日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~

うみ

文字の大きさ
33 / 97

33.恐慌対策2 現代

しおりを挟む
――現代
 健二の言葉を聞いた父はコーヒーを一口ゴクリと飲み干してから口を開く。
 
「健二。日本国内についてはそれで構わないと思うぞ」

「ただ、これだけでは不足だと父さんは言いたいんだね。待って外国の事も考えてみる」

 史実と違い、この世界の日本経済は第一次世界大戦後の戦後不況も、震災不況も昭和金融恐慌も起きていない。さらに、国内投資に集中することで経済力を飛躍的に伸ばして来た。
 現在の経済力はなんと世界第二位だ。すぐにイギリスが日本を追い抜きそうだけど……戦争で疲弊しているだけだからね。それでも、史実と比べると雲泥の差がある。トップのアメリカとの経済格差はものすごくあるんだけど……
 だから、好調な経済を背景に金本位制に復帰せずとも相場が安定しているってわけだ。

 これまで恐慌を見越して、囲い込める友好国と経済協定を結んだ。友好国の囲い込みを行い、英仏のような囲い込み――ブロック経済を実施することを想定していた。

 友好国の中だとドイツ・オーストリア連邦はいずれ金本位制への復帰を目指しているだろうけど、現時点では金本位制へ復帰をしていない。トルコ・ロシア公国・ナジュド王国については金本位制を採用することもないだろう。
 金本位制を採用するためには、当初膨大な金を購入する資金が必要になる。これらを用意することはこの三か国には難しいだろう。
 幸い全ての友好国は管理通貨制だから、金本位制をやめてくれと言う必要もない。
 
「どうだ? 健二。考えはまとまったか」

「うーん。まだ考えてるけど。基本路線は英仏のように日本と友好国間で囲い込み――ブロック経済を行う線で考えてるんだけど」

「そうだな。経済協定を結んでいるから、関税を調整すればいいだろう。アメリカの様子は都度見ておいた方がいいだろうけどな」

「アメリカはいつも面倒だねえ」

「健二。経済圏を広げ不況を乗り切る為に友好国を作ってきたわけだ。お互いに貿易を加熱させて需要を創出するわけだな。ただな、問題が一つある」

「ええと、あ、通貨か」

 友好国のどこかで通貨が大暴落し使い物にならなくなってしまった場合、その国が崩壊してしまうだろうし、関係国にも影響を及ぼす。そうならないための方策は二つ考えることができるな。

 一つは友好国全てと円ペック制度を取る。つまり、円と友好国の通貨間で固定相場制を取る。もう一つは通貨スワップかな。簡単に言うと、為替を支える為に通貨間の固定交換比率と交換限度額を定めておき、その範囲内なら通貨交換を行うことが通貨スワップになる。

