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11.お仕事くださーい

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「教会に挨拶へ行ってくる」

 イルゼがそう言い残し、軽く手を振る。
 彼女が進むと、取り囲んだ群衆たちもようやく解散ムードになったらしく通りに人が流れ始めた。
 
 ファロの街に着いたはいいものの、門番がイルゼの姿を見るや騒ぎ初めて……嫌な予感がしつつもそのまま街の中に入ったんだ。
 商店街に入る手前の大通りで神官の一人にイルゼが握手を求められたところから、騒ぎが始まった。
 
 どんどん人が増えて来て、中には彼女を拝む人までいてさ……まるで王国貴族が来たみたいな熱狂的な集団となり……。
 気を使ってくれたのかイルゼが俺たちと一時別れて動き始めてくれたところで、ようやく解放されたってわけ。
 
 ん、せっかく清々しい気持ちになったってのに、俺の肩をぽこぽこ叩いている小さな手が。
 
「むぐー」
 
 プリシラがばたばたと両手を震わせている。
 おっと、そろそろ解放してやらねば。
 
 彼女の口へ伸ばした手を引っ込めた。
 
「もー」
「途中で不穏な黒いオーラを出していたから仕方ないだろ……」
「えー、そんなことないもんー。ちゃんと我慢していたんだから」

 俺にはしっかりと聞こえていたぞ。プリシラ。
 「ゴミが……」って呟いていたよね。彼女の手の平に魔力を感知したから慌てて羽交い絞めにして口を塞いだんだぞ。
 
 プイっと彼女から顔を背けると、ぶすーっと頬っぺたを膨らませて俺を見上げてくる。
 
「だってー、どさくさに紛れて角を触ってこようとするんだもんー」
「そいつは怒ってもいい。だけど……加減しねえと」

 この先はあえて言わない。
 プリシラが報復として準備していた魔法は「アルティメット・フレア」に「マキシマムマジック」を添えてだったんだ。
 そんなもんぶちかましたらファロの街ごと消し飛ぶじゃねえかよ!
 全く……魔族ってやつはどんな教育をしているってんだ。
 
「でもー。バルトロが『めっ』してくれたから我慢したんだよー」

 お尻の後ろに両手をやり背伸びして嬉しそうに呟くプリシラ。

「そうかそうか。呪文を唱えようとするのも我慢しような」
「うんー」

 我慢できていないじゃないかとか突っ込むのはよそう。
 せっかく納得してくれたわけだし……な。
 
「よっし、プリシラ。あれ食べないか?」

 話がまとまったところで、右前方にある屋台を指さす。

「んーどれどれー」
「甘いスティックパンみたいだぞ」
「たべるたべるー」

 プリシラが俺の手を引き、はやくはやくと急かした。
 ほんと、こうしてみるとただの愛らしい少女なんだけどなあ。

「バルトロ―」
「おう」

 引っ張っても動かない俺に向けプリシラが呼びかけてくる。
 彼女に手を引かれ、店の前まで来ると甘い香りが鼻孔をくすぐった。
 
 細く伸ばしたパンを揚げたドーナツに近いお菓子みたいだな。
 二人分購入し、片方をプリシラに渡す。
 
「包み紙を持って食べると汚れないぞ」
「うんー」

 あつあつの揚げたてらしく湯気を立てているスティックパンへ口をつける。
 むしゃむしゃ。
 お、たっぷりとハチミツを練り込んでいるのか。
 
「あまーい。おいしー」
「だな」
「バルトロのにがーいアレとはおおちがいだー」
「アレって何だよ……全く。雑草ブレンドティーというちゃんとした名前がある」
「なにそれー」

 あははと笑う彼女の口元から八重歯が見えた。
 人と比べると鋭く長い歯だったけど、彼女の愛らしさを高めこそすれ減じはしない。
 
「先に寄りたいところがある。街の散策はその後でいいか」
「うんー」
「……の前に、そこの井戸で顔を拭こうか」
「おー」

 手と頬がべったべたになっているプリシラを見やり、クスリと声が出る俺であった。
 
 ◆◆◆

「ここはー?」
「冒険者ギルドだよ。ここで仕事をもらってお金を稼ぐんだ」

 この前来てから一週間と期間が開いていないんだけど、なんだか久しぶりに来たような気がする。
 もう来ることは無いと思っていたから、そう思うのかもしれないな。
 
 どっしりとした重厚な石造りの二階建てで、入口の間口が広く両開きの扉は外側に向け開いている。
 扉の上には大きく「冒険者ギルド」と描かれた黄土色の看板が掲げられていた。
 うん、変わらないな。
 
