上 下
13 / 35

13.25階

しおりを挟む
 25階へ続く階段を降りると大広間だった。彼らがこれまで見たどのような広間より広大な空間がそこに広がっている。
 アマンダのナイトサイトの魔法によって、彼らの視界は昼間のように良好だ。
 しかし、前方に広がる空間の先は霞んで見えない。それほどまでにこの広間は規格外の広さを持っていた。

「本当に25階まで来ちまうなんてな」
「数時間くらいしか経ってないっす」

 この中で一番深い階層まで潜ったことのあるゴンザでも、25階へ足を踏み入れるのは初めてのことだった。
 しかし、彼の中にあったのは初踏破という感動ではなく、戸惑いの方が大きい。
 相槌を打つルチアにしても似たようなもので、本当に自分達が25階にいることが俄かに信じられないでいた。
 それもそのはず、彼女の正直な気持ちは今彼女が口にした言葉の通りである。
 順調……いや、そのような表現では生温い。探索者たる彼女らは幾度となく迷宮に潜って来た。
 ゴンザが22階まで潜り、地上に戻るまでに数日を要したのだが、チハルと共に迷宮に入ってからまだ数時間しか経過していない。

「道が分かり、モンスターとの戦闘もない。道中で罠にかかることもなかった」
「どこにも触れてないっすからね! それに、『正解の道』には罠がないんす」
「そうか。床が突然開くことがあるが……」
「最短距離であって、『正解の道』を通っていないんじゃないっすか?」
「かもしれんな。嫌らしいことに落とし穴の位置はたまに変わるんだよ」
「自分がいれば、絶対に引っかからないっす! 安心してくださいっす」

 無い胸を反らしにっと親指を前に突き出すルチア。
 彼女の「シーフ」の矜持に「だな」と笑うゴンザであった。
 
「ほら、お喋りしていないで行くわよ。もうソルが動き始めてるわ」

 既にソルについて行っているアマンダに促され、ルチアとゴンザの二人も後に続く。
 どこまで広いのだろうか。歩き続けてもまだ壁が見えてこない。
 不安に駆られたルチアが後ろにチラリと目をやる。自分達が降りてきた階段は遠すぎて既にもう見えなくなっていた。
 よそ見をして、モンスターの足に自分の足を引っ掻けそうになったルチアの顔が青くなる。
 特殊な大部屋という構造ではあったが、迷宮は迷宮。モンスターは当たり前のように存在している。仕切りがないため、もし戦闘になっていたら……ルチアはブルリと体を震わせ首を左右に振った。
 
「す、すいませんっす。自分シーフなのに……情けない……」
「仕方ないわよ。これで動揺するなってのが無理というものよ」

 ずうんと落ち込むルチアをアマンダがよしよしと慰めた。
 まるで子供をあやすかのようなアマンダに対して、甘えようとしたルチアであったがグッと堪える。

「ダメっす。しっかりしないと」
「うふふ。そろそろ到着するみたいよ」
 
 見るとソルの頭からカラスが離れ、空を舞っているではないか。

「くああ」

 カラスが空中に「とまり」、コツコツと嘴を前後に揺らす。

「見えない壁が……あるんすか?」

 初めて見る迷宮の透明な壁にルチアが目を見開く。
 カラスの示す位置は彼女が背伸びしても届かないほど高い。
 まずは壁が触れても安全かどうかを確かめた彼女はゴンザの肩を借り、カラスが嘴を振るっていた位置に手を当てる。
 あの隠し部屋と同じように丸い窪みが無いか探ってみるものの、これといって変わったところがない。

「うーん。変わったところは無さそうっす……」
「ガツンと行けば何とかなるかもしれねえぞ」
「まさかの力押しっすか。迷宮の壁は頑丈で叩いても傷一つ付かないんすけど」
「一理あるわ」

 アマンダの冷静な突っ込みに、冗談のつもりで「叩け」と言った当の本人ゴンザが一番驚いた顔をしている。
 一方ルチアは、「アマンダの言う事なら……」と逆に納得した様子だった。
 
