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第1話 深層に飛ばされた
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固有スキル、固有スキル、固有スキル。だから何だってんだよ。子供だった頃は英雄やSランク探索者なんてものをキラキラした目で見たもんだ。
しかし、現実は努力だけで何とかなるもんじゃねえ。おっと、間違っちゃいけねえぞ、努力を否定しているわけではない。
……くっだらねえことをグダグダ考えてるだけじゃないんだよ。待つことも時に大切ってことだ。
ここは俺の庭。何しろ10年以上毎日毎日潜ってんだから。
瓦礫の裏にしゃがみ込み、耳を澄ませれば、ほら聞こえてきた。
ペタペタペタペタと、モンスターの歩く音がな。この音はグリーンバイパーで間違いない。
グリーンバイパーは蛇のような体にムカデの足が生えた奇妙なモンスターで、一階層では最も厄介なモンスターのうちの一つ。壁を這うことができるし、触れると体が溶ける酸を飛ばして来たりする。
まあ、倒すとすれば……なかなかタフな奴ってことさ。俺にとっては最も組みしやすいモンスターだがね。
こいつらは無警戒に進み、ただ目に映る得物に飛び掛かるだけ。
ペタペタペタ。
瓦礫の裏にまで歩いてくることもなく、グリーンバイパーは通り過ぎて行った。そう、気が付かれずに通過させるだけならこいつほど楽なモンスターもいない。
さてっと。そろそろ行くか。
ソロリと音を立てないように歩き始める。俺の計算によると、この回廊を進み右手の部屋。ここにお宝が湧いているはず。
確率は7割ってとこかね。
進もうとしたところで、立ち止まり身を潜める。
「伏せて! 風よ。カティノの名においてお願い! 刃となりて切り裂け」
まだ10代だろうローブ姿の少女の手から風の刃が放たれ、亀のようなモンスターの甲羅をスパンと切り裂いた。
4人パーティか。彼女以外には真新しい鎧を着たメイスを持った重戦士と軽装の両手剣、彼女と同じようなローブを着た少女が戦っている。
ここは一階層。ザ・ワンのほんの入り口だけに、彼らのような新米探索者とよく遭遇する。彼らもあと半年もしないうちに二階層、三階層と進んで行くのだろう。
彼らの戦闘が終わるまで影に隠れてやり過ごし、戦いが終わった彼らは俺の来た方の回廊を進んで行った。
挨拶をしようなんて気はさらさらない。どうせすぐに彼らと一階層で会うこともなくなるし。ソロの俺は相当に特殊だ。何しろ、ずっと一階層で宝箱を集めているだけの奴なんだからな。
これだけで食うには困らないくらいは稼げるんだって。一人は気楽さ。自分のしょぼいスキルで責められることもないし。相手に引け目を感じながら荷物持ちなんてやってらんねえだろ?
こと一階層に関してだけ言えば、俺は誰よりも把握している。モンスターの息遣い、構造、宝箱がポップする位置予測さえも。
そうさ、俺は底辺さ――。ダンジョンに潜る探索者をはじめて十年は過ぎてるというのに未だに探索者ランクは下から二つ目のEである。
それでも、ま。食うに困らぬ生活を送れているのさ。
右手の部屋をそっと覗き込むと、目的の宝箱が置かれていることを確認できた。
底辺だから何だってんだ。ゴミスキルでも、それで生きていけるなら文句ねえだろ。誰にも迷惑なんてかけちゃいないし、な。
ちょっとばかし、他の新人の宝箱を得る数が減るだけさ。どうせすぐに湧く。
金属製の錆びが浮いた宝箱の上蓋に手を当て、コンコンと指先で叩く。
罠はなさそうだ。鍵は……かかっている。
慣れた仕草で鍵開けグッズを出し、宝箱の鍵穴へ向ける。
「固有スキル『器用さ強化(小)』」
囁くように呟き、針金を鍵穴へ突っ込みちょいちょいと動かす。
ガチャリと音がして、あっさり開錠完了となった。こんなスキルでも無いよりはマシだ。
おまじない程度にしか指先が器用にならないもんでも、スキルを使っているという気持ちが心を平静に保ってくれる。指先が震えずに動く。
宝箱の中には小さな赤い宝石が入っていた。100ゴルダくらいかねえ。二日分の家賃と酒代くらいにはなる。
そんじゃま、次へ行くか。
順調に二つ目、三つ目の宝箱を開け、お宝を取得する。しかし、四つ目の箱を開けていると事件が起こった。
