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47.秘薬
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「兄様。ルチルをいじめるな」
「ヘリオドール王子。そのようなことはありません」
クレセントビークの下でワイワイしていたヘリオドール王子がいつの間にかテーブルのところまで戻って来ていて、ギベオン王子の服の袖を引っ張る。
違うのよ、とすぐに否定するも当のギベオン王子は穏やかな顔でヘリオドール王子の頭を撫でていた。
「子供じゃないんだぞお」とヘリオドール王子は強がっていたけど、緩んだ顔が嘘を隠しきれてなくて可愛い。
ヘリオドール王子がチョウチョを追いかけ始めると、ギベオン王子は前を向き話の続きを始める。
「確信に近いものはあったけど、秘薬を飲んで魔力が永久的になくなるという事例がなかったんだ。それで、これ以上は追及せず黙るしかないかと思っていたんだよ」
「マリーはちょっとしたいたずら心でやって大事になってしまった、のですよね」
「ちょっとではないさ。秘薬はとても高価なものなんだよ。秘薬のことを知る者もほんの僅かだ。宮廷魔術師の中でもほんの数人しか知らない。それをいたずらで準備するなんて有り得ないことなんだよ」
「そ、そうですか……」
マリーは綿密にカラン公子と母様と協力し多額の資金を費やして、秘薬を手に入れた。
次に食事を運ぶメイドを自分の息のかかった人に変え、秘薬を混ぜた。私がエミリーと一緒に食事をしたいと言ったのも都合が良かったみたい。
エミリーに座ってもらうので、ということで他のメイドが食事を持ってきてくれたんだっけ。
エミリーは恐縮していたけど、メイド長が「ルチル様と食事をするのもメイドの仕事よ」なんて言ってくれて……。メイド長は秘薬の件には絡んでいないらしく、私の我がままに対し彼女がエミリーを説得し職場の調整をしてくれたというのが真相だった。ありがとう、メイド長。いつもいつも迷惑をかけて。
心の中で今は会う事が出来ないメイド長に謝罪する。
ギベオン王子はマリーらの企みを全て暴きはしたものの、秘薬が魔力を失わせたという前例がないため証拠を突きつけることができないでいた。
しかしここで思わぬ事件が起きる。
「秘薬がどのようなものか研究しようと思ってね。僕も手に入れたんだよ。それが」
ギベオン王子の目線がチョウチョを掴もうとして逃げられ地団駄を踏むヘリオドール王子に向く。
もう察したわ。
「ヘリオドール王子が秘薬をこっそり飲んじゃったんですね」
「絶対に触ったらダメだよ、と言ったのが逆効果だったんだ」
「分かります。とても」
「ヘリオドールも魔力が戻らず、前代未聞の王族での壁外退去となってしまったんだ。僕はその付き添いさ」
「ひいい……それで、『(魔法を)教えてくれ』とおっしゃっていたんですね」
「レオから君が魔法を使うことができるようになったと聞いてね」
「ヘリオドール王子ならきっと魔法を使うことができるようになると思います。ですが、壁の中に入ることは別問題なんです」
「ほお。聞かせてもらえるかい?」
ギベオン王子に外部魔力と内部魔力のことを説明し、外部魔力では壁を通過することができないことも告げる。
対する彼は「ふむ」と形のよい顎に手を当て、何やら思案している様子。
しかし、ヘリオドール王子がもう壁を通過することができないという事実を知ったにしては表情が明るい。
「恐らく、ルチル。君なら壁を通り王都に戻ることができるだろう」
「そうなんですか!?」
「どうやってやるのかは僕が外部魔力を使うことが出来ないから方法論しか伝えることができないけどね。そもそも外から壁の中に入るには内部魔力に反応して通過する術理が仕込まれているからに他ならない」
「た、たぶん。そんなところです」
「うん。だからね。君には内部魔力に比して膨大な魔力があるわけじゃないか。ルチルのものだと魔力を認識させれば通過できるはずだ」
「なるほど! でしたら、ヘリオドール王子も王都に帰還することができそうですね」
「君は余り王都には興味がなさそうだね」
「い、いえ。そのようなことは」
「いや、僕が王子だからと気を遣う必要はない。ここでは只のギベオンであり、君もまた同じだ」
そう言われましても……よね。ギベオン王子はやはりギベオン王子だし。
尊敬と敬意を失うことなんて有り得ないわ。
「おっと、話が逸れてしまったね。ヘリオドールが秘薬を飲んだことで秘薬が『証拠』となったわけだ」
「それでマリーたちは……」
「その前に秘薬の効果について整理しようか。君から外部魔力のことを聞いてなるほどと思ったんだ。秘薬は一定以上の内部魔力を持つ者が使用した場合には外部魔力を無理やり覚醒させる効果があるということだね」
「ヘリオドール王子の魔力量は私と同じくらいか少し多いくらいでした」
ああ見えてヘリオドール王子の魔力量は王国で一番かもと言われているのよ。
彼以外となると魔術師長かギベオン王子か……その辺かしら。
秘薬の事を知り、高価ながらも何とかして手に入れたいと思う人がどんな人か想像してみて欲しい。
魔力保有量が少ない人が魔力を増やす望みをかけて……というのが自然じゃない?