 ゴンザの肩から降りようとしたルチアに対し、アマンダが「そのままでいてちょうだい」と待ったをかける。
 続いて彼女は杖を握りしめ、呪文を唱え始めた。
 
「ストレングス」

 ルチアの体が赤い光に包まれ、すぐに光は消失する。

「力がみなぎってきたっす」
「クラーロのコツコツするところを思いっきり叩いてみて」
「トンカチでもいいっすかね?」
「痛いかもしれないけど、張り手がいいかも」

 アマンダに言われた通り、腕を振り上げペシーンと手のひらで見えない壁を叩くルチア。
 何ら変化がないように思えたが、止まっていたソルが前へ進む。
 
「どうやら開いたようね」
「おいおい、マジかよ」

 信じられないと首を振るゴンザに、「うふふ」と微笑みを浮かべるアマンダは対照的であった。
 三人はソルの後に続く。
 
 見えない壁をくぐり抜けると、外からでは広間が続いているように見えたのだが、奥に祭壇があり中央に宝箱が安置されていた。

「不思議な作りっすね」
「魔法的に結界でも張っているのかしらね」

 感想を述べあうルチアとアマンダをよそに、ソルは淀みなく進み宝箱の前で立ち止まる。
 チハルはチハルで動揺した様子が微塵もなく、相も変わらず無表情でフルートを奏で続けていた。彼女のフルートの演奏が止まれば、外にいるモンスターが殺到してくることは想像に難くない。
 先ほどの小部屋のように入口を閉じることができればいいのだが……。
 
「チハルさん、安全確保できる仕掛けってないんすか?」

 ルチアが問いかけたものの、チハルからの反応はない。
 代わりにカラスが動き、祭壇の床にある溝をコツコツと突いていた。
 そこで、チハルがフルートから口を離し、魔曲の演奏を停止させる。
 
「入口は閉じたよ」

 黄金の瞳に色が戻ったチハルがにこおっと微笑みを浮かべ三人に向けてそう言った。
 見えない壁から外の様子を窺うことはできないのだが、チハルが言うのだからそうなのだろうと三人とも疑うこともなく納得する。
 
 チハルは宝箱の上蓋に体を預け「うんしょ」と手を伸ばす。

「宝箱を開けるっすか? 罠があるかもっすよ」
「ううん。これが欲しいの」

 チハルの指先が僅かに届かないその先には宝箱の装飾品であろうラブラトライトがはめ込まれていた。

「自分がとってもいいっすか?」
「いいの?」
「もちろんっす! たぶん取れないようにきっちりハマっているはずっすから。触れるだけじゃ取れないっすよ」
「ん?」

 ハテナマークを浮かべるチハルと位置を交代したルチアがラブラトライトをつぶさに観察する。
 これなら、持ってきた道具で外せそうっす。
 と判断した彼女はヘラと針を出して、ラブラトライトの縁をなぞってみる。
 それだけでラブラトライトが宝箱から外れたのだった。
 拍子抜けした彼女だったが、ラブラトライトを掴みチハルに手渡す。
 
「どうぞっす」
「ありがとう!」

 手のひらにラブラトライトを乗せたチハルはさも嬉しそうにそれを見つめる。

「チハルちゃん、それって魔晶石かしら?」
「うん! ずっと欲しかったの。でも、わたしとソルじゃ取りにこれなくて」
「宝箱はいいの?」
「わたしには必要ないよ。アマンダさんたちは?」
「25階の隠された部屋にどんな宝が入っているのか興味がないと言えば嘘になるわ」

 「ね」とアマンダがルチアとゴンザに目を向けると、二人は即座に頷きを返した。

「開けていいっすか? チハルちゃん」
「うん! 罠はかかってないよ」

 ルチアは罠を調べることなく、宝箱の蓋を開こうと力を込める。
 ギギギと鈍い音がして、宝箱はあっさりと開いたのだった。 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

150年後の敵国に転生した大将軍

mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。 ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。 彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。 それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。 『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。 他サイトでも公開しています。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

その聖女は身分を捨てた

メカ喜楽直人
ファンタジー
ある日突然、この世界各地に無数のダンジョンが出来たのは今から18年前のことだった。 その日から、この世界には魔物が溢れるようになり人々は武器を揃え戦うことを覚えた。しかし年を追うごとに魔獣の種類は増え続け武器を持っている程度では倒せなくなっていく。 そんな時、神からの掲示によりひとりの少女が探し出される。 魔獣を退ける結界を作り出せるその少女は、自国のみならず各国から請われ結界を貼り廻らせる旅にでる。 こうして少女の活躍により、世界に平和が取り戻された。 これは、平和を取り戻した後のお話である。

処理中です...