「おいおい、新人かと思ったらケチな泥棒クラウディオじゃねえか」
「ブルーノか。お前、A級にあがったとか自慢していなかったか。何でこんなとこにいるんだよ」
「ほらよお。俺みたいなA級探索者ともなると、新人のことも気に掛けるもんだろうが。くたばりそうな奴がいたら助けてやらねえとなあ! ガハハハハ」
よく言うぜ。
全くこんなところで会いたくない奴にあってしまった。
頭まで筋肉でできたようなずんぐりとした巨漢の男が丸太のような腕を組み愉快そうに笑っている。
こいつは俺と同じ時期くらいに探索者を始めたんだが、「倍化」だかなんだかの戦士向けの固有スキルを持っていて、すぐに深いところまで潜るようになった。
俺のことを「一階層だけの泥棒野郎」と酒場で会うたびに馬鹿にしてくる。無視だ無視。相手にしてもつまらないだけ。
「言う事はそれだけか? 俺はもう行くぜ」
「まあ待て。せっかくここで会ったんだ。前々からお前の弱いくせに斜に構えた態度がいけ好かなかった。詫びを入れたら許してやる」
「意味が分からん。俺は別にお前に謝罪するようなことはしていない」
「まあそうだよな、そうだよな、お前ならそう言うと思ったよ」
なあ、と仲間の探索者に顔をやり、下品な笑い声を漏らすブルーノ。
面倒な奴らだな、本当に。お前らにとって一階層は遊びかもしれないが、俺にとってここは仕事場なんだぞ。
酒場ならまだしも、仕事の邪魔をされるのはかなわん。
ブルーノら四人を無視して素通りしようとしたら、奴に肩を掴まれた。
「哀れケチな泥棒は行方不明と報告しておくぜ」
「っつ。何を」
「ほらよ。お前じゃお目にかかれねえ高級品だ」
ポンと背中に何かを張り付けられる。抵抗しようにも俺と奴の身体能力の差は大人と子供以上にあるからどうしようもできない。
そもそも、抵抗しようにも奴の動きがまるで見えなかった。
「転移の札だ。何階層に出るかお楽しみにってな。ほい、起動」
「な、お前!」
「心配すんな。一番深くても30階層だって。ガハハハハ」
ブルーノのイライラする高笑いが遠くなり、視界が切り替わる。
◇◇◇
部屋だ。先ほどまで俺がいた部屋より二回りほど広く、扉のない外へ続く隙間が見える。隙間といっても店の扉より広く高い。これだけの広さがあれば、大型のモンスターでも易々と通過できそうだ。
天井も高く、5メートルほどだろうか。いったい今俺は何階層にいるんだろうな……。
「運がいいのか悪いのか……」
つい、言葉が口をついて出てしまう。
部屋の壁際に錆の浮いた金属製の宝箱が鎮座していた。
人の気配はもちろんのこと、モンスターの気配も感じ取れない。しかし、何もいないってのに体にまとわりつくような圧力に心臓が嫌が応にも高鳴る。
そのプレッシャーを払うためなのか俺としたことがつい、声を出してしまったというわけだ。
こいつは良くない。長年培ってきた俺の探索者としての勘が告げている。ここが何階層なのか不明だが、一階層とは比べものにならねえぜ。
ジワリと手に汗が滲む。それでも、宝箱をじっと観察していたのだから、笑えてくる。
死なねえ。こんなところで死んでなるものか。
宝箱に罠は……ありそうだ。鍵はかかっていない。
深層の罠ともなると凄まじい威力があるんだろうな。ひやりとしつつも、罠は罠さ。あっさり解除できた。
箱の中には「ブレイクスキルの書」という見たこともないアイテムが入っいたではないか。
ひょっとして、この状況を打開できるかもしれない。
焦る気持ちを抑えつつ、ブレイクスキルの書を確認する。
『固有スキルを別のものに変更します』
と書かれていた。
確かに俺の固有スキル『器用さ強化(小)』は底辺も底辺、ゴミスキルと言われても、「そうだ」と当の本人が即答できるようなものだ。
生まれてこの方28年間連れ添ってきた固有スキルであるが、お別れするに惜しくはない。俺の固有スキル以上のゴミスキルに変わる可能性は低いだろう。
だが、今ではない。生きるか死ぬかの状況において、未知のスキルに一発をかけるよりはまだ使い慣れた『器用さ強化(小)』の方が信頼できる。
少なくとも俺のスキルは俺の行動を制限するものではないからな。
