上 下
33 / 45

第33話 ぐっすり寝てくださいね

しおりを挟む
 木質が消失しブロックが三個出現すると共に、バサバサ―ッと音をたて葉っぱが大量に降ってきた。最初は驚いたけど、今となっては見慣れた光景だ。

「な、なんという……」

 しかし、初めてブロック化を見たエドはライラやフィアのように冷静ではいられなかった。彼はこれでもかというほど目を見開き、口は開きっぱなしになっている。
 彼がワナワナと驚愕しているところすまないけど、俺はタブレットに新しい木を映しこみ更にブロックを作成した。
 
「次に進めたいんですが大丈夫ですか?」
「あ、ああ。君を見た時……フィアから聞いていたが、正直なところ、どこにでもいる青年だと思ってしまった」

 うん、俺自身はどこにでもいる人間に過ぎないことは間違っていない。このタブレットが異常ってことなんだけど……。
 俺はそんな思いはおくびにも出さず、ブロックを真っ直ぐに積み上げて見せた。
 
「ブロックを作ることと同じくらい……いえ、それ以上に重要なことがブロックを動かすことなんです」
「ま、瞬きを行う間に移動してしまったぞ!」
「この能力を使って、まずはアリの数を減らそうと思います」
「比類なき大魔法だとは理解したが、それだけではアリを倒すことができないのではないか?」
「いえ……」

 ブロックを空中に出現させ、落とす。
 
「このように、アリを潰します」
「な、なんと……」
「賢者さまー、すごーい」

 言葉が出ないといった風のエドの後ろからフィアがぴょんぴょん跳ねながら称賛の声をあげる。
 こんなことができるのも、ブロックの頑丈さがあってこそなんだが……そこまで説明する必要はないだろ。
 せっかくだから、このブロックはキープしておくか……俺がタブレットにブロックを映しこもうとしていると、エドが俺を呼びかけた。
 
「賢者よ。あなたの大魔法があれば、アリどもなぞ恐るるに足らず」
「いえ、そこで相談なんです。エドさん。アリは巣の中に大量にいるんですよね?」
「うむ。次から次へと出てくるのだ。ま、まさか、賢者よ……」
「はい。巣を何とかしないと解決はしないです。そこで、村の皆さんにも相談が――」

 俺はエドに巣穴ごとアリを殲滅する作戦を伝えると、彼は顎に手をあて「ううむ」と声を出しながら熟考を始める。
 この作戦を実施するにはいくつか条件がある。エドは俺の出した条件が達成できるか、また俺の作戦に漏れが無いかを検討しているのだろう。
 五分くらいエドが虚空を見つめ考え込んだ後、静かに口を開く。
 
「賢者よ。私の見立てでは恐らく可能だと思う。もし作戦がうまくいかないにしても、あなたにはアリの数を減らすだけでも協力していただきたい」
「はい。元々そのつもりです」
「村の者の説得は任せてくれ。明朝、またこの場所で落ち合う形でいいだろうか。そのまま村へ来てもらいたい」
「分かりました。全力を尽くします」
「急ぎ村へ戻る。二人のことは明日までお願いしてもいいだうか?」
「問題ありません」

 エドは俺とガッチリ握手を交わすと、翼をはためかせて空へと飛び立っていった。
 彼が見えなくなるまで目で追った後、ライラ達へ顔を向ける。
 
「一旦戻ろうか。悪いけど、フィアも一緒に」
「わーい。やったー。おねえちゃんと一緒ー」

 村に比べて快適とはいえないと思われる拠点だけど、ライラといられるのはそんなに嬉しいことなんだな。
 うーん、ライラを村に帰してやれないだろうか。フィアとライラの会話を聞いていた限り、結婚の話もお流れになりそうなんだけどなあ……。
 
 ◆◆◆
 
――その日の晩
 体もさっぱりと洗い流し、着慣れたジャージに着替えるとどっと疲れが出てしまいすぐに居室で寝ころんでしまった。
 いつもはポチをモフモフしながら、眠くなったら寝るんだけど……この日はポチが来る前に眠ってしまう。
 話は変わるが、熱帯雨林の中だというのに、この世界は深夜になると肌寒くなってくるのだ。そのため、目が覚めてしまい……しかし眠気に勝てるわけもなくライラが作ってくれた藁で編んだ布団を頭までかぶって再び眠りにつこうとした。
 
 ん、暖かい。ポチかあ。
 俺は目を瞑ったまま手を伸ばしわしゃわしゃといつものように動かす……ん、何か違う。
 ポチの毛はもっとこうぬいぐるみのようなモサモサした感じなんだけど……こっちはサラサラした手触りなのだが?
 
