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29.アーティファクト対アーティファクト
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首をゴキゴキと鳴らし、前へ一歩、また一歩進んでいくイブロ。
対峙する奇妙な男は腰に吊り下げている剣の柄を手に取る。彼はダラリと腕を伸ばし、首だけを斜めに傾け……
……ニマアアと嗤う。
「探索者さん、その棍……『伸びる』んでしょう?」
「……」
イブロは眉間にしわを寄せ、男を睨みつける。
「私のこれも……おいでなさい」
男が腕を前に振ると銀色の刀身が現れた。刀身は長く男の身の丈ほどもあり、普通の剣と異なり反りが入っている。片刃の刀身は刃の部分だけがギラリと輝きを放っているように見えた。
「アーティファクトか」
「そうです。あなたのそれもアーティファクトでしょう。見たところダマスク鋼でしょうか。こちらは……少し違います」
手のひらに刀身を当て、すうううと刃を引いていく男……彼の手のひらから血が滲むが……。
血が広がっていかない。こ、これは剣が血を吸っているのか?
イブロは目を見開き驚きながらも、「伸びろ」と念じる。ダマスク鋼の棒はそれに応え、身の丈のほどのサイズに伸びた。
「おや、あなたのアーティファクトは血を求めないのですね。それでは……勝てませんよ?」
男の言葉が終わると同時に彼の体がブレる。
ゾワリと寒気が走ったイブロは咄嗟に首元を塞ぐようにダマスク鋼の棒を構え腰を落とす。
次の瞬間、ギイイと金属同士が打ち合う音が鳴り響き、首を斜めに傾けた男の顔がイブロの目線に入ってきたのだった。
――は、速い。
イブロは驚愕する。この男の立ち振る舞いから、あの剣をまともに振ることができるかも怪しんでいたイブロだったが、実際は逆だ。
彼の一瞬で間合いに入った歩法は熟練者のそれ……一瞬でも油断したら首が飛ぶ。イブロの額に汗がにじむ。
「お、おお。なるほど。あなたはそもそも相当な使い手というわけですか」
「随分自信があるようじゃあねえか」
腕に力を込め剣ごと振り払おうとするが、イブロは手ごたえを感じなかった。
それもそのはず。男はイブロの力の動きに合わせて身を引いたのだ。
イブロは前へ踏み出すと、体勢が整わぬ男に向けてダマスク鋼の棒を下から上へすくいあげるように振るう。それに対し男は地に着きそうな勢いで背を逸らし攻撃をやり過ごす。
更に追撃を行おうと腕に力を込めたイブロだったが、身を引きダマスク鋼の棒を胸を守るように振るった。再びのキイイとした金属音。
なんと男は崩れた体勢から地を這うように剣を回しイブロの心臓を突こうと剣を伸ばしたのだ。
手強い。イブロは素直にこの男の技量に感心する。巨大なモンスターは人間を遥かに凌駕した身体能力や硬さが厄介ではあるが、動きは杜撰で雑であることが多い。
これは人間であるイブロから見るとそう感じるだけで、巨大な者は細やかな動きができないのだ。いや、彼らのサイズからしたら繊細な動きであっても矮小な人間から見るとそう見えるといったところか。
その分、巨大なモンスターは全力の一撃を加えても倒れない。結果、体力勝負となることが多いのだ。
一方、武器を持った人間サイズ同士の戦いとなると様相は異なる。ヒリヒリするような裏のかきあい、技量のぶつけ合い。一瞬の切れ味の勝負と変わる。
数度剣戟が交わされ、どちらも引かない。イブロはしかと地に足をつけ男の攻撃を待つ。男は構えた後の一撃こそ超速ではあるが読みやすい。しかし、体勢の崩れた後こそ脅威であった。
どこから剣が飛んで来るか分からない。そんな怖さがある。
「す、すげええ。頑張れ、おっちゃん!」
手を握りしめ、固唾を飲んでイブロを見守るアクセルの声。
「イブロ……」
チハルは目を落とし、両手を組んでイブロの身を案じる。
二人の声をハッキリと聞けるほどイブロに余裕はなかったが、彼らの思いはしかと彼に伝わっていた。
大丈夫だ。俺は負けねえ。こいつと俺の技量はおそらく奴の方が少しだけ上かもしれねえ。だが、長年の経験から来る対応力がこの男にはない。
