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1.国外退去
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「やはり、魔力がございません」
「私も同様です。誠に遺憾ながら……信じられません。緑の魔女と謳われたあなた様が……」
高価な魔法を込めた糸で編んだローブを身につけた宮廷魔術師の二人が沈痛な面持ちで告げる。
うん、分かっていたよ。自分でも分かるもん。今の私には一切の魔力が無い事を。
淡い桜色のドレスの端を摘まみ、魔力を計測してくれた二人に礼をする。
ずっと私の様子を見守っていた父様が茫然とした顔で指先を震わせながらも私を後ろから抱きしめてきた。
「ルチル……。手を尽くしたが、もはや私にはどうすることもできない。すまない……」
「父様、何をおっしゃるのです」
父様の手に自分の手を重ね、笑ってみせる。
続けて、気に病む彼をこれ以上心配させぬよう殊更明るい声で――。
「王国の守護者であり管理者である貴族が国の命に従わぬことなどあってはなりません。貴族だからこそ、率先して優雅に、ですわよね?」
「ルチル。私の言葉を。そうだな。魔力が戻ればすぐに連絡しなさい」
父様から体を離し、くるりと向き直って彼を真っ直ぐ見つめコクリと頷く。出来る限りの笑顔で。
私と父様の様子を見守っていた老年の宮廷魔術師長が悲痛な顔で厳かに口を開く。
「再検査の結果、ルチル様の魔力はゼロでございました。よって、王国法『魔力無き者』に従い、国外退去となります。三日以内に王都を出立願います」
「はい。謹んで国家のため命に従います」
シルバークリムゾン王国は魔力と魔法によって支えられてきた。
魔力は王国民が持つ最低限の資質とされる。もちろん、これには理由があるの。
王国と外を隔てる魔法の壁を維持するためには王国民全ての魔力が必要だわ。王国民はみんなで壁を維持することで国を外敵から守ってきた。
今までもこれからも。
だから、魔力を供給できない者は王国民としての義務を果たすことができない。それ故、国外退去を命じられるの。
厳しいようだけど、王国民が一丸となって支えるという王国の根幹となる部分だから致し方ない。
「ルチル。必要なものがあれば何でも言って欲しい。行き先、馬車の手配は任せてもらってもいいかな?」
「父様、何から何までありがとうございます。ルチルは父様の娘であることを誇りに思っております」
「ルチル……!」
「ルチル・アンブローシアは伯爵令嬢の身分をはく奪される身。それでも、心の中でその誇りを抱いていてもよろしいでしょうか……」
「もちろんだとも!」
感極まった父様がガバッと私を抱きしめてくる。
父様。今まで愛情たっぷりに育ててくれてありがとうございます。でも、優しい父様と違ってルチルはそれほどいい子ではありません。
今だって父様に隠していることがあるんですもの。
私の魔力が無くなってから一ヶ月。父様がどれほど奔走してくれたか重々承知している。
だから、彼に私の本当の胸の内を話すことなんてできないの。
私は致命的に令嬢に向いてなかった、なんて彼に言えやしないわ。
言葉遣い、仕草、令嬢としての全てが私に多大なるストレスを与える。自室にいる時だけが私の安らぐ時間だった。
ううん、父様と二人で話をしている時も追加かな。あ、あともう一つあったわ。そこにも顔を出さなきゃ、ね。
「父様。お世話になった方々にご挨拶へ向かってもよろしいでしょうか?」
「行っておいで。馬車を手配するかね?」
「いえ、全て近くですのでお気遣いなく」
「分かった」
と言っても言葉通り一人で出歩くわけにはいかないの。
もう十七歳になるのに街中ならともかく王宮の中でさえ誰かを伴わないといけないなんて、煩わしいったら。
最後の最後まで迷惑をかけちゃうけど、仕方ないよね。
一旦、あと二日暮らす自分の部屋に戻ろう。
◇◇◇
令嬢はお忍びで街に散策へ向かう時くらいしか動きやすい服装をすることができない。
ドレスに背の高いヒールだと歩き辛いことこの上ないわ。だから令嬢はみんな、ゆっくりゆっくり静々と歩くの。
ゆっくり歩いている姿が上品に見え、お高く留まりやがってなんて思う人がいるかもしれない。だけど、本当のところは必要に迫られてなんじゃないかな?
