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43.イブロ
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「戦闘データを蓄積、分析中……」
不意にチャンスが訪れる。ヨシ・タツが突如動きを止め何かブツブツと呟き始めたのだ。
この好機に動かぬイブロではない。イブロは右足を軸に跳ね上がると腰を捻り全ての力をカルディアンに乗せ一点に狙いを定める。
狙うは……頭だ。
確信をもってカルディアンを振りぬいたイブロであったが、手ごたえをまるで感じない。それもそのはず、ヨシ・タツはカルディアンの動きをミリ単位で見切り首を引っ込め、躱してしまったのだった。
「分析完了デス」
ヨシ・タツの鷹の目が赤く光る。
彼が何をやったのかイブロには理解できない。しかし、そのようなことイブロにとって些細な問題でしかないのだ。
やることは変わらない。ヨシ・タツを打倒す。それだけのこと。
何のつもりか分からぬが、槍を下げるとは……その余裕が命取りになるぞ。
イブロは構わずカルディアンを腰の回転を乗せ真横に振るう。これは胴体を狙った受け止めるには容易く、避けることが困難な攻撃である。
しかし、ヨシ・タツはイブロの動きを予め読んでいたかのように既に一歩後方へ動いていた。その結果、カルディアンはヨシ・タツのヘソの上辺りを通過していく。
続けて数度カルディアンを振るうも、ヨシ・タツは同じようにして全ての攻撃を軽々と躱して見せた。
「検証終了……覚悟はいいデスか?」
息が上がってきたイブロへ無慈悲に告げるヨシ・タツ。
そこへ、チハルの絶叫が割り込んでくる。
「イブロ、もう、カルディアンの力が、逃げて、逃げてイブロ!」
「大丈夫だって言っているだろう。チハル」
そうは言ったものの、イブロは打つ手を失くしていた。
一方のヨシ・タツは槍を両手で握りしめ、イブロの顔へ穂先を向ける。勝負はついたと言わんばかりに。
「逃げても構いまセン。ワタシの目的は一つデスから」
逃げるだと……。こともあろうに自分に向けて逃げろと言うのかこいつは。イブロの胸中へ熱いものがこみ上げてくる。
少女に庇われ、友人に託され、逃がされた。逃げることはイブロがイブロであることを否定するものだ。チハルとの交流を通じて変わったイブロとはいえ、根本は変わることなどあり得ない。
護る。そうだ。俺はチハルを護る。
カルディアン、お前さんが護る者というのであれば、力を貸せ。
それで勝てるというのなら、構わない。
――俺の全てを持っていけ。
「ダメ! イブロ! それはダメえええ!」
チハルの絶叫が響く。
「全力でかかってこい。ヨシ・タツ」
イブロはカルディアンを水平に構え、ヨシ・タツを真っ直ぐ睨みつける。それと同時にカルディアンから黄金の光が噴出し、彼の体を包み込み始めたのだった。
幻想的に見える光景であったが、イブロの全身の骨という骨がきしみ、筋線維がブチブチと音を立てる。それに伴い凄まじい激痛が彼を襲う。
対するヨシ・タツはイブロの言葉に応えず、かわりに槍を真っ直ぐイブロに向けて構え――踏み出す。
交差するかに見えたイブロとヨシ・タツであったが、イブロがカルディアンを振るうとヨシ・タツの槍がひしゃげ宙に舞う。
その動きだけでイブロのどこかの骨が折れ、全身が悲鳴をあげる。しかし、イブロは構わず次の動作に移った。
彼はカルディアンを回転させた勢いを持って、カルディアンを高く掲げるとそのまま振り下ろす。
鈍い音がしてヨシ・タツの頭蓋に直撃したカルディアンはまるで柔らかいものを潰すように何の抵抗もなく彼の身体を引き裂く。
――バラバラに砕け散ったヨシ・タツ。
そこで役目を終えたかのようにイブロの体を覆っていた黄金の光が飛散し、消え失せる。
「ハアハア……」
