上 下
1 / 30

1.お約束?の追放劇

しおりを挟む
 ガラガラガラと馬車の動く音が嫌に耳へ響く。
 「どうしてこうなった」などと嘆いていても仕方ないが、愚痴の一つくらい言わせてくれよ。
 
 俺は今、ロープで両手を縛られて座らされている。
 ロープの先は抜けるように澄んだ滑らかな肌をした麗人が握っていた。
 一か八か逃げることができるかもしれない。だけど、余り気が進まないんだ。
 少なくとも、彼らから解き放たれた後にしたい。甘い考えだと、自分でも分かっている。
 こんな状況だってのにな……。
 
 麗人は人ではない。
 長い耳にすっと伸びた鼻、切れ長の目は整い過ぎていてまるで彫刻のようだ。

「あ、あのお……」
「……」

 声をかけても、目を瞑ったまま何も答えてはくれなかった。
 しかし、声をかけるたびに麗人の指先が震え、ロープを握る手に力が入っているのが分かる。
 酷く動揺しているのか、何かに耐えるように。
 俺と会話をすれば「意思が揺らぐ」とでも言わんばかりに。
 そんな態度を取られたら、何だか逆に俺の方の心が痛む……分けないだろ!
 いや、ちょっとはあるかも。

「俺は『生贄』に捧げられるんですよね?」
「……そなた。我らの言葉が分かるのか」
「はい。全て聞こえておりました」
「そうか……我らの事情ですまぬが、許せ。いかな重罪人とはいえ、我らの代わりに犠牲になることは……いや、詮無き事。私が偉そうに言うことではない」
「生贄ってことは、竜か何かでもいるんですか?」
「そろそろ聞こえてくる」

 森の中を進む馬車の中に俺はいた。
 馬車に乗るのは俺と袖の長いローブを羽織った耳の長い麗人、後は馬を引く御者だけだ。
 御者もまた、麗人と同じく男なのに美しい顔立ちをしていた。
 彼もまた何も喋らず、時折肩が震えているのが見て取れる。
 彼だけじゃない。彼らの集落でも、皆、俺に対し申し訳なさそうな態度を取っていたんだ。
 逆に「ガハハハハ、お前は生贄だー、ざまあ」と悪役山賊みたいに振舞ってくれたら、後腐れなく思い切った行動を取れたかもしれない。
 
 グルルルルル――。

「こ、これは。化け物の声か」
「畏れ多い滅多なことをいう者ではない。神獣の声だ。この時期になると、神獣が嘆くのだ」
「俺は神獣とやらの餌になる……のでしょうか」
「お前次第だ……と信じたい。私の妹も、また……」

 つううっと麗人の頬を涙が伝う。
 彼らの種族は森エルフというらしい。
 人間から見ると全員が美しいと言える見た目をしており、森の奥深くで自然と調和した暮らしを行っている……と聞いた。
 盗み聞きした情報によると、森エルフは出生率が低いらしく神獣への生贄を差し出すことに苦慮しているんだってさ。
 だから、多額の金を払い王国から人間を融通してもらった。処刑になるような重罪人を、だ。
 しかし、彼らの持つ情報は一部間違っている。
 彼らは処刑されても仕方のない人間を、と望んだのだろうが事実は異なっていた。
 王国では人さらい、人身売買当たり前な世界だったんだよね。は、ははは。
 別に犯罪者じゃなかろうが、捕らえられ売られることだってあるのだよ。何も知らない、異世界から来た俺のような人間でもね。
 なして俺が、こんなことに。
 
 グルルルル。グルルルル。
 うわあ。余程お腹が空いてらっしゃるようで。
 喰われないために、何とかする手段はある。今に見ていろよ。この状況、完全にひっくり返してやるからな。
 
 ◇◇◇
 
 ――三日前。
「カンパーイ」
「おつかれー」

 久しぶりだなあ。高校時代とみんな変わってないみたいで、あの頃を思い出す。
 趣味もまるで違う四人だったけど、何故か馬があってこうして社会人に成った今も定期的に会っているってわけだ。

「それで、蓮夜れんやは最近どうなんだ?」
「うーん。まあ、まだ二年目だし。相変わらずだよ。大和やまとは?」

 短く毛を刈り込んでツンツンにした頭の爽やかイケメンは、一番古くからの友人で俺の幼馴染の九段大和くだんやまと
 逆に問い返すと、彼は枝豆を口に入れながらうーんと首を捻る。

「俺も得意先回りばっかでさ。土日だけ練習だと体がなまって」
「相変わらずだな。俺は土日くらい寝て過ごしたいよ」

 こいつの趣味は体を動かすことというとんでもない奴なのだ。
 社会人になった今も、休日は剣道をやっているらしい。
 
「そこは市ヶ谷いちがやに完全同意」
「だろお」

 ビールを掲げ、もう一人の友人とビールジョッキを打ち付けあう。
 長い黒髪が乱れに乱れた彼は、無精ひげも相まってなかなかのむさくるしさだ。
 身だしなみに頓着しない彼らしい。
 
「市ヶ谷くん、岩本いわもとくん、おかわり頼もうか?」
「頼むー」
「あ、俺も」
「ありがとう」

 四人の中の紅一点は相変わらず気が利くなあ。
 高校時代は化粧っ気もなかったけど、今は薄く化粧をしている。どんどん美人になっちゃってもう。
 なんておっさん臭いことを考えた時、急に視界が真っ白になった。
 
 ……。
 う、みんなは?
 顔をあげると、厳しい顔をした大和が前を睨みつけていた。

「蓮夜。俺は白昼夢でも見ているのか?」
「何を……え?」

 大和の言わんとしていることがようやく理解できた。
 俺たちは居酒屋にいたはず。それが、赤い絨毯の上に座っていたのだ。
 ゲームや漫画で見るような玉座が一段高いところに置かれていて、左右の壁から垂れ幕……みたいなものが吊ってあった。
 
