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79.しばしの休息
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ミツヒデと宗玄が去った後、しばしの間沈黙が流れる。
激しく動き過ぎた展開にここにいる全員の頭の中の整理が追いついていかないのだろう。
そんな中、一番最初に動いたのは皇太子だった。
「十郎、そして晴斗よ。ここには左大臣の手下どもがまだいるのか?」
「おそらくは……」
無礼ながらも、礼を取らぬまま皇太子へ返事を返す。
ここは「敵地」だ。左大臣の手下は札で姿を消している。即応できるようなるべく隙を見せたくはない。
皇太子も私の思いを理解してくれているのか、特に私を咎めるわけでなく前を向き顎に手を当てる。
「どうする晴斗? 左大臣はもういない」
警戒心を解かぬまま、後ろを向いた十郎が皆に声が届くよう少し大きめの声で尋ねてきた。
「皇太子様。私も十郎も、ましてやそこにいるリリアナとシャルロットも遠い異国の地から来たばかりです」
「私の命によくぞここまで参ってくれた。改めて感謝するぞ。晴斗、十郎。異国のご婦人方よ」
「そのようなお言葉、身に余る光栄です。おっしゃる通り遠い異国の地より参った次第、ですので、私たちは今日ノ本がどのような政治情勢なのかまるで把握しておりません」
「当然だ。分かっておる」
「皇太子様と接触していた倶利伽羅をここへ呼び寄せます。それまでしばし休息を」
「あやつにも礼を述べねばな」
皇太子は貴人とは思えぬほど庶民的なところがある。
その証拠に彼はその場で腰をおろしあぐらをかいてしまった。
椅子どころか、絹の布さえ地面には用意されていないというのに。
「では、倶利伽羅を呼びます」
袖を振り、倶利伽羅から預かった札へ念を込める。
「ハルト、倶利伽羅なら『遠話』でもよいのじゃろ?」
リリアナは小枝を取り出し、目を閉じそれに魔力を流し込んだ。
『クリカラ。聞こえるかの』
『へい。榊の旦那から合図があったんで、動こうかと』
『うむ。敵の心配は恐らくない。速度重視で頼む』
『分かりやした』
小枝を懐にしまったリリアナと顔を見合わせる。
「ありがとう。リリアナ」
「うむ。隠れながら連絡するわけじゃないからの。少しでもこちらの情報を伝えた方が倶利伽羅も安心じゃろ」
リリアナはそう言って、私の服の袖を掴み下に体重をかけてきた。
座って休めってことか。確かにそれなりの霊力が使ったが……。
「よい。みなも休め」
察した皇太子が私たちへ許可を出す。
「俺が見とくから、みんなは少しでも霊力を温存してくれ」
十郎が指を二本立て、任せろとばかり前後に揺らした。
ミツヒデは転移術を少なくとも「二回」は使用している。彼は一日四回まで転移術を使うことができるから、戻ってこないとも限らない。
休める時に少しでも休んでおくのは悪くない選択だ。
「ご安心を。結界を張ります。姿暴きだけの効果しかありませんが……」
シャルロットが両膝を落とし、両手を顔の前で組み祈りを捧げる。
彼女を中心に柔らかな光が溢れ、すぐに光は消え去った。
「サンキュ。シャル。出たらその瞬間に斬る」
「ジュウロウさま……」
ぽーっと十郎を見つめつつ、ペタリとその場で座り込むシャルロット。
「ハルト。休むのじゃ」
「そうだな」
リリアナに再度袖を引かれるままに、腰をおろした。
倶利伽羅の速さならすぐにここへやって来ることだろう。
お言葉に甘え、少し休むとするか。
腕を組み、目を閉じる。
皇太子がこれからどう動くかは、日ノ本の政を大きく変えるはずだ。
