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第64話 転移術とは?
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「やるなら相手をするぜ。俺はまだ死ぬわけにゃあいかないんでな」
『いや、戦わぬ。いかな我とはいえ、恩のある聖女の前で暴れぬ。彼女は争いを好まぬようだからな。聖女がいるうちにここを去るのなら追いはせぬ』
「いやに物分かりがいいんだな。俺としても無駄に命を奪いたくないから、そう言ってくれて感謝するぜ」
『あくまで聖女がこの場にいるからということを忘れるな』
「へいへい。分かったって。シャル、ありがとうな!」
十郎はシャルロットのヴェールの上から彼女の頭へ手をやりポンポンと彼女の頭を撫でる。
「い、いえ……争いが回避できたこともわたくしではなく、全ては神の御心です」
ぶしゅーと湯気があがりそうなほど赤面したシャルロットは顔を伏せ、なんとか言葉を紡ぎ出してた。
彼女は男と接触することを自ら禁じている。
十郎がヴェール越しとはいえ、頭に触れたのならこの反応も不思議ではない。しかし、この先これでは……いざという時に彼女が正常に動くことができるか不安を感じるな……。
いや。
戦いとなれば、話は別だ。
彼女とて聖女として幾度も危険な戦闘をこなしている。抜かりはないだろう。
アレと同じようにな。
「なんじゃ? 妾へ熱視線を送りおってからに。こんな大勢の前で……いや、構わん」
このまま急接近しようとしてきたリリアナの額へ人差し指と中指を当て押しとどめる。
全く……。
これでも戦闘中はスイッチが切り替わったように動いてくれるのだ。
「……リリアナに比べればまだマシか」
「なにがじゃ?」
「いや、何でもない」
子供っぽく拗ねた様子で顔を背けるリリアナへくすりと声を出し、十郎へ此度の騒動のことについて尋ねようとした時――。
――ゾワリ。
巨大な魔の気配を全身にひしひしと感じる。
心の底まで冷気に包まれるようなこの感触……。
忘れもしない。これは奴だ。
目を細め油断なくゆっくりと立ち上がる。
その時には既に古代龍以外の他の者は全て、魔の気配がした方向へ構えを取っていた。
空間が歪み、指先が扉を開くように動く。
その動きに伴って、歪みが広がり中から羽織の袖……続き袴の先……そして端正ながらも冷徹さを感じるあの顔が姿を現す。
「ミツヒデ……」
その者の名がつい口から出てしまった。
「おやおや、みなさんお揃いで」
扇子を口に当て、まるで散歩でもしているかのように気軽な声でミツヒデがこちらの様子を伺う。
「ミツヒデ!」
怒り心頭といった様子で十郎は背中の小狐丸の柄へ手をやる。
「おっと、十郎くん。仕事が済んでいないのに休憩ですか?」
実際に物量を持つかのような十郎の威圧感がミツヒデに注がれた。
しかし、それでもミツヒデは柳に風。
まるで動じた様子もなく、優雅な仕草で扇子を開き自分の頬を扇ぐ。
「もう言いなりにはならねえ。ノブともどもお前さんも叩き斬ってやる」
「その霊力でですか? やめておきなさい」
っく……。
ミツヒデの背後から濃紺の瘴気が立ち上がる。
この気配……魔将であった時の十郎と遜色がないぞ。もちろん、彼が万全の状態の時のだ。
「……ッチ」
今やるとこちらがまとめて撫で斬りにされる。
十郎も私と同じ気持ちだったのだろう。その証拠に彼は狐丸に手を当てたまま、舌打ちをした。
「なるほど。これはこれは」
ミツヒデは柔和な笑みを浮かべたまま扇子を袖の下にしまいこむ。
そして、何を思ったのか愉快そうにパチパチと拍手をし始めたではないか。
「何を考えている?」
読めない。彼の考えが。
眉根をひそめ、彼へ問いかけた。
「これくらいはやって頂かないと、張り合いがありません」
「どういう意味だ?」
「あえてあなた方を泳がせたのです。あなた方自らが動きに気が付き、わたくしたちの動きを上回るくらいはしてもらわないと」