王国トップクラスの魔力量を誇る人がこれ以上魔力保有量を増やそうとはしないわよね。
魔力保有量が原因で特定の魔法を使うことが出来ないってこともないし。
「これまでルチルやヘリオドールほどの魔力保有量を持った者が秘薬を飲むことがなかった。ただそれだけさ」
私の考えを読んだかのようなギベオン王子の発言に思わず息を飲む。
彼はくすりと笑い、「顔に出てたよ」と伝えてくる。
「秘薬の効果が明らかになり、マリーたちは……?」
「緑の魔女と謳われた伯爵令嬢の未来を閉ざしたんだ。只では済まないさ」
おどけたように肩をすくめてみせたギベオン王子だったが、いつも優し気な彼と異なり厳しい目で虚空を見つめる。
ごくりと息を飲み、じっと彼の言葉を待つ私……。
一体、マリーたちはどうなったのだろう。いくら甘い私でも罪を犯した彼女らをお咎め無しで済ませてもいいなんてことは思っていないわ。
それでも……処刑……なんてことになったら後味が悪い。彼女とはずっと仲良しで過ごしてきたんだもの。
彼女にとってたとえそれが表面的なものだったにしても、私にとってはそうじゃないのだから。
「ヘリオドール王子。そのようなことはありません」
クレセントビークの下でワイワイしていたヘリオドール王子がいつの間にかテーブルのところまで戻って来ていて、ギベオン王子の服の袖を引っ張る。
違うのよ、とすぐに否定するも当のギベオン王子は穏やかな顔でヘリオドール王子の頭を撫でていた。
「子供じゃないんだぞお」とヘリオドール王子は強がっていたけど、緩んだ顔が嘘を隠しきれてなくて可愛い。
ヘリオドール王子がチョウチョを追いかけ始めると、ギベオン王子は前を向き話の続きを始める。
「確信に近いものはあったけど、秘薬を飲んで魔力が永久的になくなるという事例がなかったんだ。それで、これ以上は追及せず黙るしかないかと思っていたんだよ」
「マリーはちょっとしたいたずら心でやって大事になってしまった、のですよね」
「ちょっとではないさ。秘薬はとても高価なものなんだよ。秘薬のことを知る者もほんの僅かだ。宮廷魔術師の中でもほんの数人しか知らない。それをいたずらで準備するなんて有り得ないことなんだよ」
「そ、そうですか……」
マリーは綿密にカラン公子と母様と協力し多額の資金を費やして、秘薬を手に入れた。
次に食事を運ぶメイドを自分の息のかかった人に変え、秘薬を混ぜた。私がエミリーと一緒に食事をしたいと言ったのも都合が良かったみたい。
エミリーに座ってもらうので、ということで他のメイドが食事を持ってきてくれたんだっけ。
エミリーは恐縮していたけど、メイド長が「ルチル様と食事をするのもメイドの仕事よ」なんて言ってくれて……。メイド長は秘薬の件には絡んでいないらしく、私の我がままに対し彼女がエミリーを説得し職場の調整をしてくれたというのが真相だった。ありがとう、メイド長。いつもいつも迷惑をかけて。
心の中で今は会う事が出来ないメイド長に謝罪する。
ギベオン王子はマリーらの企みを全て暴きはしたものの、秘薬が魔力を失わせたという前例がないため証拠を突きつけることができないでいた。
しかしここで思わぬ事件が起きる。
「秘薬がどのようなものか研究しようと思ってね。僕も手に入れたんだよ。それが」
ギベオン王子の目線がチョウチョを掴もうとして逃げられ地団駄を踏むヘリオドール王子に向く。
もう察したわ。
「ヘリオドール王子が秘薬をこっそり飲んじゃったんですね」
「絶対に触ったらダメだよ、と言ったのが逆効果だったんだ」
「分かります。とても」
「ヘリオドールも魔力が戻らず、前代未聞の王族での壁外退去となってしまったんだ。僕はその付き添いさ」