イブロはその場でガクリと膝をつき、荒い息を吐く。
「イブロ! イブロ!」
チハルがイブロの肩を抱き、彼を後ろから支える。しかし、彼はもう立っていられるほどの体力も失われつつあり、体から力が抜けていくのだった。
そのまま仰向けに倒れこむイブロをチハルが抱きしめ、引き寄せる。
「チハル、どうだ。大丈夫だっただろ?」
「違う、違うよ。イブロ。ダメだっていったのに……」
「俺はな、チハル。ずっと大切な誰かを護りたかったんだ」
「ダメだよ。イブロ。眠らないで!」
「眠らないさ」
ゴンサロを失って以来、無為に生きてきた。ずっと自分が犠牲になりたかったとあの時以来嘆いていたイブロ。
チハルがいて、チハルを護り、そして死んでいくのなら……これほど幸せなことはない。イブロは薄れていく意識の中、少女と友の笑顔を見た気がした。
「イブロ、イブロおおおお!」
「少し……休むだけだ」
チハルの声がどんどん遠ざかっていく……。
ありがとう、チハル。イブロは心の中で彼女へ感謝の言葉を述べた。
「イブロ、ダメ、イブロ。イブロおおお!」
チハルには分かる。イブロの命の灯が今にも消えそうになっていることを。
どうしたらいい。わたしが自壊すればイブロを救うことができる。
「でも……」
それはダメなの。チハルは首をブンブンと左右に振る。
壊れないでイブロ。あなたがいないとわたし……。チハルは胸にこれまで感じたことの無い熱さを感じる。
その熱さは胸から顔まで上がってきて、目に至る。
目から頬を伝い、イブロの体にポタポタと熱い何かが落ちた。
「チハル、涙を流せるようになったんだな……もう安心だ……俺は……」
そこで、イブロの意識が完全に途絶える。
「イブロ、イブロ? うあああああああ」
チハルの目からとめどなく涙が溢れ出た。これが涙?
とても悲しい時、人の目から流れるものだと記録にある。でも、こんな思いしたくなかった。チハルは慟哭する。
イブロが人間であって欲しいと望んだ。最初は真似をしていただけだったけど、いつしかそうではなくなった。
ワタシはわたしとなり、人と変わらぬ感情を持つまでになったのだ。涙だって流せる……。
でも、そんなもの要らない。わたしにはイブロが、イブロが必要なの。チハルはひっくひっくとしゃくりあげ、流れる涙もそのままにイブロへひしとしがみつく。
その時、彼女はあることに気が付いた。
「イブロの傷が修復されている! どうしてだろう」
今度は逆に歓喜の涙を流しそうになったチハルであったが、その気持ちを抑え冷静に状況を分析する。
そうか、チハルは気が付く。自分の涙も魔晶石と同じ……マナそのものなんだ。
それが自分の「修復して欲しい」という思いに反応し、イブロの傷を癒した。
「イブロ、戻ってきて!」
チハルは願う。彼女の願いに応じるかのように、チハルの涙はイブロの傷を治す力に変わり彼の全身の傷が癒されていく。
「ダメ……足りないの……マナが足りない」
チハルは独白し、イブロを強く抱きしめると彼から体を離す。
「ソル」
チハルが離れるのを待っていたかのようにソルが彼女の頬に流れた涙を舐める。その仕草はまるで彼がチハルを慰めているようにも見えた。
「ソル、そのままじっとしていて」
チハルはソルの顎を撫でると、彼の傷が癒えるように祈る。
すると彼女の祈りに応えたマナが、ソルの腹の傷を癒やしていく。
「ソル、八十八パーセントまでは修復できたよ。全部じゃなくてごめんね」
ソルはチハルの胸に頬を擦り付けグルグルと喉を鳴らした。
『何があったのじゃ……』
チハルが今一度イブロへ顔を向けた時、腹の底へ響くほどの声が彼女の耳へ入ったのだった。
「グウェインさん!」
『なんだその声は。もしかして儂が死んだとか思っておったのか?』
「う、うん……」
『全く……儂がその程度で死ぬわけないだろう』