これまで政権を専横し、帝でさえ口出しできぬほどの勢力を誇っていた左大臣派も、要となる左大臣はもうこの世にはいない。
彼の懐刀だった参議も同じく滅した。
左大臣派は放っておいても瓦解していくだろう。しかし、瓦解したからと言って皇太子がその後釜にあっさりと収まることができるかと言うと……不明瞭だ。
大混乱する政治情勢の中、別の力を持つ貴族や軍に携わる者が皇族を担ぎ実権を握ろうと蠢動してくるやもしれぬ。
「また難しいことを考えておるのじゃろう?」
「こら、体重をかけてくるな」
「休むためじゃ」
「ほう?」
顔を横に向けうろんげな目でリリアナを見つめると、彼女の目が動揺で泳ぐ。
全く。皇太子の前で……。
「よい。好きに休むがいい」
「ほれ、お主の国からも許可がでたぞ」
リリアナはほれ見たことかと、これ見よがしに私の肩へ頭を預けそのままスリスリと頬を擦り付けてきた。
「全く……」
再び目を閉じ、体の力を抜く。
◇◇◇
十分ほど経ったころだろうか。倶利伽羅が空より降り立ち。皇太子に向け敬礼を行う。
「皇太子様。大変お待たせいたしました!」
「よい。倶利伽羅よ。此度は晴斗への伝達、ここまでの案内、大儀であった」
「過分なお言葉、恐縮であります!」
ほう。倶利伽羅もちゃんとした言葉遣いで話すことができるんだな。
いつもは「旦那」「旦那」と飄々とした態度を取る彼が、体を固くしている様子に口元が緩む。
「話が長くなりそうか? なら、そこの詰所を見て来るぜ」
十郎はそう言い残すとスタスタと詰所へ向かう。
彼は扉を派手に蹴飛ばし、中に入っていった。
中から特に騒がしい音も響いて来ず、扉から十郎が顔だけを出しシャルロットを呼ぶ。
「シャル。すまんが、姿暴きの術をかけてくれねえか?」
「分かりました」
シャルロットも詰所に向かい、すぐに二人は詰所から出て来た。
「大丈夫だぜ。中には椅子も机もある。そこで」
「十郎よ。感謝する」
皇太子の謝辞にさすがの十郎も照れくさそうに顔をそむける。
◇◇◇
小屋の中に全員で移動した。
皇太子と倶利伽羅の間で意見を交わし、私たちは外を警戒し彼らの会話が終わるのを待つ。
その結果、皇太子の親衛隊がこちらに来るのを待ち、彼らが到着するまでの間は私たちが皇太子を護衛することになる。
「今しばらく頼む。そなたらは、そなたらで成すべきことがある中、すまないな」
「いえ、皇太子様をお守りすることは日ノ本の民として当然のことです」
むしろ、「このまま護衛として傍にいろ」と命じない皇太子の人となりを褒めたたえたいほどだ。
彼は私たちがミツヒデと決戦を行うために、自分のことはいいから行けと言ってくれている。
「しばし時はかかるだろうが、晴斗の追放の罪を解き、十郎は人へ害をもたらさぬ『夜魔』として布告を出すつもりだ」
「ありがたき幸せ」
「感謝いたします。皇太子様」
十郎と共に頭を下げた。
皇太子は私たちに褒美として、追放の罪を解くと言ってくれている。
十郎はミツヒデ打倒の後どうするつもりか分からぬが、少なくとも私は、もし生きて戻ることができた場合……日ノ本へ留まるつもりはない。
「よい、本当はすぐにでも布告を出したいのだが、政が左大臣によって歪んで居る。必ずや私の元に全てをまとめ上げる」
皇太子は決意の籠った瞳をこちらに向ける。
「あっしら隠密は全力で皇太子様をご支援いたしやす」
「そなたらは、そなたらの宿命を果たしてくるがよい」
皇太子ならば、必ずや彼の言った通りのことを成し遂げるはずだ。
私たちは私たちでミツヒデの「天下布武」を阻止するために動く。
決意を新たに十郎、リリアナ、シャルロットと順に目を向けた。
ん、シャルロット……そうだ。聖属性のことを皇太子に伝えなければ……いや、全てが終わってからの方がよいだろう。
