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29.ピケの首長

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「しっかし、何でまたここなんだ……」

 待ち人はまだ来ていない。
 サンシーロの商会に顔を出したまではよかった。のだけど、またしても幽霊屋敷に行くことに。
 それも地下である。
 人の目を気にしてということなら、幽霊屋敷の中でということならまだ分かるんだ。わざわざ、何で地下に行くんだよって。
 憮然とした顔で腕を組み、紅茶を一口。
 幽霊屋敷には俺たちが生活していた時そのままにしているので、飲み物も豊富にそろっているのだ。
 何のかんのでこの屋敷にも愛着があったりする。
 
「イルマ様でよろしいのでしょうか?」
「おっと。カツラを取って化粧を落とした方がいいな」

 後ろで控える桔梗が確認の意味を込めて聞いてくれて助かった。
 帰りにまた化粧をすれば元通りだ。幽霊屋敷は生活していた時そのままに……つまり、化粧道具もここにある。
 
 カツラを取ろうとしたところで、待ち人が来てしまった。

「おや、イル王とお聞きしていたのですが、イルマ様のお姿なのですねえー」
「君がルカ・スパランツァーニか。その節は世話になった」

 スキンヘッドの大柄な男がもみ手をしながら、不気味な薄ら笑いを浮かべている。
 男は30代後半と聞いているが、見た目からは年齢が想像できない。
 というのは、ピエロのような赤い鼻をつけていて、真っ白に顔を塗りたくっていたからだ。
 右目には鮮やかな紫色で星マークが描かれているし。その割に、服装はゆったりとしたトーガを纏った法服貴族によくある格好ときたもんだ。
 いやでも、服装もやはり変わっているかもしれん。上半身はトーガの下に何も着ていないから、筋肉質な体が見えている。

 男はにかーっと口端をあげ白い歯を見せた。
 ……生理的に嫌悪感を覚える

「いえいええー。あなた様が王位につかれたことで、ようやく大っぴらに行動できるというものです」
「獣人、その他全ての種族の権利は同じとする。国としての決定事項だ。もう、『暗黙の了解』は必要ない」
「はいはいー。存じておりますよお。さっそく私の息子たちにお仕事を与えてきましたあー。これまでは、コッソリと商会を手伝ってもらっていたのですがねえー」
「ルカの息子たちとは……商会を差配しているのか」
「主に海外とのやり取りにですが。これからは王都ミレニアへも息子たちが活躍してくれますよおー」

 スパランツァーニは噂通り、獣人を好んで雇い入れていたということか。
 ピケは王国にあってある種の治外法権が認められていた都市だからな。人間以外が支配層の国も、ピケに交易船を寄港させている。
 そこで、人間以外は……なんて宣言していては商売なんてできたもんじゃないから。
 しかし、この男……何か別の、おぞましい何かがありそうな気がする。
 彼の個人的な趣味を詮索するつもりはない。仕事をこなしてくれれば問題ないのさ。
 ヴィスコンティ打倒のために彼が尽力してくれたように。
 
「王の商隊も船を持つつもりだ。資金は渡すし、人材を招き入れることも調整する。なので、少し手伝ってもらえないか?」
「おいしいお話しですねえー。喜んでお引き受けしますよお。船も手配します。もちろん、ご購入はスパランツァーニ商会からでよろしいですよね」
「もちろんだ。よろしく頼む。ネズミと調整してくれ」
「すぐに動きますよお。ネズミさんと『うはうは』にしてみせますよおー」

 もみ手と粘つくような笑みに道化師風のメイク……なんともまあチグハグな男なのだが、不思議とこれはこれで雰囲気に統一感があるような気がしてくる。
 王になってから、機密文書も全て閲覧できるようになったので、彼の実績も調べたんだ。
 正直、彼ともう一人くらいしか「使える」と思った領主はいなかった。ピケは領主ではなく首長ドージェになるので、領主とは少し違うのだが……。
 ピケは王国内で唯一「元老院」と呼ばれる組織を持ち、合議制で民政を行っている。
 首長が元老院の代表なわけなのだけど、元老院の中から選出されるのだ。元老院のメンバーは議員と呼ばれるのだけど、議員は貴族だけでなく平民も含まれる。
 彼は下級貴族でありながら、ここ数年ずっと首長ドージェに選出されていて、彼が首長に就任して以来、ピケの収益がどんどん伸びているのだ。
 とまあ、実力は折り紙付きであるスパランツァーニであるが、変態と呼ばれていた理由が分かった。
 
 何かもう目がやばい。このねとつくような視線だけでも何とかならんものか。
 とりあえず、頼みたいことと顔合わせをすることはできたし、もうこれで今日のところは終了でいいかな。
 だけど、この男、まだ何か喋りたそうだ。
 
「他に何かあったか?」 
「いえいえー。少女の装いをした少年も悪くないかもしれないと、ふと思いましてねえー」
「そ、そうか」
「しかあし。同好の士かもおと思いましたがあ。イルマ様の従者はくぁわいらしい女の子なんですねえ。ロシアンブルーの猫耳とはこれまた素晴らあしい」
「お、おう……」
「女装もいいかもしれませんー。鬼族の少年らが是非働きたいと言っておりましたあ。いいかもいいかもですよお」

 ゾワゾワっと背筋が総毛だつ。
 こいつ絶対にやばいやつだ。し、仕事はできるのだから、距離を置いてビジネスライクに接して行こう。
 うん、そうしよう。
 だけど、おぞましい会話の中で聞き逃せないことがあった。
 
「鬼族てことは海外の者も従業員に加えているのか?」
「ですよおー。イルマ様でしたら否とはおっしゃいますまい」
「うん。むしろ、希望者がいるのだったら、王の商隊にも迎えたい」
「ネズミさんと調整ですねえ。承知しましたよおお。可愛い少年がいましたら、ご紹介します」
「可愛くなくても、中年でも女の子でもいいから」
「中年……また、いい趣味をもたれておりますねえ」
「は、話はそれだけだ。また連絡をする」

 も、もうダメだ。これ以上はつきあっていられない……。
 未熟な自分を許してくれ。どんな相手でも動じることなく、商機を引っ張り出せるだけ引っ張り出せることが理想なのは分かっている。
 だけど、俺にはもう限界だ。
 
 すっと立ち上がり、「よろしく頼む」という意味を込めて彼の肩をポンと叩こうとして、触れたくない気持ちが勝り、伸ばした手を引っ込めた。
 
「桔梗。行こう」
「はい」

 桔梗を連れ、地上へと向かう。
 これであらかた、ヴィスコンティ打倒の功労者に会う事ができた。
 内政の大枠も決まったことだし、実際に政策が施行されてからが勝負だな。
 修正しつつ、実行できるよう文官、騎士、警備兵、守備隊などなどの横連携を取れるようにしつつ……。
 課題はまだまだ山積みだけど、形にはなってきた。
 見ていろ、帝国よ。周辺諸国よ。ミレニア王国が飛躍する姿を。
 
 心の中で気合を入れていたのだが、後ろからいやあな視線を感じ身震いする。
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