 ある種の懐かしさを感じ中に入ると、真昼間ということもあり人はまばらだった。
 立ち並ぶ依頼書ボードをチラリと見やり、物珍しさから目を輝かせているプリシラの手を引く。
 
「見ないのー?」
「数が多すぎるからな……もっといいやり方があるんだよ」

 依頼ボードを進み、奥に抜けるとカウンターがある。
 ここには四人の冒険者ギルドのスタッフが座っていて、それぞれの向かいには背もたれの無い椅子が置かれていた。
  
「おや、こんな時間に珍しいですね」

 初老の真っ白な髭を蓄えた男がにこやかに頭を少し下げる。
 彼の向かいにプリシラと並んで座った俺も彼に向け同じように頭をぺこりと下げた。
 
「パウルさん、何かオススメの依頼ってありますか?」
「そうですね。どのような依頼を希望されていますか?」
「街中ではなく遠出するものがよいです。採取以外ならなんでも」
「バルトロさんでしたら……」

 すぐに書類の束を取り出したパウルは、テキパキと書類を振り分けていく。
 プロフェッショナルな感じがする彼の動きを眺めるのが結構すきなんだ。

「すいません。お聞きするのを忘れておりました」
「何でしょうか?」
「バルトロさんはグインさんとご一緒でよろしかったでしょうか?」
「いえ、今回はこの子と一緒に行く予定です」
「では、その方の冒険者カードを」
「あ、いえ。これから登録したくてですね」
「分かりました。その方とご一緒となるとレベルによってはお受けできない依頼も出てまいりますことをご了承ください」

 何度も聞いたことのあるセリフだ。
 杓子定規だけど、彼らも説明漏れがあってはいけないからな。
 毎回必ず同じことを言ってくる。この辺もプロっぽい。
 
「ステータスを見てもらって大丈夫です」

 プリシラの肩をツンと突くと、彼女は胸を張り「どうぞー」と示す。

「では失礼して……」

 ステータスを見ただろうパウルの眉があがる。
 彼にしては珍しく、目をしばたかせ手に持つ羽ペンを落としそうになっていた。
 
『名前:プリシラ
 種族:獣人(羊)
 レベル:五十二
 状態:ご機嫌』
 
 ステータス偽装で種族とレベルを偽っているけど、それでも一般的に見たらとんでもないレベルなんだよなあ。
 レベル五十を超えるとA級冒険者となる。ちなみに、レベル六十五以上はS級だ。
 俺? 俺は普段の俺と同じレベルに偽装している。
 
『名前:バルトロメウ・シモン
 種族:人間
 レベル:四十五
 状態:普通』

 これでも俺なりに頑張ったんだぞ。
 堅実に依頼をこなし、日々の修行も怠らず……。
 昔日の日々に思いを馳せそうになった時、パウルの声が俺の思考を途切れさせる。
 
「失礼いたしました。若い方でしたので、てっきり新人かと思ってしまいました。プリシラ様ですね。A級として登録させていただきます」
「わーい」
 
 パウルは棚から手のひらサイズの銀色のカードを取り出すとカウンターの上に置く。
 続けて彼はカードに手を当て、目を瞑った。
 彼の手が一瞬だけ光り、すぐに彼は目を開く。
 
「どうぞ。内容にお間違いがないか確認してください」
「うんー」

 わくわくした様子でカードを手に取り、じーっと眺めるプリシラ。
 
「バルトロ―」
「どうした?」
「読めないー」

 ズッコケそうになったけど、そらそうか。
 プリシラに人間の使っている文字が読めるはずがないか。
 
「ここにはプリシラのステータスが書かれているんだ。さっきパウルさんが『転写』の魔法で書き込んだ」
「おー」

 プリシラはカードを胸に抱き、ぱああっと満面の笑みを浮かべる。
 
「依頼ですが、こちらはどうでしょうか? 少々遠出になりますが、報酬は悪くないかと」

 どれどれ。
 パウルの差し出した書類を手に取る。
 
 なるほど。これは悪くない。
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