やれやれと言った声が響くと、上空から風が吹きチハルの髪が浮き上がった。
風と共に降り立ったのはグウェインと紅目、緑目たち……。
不意にチャンスが訪れる。ヨシ・タツが突如動きを止め何かブツブツと呟き始めたのだ。
この好機に動かぬイブロではない。イブロは右足を軸に跳ね上がると腰を捻り全ての力をカルディアンに乗せ一点に狙いを定める。
狙うは……頭だ。
確信をもってカルディアンを振りぬいたイブロであったが、手ごたえをまるで感じない。それもそのはず、ヨシ・タツはカルディアンの動きをミリ単位で見切り首を引っ込め、躱してしまったのだった。
「分析完了デス」
ヨシ・タツの鷹の目が赤く光る。
彼が何をやったのかイブロには理解できない。しかし、そのようなことイブロにとって些細な問題でしかないのだ。
やることは変わらない。ヨシ・タツを打倒す。それだけのこと。
何のつもりか分からぬが、槍を下げるとは……その余裕が命取りになるぞ。
イブロは構わずカルディアンを腰の回転を乗せ真横に振るう。これは胴体を狙った受け止めるには容易く、避けることが困難な攻撃である。
しかし、ヨシ・タツはイブロの動きを予め読んでいたかのように既に一歩後方へ動いていた。その結果、カルディアンはヨシ・タツのヘソの上辺りを通過していく。
続けて数度カルディアンを振るうも、ヨシ・タツは同じようにして全ての攻撃を軽々と躱して見せた。
「検証終了……覚悟はいいデスか?」
息が上がってきたイブロへ無慈悲に告げるヨシ・タツ。
そこへ、チハルの絶叫が割り込んでくる。
「イブロ、もう、カルディアンの力が、逃げて、逃げてイブロ!」
「大丈夫だって言っているだろう。チハル」
そうは言ったものの、イブロは打つ手を失くしていた。
一方のヨシ・タツは槍を両手で握りしめ、イブロの顔へ穂先を向ける。勝負はついたと言わんばかりに。
「逃げても構いまセン。ワタシの目的は一つデスから」
逃げるだと……。こともあろうに自分に向けて逃げろと言うのかこいつは。イブロの胸中へ熱いものがこみ上げてくる。
少女に庇われ、友人に託され、逃がされた。逃げることはイブロがイブロであることを否定するものだ。チハルとの交流を通じて変わったイブロとはいえ、根本は変わることなどあり得ない。
護る。そうだ。俺はチハルを護る。
カルディアン、お前さんが護る者というのであれば、力を貸せ。
それで勝てるというのなら、構わない。
――俺の全てを持っていけ。
「ダメ! イブロ! それはダメえええ!」
チハルの絶叫が響く。
「全力でかかってこい。ヨシ・タツ」
イブロはカルディアンを水平に構え、ヨシ・タツを真っ直ぐ睨みつける。それと同時にカルディアンから黄金の光が噴出し、彼の体を包み込み始めたのだった。
幻想的に見える光景であったが、イブロの全身の骨という骨がきしみ、筋線維がブチブチと音を立てる。それに伴い凄まじい激痛が彼を襲う。
対するヨシ・タツはイブロの言葉に応えず、かわりに槍を真っ直ぐイブロに向けて構え――踏み出す。
交差するかに見えたイブロとヨシ・タツであったが、イブロがカルディアンを振るうとヨシ・タツの槍がひしゃげ宙に舞う。
その動きだけでイブロのどこかの骨が折れ、全身が悲鳴をあげる。しかし、イブロは構わず次の動作に移った。
彼はカルディアンを回転させた勢いを持って、カルディアンを高く掲げるとそのまま振り下ろす。
鈍い音がしてヨシ・タツの頭蓋に直撃したカルディアンはまるで柔らかいものを潰すように何の抵抗もなく彼の身体を引き裂く。
――バラバラに砕け散ったヨシ・タツ。
そこで役目を終えたかのようにイブロの体を覆っていた黄金の光が飛散し、消え失せる。
「ハアハア……」
イブロはその場でガクリと膝をつき、荒い息を吐く。
「イブロ! イブロ!」
チハルがイブロの肩を抱き、彼を後ろから支える。しかし、彼はもう立っていられるほどの体力も失われつつあり、体から力が抜けていくのだった。
