ギルドの小さな看板娘さん~実はモンスターを完全回避できちゃいます。夢はたくさんのもふもふ幻獣と暮らすことです~

うみ

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1.小さな看板娘やってます!

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「魔法のリンゴあります! いかがですか!」

 テーブルの上に乗せたバスケットには赤く実ったリンゴがこぼれ落ちんばかりに積まれていた。
 にこりと笑顔を浮かべた小さな女の子が、金色の瞳を輝かせながら元気一杯に呼びかけている。
 スラッと伸びたプラチナブロンドの髪に人形のように整った顔。10歳前後に見える彼女の肌はきめ細かく透き通っている。痣やホクロの一つも見える部分にはない。
 純白のワンピース姿の彼女は物語から飛び出してきた妖精のようにも見える。
 そんな彼女が屈強な探索者が集まるギルドでリンゴを売っているのだから、場違い感が半端なかった。
 ちょこんと椅子に腰かけた彼女の足は床まで届いていない。
 二メートルに届こうかという筋骨隆々のいかつい男に対しても彼女は変わらず笑顔を向ける。
 
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」
「俺は魔法を使えねえからなー。すまんな」
「ううん!」

 怖そうな雰囲気からくしゃっと顔を崩した男は女の子の頭を撫でた。
 彼女は彼に怖がる様子など微塵もなく、屈託のない笑顔を向ける。それが男の父性本能を刺激したのか、彼から強面の面影が完全に消えていた。
 
「そっちの紙は護符か?」
「うん。リンゴのおまけなの」
「じゃあ、そっちだけ貰えるか?」
「いいの?」
「おう、いくらだ」
「う、うーん。10G……でいいかな」
「もちろんだ」

 男がお金をテーブルの上に置き、女の子がバスケットの隣に並べていた手の平ほどの紙片を手渡す……が彼まで届かない。
 これに対し、彼の方が手を伸ばして彼女から紙片――護符を受け取った。
 
「あらら。むさくるしい男ばかりのパーティを率いるゴンザがもうメロメロね」
「っち」

 護符を荒っぽく懐にしまった男と入れ替わるようにして彼女の前にやって来たのは、トンガリ帽子に黒のローブをまとった妙齢の美女。
 涙ホクロが妙に色気のある魔法使いだった。彼女の後ろから跳ねるようにして小麦色の肌に茶色の髪を後ろで縛ったシーフの姿も見える。
 
「チハルちゃんの可愛らしさはあの朴念仁にも届くのね」
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」
「一つもらおうかしら。護符は持っているから必要ないわ」
「はい! 100Gになります!」
「もっと高くてもいいと思うわよ。このリンゴ、低級青ポーションより効き目があるもの」

 「はい」と口元に笑みを称え、前かがみになった魔法使いの美女がトスンと女の子――チハルの小さな手の平にお金をのせた。
 チハルはひまわりのような笑顔を浮かべ、金色の目を細める。

「くうう。チハルさん、いつもながら尊いっす!」
「依頼を受けに行くわよ」

 両手を握りしめて体を震わせるシーフの少女の腕を掴んだ魔法使いが、彼女を引っ張りながらカウンターへ向かって行く。
 その後も次から次へと探索者がリンゴを購入し、こぼれ落ちんばかりに積んでいたリンゴも残り少なくなってきた。
 探索者ギルドに入って来る者も少なくなって来た頃、新たなパーティが顔を出す。
 どうやらここに来るのが初めてな様子で、きょろきょろと辺りを窺っていた。
 彼らは四人だったのだが、そのうちの一人、群青色の革鎧を纏った青年とチハルの目が合う。
 
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」
「これは可愛らしい売り子さんだ。魔法のリンゴというものは初めて見るけど、どんなものなんだい?」
「食べると魔力が回復します! あと、あまーいです」
「そうか、甘いのか。ははは。この街に来た記念だ。いいよな、ゴードン」