少なくとも私はそうだ。王女様や妹のローズマリーのように上品な立ち振る舞いを意識してやっている人もいるにはいるけど……ね。
自室に入って一息つくと、すぐにでもドレスを脱いでしまいたくなっちゃう。
だけど、これから「王国菜園」に向かわなきゃならないから、このままの姿でいなきゃ。はああ。
私のため息と重なるようにして部屋の扉がコンコンと叩かれる。
「どうぞ」
「失礼いたします」
深々とお辞儀をして入室したのは翡翠色のサラサラした長い髪に濃いグリーンの目をしたメイド姿の女の子だった。
彼女の名はエミリー・フローライト。幼い時は遊び仲間で私が13歳になった時からずっと私のお世話役として仕えてくれている。
彼女は私と違って大人しそうな印象を受け、男の子なら放っておけないような、そんな雰囲気を持った人だ。
「ルチル様。先ほど伯爵様にお会いしました」
「魔力のことを聞いたのね?」
「はい。信じられません! 王国で十指に入ると言われていたルチル様の魔力が無くなるなんて……」
「仕方ないことなの。物事に絶対はないってね。エミリーはどうだった?」
「私は魔力が戻っておりました」
「良かったね! エミリー!」
ぱああっと笑顔になって彼女をぎゅっと抱きしめる。
よかった。本当によかった。
私と彼女は同じ日に魔力を失ったの。彼女まで国外退去になってしまったら、とハラハラしていたわ。
「ルチル様。私などのために……うわあん」
「エミリー。私は本当に本当に嬉しいんだよ。あなたの魔力が戻って」
「そのことですが、ルチル様。私もルチル様とご一緒させてください!」
「え、エミリーは魔力が戻ったから国外退去する必要なんてないじゃない」
「エミリーはルチル様にお仕えすることが喜びです。どこまでもあなた様の傍に置いてくださいませんか」
「で、でも、お金も、ほら」
「そのことでしたらご心配なさらず。伯爵様が取り計らってくださいました」
「え、いや、でも。ほら、このまま伯爵家に仕えることができるよう、私から父様に」
たじろく私に対し、エミリーの決意は固い。
壁の外はモンスターが跋扈する危険地帯と聞く。壁のすぐ外にある僻地はまだマシだと聞いているけど、それでも彼女を危険な目に合わせることなんて……。
でもまだ時間はあるわ。出発するまでに彼女をもう一度説得してみよう。
心の内を隠し、エミリーにはこれ以上何も言わずに彼女を伴って「王国菜園」に向かう。
王国菜園は国の植物研究機関で、主に食用の植物の研究を行っている。
他には過去に栄えていて絶滅してしまい種だけになった植物を再び世に蘇らせるといった研究もされているの。
魔力を失う前の私は自分の属性が「緑」だったこともあり、足繁くここへ通っていた。
お世話になった人も多数いるから、真っ先に挨拶に来たのよ。
噂をすれば、ヤシと呼ばれる木の大きな葉の様子を確かめていた銀色の長い髪を後ろで括った長身の男の人の姿が目に映る。
「ギベオン王子、ご機嫌麗しゅうございます」
「ルチル。元気そうで何よりだ。また菜園を手伝ってくれるのかい?」
「そのことですが、ギベオン王子、お別れの挨拶に参りました」
「……魔力が無くなったという噂は本当だったのか」
ギベオン王子は自らの額に手をあて首を横に振った。
しばらく無言の時が過ぎる。
ギベオン王子が口をつぐんでいるというのに私から話しかけるのも憚られる……んだよね?
貴族社会は色々な暗黙のルールが存在する。暗黙じゃなくてハッキリしてくれたらまだやりやすいのだけど、苦手だ……。
黙っていたら長い沈黙を破って王子が額に当てた手を動かし顔をあげる。
「魔力が戻ることはあるのかい?」
「分かりません」
「そうか……だったら、少し待っていて欲しい」
「はい」
王子の結んだ長い銀色の髪が揺れる後ろ姿を眺め、ふうと小さく息を吐く。
後ろで控えるエミリーに愚痴でも言いたいところだけど、今は我慢よ。
ギベオン王子が嫌だというわけではないの。むしろその逆。王子は気さくで人当たりも柔らかく、魔力を失った私にも今も戦友だと言ってくれるほど出来たお方。
魔力を失う前は「緑の魔女」として王国菜園で王子のお手伝いをさせてもらっていたの。それを王子が戦友だと呼んでくれて――。
さわさわ。
「きゃ」
思い出を振り返っていたら、誰かにお尻を触られた!
