上 下
149 / 167

149.布陣

しおりを挟む
 いよいよ聖王国との最終戦争が始まる。こちらの兵力は全部で一万八千。うちジャムカ達騎馬民族が二千でジェベル辺境伯の騎兵が千になる。
 総指揮官はもちろん我らがベリサリウスで、俺は飛龍部隊を率いる。騎馬民族はジャムカ。辺境伯騎兵はハゲのモンジューが率いる。
 本隊指揮官はベリサリウスになるが、指揮官が不足してるんだよなあ。その辺りは猫耳族や部隊長の経験のある傭兵などに任せることになったんだけどね。

 しかしまあよくこれだけの兵が集まったものだよ。予定されてたとはいえフランケル郊外の平原へ一同に会すると圧巻だな。

 俺たちローマ混成軍はこれより東方の戦争予定地に向かう。既にマッスルブをリーダーとした工兵隊は現地に到着しており作業を開始している。
 ローマ混成軍が現地に到着次第、工兵隊を手伝うことが予定されていて、今回の作戦の肝は陣地作成なんだよね。ここをしっかりこなさないと勝利に繋がらないだろう。
 
 俺はエルラインとミネルバに乗り、先に現地に向かう事にする。フランケルからミネルバの速度なら十五分程度でついてしまった。いやあ。航空機って凄いよな。ミネルバは生き物だけど……
 
 マッスルブ達は防御陣地の構築に汗水流しているようだったが、は、早い。すでに最前線の塹壕を掘り終えている。一直線に掘られた塹壕からフランケル側に俺達のメインとなる防御陣地を構築する予定だ。
 この防御陣地は、馬車を組み立てて構築する。馬車の前面には鉄板かコンクリートで固めた炎弾でもビクともしない板を用意して、前面の板には中央と下部に水が通るような梁が取り付けてある。
 中央の梁より上の部分には一枚の板につき四つの小さな穴が開いており、中から外へ射撃できるようになっている。
 
 馬車の中にはクロスボウを持った射撃兵を配置し、クロスボウの弦を引くだけの人員も配置している。こうすることで、絶え間なくクロスボウを発射することが可能になっている。信長の三段撃ちみたいな感じだけど、火縄銃は残念ながらないからクロスボウで代用している。
 クロスボウは弓と違って、弓の矢にあたるクロスボウボルトを引くことが手間だが、狙いをつけて発射することが出来るし、弓と違って発射するだけなら力も要らない。狭い場所から狙いをつけるには向いてると思う。
 
 俺達の陣地を整理すると、最前列に穴を掘っただけだけど胸辺りまでの深さがある塹壕。そこから少し離れて、防御陣地の本隊である馬車がずらっと横一列にならんでいる。
 
 当日の配置は、塹壕に人を配置するが様子を見てすぐに撤退。塹壕は相手の戦力を見極める為にしか使わない。馬車には事前に射撃兵が詰めており、馬車同士は連結され一直線に並んでいる。馬車の端が無防備になるから、ここを歩兵が固める。
 馬車の後ろには騎兵と、歩兵、射撃兵の交代人員を配置する。
 
 最初ベリサリウスから馬車戦術を聞いた時、俺は耳を疑ったよ。もちろん馬車戦術がダメな戦術ってことじゃない。馬車戦術を思いついたことにビックリしたんだよ。
 馬車を連結させ、防御陣地とし火縄銃の部隊を密集させて攻撃する……この戦術はベリサリウスより遥かに後の時代に猛威を振るった。
 
 時代は十五世紀のボヘミア。現在の地球で言うところのチェコ西部で生み出された戦術だ。当時異端とされたキリスト教の一派にフス派ってのがいた。フス派のフス自身は処刑されてしまったが、残った者は闘争の道を選ぶ。
 フス派の信徒を率いた人物こそ馬車戦術の創始者ヤン・ジシュカだ。彼はロクな戦闘訓練を受けていないフス派の信徒を率い、圧倒的多数の敵兵を幾度となく破った。
 馬車戦術は騎兵の突進を防ぎ、火力を集中運用することで素人が撃っても敵に当たり有効な戦術となりえた。
 
 たかが馬車と思うなかれ、これを馬車だと認識していては勝てない。馬車だけに機動力は無いが、これを破ろうとするならば攻城戦のつもりで挑まねば崩すことはできない。
 左右から回り込めば話は変わるが、こと正面戦力に関してはただ突進するだけで破ることはできない城壁なのだ。
 
 ベリサリウスがヤンジュシュカを知っているわけではないから、彼は独自にこの戦術を思いついたのだろう……すさまじい戦術センスだよ。ただ、今回の戦争目標は敵を退けることではなく、敵を打ち破る必要がある。
 聖王国が攻撃を攻撃を諦めて立ち去るだけではダメなんだ。必ずしも敵兵力を撃滅する必要はないが、俺達には敵わないと思わせなければならない。
 
 ずっと馬車で引きこもってるだけにはいかないだろうから、ベリサリウスは次の手も考えている。その為に馬車前面に張った板には梁を取り付けてあるんだ。
 
 俺とエルラインとミネルバはマッスルブらを遠目で眺めながら、ベリサリウスら本隊が到着するのを待つ。マッスルブ達を手伝おうと思ったけど、逆に邪魔になると彼らから協力を固辞されたんだ。
 
「エル。ベリサリウス様の戦術は凄いよ」

 手持無沙汰になった俺は隣で腰かけるエルラインに声をかける。
 
「良くこんなことを思いつくね。まあでも、この戦術は君の成果でもあるよ」

「え? 俺は何一つ考えてないんだけど……」

「全く……本当に気が付いてないのかい?」

 エルラインは呆れたように肩を竦めると、俺の成果とやらを説明してくれる。
 ベリサリウスは使える物は何でも使おうとする。聖教騎士団では飛龍を。辺境伯との戦いではギリシャ火を。辺境伯との戦いでギリシャ火の性能を確認できたベリサリウスはこの戦いでギリシャ火の効果的な運用を戦術に取り込んだと言うのだ。
 もちろん、飛龍も戦術に取り入れている。
 
「なるほどな……確かにギリシャ火を今回も使う」

 俺は納得したように頷く。
 
「それだけじゃないよ。遠距離会話のオパール。これも有効に運用している」

「それは俺も分かるよ。遠距離会話のオパールはこれまでの常識を完全に覆す素晴らしいものだ!」

 情報の大切さは他の何にも勝る。風の精霊術と遠距離会話の魔術は使える者が限定されていたが、遠距離会話が俺達に与えた恩恵は計り知れない。
 ローマの警戒網は情報戦で圧倒的に敵より優位に立つことが出来た。 
 
「僕も驚いたよ。遠距離会話がここまで優位性を持つなんてね」

「そうだよ。エルのお陰だよ。ありがとう」

「全く君は……」

 エルラインは額に手を当て、ハアとため息をつく。
 のんびりとエルラインと会話していると、馬の走る音が近くなって来る。どうやら先に騎馬隊が到着したようだな。
 ジャムカとモンジューが率いる騎馬隊だ。彼らの部隊はそれぞれ今回の作戦の肝になる。
 
 俺は立ち上がり、大きく伸びをすると騎馬が向かってくる方向に目を向ける。さあ、いよいよだぞ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

処理中です...