? うーん。ちょっと違う気がするわね。
 彼女は自分の考えを修正する。

「アマンダさん、教えて欲しいことがあるの」
「何かしら?」
「服のことなの」
「チハルちゃんは可愛いから何を着ても似合うと思うわよ」

 ん? と首を傾けるチハル。どうやら、アマンダの答えにピンと来ていない様子。

「あ!」

 唐突に奇声を発したルチアが、はいはい! と両手をあげる。
 彼女なりに何か気が付いたことがあるみたいだ。
 
「チハルさん、いつも同じ柄のワンピースだったっす。同じ柄のワンピースを何着も持っているんすか?」
「ううん。二着だよ」
「そうなんすか! 他に服はないんすか!?」
「二着だよ。あ、三着になったよ!」
「パジャマは持っていたりしますか?」
「ん?」

 ルチアとのやり取りにもチハルは首を傾けている。
 何を思ったのかルチアは涙目になり、ぐっと両の拳を握りしめた。
 
「自分がパジャマをプレゼントしてもいいっすか!」
「三着あるよ?」

 明らかに話が嚙み合っていないことにアマンダが指先を口元に当て「待って」と二人に仕草で伝える。
 ルチアはチハルちゃんが服を買うお金がないと考えているのね。彼女は小さいながら毎日お仕事をして稼いでいる。にも関わらず自分の服を揃えることができない。
 きっと彼女には深い事情があるのだろうと。
 チハルちゃんの方はどうなのかしら。アマンダは自分の考察をぶつけてみることにした。
 
「チハルちゃん。こうしてお食事をしたり、家を借りたりしてお金を使うのと同じように服を買ったり、アクセサリーを買ったり、はしないのかしら?」
「服は着なきゃいけないんだよ」
「そうね。クラーロやソルと違ってチハルちゃんは服を着た方がいいわね」
「うん!」
「お金の事情は人それぞれだけど、多くの女の子はたまには自分のご褒美に可愛い服やアクセサリーに興味があるものなのよ。買えないにしても見にいって楽しんだり」
「そうなの? アマンダさん、教えてくれてありがとう」
「他にも習慣とか感性……そうね、たとえば、何故、絵を描くかなんてことで不思議に思ったら他の人に聞く前に私やルチア、ゴンザ、ギルドマスターに聞いてくれると嬉しいわ」
「ありがとう。アマンダさん、ルチアさん!」

 食事の手を止め、ペコリとお辞儀をするチハルに裏があるようには見受けられない。
 彼女は心から自分の助言を助言として受け取っている。
 アマンダはそのことに多少の衝撃を受けたものの、彼女には悪意ある人間を近づけてはいけないと再度強く願う。
 チハルには欲という感情が欠落している。同じく感性も。
 魔曲は彼女の能力の一端に過ぎないとアマンダは見ている。きっと彼女に秘められた力は自分の想像の遥か上をいくのではないだろうか。
 一方で彼女は真っ白なキャンパスだ。
 この先、良くも悪くも周囲の人との関わり合いが彼女を変えていく。今のまま真っ直ぐに少しづつ人らしさを身に着けていってくれれば、何ら問題はない。

「チハルちゃん、明日は……依頼に行かないといけないのだけど、明後日のお昼から、ショッピングでも行きましょうか。チハルちゃんのお仕事が空いてればね」
「いいの? やったー」
「やったー」

 チハルの真似をしてルチアもバンザイをするのだった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...