令嬢に対してこんなことをする自由人なんて一人しかいないわ。
「私も同様です。誠に遺憾ながら……信じられません。緑の魔女と謳われたあなた様が……」
高価な魔法を込めた糸で編んだローブを身につけた宮廷魔術師の二人が沈痛な面持ちで告げる。
うん、分かっていたよ。自分でも分かるもん。今の私には一切の魔力が無い事を。
淡い桜色のドレスの端を摘まみ、魔力を計測してくれた二人に礼をする。
ずっと私の様子を見守っていた父様が茫然とした顔で指先を震わせながらも私を後ろから抱きしめてきた。
「ルチル……。手を尽くしたが、もはや私にはどうすることもできない。すまない……」
「父様、何をおっしゃるのです」
父様の手に自分の手を重ね、笑ってみせる。
続けて、気に病む彼をこれ以上心配させぬよう殊更明るい声で――。
「王国の守護者であり管理者である貴族が国の命に従わぬことなどあってはなりません。貴族だからこそ、率先して優雅に、ですわよね?」
「ルチル。私の言葉を。そうだな。魔力が戻ればすぐに連絡しなさい」
父様から体を離し、くるりと向き直って彼を真っ直ぐ見つめコクリと頷く。出来る限りの笑顔で。
私と父様の様子を見守っていた老年の宮廷魔術師長が悲痛な顔で厳かに口を開く。
「再検査の結果、ルチル様の魔力はゼロでございました。よって、王国法『魔力無き者』に従い、国外退去となります。三日以内に王都を出立願います」
「はい。謹んで国家のため命に従います」
シルバークリムゾン王国は魔力と魔法によって支えられてきた。
魔力は王国民が持つ最低限の資質とされる。もちろん、これには理由があるの。
王国と外を隔てる魔法の壁を維持するためには王国民全ての魔力が必要だわ。王国民はみんなで壁を維持することで国を外敵から守ってきた。
今までもこれからも。
だから、魔力を供給できない者は王国民としての義務を果たすことができない。それ故、国外退去を命じられるの。
厳しいようだけど、王国民が一丸となって支えるという王国の根幹となる部分だから致し方ない。
「ルチル。必要なものがあれば何でも言って欲しい。行き先、馬車の手配は任せてもらってもいいかな?」
「父様、何から何までありがとうございます。ルチルは父様の娘であることを誇りに思っております」
「ルチル……!」
「ルチル・アンブローシアは伯爵令嬢の身分をはく奪される身。それでも、心の中でその誇りを抱いていてもよろしいでしょうか……」
「もちろんだとも!」
感極まった父様がガバッと私を抱きしめてくる。
父様。今まで愛情たっぷりに育ててくれてありがとうございます。でも、優しい父様と違ってルチルはそれほどいい子ではありません。
今だって父様に隠していることがあるんですもの。
私の魔力が無くなってから一ヶ月。父様がどれほど奔走してくれたか重々承知している。
だから、彼に私の本当の胸の内を話すことなんてできないの。
私は致命的に令嬢に向いてなかった、なんて彼に言えやしないわ。
言葉遣い、仕草、令嬢としての全てが私に多大なるストレスを与える。自室にいる時だけが私の安らぐ時間だった。
ううん、父様と二人で話をしている時も追加かな。あ、あともう一つあったわ。そこにも顔を出さなきゃ、ね。
「父様。お世話になった方々にご挨拶へ向かってもよろしいでしょうか?」
「行っておいで。馬車を手配するかね?」
「いえ、全て近くですのでお気遣いなく」
「分かった」
と言っても言葉通り一人で出歩くわけにはいかないの。
もう十七歳になるのに街中ならともかく王宮の中でさえ誰かを伴わないといけないなんて、煩わしいったら。
最後の最後まで迷惑をかけちゃうけど、仕方ないよね。
一旦、あと二日暮らす自分の部屋に戻ろう。
◇◇◇
令嬢はお忍びで街に散策へ向かう時くらいしか動きやすい服装をすることができない。
ドレスに背の高いヒールだと歩き辛いことこの上ないわ。だから令嬢はみんな、ゆっくりゆっくり静々と歩くの。
ゆっくり歩いている姿が上品に見え、お高く留まりやがってなんて思う人がいるかもしれない。だけど、本当のところは必要に迫られてなんじゃないかな?