凌ぎ、男の動きを見極める。そうすることで活路は開けるんだ。イブロは前を向き、ダマスク鋼の棒を振るう。
イブロには何となく、この男の秘密が見えてきた。超絶な技量を持ちながら、対応力がない。つまり……。
「お前さん、その剣に操られているんだろう?」
「剣ではありませんよ。これは刀です。この刀には達人の魂が眠っているのですよ。血を与えることで起きます」
「やはりそうか……」
杓子定規な論法だけでは俺には勝てねえ。そろそろ攻勢に出るとするか。イブロはニヤリと笑みを浮かべる。
再び構えた男が刀を振るう前にイブロは右足で勢いよく振り出し横向きにダマスク鋼の棒を振るう。刀を傾けダマスク鋼の棒が刀に導かれるように軌道がそれていく。
こうすれば、この対応。そしてその技量が非常に高い。しかし、ここでイブロは強引に体を捻ると駒のようにしてダマスク鋼の棒を旋回させる。
男はこれも難なく回避し、右足を支点にして刀を振るった。
この攻撃は間一髪なんだ。とても苦しい。しかし、これは必ず首を狙ってくるんだ。イブロの予想通り、首を薙ぐように刀が軌跡を描く。
ここに勢いをつけたダマスク鋼の棒が打ち当たり高い金属音を発する。旋回したのはこのため、今までの倍以上の力が込められたイブロの攻勢に男の体勢は完全に崩れ落ちた。
尻餅をついた男に対し、イブロは慎重に踵を床につけたまま半歩……ダマスク鋼の棒を振り上げる。
一方の男はイブロから視線を外し、ニヤアアと口の端を吊り上げた。
イブロの気がそれた一瞬の隙をついて男が叫ぶ。
「子供たちに向かいなさい」
「な、何だと」イブロは心の中で呟き、チハルたちの方へ目を向ける。
しかし、台車のところにいた六人の男たちに動きはない。
しまった……これは自分の油断が招いたことだ……イブロは自分を叱咤し舌打ちした。
慌てて視線を奇妙な男へ戻すが、既に男は立ち上がりクククと不気味な笑い声を漏らしている。
「油断しましたね。もう遅いですよ……」
いつの間にか男は手に小さな魔石を持っていた。口をあんぐりと開け、彼はそれを一息で飲み込んだのだ。
「もうお前さんの動きは見切った。次はないぞ。大人しく……」
――ククククク。
イブロの声を遮るように男の哄笑が響き渡る。
嗤いながらも、彼の目からは血が滴り落ち、出血が止まっていた耳からも再び血が落ちてきていた。
「な、何!」
「魔晶石をご存じない? 魔晶石は魔石とは性質がまるで違うんですよ」
「……」
「この刀の魂があなたの技に敗北したわけではないのです。私の身体が脆弱だったからに過ぎないのですよ……」
「見るからに体にガタがきているようだが?」
「魔晶石は反動が……しかしながら、威力は絶大ですよ?」
カッと目を見開き、ブルブルと全身を震わせた男は、ゆらりと刀を構える。首を斜めに傾け、目は虚ろでイブロの方を見ていない。
「何!」
無造作に腕の力だけで振るわれた刀を受けたイブロの身体が浮き上がる。
ここで追撃されればイブロの首は無かった。しかし、幸いなことに男は身体の状態を確かめるようにその場で立ち尽くしたままだ。
こ、こいつは手に負えねえかもしれない。だが、時間を稼ぐことはできる。
「チハル、アクセル。逃げろ!」
イブロは叫ぶ。
「おっちゃんを置いて逃げれるかよお!」
「イブロ。そのまま聞いて」
気勢を吐くアクセルに対し、チハルは冷静そのものだった。
対峙する奇妙な男は腰に吊り下げている剣の柄を手に取る。彼はダラリと腕を伸ばし、首だけを斜めに傾け……
……ニマアアと嗤う。
「探索者さん、その棍……『伸びる』んでしょう?」
「……」
イブロは眉間にしわを寄せ、男を睨みつける。
「私のこれも……おいでなさい」
男が腕を前に振ると銀色の刀身が現れた。刀身は長く男の身の丈ほどもあり、普通の剣と異なり反りが入っている。片刃の刀身は刃の部分だけがギラリと輝きを放っているように見えた。
「アーティファクトか」
「そうです。あなたのそれもアーティファクトでしょう。見たところダマスク鋼でしょうか。こちらは……少し違います」
手のひらに刀身を当て、すうううと刃を引いていく男……彼の手のひらから血が滲むが……。
血が広がっていかない。こ、これは剣が血を吸っているのか?