 青年は法衣の男に声をかける。彼は「はい」と丁寧に返し、青年がチハルにお金を手渡した。
 ギルドの様子を眺めていた他の二人もチハルに興味を惹かれたようで、青年の元にやってくる。
 パーティの一人である赤毛の少女が両手を合わせ口を開いた。

「可愛い! お使いなのかな?」
「リンゴを売ってます! スタンさんの許可をもらってます」
「お父さんがスタンさんと言うのね」
「違えよ。スタンは俺だ」

 ぬっとチハルの後ろに現れた禿げ頭の中年の男が親指で自分を指す。
 ギョッとした群青色の革鎧の青年が禿げ頭に顔を向ける。
 
「その紋章……ギルドマスター、で、すか?」
「おうともよ。兄ちゃんら見ない顔だな。迷宮に腕試しにでもきたのかい?」
「はい! 噂の大迷宮へ行ってみようとみんなで話し合って」
「そうか、気をつけてな!」

 ガハハハと笑いながら、禿げ頭ことギルドマスターが奥へと引っ込んで行った。
 そんなハプニングにも表情一つ変えないチハルは、リンゴと「おまけ」の護符を青年に手渡す。彼まで手が届かないのはご愛敬。

「お嬢さん、また後でな!」
「うん!」

 青年のパーティは依頼受付カウンターに向かって行った。
 そこへ彼らを遮るようにして、開けっ放しの窓から黒い鳥が乱入してくる。

「くあああ!」
「カ、カラスか」
「カラスじゃないよ。クラーロだよ」

 残り一個となったバスケットの上に止まったカラスが嘴をあげ、首だけを彼らの方へ向けた。
 彼らを一瞥したカラスは首を前に戻し嘴をパカンと開ける。
 
『仕事か?』
「あと一個で終わりだよ」
『そうか。なら俺が喰う』
「うん! どうしたの?」
『俺が来るってことは客だって。チハルが俺に頼んだんだろうが』
「うん! そうだね! おうちに?」
『おう。これだ』

 ちょんとバスケットから机の上に移動したカラスのクラーロが嘴でバスケットを突っつく。
 いつの間に置いたのかリンゴの脇にクルリと巻かれた紙が置かれていた。
 
「お嬢ちゃん、魔法使いだったの? クラーロは使い魔さん?」
「違うよ。クラーロはおともだちなの」
 
 カラスと言葉を交わしているだろうチハルの様子に赤毛の少女が質問を投げかける。
 彼女らにはカラスの言葉は分からない。囀っているようにしか聞こえてこなかった。だが、使い魔とその主人の間なら言葉を交わすことができるのだ。
 だから、彼女はチハルに「使い魔なのか」と聞いた。
 
「お友達? テイマーさんだったの?」
「テイマーじゃないよ。わたしはチハル」

 チハルの幼い反応に赤毛の少女は顔を綻ばせ「そうなのね」と言って、他のメンバーの元へと走って行った。
 彼女を目で追っていたチハルは、彼女がパーティに合流したところでバスケットに目を落とす。
 うんしょと立ち上がった彼女はバスケットを手元に手繰り寄せ、クルリと巻かれた紙をするすると押し開く。
 一方のカラスはバスケットに残った最後のリンゴをついばみ始めた。
 
『展望台付近で大切なブローチを落としてしまいました。探してもらえますか?』

 紙面に書かれた文章を読んだチハルはうんうんと頷き、にこおっと笑顔を浮かべる。
 
「クラーロ。ブローチを探そう」
『先に行っててくれ。食べてから行く』

 リンゴから嘴を離さないクラーロだったが、チハルが両手でリンゴを掴むとバスケットから跳ねてテーブルの上に移動した。
 彼女はクラーロの前にリンゴを置いてやると、バスケットを掴む。

「スタンさん、また後でくるね!」

 カウンターに向かってペコリとお辞儀をしたチハルはてくてくと歩き始める。
 ブローチ、見つけないと。きっと困ってるよね。
 バスケットを両手で握りしめ、チハルは展望台に向かう。
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