この先に控える戦いは、生易しいものじゃない。
全力を尽くすが、全員が揃って生きて帰ることを保証することなどできないのだから……。
激しく動き過ぎた展開にここにいる全員の頭の中の整理が追いついていかないのだろう。
そんな中、一番最初に動いたのは皇太子だった。
「十郎、そして晴斗よ。ここには左大臣の手下どもがまだいるのか?」
「おそらくは……」
無礼ながらも、礼を取らぬまま皇太子へ返事を返す。
ここは「敵地」だ。左大臣の手下は札で姿を消している。即応できるようなるべく隙を見せたくはない。
皇太子も私の思いを理解してくれているのか、特に私を咎めるわけでなく前を向き顎に手を当てる。
「どうする晴斗? 左大臣はもういない」
警戒心を解かぬまま、後ろを向いた十郎が皆に声が届くよう少し大きめの声で尋ねてきた。
「皇太子様。私も十郎も、ましてやそこにいるリリアナとシャルロットも遠い異国の地から来たばかりです」
「私の命によくぞここまで参ってくれた。改めて感謝するぞ。晴斗、十郎。異国のご婦人方よ」
「そのようなお言葉、身に余る光栄です。おっしゃる通り遠い異国の地より参った次第、ですので、私たちは今日ノ本がどのような政治情勢なのかまるで把握しておりません」
「当然だ。分かっておる」
「皇太子様と接触していた倶利伽羅をここへ呼び寄せます。それまでしばし休息を」
「あやつにも礼を述べねばな」
皇太子は貴人とは思えぬほど庶民的なところがある。
その証拠に彼はその場で腰をおろしあぐらをかいてしまった。
椅子どころか、絹の布さえ地面には用意されていないというのに。
「では、倶利伽羅を呼びます」
袖を振り、倶利伽羅から預かった札へ念を込める。
「ハルト、倶利伽羅なら『遠話』でもよいのじゃろ?」
リリアナは小枝を取り出し、目を閉じそれに魔力を流し込んだ。
『クリカラ。聞こえるかの』
『へい。榊の旦那から合図があったんで、動こうかと』
『うむ。敵の心配は恐らくない。速度重視で頼む』
『分かりやした』
小枝を懐にしまったリリアナと顔を見合わせる。
「ありがとう。リリアナ」
「うむ。隠れながら連絡するわけじゃないからの。少しでもこちらの情報を伝えた方が倶利伽羅も安心じゃろ」
リリアナはそう言って、私の服の袖を掴み下に体重をかけてきた。
座って休めってことか。確かにそれなりの霊力が使ったが……。
「よい。みなも休め」
察した皇太子が私たちへ許可を出す。
「俺が見とくから、みんなは少しでも霊力を温存してくれ」
十郎が指を二本立て、任せろとばかり前後に揺らした。
ミツヒデは転移術を少なくとも「二回」は使用している。彼は一日四回まで転移術を使うことができるから、戻ってこないとも限らない。
休める時に少しでも休んでおくのは悪くない選択だ。
「ご安心を。結界を張ります。姿暴きだけの効果しかありませんが……」
シャルロットが両膝を落とし、両手を顔の前で組み祈りを捧げる。
彼女を中心に柔らかな光が溢れ、すぐに光は消え去った。
「サンキュ。シャル。出たらその瞬間に斬る」
「ジュウロウさま……」
ぽーっと十郎を見つめつつ、ペタリとその場で座り込むシャルロット。
「ハルト。休むのじゃ」
「そうだな」
リリアナに再度袖を引かれるままに、腰をおろした。
倶利伽羅の速さならすぐにここへやって来ることだろう。
お言葉に甘え、少し休むとするか。
腕を組み、目を閉じる。
皇太子がこれからどう動くかは、日ノ本の政を大きく変えるはずだ。
これまで政権を専横し、帝でさえ口出しできぬほどの勢力を誇っていた左大臣派も、要となる左大臣はもうこの世にはいない。
彼の懐刀だった参議も同じく滅した。