イブロは目を見開き驚きながらも、「伸びろ」と念じる。ダマスク鋼の棒はそれに応え、身の丈のほどのサイズに伸びた。
「おや、あなたのアーティファクトは血を求めないのですね。それでは……勝てませんよ?」
男の言葉が終わると同時に彼の体がブレる。
ゾワリと寒気が走ったイブロは咄嗟に首元を塞ぐようにダマスク鋼の棒を構え腰を落とす。
次の瞬間、ギイイと金属同士が打ち合う音が鳴り響き、首を斜めに傾けた男の顔がイブロの目線に入ってきたのだった。
――は、速い。
イブロは驚愕する。この男の立ち振る舞いから、あの剣をまともに振ることができるかも怪しんでいたイブロだったが、実際は逆だ。
彼の一瞬で間合いに入った歩法は熟練者のそれ……一瞬でも油断したら首が飛ぶ。イブロの額に汗がにじむ。
「お、おお。なるほど。あなたはそもそも相当な使い手というわけですか」
「随分自信があるようじゃあねえか」
腕に力を込め剣ごと振り払おうとするが、イブロは手ごたえを感じなかった。
それもそのはず。男はイブロの力の動きに合わせて身を引いたのだ。
イブロは前へ踏み出すと、体勢が整わぬ男に向けてダマスク鋼の棒を下から上へすくいあげるように振るう。それに対し男は地に着きそうな勢いで背を逸らし攻撃をやり過ごす。
更に追撃を行おうと腕に力を込めたイブロだったが、身を引きダマスク鋼の棒を胸を守るように振るった。再びのキイイとした金属音。
なんと男は崩れた体勢から地を這うように剣を回しイブロの心臓を突こうと剣を伸ばしたのだ。
手強い。イブロは素直にこの男の技量に感心する。巨大なモンスターは人間を遥かに凌駕した身体能力や硬さが厄介ではあるが、動きは杜撰で雑であることが多い。
これは人間であるイブロから見るとそう感じるだけで、巨大な者は細やかな動きができないのだ。いや、彼らのサイズからしたら繊細な動きであっても矮小な人間から見るとそう見えるといったところか。
その分、巨大なモンスターは全力の一撃を加えても倒れない。結果、体力勝負となることが多いのだ。
一方、武器を持った人間サイズ同士の戦いとなると様相は異なる。ヒリヒリするような裏のかきあい、技量のぶつけ合い。一瞬の切れ味の勝負と変わる。
数度剣戟が交わされ、どちらも引かない。イブロはしかと地に足をつけ男の攻撃を待つ。男は構えた後の一撃こそ超速ではあるが読みやすい。しかし、体勢の崩れた後こそ脅威であった。
どこから剣が飛んで来るか分からない。そんな怖さがある。
「す、すげええ。頑張れ、おっちゃん!」
手を握りしめ、固唾を飲んでイブロを見守るアクセルの声。
「イブロ……」
チハルは目を落とし、両手を組んでイブロの身を案じる。
二人の声をハッキリと聞けるほどイブロに余裕はなかったが、彼らの思いはしかと彼に伝わっていた。
大丈夫だ。俺は負けねえ。こいつと俺の技量はおそらく奴の方が少しだけ上かもしれねえ。だが、長年の経験から来る対応力がこの男にはない。
凌ぎ、男の動きを見極める。そうすることで活路は開けるんだ。イブロは前を向き、ダマスク鋼の棒を振るう。
イブロには何となく、この男の秘密が見えてきた。超絶な技量を持ちながら、対応力がない。つまり……。
「お前さん、その剣に操られているんだろう?」
