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43.勝者
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驚くほど静かだ。
力の暴走という名前から、激しく何かが動き回っていて……なんてことを想像していた。
渓谷はそれほど広くはなかったのだけど、それでも崖上から全てを観察できるわけじゃない。
すみよんに導かれ進んで行った先には螺旋状の坂があって、地獄の底へつながっているかのようだった。
こんな場所があったなんてな。人工的に作られたのかとも思ったが、その割には坂の幅が歪だし、所々途切れてもいる。
かといって自然にできた坂にしては出来過ぎな気も。
カツンカツン。
靴音だけが響く。
「すみよん、この下にいるのか」
「そうでーす。おまぬけないけぞえさーんのことです。先に言っておきますよ」
「頼む」
「……素直過ぎて気持ち悪いですね。まあいいです。この下には生き残りがいます。どのような姿であれ、これまで出会ったどの敵よりも強大だと認識してくださーい」
俺はいつだって素直で従順だろうが。失礼なやつだよ、全く。
でも、よい感じに肩の力が抜けた。
戦いとは単に純粋な戦闘能力だけじゃない。こうして精神状態を保つのも重要なファクターなのだ。
すみよんは見た目こそ小さい女の子だけど、俺より遥かに経験値が高い。ラスボスを前にして息む俺へ気を遣ってくれたのかもしれない。
「いけぞえさん。たまに顔が気持ち悪いですね。おっぱいはここにはいませんよ」
「失礼な」
そんな目ですみよんを見ていたわけじゃないんだぞ。
前言撤回。彼女は元来俺をからかうことを好んでいるのだ。
なあんてな。分かってるって。
だから、その死んだ魚のような目はやめろ。
「……冗談もここまでみたいだな……」
「やっと引き締まりましたね。いけぞえさんは直前になるまで感知できないから仕方ありませんー」
ほんと口の減らないすみよんである。
螺旋状の坂がここで途切れていた。そこへ一歩足を踏み込んだ途端、第六感が反応する。
なるほど、こいつは……ネザーデーモン以上だな。
冷や汗が止まらねえ。
待ち構えていたのは一体だけだった。
薄グリーンの体色に左右二本の腕を持つ異形の人型だ。頭髪はなく、四本の角が生えている。
鼻から下は仮面のような金属光沢がある皮膚になっており、胸から上を覆う同じ材質の鎧のようなもので覆われていた。
忘れもしないこの姿。ネザーデーモンだ。
しかし、姿こそネザーデーモンであるが、あの頃感じたプレッシャーと今では天と地ほど差がある。
サキュバスを仕留めたようにネザーデーモンに対しても勝てる算段があって、この地へ挑みにきた。問題はネザーデーモンではなく、その先にある力の暴走と考えていたが、認識を改めなきゃな。
俺もあの頃に比べれば格段に強くなった自信がある。だが、ネザーデーモンの力はそれ以上に増したかもしれない。
といっても、俺の超能力は力の差より相性に大きく左右される。
一体奴はどんな技や魔法、特性を持っているのか……探る余裕があるのか……不安がもたげてくるが首を振り、後ろ向きな気持ちを振り払う。
奴との距離は100メートルと少し。向こうからは動いてこようとはしてこない。俺としても「まだ遠い」。転移するにはもう少し近くまで寄らないと思ったところに出現することは難しいだろう。転移は相手の隙をつけなきゃ意味がない。ミリ単位は無理にしても10センチ以上ズレると逆に奇襲を受けてしまうことだってあるのだ。
それにしても、地面が溶けて固まったような跡があったり、クレーター状になっていたりといかにも「決戦の地」といった感じでおどろおどろしい。
『いけぞえさーん。あれが「勝者」です』
『勝者? すみよんは後ろに下がってろよ』
先導していたすみよんの前に出る。そこで彼女は足をとめ、続けて脳内に語りかけてきた。
『サキュバスに誘引されたモンスターは、サキュバスより格下です。ここに「残った」モンスターは我こそがと争ったのです』
『それがさっきまで起こっていた地鳴りか。ひょっとして、この地面も』
『そうでーす。いけぞえさんも見たはずです。奴らの「吸収」を』
『蟲毒か……』
大量の毒虫を小さな壺の中に入れて蓋をする。最終的に生き残った虫が最強の毒虫になるのだと。
ネザーデーモンらの場合は、実際に倒した相手の力を吸収する。正確には力の暴走のエネルギーを取り込む。
この辺りに在るだろう力の暴走からは常にエネルギーが漏れ出している。放っておいても出てくるエネルギーを取り込めばいいじゃないかと思うのだが、奴らはそこまで待ってられないのか、倒して吸収したほうが効率がいいのかは分からん。
だが、殺して吸収するというやり方にはおぞましさしか覚えない。
待てよ。目に映ったら嬉々として襲い掛かってこないのには何か理由があるんじゃないか?