今のままでは状況を打開できない、死ぬしかないという場面が来れば一発逆転に賭けることになるだろうけど、まだ早い。俺はまだ諦めてなんていないんだ。
しかし、その希望もすぐに打ち砕かれることになる。
しかし、現実は努力だけで何とかなるもんじゃねえ。おっと、間違っちゃいけねえぞ、努力を否定しているわけではない。
……くっだらねえことをグダグダ考えてるだけじゃないんだよ。待つことも時に大切ってことだ。
ここは俺の庭。何しろ10年以上毎日毎日潜ってんだから。
瓦礫の裏にしゃがみ込み、耳を澄ませれば、ほら聞こえてきた。
ペタペタペタペタと、モンスターの歩く音がな。この音はグリーンバイパーで間違いない。
グリーンバイパーは蛇のような体にムカデの足が生えた奇妙なモンスターで、一階層では最も厄介なモンスターのうちの一つ。壁を這うことができるし、触れると体が溶ける酸を飛ばして来たりする。
まあ、倒すとすれば……なかなかタフな奴ってことさ。俺にとっては最も組みしやすいモンスターだがね。
こいつらは無警戒に進み、ただ目に映る得物に飛び掛かるだけ。
ペタペタペタ。
瓦礫の裏にまで歩いてくることもなく、グリーンバイパーは通り過ぎて行った。そう、気が付かれずに通過させるだけならこいつほど楽なモンスターもいない。
さてっと。そろそろ行くか。
ソロリと音を立てないように歩き始める。俺の計算によると、この回廊を進み右手の部屋。ここにお宝が湧いているはず。
確率は7割ってとこかね。
進もうとしたところで、立ち止まり身を潜める。
「伏せて! 風よ。カティノの名においてお願い! 刃となりて切り裂け」
まだ10代だろうローブ姿の少女の手から風の刃が放たれ、亀のようなモンスターの甲羅をスパンと切り裂いた。
4人パーティか。彼女以外には真新しい鎧を着たメイスを持った重戦士と軽装の両手剣、彼女と同じようなローブを着た少女が戦っている。
ここは一階層。ザ・ワンのほんの入り口だけに、彼らのような新米探索者とよく遭遇する。彼らもあと半年もしないうちに二階層、三階層と進んで行くのだろう。
彼らの戦闘が終わるまで影に隠れてやり過ごし、戦いが終わった彼らは俺の来た方の回廊を進んで行った。
挨拶をしようなんて気はさらさらない。どうせすぐに彼らと一階層で会うこともなくなるし。ソロの俺は相当に特殊だ。何しろ、ずっと一階層で宝箱を集めているだけの奴なんだからな。
これだけで食うには困らないくらいは稼げるんだって。一人は気楽さ。自分のしょぼいスキルで責められることもないし。相手に引け目を感じながら荷物持ちなんてやってらんねえだろ?
こと一階層に関してだけ言えば、俺は誰よりも把握している。モンスターの息遣い、構造、宝箱がポップする位置予測さえも。
そうさ、俺は底辺さ――。ダンジョンに潜る探索者をはじめて十年は過ぎてるというのに未だに探索者ランクは下から二つ目のEである。
それでも、ま。食うに困らぬ生活を送れているのさ。
右手の部屋をそっと覗き込むと、目的の宝箱が置かれていることを確認できた。
底辺だから何だってんだ。ゴミスキルでも、それで生きていけるなら文句ねえだろ。誰にも迷惑なんてかけちゃいないし、な。
ちょっとばかし、他の新人の宝箱を得る数が減るだけさ。どうせすぐに湧く。
金属製の錆びが浮いた宝箱の上蓋に手を当て、コンコンと指先で叩く。
罠はなさそうだ。鍵は……かかっている。
慣れた仕草で鍵開けグッズを出し、宝箱の鍵穴へ向ける。
「固有スキル『器用さ強化(小)』」
囁くように呟き、針金を鍵穴へ突っ込みちょいちょいと動かす。
ガチャリと音がして、あっさり開錠完了となった。こんなスキルでも無いよりはマシだ。
おまじない程度にしか指先が器用にならないもんでも、スキルを使っているという気持ちが心を平静に保ってくれる。指先が震えずに動く。
宝箱の中には小さな赤い宝石が入っていた。100ゴルダくらいかねえ。二日分の家賃と酒代くらいにはなる。
そんじゃま、次へ行くか。
順調に二つ目、三つ目の宝箱を開け、お宝を取得する。しかし、四つ目の箱を開けていると事件が起こった。
「おいおい、新人かと思ったらケチな泥棒クラウディオじゃねえか」
「ブルーノか。お前、A級にあがったとか自慢していなかったか。何でこんなとこにいるんだよ」