 何かおかしい。
 目を開ける。
 薄紫の後頭部が目に入る。
 気のせいだと思い、目を閉じてからまた目を開く。
 やっぱり、え、ええええ。
 
「ライラ?」

 なんと布団に入っていたのはポチではなく、俺に背を向けて頭を撫でられるままになっているライラだったのだ!
 
「良介さん、あ、あの、そのですね」

 ライラは俺に背を向けたままモゴモゴと何か言おうとしているが言葉になっていない。
 どうすりゃいい? この状況……。布団は二人の体温で温まっており、完全に目が覚めた俺は体温があがってきたこともあり布団に潜っていると暑いくらいだ。
 いっそ、このまま……おそ、って。待て待て、俺は何を言っているんだよお。約束したじゃないか、ライラと。
 
「りょ、良介さん、ポチがフィアと寝てしまってですね、そ、その布団が、そう布団が占領されてしまいまして」
「そ、そうだったのか……今日は俺だけ先に寝てしまったものな」

 じゃあ、仕方ないかあ。布団が無いんだものねー。
 しばらく無言の時間が過ぎる……。
 そ、そんなわけあるかああああ。この状況で寝られるわけねえだろうが。
 
「良介さん、今日は父と会っていただきありがとうございます。それに……村のことも」
「あ、うん」

 ひょっとしてライラはこのことを言うために、理由をつけてここに潜り込んできたのか。
 俺も彼女と話をしたいことがある。今はフィアがいるからアリの件が終わってからにしようと思っていたけど、いい機会だから……。
 
「ライラ、君は村に戻りたくはないのか?」
「村のことは好きです。ですが……」
「フィアも言っていたけど、君を無理に結婚させようなんてもう言わないんじゃないかな。なんなら、俺からも君の父さんに」

 恩を売る目的ではなかったけど、俺からの頼みとなるとライラの父も断り辛いはず。
 もっとも、ちゃんとアリを駆除したらだけど……。
 俺の言葉にライラからの返答はなく、時間だけが過ぎていく。俺が自身の興奮を紛らわせるために百五十ほどのひつじを数えた時、ライラはポツリポツリと呟き始めた。
 
「良介さん、私、正直どうしていいのか……分からないんです」
「うん」
「さっきも言いましたが、村のことは好きです。でも、私はここの生活も……」
「お、俺のことなら心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんとサバイバルしてみせる」
「い、いえ、良介さんがお一人で生活していけないから心配とか、そういうことではなくてですね……」
「お、おう」

 違うのか。自慢じゃないが、これまでライラがいなかったらまともな生活ができていない自信があるぞ。
 火起こしでダウンしていた可能性もあるからな……恐ろしいことに。
 
「私はここにきて、自分を必要としてくれて満たされていたんです。頼りない私でもこうして……やれるんだって」

 ライラが村でのことを語ることはあまりないが、彼女は自分の「できなささ」にコンプレックスがあることは分かっていた。
 俺から見たら、出来ないどころか万能過ぎてびっくりさせられることばかりなんだけどなあ。
 
「ライラ。君が望む通りにしてくれたらいいよ。戻るもよし、ここにいるのもよし」
「ありがとうございます!」
「うん、ゆっくりと考えて。村に行ってもいつでも戻ってきてもいいんだから」

 俺はライラの絹糸のような髪を手でくしけずる。「大丈夫だよ」と彼女に伝えるように。

「はい……ここにいたいのはそれだけじゃ、ないんだけど……」
「ライラ? 何か言った?」

 彼女の声がくぐもって何を言っていたのか聞き取れなかった。
 聞き返したら、「なんでもないです!」と言って体を丸めてしまうし……。
 
 なんだか話をしたいことを話せたおかげか、ホッとしたことで急速に眠気が襲ってくる。
 さっきまで、ライラへ襲い掛かってしまうううとかワタワタしていたことが嘘のように、眠気に耐えられず俺はそのまま意識を手放す。
 
「ぐっすり眠ってくださいね、良介さん」

 そんなライラの声が聞こえた気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...