追放された陰陽師は、漂着した異世界のような地でのんびり暮らすつもりが最強の大魔術師へと成り上がる

うみ

文字の大きさ
上 下
79 / 90

79.しばしの休息

しおりを挟む
 ミツヒデと宗玄が去った後、しばしの間沈黙が流れる。
 激しく動き過ぎた展開にここにいる全員の頭の中の整理が追いついていかないのだろう。
 そんな中、一番最初に動いたのは皇太子だった。
 
「十郎、そして晴斗よ。ここには左大臣の手下どもがまだいるのか?」
「おそらくは……」

 無礼ながらも、礼を取らぬまま皇太子へ返事を返す。
 ここは「敵地」だ。左大臣の手下は札で姿を消している。即応できるようなるべく隙を見せたくはない。
 皇太子も私の思いを理解してくれているのか、特に私を咎めるわけでなく前を向き顎に手を当てる。
 
「どうする晴斗? 左大臣はもういない」
 
 警戒心を解かぬまま、後ろを向いた十郎が皆に声が届くよう少し大きめの声で尋ねてきた。

「皇太子様。私も十郎も、ましてやそこにいるリリアナとシャルロットも遠い異国の地から来たばかりです」
「私のめいによくぞここまで参ってくれた。改めて感謝するぞ。晴斗、十郎。異国のご婦人方よ」
「そのようなお言葉、身に余る光栄です。おっしゃる通り遠い異国の地より参った次第、ですので、私たちは今日ノ本がどのような政治情勢なのかまるで把握しておりません」
「当然だ。分かっておる」
「皇太子様と接触していた倶利伽羅をここへ呼び寄せます。それまでしばし休息を」
「あやつにも礼を述べねばな」

 皇太子は貴人とは思えぬほど庶民的なところがある。
 その証拠に彼はその場で腰をおろしあぐらをかいてしまった。
 椅子どころか、絹の布さえ地面には用意されていないというのに。

「では、倶利伽羅を呼びます」

 袖を振り、倶利伽羅から預かった札へ念を込める。

「ハルト、倶利伽羅なら『遠話』でもよいのじゃろ?」

 リリアナは小枝を取り出し、目を閉じそれに魔力を流し込んだ。

『クリカラ。聞こえるかの』
『へい。榊の旦那から合図があったんで、動こうかと』
『うむ。敵の心配は恐らくない。速度重視で頼む』
『分かりやした』

 小枝を懐にしまったリリアナと顔を見合わせる。

「ありがとう。リリアナ」
「うむ。隠れながら連絡するわけじゃないからの。少しでもこちらの情報を伝えた方が倶利伽羅も安心じゃろ」
 
 リリアナはそう言って、私の服の袖を掴み下に体重をかけてきた。
 座って休めってことか。確かにそれなりの霊力が使ったが……。

「よい。みなも休め」

 察した皇太子が私たちへ許可を出す。
 
「俺が見とくから、みんなは少しでも霊力を温存してくれ」

 十郎が指を二本立て、任せろとばかり前後に揺らした。
 ミツヒデは転移術を少なくとも「二回」は使用している。彼は一日四回まで転移術を使うことができるから、戻ってこないとも限らない。
 休める時に少しでも休んでおくのは悪くない選択だ。
 
「ご安心を。結界を張ります。姿暴きだけの効果しかありませんが……」

 シャルロットが両膝を落とし、両手を顔の前で組み祈りを捧げる。
 彼女を中心に柔らかな光が溢れ、すぐに光は消え去った。

「サンキュ。シャル。出たらその瞬間に斬る」
「ジュウロウさま……」

 ぽーっと十郎を見つめつつ、ペタリとその場で座り込むシャルロット。

「ハルト。休むのじゃ」
「そうだな」

 リリアナに再度袖を引かれるままに、腰をおろした。
 倶利伽羅の速さならすぐにここへやって来ることだろう。

 お言葉に甘え、少し休むとするか。
 腕を組み、目を閉じる。
 
 皇太子がこれからどう動くかは、日ノ本のまつりごとを大きく変えるはずだ。
 これまで政権を専横し、帝でさえ口出しできぬほどの勢力を誇っていた左大臣派も、要となる左大臣はもうこの世にはいない。
 彼の懐刀だった参議も同じく滅した。
 左大臣派は放っておいても瓦解していくだろう。しかし、瓦解したからと言って皇太子がその後釜にあっさりと収まることができるかと言うと……不明瞭だ。
 大混乱する政治情勢の中、別の力を持つ貴族や軍に携わる者が皇族を担ぎ実権を握ろうと蠢動してくるやもしれぬ。