そのまま仰向けに倒れこむイブロをチハルが抱きしめ、引き寄せる。
「チハル、どうだ。大丈夫だっただろ?」
「違う、違うよ。イブロ。ダメだっていったのに……」
「俺はな、チハル。ずっと大切な誰かを護りたかったんだ」
「ダメだよ。イブロ。眠らないで!」
「眠らないさ」
ゴンサロを失って以来、無為に生きてきた。ずっと自分が犠牲になりたかったとあの時以来嘆いていたイブロ。
チハルがいて、チハルを護り、そして死んでいくのなら……これほど幸せなことはない。イブロは薄れていく意識の中、少女と友の笑顔を見た気がした。
「イブロ、イブロおおおお!」
「少し……休むだけだ」
チハルの声がどんどん遠ざかっていく……。
ありがとう、チハル。イブロは心の中で彼女へ感謝の言葉を述べた。
「イブロ、ダメ、イブロ。イブロおおお!」
チハルには分かる。イブロの命の灯が今にも消えそうになっていることを。
どうしたらいい。わたしが自壊すればイブロを救うことができる。
「でも……」
それはダメなの。チハルは首をブンブンと左右に振る。
壊れないでイブロ。あなたがいないとわたし……。チハルは胸にこれまで感じたことの無い熱さを感じる。
その熱さは胸から顔まで上がってきて、目に至る。
目から頬を伝い、イブロの体にポタポタと熱い何かが落ちた。
「チハル、涙を流せるようになったんだな……もう安心だ……俺は……」
そこで、イブロの意識が完全に途絶える。
「イブロ、イブロ? うあああああああ」
チハルの目からとめどなく涙が溢れ出た。これが涙?
とても悲しい時、人の目から流れるものだと記録にある。でも、こんな思いしたくなかった。チハルは慟哭する。
イブロが人間であって欲しいと望んだ。最初は真似をしていただけだったけど、いつしかそうではなくなった。
ワタシはわたしとなり、人と変わらぬ感情を持つまでになったのだ。涙だって流せる……。
でも、そんなもの要らない。わたしにはイブロが、イブロが必要なの。チハルはひっくひっくとしゃくりあげ、流れる涙もそのままにイブロへひしとしがみつく。
その時、彼女はあることに気が付いた。
「イブロの傷が修復されている! どうしてだろう」
今度は逆に歓喜の涙を流しそうになったチハルであったが、その気持ちを抑え冷静に状況を分析する。
そうか、チハルは気が付く。自分の涙も魔晶石と同じ……マナそのものなんだ。
それが自分の「修復して欲しい」という思いに反応し、イブロの傷を癒した。
「イブロ、戻ってきて!」
チハルは願う。彼女の願いに応じるかのように、チハルの涙はイブロの傷を治す力に変わり彼の全身の傷が癒されていく。
「ダメ……足りないの……マナが足りない」
チハルは独白し、イブロを強く抱きしめると彼から体を離す。
「ソル」
チハルが離れるのを待っていたかのようにソルが彼女の頬に流れた涙を舐める。その仕草はまるで彼がチハルを慰めているようにも見えた。
「ソル、そのままじっとしていて」
チハルはソルの顎を撫でると、彼の傷が癒えるように祈る。
すると彼女の祈りに応えたマナが、ソルの腹の傷を癒やしていく。
「ソル、八十八パーセントまでは修復できたよ。全部じゃなくてごめんね」
ソルはチハルの胸に頬を擦り付けグルグルと喉を鳴らした。
『何があったのじゃ……』
チハルが今一度イブロへ顔を向けた時、腹の底へ響くほどの声が彼女の耳へ入ったのだった。
「グウェインさん!」
『なんだその声は。もしかして儂が死んだとか思っておったのか?』
「う、うん……」
『全く……儂がその程度で死ぬわけないだろう』
やれやれと言った声が響くと、上空から風が吹きチハルの髪が浮き上がった。
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