「他のみんなは」
「分からない。俺も蓮夜と同じだよ」
 
 どうやら俺と大和だけがこの場所にいるようだった。
 二人の事が心配だけど、そうも言っていられないらしいな。
 ドーンドーンと銅鑼の音が鳴り響き、ぞろぞろと古めかしい衣装を纏った一団が右奥の扉から入ってきた。

「よくぞ参った。異世界の者よ。儂はアストリア王国宰相ガルシアである」

 顎髭を生やした大柄で腹も出っ張った中年の男が偉そうにふんぞり返る。
 彼の宣言が終わると、さささと脇から痩せぎすの小柄な男が前に出てきて俺たちの前に水晶玉を掲げた。

「ささ。これに手を」
「一体どういうことなんだ? 変なドッキリならやめて欲しいんだけど」

 大和が俺の代わりに言いたいことを言ってくれた。
 対する小柄な男は顔色一つ変えず、いけしゃあしゃあと言葉を返す。
 
「先ほどガルシア様がご説明された通りです。『異世界から招かれた者』と。あなた方は異世界の方なのでしょう? まずはこの水晶玉に手を」
「話にならない。行こう。蓮夜」
「外に出ても、右も左も分からないですよ。我々はあなた方に力を貸して欲しいのです。どうかこの国を救って頂きたい。無茶な願いだとは分かっております。突然、呼ばれて不信感も募っているでしょう。ですがどうか、必ず、事が済めばお返しするとお約束いたします」
「……どうする?」

 どうすると子犬のような目で見られても困るって。大和よ。
 怪しさしかないけど、本当にこの男が言う通り「別世界」だとしたら彼らを振り切って外に出てしまうというのも考え物だ。
 何より、ここにいるだけで相手の数は10人ほどいる。抵抗して捉えられ……となるよりは大人しく従い隙を伺った方が吉か。
 決して油断せぬよう、信じぬようにしないとだけどな。
 
「水晶に触れよう。少なくとも衣食住は保障してくれるんだろうな?」
「もちろんです。お部屋も用意いたします」

 大和と目配せし、頷き合う。
 二人揃って水晶玉に手を触れる。
 
『名前:市ヶ谷蓮夜
 職業:絶対働きたくない無職
 職業特典:引きこもり用にアイテムボックス10倍!
 能力:アイテムボックス、言語能力
 スキル:無』
 
 なんじゃこら。水晶玉に文字が浮かび上がった。
 ステータスってやつかな、ゲームみたいな。
 それにしても、何だよこの悪意ある職業。俺はこれでも一応、社会人をやっていたんだぞ。
 そらまあ、できることなら働かずに生きていきたいと思ってはいたけど。誰だってそう思うんじゃないのか?
 大和はというと。
 
『名前:九段大和
 職業:バトルマスター
 職業特典:剣の成長速度10倍、レベルアップボーナス
 能力:アイテムボックス、言語能力
 スキル:剣圧、スラッシュ、パリィ』
 
「あははは。蓮夜。酷いな」
「我ながらこれはない。何だよこれ」

 よほどツボに入ったのか大和が腹を抱えて笑い転げている。

「ご協力感謝いたします。では、この後、軽く能力とスキルのご説明をさせて頂いた後、お部屋にご案内いたします」

 小柄な男は慇懃無礼な態度を崩さなかったが、能面のような顔が嫌に印象に残った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

俺のチートが凄すぎて、異世界の経済が破綻するかもしれません。

埼玉ポテチ
ファンタジー
不運な事故によって、次元の狭間に落ちた主人公は元の世界に戻る事が出来なくなります。次元の管理人と言う人物(?)から、異世界行きを勧められ、幾つかの能力を貰う事になった。 その能力が思った以上のチート能力で、もしかしたら異世界の経済を破綻させてしまうのでは無いかと戦々恐々としながらも毎日を過ごす主人公であった。 

異世界転生モノの主人公に転生したけどせっかくだからBルートを選んでみる。

kaonohito
ファンタジー
俺、マイケル・アルヴィン・バックエショフは、転生者である。 日本でデジタル土方をしていたが、気がついたら、異世界の、田舎貴族の末っ子に転生する──と言う内容の異世界転生創作『転生したら辺境貴族の末っ子でした』の主人公になっていた! 何を言ってるのかわからねーと思うが…… 原作通りなら成り上がりヒストリーを築くキャラになってしまったが、前世に疲れていた俺は、この世界ではのんびり気ままに生きようと考えていた。 その為、原作ルートからわざと外れた、ひねくれた選択肢を選んでいく。そんなお話。 ──※─※─※── 本作は、『ノベルアップ+』『小説家になろう』でも掲載しています。

異世界に来たらコアラでした。地味に修行をしながら気ままに生きて行こうと思います

うみ
ファンタジー
 異世界に来たかと思ったら、体がコアラになっていた。  しかもレベルはたったの2。持ち物はユーカリの葉だけときたもんだ。  更には、俺を呼び出した偉そうな大臣に「奇怪な生物め」と追い出され、丸裸で生きていくことになってしまった。    夜に活動できることを生かし、モンスターの寝込みを襲うコアラ。  不親切にもまるで説明がないスキル群に辟易しつつも、修行を続けるコアラ。  街で買い物をするために、初心者回復術師にテイムされたふりをしたりして……。  モンスターがユーカリの葉を落とす謎世界で、コアラは気ままに生きて行く。 ※森でほのぼのユーカリをもしゃるお話。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

処理中です...