緑の魔女ルチルの開拓記~理想の村、作っちゃいます! 王都に戻る気はありません~

うみ

文字の大きさ
上 下
42 / 49

42.長耳

しおりを挟む
 インプに導かれ、城壁の上に登る。物見に移動するまでもなく命に関わる原因が分かったわ。
 むすっと腕を組むウンランの横に並び、はあとため息をつく。

「また来たのね……」
「今回は村を要塞化している。ダイアウルフ程度に突破はできまい」

 そう。ウンランの言う通り、ダイアウルフの集団が村へ迫ってきていたのよ。
 農場のある北側じゃなくて、前回と同じ方向から。
 前に来た時と同じくらいの集団かなあ。
 インプたちが村の人へ注意喚起に向かってくれていて、同時に弓を扱うことができる人は私たちのところまで集合してもらえるよう頼んでいる。
 村に弓や矢の備蓄はそれほどない。だけど、狩人の人たちはそれぞれ弓の予備、矢を持っているわ。
 ダイアウルフの集団を追い払うくらいの矢はある。使い過ぎると明日からの狩りに支障が出るかも……。
 ううん、その心配もないかな。
 だって農場が機能し始めたからね! 沢山の小麦を加工する時間が必要にはなるけど、目途はついた。
 レオたち騎士団が施しに来てくれたばかりだから、数日間消費するだけでも食糧は足りる。
 
「ひいい」
「大丈夫よ。エミリー。ここまで登ってくることはないわ。それに……城壁の下まで来たら仕込みもあるのよ」
「まあ、魔法でも使わない限り犬どもが上まで来ることはねえって」

 顔面蒼白になり小さく悲鳴をあげるエミリーに私とジェットさんが「大丈夫だ」と励ます。
 そんな私に対しウンランが目を合わせてくる。
 何かしら。右眉だけを上にあげちゃって、良くないことがあったのかも。
  
「む。ルチル。ダイアウルフたちは奴らが寄越したらしい」
「奴ら?」
「そうだ。前回、ダイアウルフたちの動きがおかしかっただろう」
「うん。単なる集団なのか、そうじゃないのか、みたいなことを言ってたっけ?」
「あの場所、見えるか。もやがかかったようになっているだろ?」

 確かに。ダイアウルフの集団の中で後方に位置するところに、夏の暑い日に見るような湯気のようなものが見える。
 季節はまだ春だから、もやがかかるってのはあり得ない。そもそも、草原にもやがかかること夏でもないのよ。
 レンガの上とか、盾とか剣とか、熱くなる物の上にしかもやは発生しない。(間違っていたらごめんね。私の見た限りの知識なの……)
 
 城壁まで20メートルのところで、ダイアウルフが横並びに整列する。
 こうなればさすがの私でもダイアウルフの後ろに誰かの意思があることが分かったわ。
 操っているのはあのもやなのかしら?
 注目のもやは、ゆらゆらとダイアウルフの前まで移動してきたわ。
 そこでもやが消え、美しい長い金髪が目を惹く長身の人が姿を現す。性別はどっちなんだろう。
 彫刻のように整った顔立ちをしていて、あ、人間じゃないのかも、あの人。
 だって、つんととんがった耳が私の手くらいの長さがある。
 
「あの人は」
「長耳だ。長耳はダイアウルフを使役する。オレたちがインプを使うようにな」
「あれほど整った顔立ちをした人、初めて見たわ」
「そうか? オレはルチルの方がよほど魅力的な顔をしていると思うがな」

 え、え、ええ!
 ウンラン。それはない、ないない。あの美人さんと比べるなんて、おこがましいにもほどがあるわ。
 不躾にそんなお世辞を言うものだから、顔が火照ってしまう。
 
「わ、私のことはいいのよ。前のときも長耳の人がダイアウルフを操っていたのよね?」
「間違いない。奴ら、村の様子を探っていたのだ。今回は対話する気があるようだな。どうする?」
「会話で解決するなら、願ったりよ。誰だって血を見たくないし。でも……」
「そうだな。降伏せよ、など要求次第では戦う。安心してくれ。長耳が牙を向こうとも、我らは人間につく」

 ウンラン……。
 有翼族との約束は交易をすることだけ。だけど、彼らは私たちの味方をしてくれると言った。
 彼個人の想いだったとしても嬉しい。でも、甘い考えだとは分かっているけど、戦いたくはないわ。
 長耳族とも平和的に交易ができたらいいな。
 
 城壁の淵に足をかけたウンランがにいっと口角をあげる。
 
「オレが行こう」
「私も行くわ」
「いいのか? ダイアウルフがいるぞ」
「大丈夫。城壁の真下で交渉しましょう」
「なるほど。ならば良しだな。オレはいざとなれば空に逃げることができる。間に合わなければオレが汝を抱えよう」
「きゃ」

