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第30話 ふええ

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 今俺たちは固い表情のフィアを連れてアリの巣穴の前まで来ている。ライラとウォルターの助言通りに巣穴の周囲までブロックで固めていたおかげか、アリの巣穴がブロックの横から出現しているということは無かった。
 また、巣穴のあった位置に昨日構築した囲いも、俺たちが観察するためのやぐらもそのままの姿で残っている。
 
「ライラ、あの櫓からアリを監視するんだけど……」
「はい」
「全員が入るには少し狭いから大きく作り直すよ」

 彼女へ目配せすると、察してくれた様子で彼女は頷きを返す。
 ライラは少し膝をかがめてフィアの目線に合わせると、フィアは不安そうに顔をしかめた。
 
「フィア、驚くかもしれないけど……」
 
 ライラはそこで言葉を切り、フィアの反応を待つ。
 
「うん」

 フィアが言葉を返すと、ライラは大きく深呼吸を行ってから口を開く。

「ここにあるブロックは全て良介さんの魔法で作ったものなの」
「う、う、うん」

 あ、ダメだ。フィアはまたクラクラ来ている様子。この調子でブロックを作っても大丈夫かなあ……。
 
「良介さん、お願いします」

 俺の心配をよそに、ライラはフィアをギュッと抱きしめると大丈夫だと告げた。
 
 またフィアが気絶しちゃわないか心配だけど、ライラを信じて荒療治といきますか。
 俺はタブレットを手に出すと、近くの樹木をブロック化する。すると、木質を失った樹木からバサバサ―っと大きな音を立てて葉っぱが大量に振ってくる。
 
「ふえええ」
「フィア、大丈夫だから」

 二人の様子が気になるけど、このまま進めるぞ。
 俺はタブレットを操作し、櫓のサイズを一回り大きなものへと移動させ決定ボタンをタップする。
 次の瞬間、現実世界の櫓も一瞬にしてサイズが変化した。
 
「す、すごすぎて……。わたし、何が何だか分からないよー」
「フィア、まだこれからだから。ちゃんと見てて」

 動揺するフィアの頭をライラが優しく撫でる。

「じゃあ、櫓の上に登ってもらえるかな?」
「はい、良介さん」

 手を繋いで登る二人の後をついていき、櫓の上まで登り切った俺たち。

「アリの巣穴を開けるよ」

 タブレットを出してアリの巣穴を塞いでいるブロックを全て移動させると、ブロックの床に囲まれたアリの巣穴が姿を現した。
 開けたといってもすぐにアリが出てくるわけでもないんだよなあと呑気に構えていたら、空を飛ぶウォルターが目に入る。
 ん、んん、こっちに迫ってくるじゃあないか。あれよあれよという間にウォルターは俺の頭にとまると、嘴で俺の頭をつつく。
 
「痛いって、ウォルター」
「アリが出てきているだろう? ちゃんと見ているのか?」

 ウォルターの指摘通り、さっき解放したばかりの穴からアリが一匹出てこようとしているじゃないか!
 
「あああああ」

 アリを見たフィアから悲鳴があがる。
 
「大丈夫、大丈夫だから、フィア」

 ライラがフィアの頭を胸で抱え込むように強く抱きしめている。

「ライラ、アリを駆除してもいいのかな?」

 フィアに見せるべきか迷った俺はライラに聞いてみると、彼女は無言で頷きを返した。
 それじゃあ、遠慮なく。
 タブレットを操作すると、空中にブロックが突如出現しそのまま落下していく。
 落下先は穴から出て来たばかりのアリ。
 
 自由落下するブロックはそのままアリの上に落ちてきて、さしたる音も立てずにアリを押しつぶす。
 続いて次のアリが出てきたら困るので、すぐに巣穴をブロックで塞いだ。
 
「駆除完了。ブロックを消してもいいかな? ライラ?」
「は、はい。何度見てもすごいですね。良介さん」
「え? もう……?」

 俺とライラの言葉を聞いていたフィアは頭をあげると、大きな丸い目を更に見開いて驚きの声をあげた。
 
「うん、もう駆除したから心配ないよ」

 俺はできる限り柔らかい声を出して、フィアを安心させるように言葉を紡ぐ。
 
「ほ、ほんと?」
「ああ、本当だよ」

 確認するように問いかけるフィア。俺はその証拠と言わんばかりに、アリを押しつぶしたブロックを移動させる。
 ブロックの下から出て来たのは、ぺしゃんこに潰れたメタリックブルーのアリの姿。
 一方のフィアはわなわなと体を震わせて、潰れたアリをじーっと見つめていた。
 
「賢者さま、本当に賢者さま?」

 フィアはキラキラした瞳で両手を胸の前で組み、そう問いかけてくる。
 こ、困る。どうすりゃいいんだこれ……。困った俺はライラへ目を向けると彼女は任せてと自信満々に首を縦に振った。
 
「だから言ったじゃない、フィア。良介さんは賢者様だって」

 賢者設定で押し切るつもりかよおお。
 フィアの純粋な目線が痛い、痛いよ。

「賢者さまー、わたしたちの村を助けて欲しいの……」

 フィアの表情とは裏腹に縋るようなに絞り出す声色で彼女はそう言った。
 一体、彼女の村で何が起きたんだ?
 