「また難しいことを考えておるのじゃろう?」
「こら、体重をかけてくるな」
「休むためじゃ」
「ほう?」

 顔を横に向けうろんげな目でリリアナを見つめると、彼女の目が動揺で泳ぐ。
 全く。皇太子の前で……。
 
「よい。好きに休むがいい」
「ほれ、お主の国からも許可がでたぞ」

 リリアナはほれ見たことかと、これ見よがしに私の肩へ頭を預けそのままスリスリと頬を擦り付けてきた。

「全く……」

 再び目を閉じ、体の力を抜く。
 
 ◇◇◇
 
 十分ほど経ったころだろうか。倶利伽羅が空より降り立ち。皇太子に向け敬礼を行う。
 
「皇太子様。大変お待たせいたしました!」
「よい。倶利伽羅よ。此度は晴斗への伝達、ここまでの案内、大儀であった」
「過分なお言葉、恐縮であります!」

 ほう。倶利伽羅もちゃんとした言葉遣いで話すことができるんだな。
 いつもは「旦那」「旦那」と飄々とした態度を取る彼が、体を固くしている様子に口元が緩む。
 
「話が長くなりそうか? なら、そこの詰所を見て来るぜ」

 十郎はそう言い残すとスタスタと詰所へ向かう。
 彼は扉を派手に蹴飛ばし、中に入っていった。
 
 中から特に騒がしい音も響いて来ず、扉から十郎が顔だけを出しシャルロットを呼ぶ。
 
「シャル。すまんが、姿暴きの術をかけてくれねえか?」
「分かりました」

 シャルロットも詰所に向かい、すぐに二人は詰所から出て来た。
 
「大丈夫だぜ。中には椅子も机もある。そこで」
「十郎よ。感謝する」

 皇太子の謝辞にさすがの十郎も照れくさそうに顔をそむける。
 
 ◇◇◇
 
 小屋の中に全員で移動した。
 皇太子と倶利伽羅の間で意見を交わし、私たちは外を警戒し彼らの会話が終わるのを待つ。
 
 その結果、皇太子の親衛隊がこちらに来るのを待ち、彼らが到着するまでの間は私たちが皇太子を護衛することになる。

「今しばらく頼む。そなたらは、そなたらで成すべきことがある中、すまないな」
「いえ、皇太子様をお守りすることは日ノ本の民として当然のことです」

 むしろ、「このまま護衛として傍にいろ」と命じない皇太子の人となりを褒めたたえたいほどだ。
 彼は私たちがミツヒデと決戦を行うために、自分のことはいいから行けと言ってくれている。

「しばし時はかかるだろうが、晴斗の追放の罪を解き、十郎は人へ害をもたらさぬ『夜魔』として布告を出すつもりだ」
「ありがたき幸せ」
「感謝いたします。皇太子様」

 十郎と共に頭を下げた。
 皇太子は私たちに褒美として、追放の罪を解くと言ってくれている。
 十郎はミツヒデ打倒の後どうするつもりか分からぬが、少なくとも私は、もし生きて戻ることができた場合……日ノ本へ留まるつもりはない。
 
「よい、本当はすぐにでも布告を出したいのだが、政が左大臣によって歪んで居る。必ずや私の元に全てをまとめ上げる」

 皇太子は決意の籠った瞳をこちらに向ける。

「あっしら隠密は全力で皇太子様をご支援いたしやす」
「そなたらは、そなたらの宿命を果たしてくるがよい」

 皇太子ならば、必ずや彼の言った通りのことを成し遂げるはずだ。
 私たちは私たちでミツヒデの「天下布武」を阻止するために動く。

 決意を新たに十郎、リリアナ、シャルロットと順に目を向けた。
 ん、シャルロット……そうだ。聖属性のことを皇太子に伝えなければ……いや、全てが終わってからの方がよいだろう。
 
 この先に控える戦いは、生易しいものじゃない。
 全力を尽くすが、全員が揃って生きて帰ることを保証することなどできないのだから……。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...