「ひいい……それで、『(魔法を)教えてくれ』とおっしゃっていたんですね」
「レオから君が魔法を使うことができるようになったと聞いてね」
「ヘリオドール王子ならきっと魔法を使うことができるようになると思います。ですが、壁の中に入ることは別問題なんです」
「ほお。聞かせてもらえるかい?」
ギベオン王子に外部魔力と内部魔力のことを説明し、外部魔力では壁を通過することができないことも告げる。
対する彼は「ふむ」と形のよい顎に手を当て、何やら思案している様子。
しかし、ヘリオドール王子がもう壁を通過することができないという事実を知ったにしては表情が明るい。
「恐らく、ルチル。君なら壁を通り王都に戻ることができるだろう」
「そうなんですか!?」
「どうやってやるのかは僕が外部魔力を使うことが出来ないから方法論しか伝えることができないけどね。そもそも外から壁の中に入るには内部魔力に反応して通過する術理が仕込まれているからに他ならない」
「た、たぶん。そんなところです」
「うん。だからね。君には内部魔力に比して膨大な魔力があるわけじゃないか。ルチルのものだと魔力を認識させれば通過できるはずだ」
「なるほど! でしたら、ヘリオドール王子も王都に帰還することができそうですね」
「君は余り王都には興味がなさそうだね」
「い、いえ。そのようなことは」
「いや、僕が王子だからと気を遣う必要はない。ここでは只のギベオンであり、君もまた同じだ」
そう言われましても……よね。ギベオン王子はやはりギベオン王子だし。
尊敬と敬意を失うことなんて有り得ないわ。
「おっと、話が逸れてしまったね。ヘリオドールが秘薬を飲んだことで秘薬が『証拠』となったわけだ」
「それでマリーたちは……」
「その前に秘薬の効果について整理しようか。君から外部魔力のことを聞いてなるほどと思ったんだ。秘薬は一定以上の内部魔力を持つ者が使用した場合には外部魔力を無理やり覚醒させる効果があるということだね」
「ヘリオドール王子の魔力量は私と同じくらいか少し多いくらいでした」
ああ見えてヘリオドール王子の魔力量は王国で一番かもと言われているのよ。
彼以外となると魔術師長かギベオン王子か……その辺かしら。
秘薬の事を知り、高価ながらも何とかして手に入れたいと思う人がどんな人か想像してみて欲しい。
魔力保有量が少ない人が魔力を増やす望みをかけて……というのが自然じゃない?
王国トップクラスの魔力量を誇る人がこれ以上魔力保有量を増やそうとはしないわよね。
魔力保有量が原因で特定の魔法を使うことが出来ないってこともないし。
「これまでルチルやヘリオドールほどの魔力保有量を持った者が秘薬を飲むことがなかった。ただそれだけさ」
私の考えを読んだかのようなギベオン王子の発言に思わず息を飲む。
彼はくすりと笑い、「顔に出てたよ」と伝えてくる。
「秘薬の効果が明らかになり、マリーたちは……?」
「緑の魔女と謳われた伯爵令嬢の未来を閉ざしたんだ。只では済まないさ」
おどけたように肩をすくめてみせたギベオン王子だったが、いつも優し気な彼と異なり厳しい目で虚空を見つめる。
ごくりと息を飲み、じっと彼の言葉を待つ私……。
一体、マリーたちはどうなったのだろう。いくら甘い私でも罪を犯した彼女らをお咎め無しで済ませてもいいなんてことは思っていないわ。
それでも……処刑……なんてことになったら後味が悪い。彼女とはずっと仲良しで過ごしてきたんだもの。
彼女にとってたとえそれが表面的なものだったにしても、私にとってはそうじゃないのだから。
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