潰し合いをしていたんだったら、相当消耗していて動けなくなってるのかも。
『いけぞえさーん。優先順位ですよー』
『俺は力の暴走の恩恵を受けていないからか』
『ですねー。単に人間なので敵として見られているだけですねー』
『理由はどうだっていいさ』
動かずに構えていてくれるなら、俺のタイミングで始めることができるってもんだ。
よし。すみよんにもらった腕時計に反対側の手をあて、大きく息を吸い込み、吐き出す。
残り日数は380日。俺が「戻れなくなる日」までの日数は十分残っている。
彼女に力を使わせなければ、どれだけノンビリ戦っていたとしても時間は余るさ。
「行ってくる」
最後は肉声で後ろにいるすみよんに声をかけた。
彼女からの返答はない。頷くくらいはしているのかもな。どっちだっていい。やることは変わらん!
『いけぞえさん』
『すぐさまおらせてやるさ。本番まで待ってろ』
『うん。待ってる。あなたに私の運命を捧げる』
『すみよんが重くなってどうすんだ』
『あなたを巻き込んだことを後悔なんてしていないから。だから、最後まで働かないと許さないからね』
『それでこそだ』
全く。「行ってくる」と渋く決めたってのに。ズルズルと脳内で会話していたら締まらねえな。
だが、歩みは止めず、ネザーデーモンの距離は着実に詰まってきている。
仕掛けまで、あと三歩……二……一。
力の暴走という名前から、激しく何かが動き回っていて……なんてことを想像していた。
渓谷はそれほど広くはなかったのだけど、それでも崖上から全てを観察できるわけじゃない。
すみよんに導かれ進んで行った先には螺旋状の坂があって、地獄の底へつながっているかのようだった。
こんな場所があったなんてな。人工的に作られたのかとも思ったが、その割には坂の幅が歪だし、所々途切れてもいる。
かといって自然にできた坂にしては出来過ぎな気も。
カツンカツン。
靴音だけが響く。
「すみよん、この下にいるのか」
「そうでーす。おまぬけないけぞえさーんのことです。先に言っておきますよ」
「頼む」
「……素直過ぎて気持ち悪いですね。まあいいです。この下には生き残りがいます。どのような姿であれ、これまで出会ったどの敵よりも強大だと認識してくださーい」
俺はいつだって素直で従順だろうが。失礼なやつだよ、全く。
でも、よい感じに肩の力が抜けた。
戦いとは単に純粋な戦闘能力だけじゃない。こうして精神状態を保つのも重要なファクターなのだ。
すみよんは見た目こそ小さい女の子だけど、俺より遥かに経験値が高い。ラスボスを前にして息む俺へ気を遣ってくれたのかもしれない。
「いけぞえさん。たまに顔が気持ち悪いですね。おっぱいはここにはいませんよ」
「失礼な」
そんな目ですみよんを見ていたわけじゃないんだぞ。
前言撤回。彼女は元来俺をからかうことを好んでいるのだ。
なあんてな。分かってるって。
だから、その死んだ魚のような目はやめろ。
「……冗談もここまでみたいだな……」
「やっと引き締まりましたね。いけぞえさんは直前になるまで感知できないから仕方ありませんー」
ほんと口の減らないすみよんである。
螺旋状の坂がここで途切れていた。そこへ一歩足を踏み込んだ途端、第六感が反応する。
なるほど、こいつは……ネザーデーモン以上だな。
冷や汗が止まらねえ。
待ち構えていたのは一体だけだった。
薄グリーンの体色に左右二本の腕を持つ異形の人型だ。頭髪はなく、四本の角が生えている。
鼻から下は仮面のような金属光沢がある皮膚になっており、胸から上を覆う同じ材質の鎧のようなもので覆われていた。
忘れもしないこの姿。ネザーデーモンだ。
しかし、姿こそネザーデーモンであるが、あの頃感じたプレッシャーと今では天と地ほど差がある。