「フィア、村に何かあったの?」

 俺が問いかける前に、ライラがまくし立てるようにフィアの肩を揺する。
 
「おねえちゃん、村に、村に、アリが出たのー」
「……アリ……」

 ライラの表情が強張り、彼女はやっとのことでアリという言葉だけを返したのだった。

「ウォルター」

 俺は未だ頭にとまるウォルターへ声をかける。
 
「何かね?」
「村にアリが出たらどうなる?」
「ふうむ。我が輩は村の規模が分からぬからな。アリの脅威は良介も把握しておるだろう?」
「まあ、そうだけど……」

 ライラたちに聞くのが一番なんだけど、彼女たちの深刻な様子を見ていると聞くに聞けなかったんだよ。
 人の居住地にアリが出た場合どうなるかは、居住地の規模によるだろう。アリを殲滅できるか穴を完全に塞ぐことができるのならば、被害が出るかもしれないけど抑え込むことができる。
 しかし、アリの物量に対応できない場合……居住地の備蓄も畑も根こそぎアリに奪われてしまうだろう……。
 
 考えたくないが、彼女らの様子を見る限り……ライラの村は後者に当たると思って間違いない。
 
 俺は自分に余裕があって困っている人たちがいるのなら、助けてあげたいという気持ちはある。しかし、自分の手を超える案件であったり、自分を犠牲にしてまで他人を助けようとするほどの気概は持ち合わせていない……。
 俺がライラたちの村を救えるかどうかは、彼女たちに聞いてみないことには不明だ。できることなら助けてあげたい。しかし……ダメな場合、ハッキリと断ることが必要になる。
 俺は「断る」ことが心苦しくて、彼女たちに声をかけられないでいる……。なんという情けない奴なんだよ、俺って。
 
「痛い!」

 俺の考えを遮るように、ウォルターの嘴が頭に突き刺さる。
 
「全く、お主は何をやっておるのじゃ? 女子が二人、困っておるのだぞ?」

 そうだ。そうだよな。切羽詰まっている彼女たちに対して、俺は「断れないかも」っていうくだらない理由で躊躇していた。
 大丈夫だ。その時はその時。ここで動かないままでいることは悪手以外なに物でもない!
 
「ありがとう、ウォルター」
「ふむ。うまくやれよ。良介」

 ウォルターはもう語ることは無いと意思を表示するかのように、空へと飛び立ってしまった。
 よっし、俺はパンと自分の頬を叩きライラたちの方へ向き直る。
 
「フィア、君の村の様子を教えてもらえるか?」
「うん、村にアリが出たの。それで、それで……」
「落ち着いて……ゆっくりでいいから」
「うん。あのね。アリがいっぱいで村が……みんなのごはんが」

 フィアはポツリポツリと村の様子を話してくれた。
 村の規模は小さく、村が総出でアリと戦ったが、いかんせん数が多く対応しきれていないそうだ。今はアリの脅威が去るまで退避する派とアリを殲滅するまで戦い抜く派で争いが始まっているらしい。
 村の意思統一がなされていないのは痛いな……。

「良介さん、村は舗装されておらず、アリはどこにでも穴を開けることができるんです」
「あ、そういうことか……そいつは深刻だな……」

 巣穴の中にいるアリがどれほどのものか分からないけど、単純に穴を塞いだところで意味がないってことかあ。
 コンクリートでもあればいいんだけど……もしくは殺虫剤を巣穴の中に噴射して……いや、そんなものはさすがにないか。バルサンみたいに焚いて終わりなら穴を塞いで密封したら殲滅できるけど。
 ん、まてよ……密封か。
 
「どうされました。良介さん」
「手はあるかもしれない。でも、それを調べるのに一つ問題があるんだ」
「何でしょうか?」
「それは、俺が人間だってことだよ」
「で、でも良介さんは……違います!」

 ここでライラと言い合いになっても仕方ないと思った俺は、彼女へ切り返す。
 
「ライラ、少なくとも俺の見た目は人間だろ? 君もフィアも俺を初めて見た時どうだった?」
「な、なるほど。そういうことですか……」

 悪魔族の村へ俺が入ることが困難なんだよ……。こいつをまずクリアしないことには助けようにも助けることができない。
 「人間が襲ってきたーと」なって悪魔族から袋叩きにされたら意味がないから。
 俺の思いついた手は、村人の協力が不可欠なものものなんだ……。
 こっそりと、夜中に村へ侵入してちょいちょいとブロックアプリで解決できればいいんだけど、あいにくそういう手は思いつかない。

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