「剣ではありませんよ。これは刀です。この刀には達人の魂が眠っているのですよ。血を与えることで起きます」
「やはりそうか……」
杓子定規な論法だけでは俺には勝てねえ。そろそろ攻勢に出るとするか。イブロはニヤリと笑みを浮かべる。
再び構えた男が刀を振るう前にイブロは右足で勢いよく振り出し横向きにダマスク鋼の棒を振るう。刀を傾けダマスク鋼の棒が刀に導かれるように軌道がそれていく。
こうすれば、この対応。そしてその技量が非常に高い。しかし、ここでイブロは強引に体を捻ると駒のようにしてダマスク鋼の棒を旋回させる。
男はこれも難なく回避し、右足を支点にして刀を振るった。
この攻撃は間一髪なんだ。とても苦しい。しかし、これは必ず首を狙ってくるんだ。イブロの予想通り、首を薙ぐように刀が軌跡を描く。
ここに勢いをつけたダマスク鋼の棒が打ち当たり高い金属音を発する。旋回したのはこのため、今までの倍以上の力が込められたイブロの攻勢に男の体勢は完全に崩れ落ちた。
尻餅をついた男に対し、イブロは慎重に踵を床につけたまま半歩……ダマスク鋼の棒を振り上げる。
一方の男はイブロから視線を外し、ニヤアアと口の端を吊り上げた。
イブロの気がそれた一瞬の隙をついて男が叫ぶ。
「子供たちに向かいなさい」
「な、何だと」イブロは心の中で呟き、チハルたちの方へ目を向ける。
しかし、台車のところにいた六人の男たちに動きはない。
しまった……これは自分の油断が招いたことだ……イブロは自分を叱咤し舌打ちした。
慌てて視線を奇妙な男へ戻すが、既に男は立ち上がりクククと不気味な笑い声を漏らしている。
「油断しましたね。もう遅いですよ……」
いつの間にか男は手に小さな魔石を持っていた。口をあんぐりと開け、彼はそれを一息で飲み込んだのだ。
「もうお前さんの動きは見切った。次はないぞ。大人しく……」
――ククククク。
イブロの声を遮るように男の哄笑が響き渡る。
嗤いながらも、彼の目からは血が滴り落ち、出血が止まっていた耳からも再び血が落ちてきていた。
「な、何!」
「魔晶石をご存じない? 魔晶石は魔石とは性質がまるで違うんですよ」
「……」
「この刀の魂があなたの技に敗北したわけではないのです。私の身体が脆弱だったからに過ぎないのですよ……」
「見るからに体にガタがきているようだが?」
「魔晶石は反動が……しかしながら、威力は絶大ですよ?」
カッと目を見開き、ブルブルと全身を震わせた男は、ゆらりと刀を構える。首を斜めに傾け、目は虚ろでイブロの方を見ていない。
「何!」
無造作に腕の力だけで振るわれた刀を受けたイブロの身体が浮き上がる。
ここで追撃されればイブロの首は無かった。しかし、幸いなことに男は身体の状態を確かめるようにその場で立ち尽くしたままだ。
こ、こいつは手に負えねえかもしれない。だが、時間を稼ぐことはできる。
「チハル、アクセル。逃げろ!」
イブロは叫ぶ。
「おっちゃんを置いて逃げれるかよお!」
「イブロ。そのまま聞いて」
気勢を吐くアクセルに対し、チハルは冷静そのものだった。
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