「ほらよお。俺みたいなA級探索者ともなると、新人のことも気に掛けるもんだろうが。くたばりそうな奴がいたら助けてやらねえとなあ! ガハハハハ」
よく言うぜ。
全くこんなところで会いたくない奴にあってしまった。
頭まで筋肉でできたようなずんぐりとした巨漢の男が丸太のような腕を組み愉快そうに笑っている。
こいつは俺と同じ時期くらいに探索者を始めたんだが、「倍化」だかなんだかの戦士向けの固有スキルを持っていて、すぐに深いところまで潜るようになった。
俺のことを「一階層だけの泥棒野郎」と酒場で会うたびに馬鹿にしてくる。無視だ無視。相手にしてもつまらないだけ。
「言う事はそれだけか? 俺はもう行くぜ」
「まあ待て。せっかくここで会ったんだ。前々からお前の弱いくせに斜に構えた態度がいけ好かなかった。詫びを入れたら許してやる」
「意味が分からん。俺は別にお前に謝罪するようなことはしていない」
「まあそうだよな、そうだよな、お前ならそう言うと思ったよ」
なあ、と仲間の探索者に顔をやり、下品な笑い声を漏らすブルーノ。
面倒な奴らだな、本当に。お前らにとって一階層は遊びかもしれないが、俺にとってここは仕事場なんだぞ。
酒場ならまだしも、仕事の邪魔をされるのはかなわん。
ブルーノら四人を無視して素通りしようとしたら、奴に肩を掴まれた。
「哀れケチな泥棒は行方不明と報告しておくぜ」
「っつ。何を」
「ほらよ。お前じゃお目にかかれねえ高級品だ」
ポンと背中に何かを張り付けられる。抵抗しようにも俺と奴の身体能力の差は大人と子供以上にあるからどうしようもできない。
そもそも、抵抗しようにも奴の動きがまるで見えなかった。
「転移の札だ。何階層に出るかお楽しみにってな。ほい、起動」
「な、お前!」
「心配すんな。一番深くても30階層だって。ガハハハハ」
ブルーノのイライラする高笑いが遠くなり、視界が切り替わる。
◇◇◇
部屋だ。先ほどまで俺がいた部屋より二回りほど広く、扉のない外へ続く隙間が見える。隙間といっても店の扉より広く高い。これだけの広さがあれば、大型のモンスターでも易々と通過できそうだ。
天井も高く、5メートルほどだろうか。いったい今俺は何階層にいるんだろうな……。
「運がいいのか悪いのか……」
つい、言葉が口をついて出てしまう。
部屋の壁際に錆の浮いた金属製の宝箱が鎮座していた。
人の気配はもちろんのこと、モンスターの気配も感じ取れない。しかし、何もいないってのに体にまとわりつくような圧力に心臓が嫌が応にも高鳴る。
そのプレッシャーを払うためなのか俺としたことがつい、声を出してしまったというわけだ。
こいつは良くない。長年培ってきた俺の探索者としての勘が告げている。ここが何階層なのか不明だが、一階層とは比べものにならねえぜ。
ジワリと手に汗が滲む。それでも、宝箱をじっと観察していたのだから、笑えてくる。
死なねえ。こんなところで死んでなるものか。
宝箱に罠は……ありそうだ。鍵はかかっていない。
深層の罠ともなると凄まじい威力があるんだろうな。ひやりとしつつも、罠は罠さ。あっさり解除できた。
箱の中には「ブレイクスキルの書」という見たこともないアイテムが入っいたではないか。
ひょっとして、この状況を打開できるかもしれない。
焦る気持ちを抑えつつ、ブレイクスキルの書を確認する。
『固有スキルを別のものに変更します』
と書かれていた。
確かに俺の固有スキル『器用さ強化(小)』は底辺も底辺、ゴミスキルと言われても、「そうだ」と当の本人が即答できるようなものだ。
生まれてこの方28年間連れ添ってきた固有スキルであるが、お別れするに惜しくはない。俺の固有スキル以上のゴミスキルに変わる可能性は低いだろう。
だが、今ではない。生きるか死ぬかの状況において、未知のスキルに一発をかけるよりはまだ使い慣れた『器用さ強化(小)』の方が信頼できる。
少なくとも俺のスキルは俺の行動を制限するものではないからな。
今のままでは状況を打開できない、死ぬしかないという場面が来れば一発逆転に賭けることになるだろうけど、まだ早い。俺はまだ諦めてなんていないんだ。
しかし、その希望もすぐに打ち砕かれることになる。
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