少なくとも私はそうだ。王女様や妹のローズマリーのように上品な立ち振る舞いを意識してやっている人もいるにはいるけど……ね。
自室に入って一息つくと、すぐにでもドレスを脱いでしまいたくなっちゃう。
だけど、これから「王国菜園」に向かわなきゃならないから、このままの姿でいなきゃ。はああ。
私のため息と重なるようにして部屋の扉がコンコンと叩かれる。
「どうぞ」
「失礼いたします」
深々とお辞儀をして入室したのは翡翠色のサラサラした長い髪に濃いグリーンの目をしたメイド姿の女の子だった。
彼女の名はエミリー・フローライト。幼い時は遊び仲間で私が13歳になった時からずっと私のお世話役として仕えてくれている。
彼女は私と違って大人しそうな印象を受け、男の子なら放っておけないような、そんな雰囲気を持った人だ。
「ルチル様。先ほど伯爵様にお会いしました」
「魔力のことを聞いたのね?」
「はい。信じられません! 王国で十指に入ると言われていたルチル様の魔力が無くなるなんて……」
「仕方ないことなの。物事に絶対はないってね。エミリーはどうだった?」
「私は魔力が戻っておりました」
「良かったね! エミリー!」
ぱああっと笑顔になって彼女をぎゅっと抱きしめる。
よかった。本当によかった。
私と彼女は同じ日に魔力を失ったの。彼女まで国外退去になってしまったら、とハラハラしていたわ。
「ルチル様。私などのために……うわあん」
「エミリー。私は本当に本当に嬉しいんだよ。あなたの魔力が戻って」
「そのことですが、ルチル様。私もルチル様とご一緒させてください!」
「え、エミリーは魔力が戻ったから国外退去する必要なんてないじゃない」
「エミリーはルチル様にお仕えすることが喜びです。どこまでもあなた様の傍に置いてくださいませんか」
「で、でも、お金も、ほら」
「そのことでしたらご心配なさらず。伯爵様が取り計らってくださいました」
「え、いや、でも。ほら、このまま伯爵家に仕えることができるよう、私から父様に」
たじろく私に対し、エミリーの決意は固い。
壁の外はモンスターが跋扈する危険地帯と聞く。壁のすぐ外にある僻地はまだマシだと聞いているけど、それでも彼女を危険な目に合わせることなんて……。
でもまだ時間はあるわ。出発するまでに彼女をもう一度説得してみよう。
心の内を隠し、エミリーにはこれ以上何も言わずに彼女を伴って「王国菜園」に向かう。
王国菜園は国の植物研究機関で、主に食用の植物の研究を行っている。
他には過去に栄えていて絶滅してしまい種だけになった植物を再び世に蘇らせるといった研究もされているの。
魔力を失う前の私は自分の属性が「緑」だったこともあり、足繁くここへ通っていた。
お世話になった人も多数いるから、真っ先に挨拶に来たのよ。
噂をすれば、ヤシと呼ばれる木の大きな葉の様子を確かめていた銀色の長い髪を後ろで括った長身の男の人の姿が目に映る。
「ギベオン王子、ご機嫌麗しゅうございます」
「ルチル。元気そうで何よりだ。また菜園を手伝ってくれるのかい?」
「そのことですが、ギベオン王子、お別れの挨拶に参りました」
「……魔力が無くなったという噂は本当だったのか」
ギベオン王子は自らの額に手をあて首を横に振った。
しばらく無言の時が過ぎる。
ギベオン王子が口をつぐんでいるというのに私から話しかけるのも憚られる……んだよね?
貴族社会は色々な暗黙のルールが存在する。暗黙じゃなくてハッキリしてくれたらまだやりやすいのだけど、苦手だ……。
黙っていたら長い沈黙を破って王子が額に当てた手を動かし顔をあげる。
「魔力が戻ることはあるのかい?」
「分かりません」
「そうか……だったら、少し待っていて欲しい」
「はい」
王子の結んだ長い銀色の髪が揺れる後ろ姿を眺め、ふうと小さく息を吐く。
後ろで控えるエミリーに愚痴でも言いたいところだけど、今は我慢よ。
ギベオン王子が嫌だというわけではないの。むしろその逆。王子は気さくで人当たりも柔らかく、魔力を失った私にも今も戦友だと言ってくれるほど出来たお方。
魔力を失う前は「緑の魔女」として王国菜園で王子のお手伝いをさせてもらっていたの。それを王子が戦友だと呼んでくれて――。
さわさわ。
「きゃ」
思い出を振り返っていたら、誰かにお尻を触られた!
令嬢に対してこんなことをする自由人なんて一人しかいないわ。
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