左大臣派は放っておいても瓦解していくだろう。しかし、瓦解したからと言って皇太子がその後釜にあっさりと収まることができるかと言うと……不明瞭だ。
大混乱する政治情勢の中、別の力を持つ貴族や軍に携わる者が皇族を担ぎ実権を握ろうと蠢動してくるやもしれぬ。
「また難しいことを考えておるのじゃろう?」
「こら、体重をかけてくるな」
「休むためじゃ」
「ほう?」
顔を横に向けうろんげな目でリリアナを見つめると、彼女の目が動揺で泳ぐ。
全く。皇太子の前で……。
「よい。好きに休むがいい」
「ほれ、お主の国からも許可がでたぞ」
リリアナはほれ見たことかと、これ見よがしに私の肩へ頭を預けそのままスリスリと頬を擦り付けてきた。
「全く……」
再び目を閉じ、体の力を抜く。
◇◇◇
十分ほど経ったころだろうか。倶利伽羅が空より降り立ち。皇太子に向け敬礼を行う。
「皇太子様。大変お待たせいたしました!」
「よい。倶利伽羅よ。此度は晴斗への伝達、ここまでの案内、大儀であった」
「過分なお言葉、恐縮であります!」
ほう。倶利伽羅もちゃんとした言葉遣いで話すことができるんだな。
いつもは「旦那」「旦那」と飄々とした態度を取る彼が、体を固くしている様子に口元が緩む。
「話が長くなりそうか? なら、そこの詰所を見て来るぜ」
十郎はそう言い残すとスタスタと詰所へ向かう。
彼は扉を派手に蹴飛ばし、中に入っていった。
中から特に騒がしい音も響いて来ず、扉から十郎が顔だけを出しシャルロットを呼ぶ。
「シャル。すまんが、姿暴きの術をかけてくれねえか?」
「分かりました」
シャルロットも詰所に向かい、すぐに二人は詰所から出て来た。
「大丈夫だぜ。中には椅子も机もある。そこで」
「十郎よ。感謝する」
皇太子の謝辞にさすがの十郎も照れくさそうに顔をそむける。
◇◇◇
小屋の中に全員で移動した。
皇太子と倶利伽羅の間で意見を交わし、私たちは外を警戒し彼らの会話が終わるのを待つ。
その結果、皇太子の親衛隊がこちらに来るのを待ち、彼らが到着するまでの間は私たちが皇太子を護衛することになる。
「今しばらく頼む。そなたらは、そなたらで成すべきことがある中、すまないな」
「いえ、皇太子様をお守りすることは日ノ本の民として当然のことです」
むしろ、「このまま護衛として傍にいろ」と命じない皇太子の人となりを褒めたたえたいほどだ。
彼は私たちがミツヒデと決戦を行うために、自分のことはいいから行けと言ってくれている。
「しばし時はかかるだろうが、晴斗の追放の罪を解き、十郎は人へ害をもたらさぬ『夜魔』として布告を出すつもりだ」
「ありがたき幸せ」
「感謝いたします。皇太子様」
十郎と共に頭を下げた。
皇太子は私たちに褒美として、追放の罪を解くと言ってくれている。
十郎はミツヒデ打倒の後どうするつもりか分からぬが、少なくとも私は、もし生きて戻ることができた場合……日ノ本へ留まるつもりはない。
「よい、本当はすぐにでも布告を出したいのだが、政が左大臣によって歪んで居る。必ずや私の元に全てをまとめ上げる」
皇太子は決意の籠った瞳をこちらに向ける。
「あっしら隠密は全力で皇太子様をご支援いたしやす」
「そなたらは、そなたらの宿命を果たしてくるがよい」
皇太子ならば、必ずや彼の言った通りのことを成し遂げるはずだ。
私たちは私たちでミツヒデの「天下布武」を阻止するために動く。
決意を新たに十郎、リリアナ、シャルロットと順に目を向けた。
ん、シャルロット……そうだ。聖属性のことを皇太子に伝えなければ……いや、全てが終わってからの方がよいだろう。
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