 い、今は抱えなくていいんじゃないのかな。
 唐突に彼に膝の下に腕を通され背中をもう一方の手で支えられた姿勢で抱き抱えられてしまったわ。
 ふわりと彼が宙に浮き、城壁の下に降り立つ。衝撃は全くない。彼の翼で浮いていたからね。
 降ろされたのだけど、照れ隠しにわざとらしく頬を膨らませる私に対し彼は素知らぬ顔よ。こ、このお。
 
 出てきた私たちに対し、長耳の人はダイアウルフを動かさぬまま一人だけで前に出て来たわ。
 さりげなく半歩前に出るウンラン。
 対する長耳の人は騎士のように片膝をつき頭を垂れる。
 
「人族の聖女よ。非礼。心からお詫びしたい」
「聖女……?」
「数々の奇蹟、拝見させて頂いた。特に種を一瞬にして芽吹かせる精霊術。聖女の成せる御業と感服しました」
「あ、えと、あれは」

 声からも中性的で、性別の判別がつかないわ。
 ……そうじゃなくて、聖女ってのはどういうこと?
 理解の追いつかない私に目くばせしたウンランが割って入る。
 
「オレは有翼のウンラン。長耳の、汝は?」
「失礼した。私は長耳のエンジェライト。有翼族にも詫びたい」
「情報についてはお互い様だ。オレはルチルと会話を交わし、我らの情報が誤っていたことが分かった。今はこうしてルルーシュという名の村と交易を行うべく協力をしている」
「私たち長耳族は有翼族ともこれまで通りの関係を続けたい、族長よりそちらの族長へ遣いをやっている最中だ」
「そうか。我らとしても長耳と争う理由はない。長耳がこの地に手を出さぬのなら、な」

 ギラリとウンランの目が鋭く光った。
 一方の長耳のエンジェライトはゆっくりと首を左右に振る。
 
「長耳はこの地の人族と争う気はありません。ダイアウルフを寄越しておいて虫のいい話だとは重々承知しております。改めて、非礼、心からお詫びします」
「特に村へ被害は出ていません。ですので、村の人もきっと許してくれると思います」
「寛大な処置、恐れ入ります。我ら長耳も有翼と同様に交易に協力させて頂けませんか?」
「お詫びにということでしょうか?」
「いえ、私たちの情報が誤っていました。あなた方、人族の村は拠点などではなく侵略の意思もないと理解いたしました。ですので、平和的な盟約を結びたく、というのが本心です」
「仲良くしたいのは私たちも同じです」

 そこで一旦言葉を切り、どうしようかとウンランに意見を求めた。
 
「ダイアウルフにはここで待つか、帰ってもらってエンジェライトを屋敷に招いたらどうだ? 村人と会話する必要があるのだろう?」
「お部屋は空いているけど……」
「オレが責任をもってエンジェライトの監視をしよう。万が一の時は刺し違えてでも護る」
「そんな物騒な……。客人としてエンジェライトを迎え入れるということにしましょう」

 ウンランとの話がまとまったところで、エンジェライトに申し出る。
 彼? 彼女? は恐縮しながらも了承してくれたのだった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

三度の飯より犬好きな伯爵令嬢は田舎でもふもふスローライフがしたい

平山和人
恋愛
伯爵令嬢クロエ・フォン・コーネリアは、その優雅な所作と知性で社交界の憧れの的だった。しかし、彼女には誰にも言えない秘密があった――それは、筋金入りの犬好きであること。 格式あるコーネリア家では、動物を屋敷の中に入れることすら許されていなかった。特に、母である公爵夫人は「貴族たるもの、動物にうつつを抜かすなどもってのほか」と厳格な姿勢を貫いていた。しかし、クロエの心は犬への愛でいっぱいだった。 クロエはコーネリア家を出て、田舎で犬たちに囲まれて暮らすことを決意する。そのために必要なのはお金と人脈。クロエは持ち前の知性と行動力を駆使し、新しい生活への第一歩を踏み出したのだった!

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

暁にもう一度

伊簑木サイ
ファンタジー
成り上がり貧乏辺境領主の後継者ソランは、金策のため、「第二王子を王太子になるよう説得できた者に望みの褒美をとらす」という王の頼みごとを引き受けた。 ところが、王子は女嫌いということで、女とばれないよう、性別を隠して仕えることになる。 ソランと、国のために死に場所を探している王子の、「死なせない」と「巻き込みたくない」から始まった主従愛は、いつしか絶対に失いたくない相手へと変わっていく。 けれど、絆を深めるほどに、古に世界に掛けられた呪いに、前世の二人が関わっていたと判明していき……。 『暁に、もう一度、あなたと』。数千年を越えて果たされる、愛と祈りの物語。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

処理中です...