サキュバスを仕留めたようにネザーデーモンに対しても勝てる算段があって、この地へ挑みにきた。問題はネザーデーモンではなく、その先にある力の暴走と考えていたが、認識を改めなきゃな。
俺もあの頃に比べれば格段に強くなった自信がある。だが、ネザーデーモンの力はそれ以上に増したかもしれない。
といっても、俺の超能力は力の差より相性に大きく左右される。
一体奴はどんな技や魔法、特性を持っているのか……探る余裕があるのか……不安がもたげてくるが首を振り、後ろ向きな気持ちを振り払う。
奴との距離は100メートルと少し。向こうからは動いてこようとはしてこない。俺としても「まだ遠い」。転移するにはもう少し近くまで寄らないと思ったところに出現することは難しいだろう。転移は相手の隙をつけなきゃ意味がない。ミリ単位は無理にしても10センチ以上ズレると逆に奇襲を受けてしまうことだってあるのだ。
それにしても、地面が溶けて固まったような跡があったり、クレーター状になっていたりといかにも「決戦の地」といった感じでおどろおどろしい。
『いけぞえさーん。あれが「勝者」です』
『勝者? すみよんは後ろに下がってろよ』
先導していたすみよんの前に出る。そこで彼女は足をとめ、続けて脳内に語りかけてきた。
『サキュバスに誘引されたモンスターは、サキュバスより格下です。ここに「残った」モンスターは我こそがと争ったのです』
『それがさっきまで起こっていた地鳴りか。ひょっとして、この地面も』
『そうでーす。いけぞえさんも見たはずです。奴らの「吸収」を』
『蟲毒か……』
大量の毒虫を小さな壺の中に入れて蓋をする。最終的に生き残った虫が最強の毒虫になるのだと。
ネザーデーモンらの場合は、実際に倒した相手の力を吸収する。正確には力の暴走のエネルギーを取り込む。
この辺りに在るだろう力の暴走からは常にエネルギーが漏れ出している。放っておいても出てくるエネルギーを取り込めばいいじゃないかと思うのだが、奴らはそこまで待ってられないのか、倒して吸収したほうが効率がいいのかは分からん。
だが、殺して吸収するというやり方にはおぞましさしか覚えない。
待てよ。目に映ったら嬉々として襲い掛かってこないのには何か理由があるんじゃないか?
潰し合いをしていたんだったら、相当消耗していて動けなくなってるのかも。
『いけぞえさーん。優先順位ですよー』
『俺は力の暴走の恩恵を受けていないからか』
『ですねー。単に人間なので敵として見られているだけですねー』
『理由はどうだっていいさ』
動かずに構えていてくれるなら、俺のタイミングで始めることができるってもんだ。
よし。すみよんにもらった腕時計に反対側の手をあて、大きく息を吸い込み、吐き出す。
残り日数は380日。俺が「戻れなくなる日」までの日数は十分残っている。
彼女に力を使わせなければ、どれだけノンビリ戦っていたとしても時間は余るさ。
「行ってくる」
最後は肉声で後ろにいるすみよんに声をかけた。
彼女からの返答はない。頷くくらいはしているのかもな。どっちだっていい。やることは変わらん!
『いけぞえさん』
『すぐさまおらせてやるさ。本番まで待ってろ』
『うん。待ってる。あなたに私の運命を捧げる』
『すみよんが重くなってどうすんだ』
『あなたを巻き込んだことを後悔なんてしていないから。だから、最後まで働かないと許さないからね』
『それでこそだ』
全く。「行ってくる」と渋く決めたってのに。ズルズルと脳内で会話していたら締まらねえな。
だが、歩みは止めず、ネザーデーモンの距離は着実に詰まってきている。
仕掛けまで、あと三歩……二……一。
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