 通貨スワップを採用する場合は、変動相場制になる。変動相場制の良いところは、各国間の経済の調子によって為替相場が動き、輸出入に適した相場へ調整が効くこと。

「父さん。円ペックか通貨スワップのどっちかと思う」

「円ペックにすると、富める国がますます富み、逆はどんどん不況が進行してしまうから、通貨スワップの方がいいな」

「そうだね。目的は日本の恐慌対策だけじゃなく、ドイツとオーストリア連邦の安定もあるんだよね」

「その通りだ。その路線で行こうか」

「了解。父さん」

 健二はノートに何か書かれていないかチェックした後、恐慌対策についてまとめた事を筆記する。するとすぐに向こうから返事が返って来た。
 
<なるほど。経済協定もこの作戦の布石だったわけだな>

<アメリカの動きを見つつ、彼らの動き方次第で修正も必要と思う>

<了解した>

 健二はそこで筆記を一旦止め、父に目をやる。
 
「父さん。大恐慌までの主な事件をピックアップして伝える?」

「ブルガリアとギリシャの地震は以前伝えたんだったか。他にはパリ不戦条約やらあるが……」

「あ、父さん。ロシア公国の公爵は確か老衰で亡くなったんだよね。1929年だっけ。史実だとソ連のトロツキーの追放も同じ年かな」

「ロシア公国については、後継者とすんなり変わると思うが、その隙をソ連がついて来るかもしれないな。公爵の健康状態に注視するように伝えればいいだろう」

「ええと、確か公爵の弟に息子がいたんだっけか」

「まあ、親族はいるからその点は大丈夫と思うぞ。トロツキーの追放が成されるといよいよソ連で粛清がはじまるな」

 ソ連で粛清される人物を亡命で拾えるか模索しても良いかもしれない。粛清された人物の中には優れた将軍や科学者が含まれている。科学者なら亡命先は日本でもいいけど、軍人や政治家はどうするか……
 ロシア公国と調整しながら匿う方向で持って行くのがよいかな。ソ連が戦争状態になったり、政治的に混乱したりした際の工作に亡命者は使えると思うから。
 健二はこれとは別件で一つ気になっていたことがあったので、父の意見を聞いてみることにした。
 
「父さん。台湾で台湾民党が結成されたりしてるよね」

「彼らの最終目標は独立を指向する勢力と本土の日本人と同じ権利を保障を目指す勢力があったな」

「大きなことは選挙権なのかな」

「ああ。選挙権と国会議員だろうなあ。台湾への特別投資が無くなり、自立すれば国会議員を輩出できるようにしていくのが良いかもしれない」

「それは日本の益になるのかなあ」

「まずは日本本土と同様の権利を台湾も持つ事。次には国民投票による独立か、日本になるかを選択してもらうことかなあ」

 うーん。独立させるメリットよりデメリットの方が大きいと思うんだけど。時期にもよるのかな。台湾は日本の防衛戦略上欠かす事の出来ない地域であることは自明なんだけど……手放して台湾が共産化してみろ、目も当てられないぞ。

 台湾が特別投資無く独り立ちするには後最低五年は必要だろう。そこから、選挙権を始めとした権利付与を行って更に五年。国民投票実施後、独立準備期間で十年を定めたとすれば合計二十年か。

 ざっくりと独立するとすれば、1950年くらいになる計算だ。史実だと東西冷戦真っ最中。防衛上台湾は必須なことは変わら無さそうだけどなあ。

 父さんの事だから、他に狙いはあると思う。植民地のどんどん独立していくのは第二次世界大戦後……確かに1950年は時期的にも良いのかもしれない。しかし決定するのはさらに十年前だろ……
 ん。そうか。やっと父さんの意図が見えたぞ。戦後のアジア植民地の独立を思い浮かべてやっと分かった。

 第二次世界大戦で、日本はアジア占領地域の独立を促した。世界大戦の列強の疲弊とこういった独立機運を埋め込んだことによってアジア各国は独立していった。
 台湾を日本自ら独立させることは、周辺植民地への圧力になるのか。逆に日本以外の周辺植民地で独立騒ぎがあった場合、台湾が圧迫されてしまって政情不安になっては困る。だから先手を打っておこうという考えなのかな。

「そうだ。健二。まだ先だが1930年に起こる災害をノートに筆記しておいた方がいいな。災害情報は確実な情報だから早めに伝えておこう」

「了解。父さん。1930年だと、浅間山の噴火と伊豆地方大地震かな。すぐ書いておくよ」

「次はいよいよ1930年代かあ。史実では激動の時代へ突入するが。こちらも早めに検討をし始めようか」

「そうだね。ノートの人の1929年の報告を受けながら考えていかなくちゃだね」

「史実なら1930年にロンドン海軍軍縮条約。1931年に満州事変や中国共産党の中華ソビエト共和国など。中華民国の動きは史実とかなり異なるから難しいな……」
 
 健二と父は次の検討に取り掛かりはじめる……
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

電子の帝国

Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか 明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...