「一体……何を?」
「全ては御屋形様の為。とだけ、申しておきましょうか」
ミツヒデは袖の下から扇子を出し、頬の横辺りにそれを掲げる。
彼の考えがまるで掴めない。言葉自体は同じ言語のため理解はできるが、会話が繋がらな過ぎて何のことだか想像すらできないでいる。
誰もが静まりかえる中、ミツヒデだけが口元だけに薄い笑みを浮かべ手首を軽く振るった。
彼の動きに伴って、扇子が開く。
「ここは立ち去るといたしましょうか」
「待て!」
踵を返したミツヒデの背に向けて十郎が叫ぶ。
「十郎くん。死合うのは……次お会いした時ですよ……」
顔だけ振り向いたミツヒデの目が赤く光った。
先ほどの十郎以上の威圧感に気圧されたのか、十郎は口を開いたまま額からタラリと一滴の汗を流す。
「次とはいつ、どこで会うのだ?」
私の問いにミツヒデは赤く光る目を虚空に向け、囁く。
「次は『次』ですよ。それでは」
ミツヒデはにこおと目を細め、開いた扇子を閉じ、手のひらで一回転させる。
その瞬間、彼の姿が忽然と消失したのだった。
彼の姿が消えた途端、私の背中からぶわっと汗が噴き出てくる。
彼は……強い。
万全の状態で挑まねば、勝ちを掴むことなど到底かなわないだろう。
全員の霊力が枯渇しかけている今、彼と戦わずに済んだことは何と幸運なことか。
「やっぱ、全力じゃねえと無理そうだ……すまんな。晴斗」
小狐丸から手を離し、その場へドカッと座り込む十郎。
「いや、いかな理由か分からぬが、ここで戦わずして幸いだった」
正直な気持ちを十郎へ伝える。
「分かってはいたことじゃが、あやつ……災厄レベルのモンスター以上じゃぞ」
リリアナは額の汗を拭いながら、やれやれと頭に手を当てた。
「全快の十郎とそこまで変わらないと私は見ている」
「……やはり、それほどまでなのか……」
安心させるようにリリアナへ言ったつもりが、逆に彼女は渋面になってしまう。
しかし、そこは彼女も歴戦の賢者。首を振って謎の声を出すとすぐに元通りの顔へ戻った。
「ジュウロウ。ハルトもそうじゃろうが、いろいろお主に聞きたいことがある」
「ああ、何でも聞いてくれ。まず最初に経緯を話したほうがいいかなって思ってるけど」
「その前にじゃ、一つ教えて欲しいのじゃ」
「もちろんだぜ」
「ミツヒデの転移術の仕組みについて知っておることを教えてくれぬか?」
十郎はミツヒデと供にいたが、彼にミツヒデがあっさりと転移術の秘密などを語るとは思えない。
それに……十郎が転移術に興味を持つとも考えられぬし……。
「おう。だいたい聞いてるから説明するぜ」
何!
あの十郎が、術について聞いているだと!
「晴斗、お前さん、何かよからぬことを考えてねえか?」
「いや」
「あからさまに動揺しなくても分かってるって。俺からミツヒデに転移術が何たるか教えてくれなんて聞いてねえよ」
「なら何故」
「ミツヒデから俺へ注意点があるからとか言って転移術のことを自分からベラベラと殊更丁寧に説明したんだよ」
十郎は巨大な魔溜まりを消滅させるために動いていた。
遠い距離を隔てる魔溜まりをあれほどの短時間で消滅していったのはミツヒデの転移術があったからこそ。
仕事上必要だったから、ミツヒデは彼に転移術について説明した?
どこか引っかかるが、今はそのことについて深く考察することはよそう。それよりも、ミツヒデの転移術について聞くのが先決だ。
考え込む私とリリアナをよそに、十郎は軽い調子で説明をはじめた。
『いや、戦わぬ。いかな我とはいえ、恩のある聖女の前で暴れぬ。彼女は争いを好まぬようだからな。聖女がいるうちにここを去るのなら追いはせぬ』
「いやに物分かりがいいんだな。俺としても無駄に命を奪いたくないから、そう言ってくれて感謝するぜ」
『あくまで聖女がこの場にいるからということを忘れるな』
「へいへい。分かったって。シャル、ありがとうな!」
十郎はシャルロットのヴェールの上から彼女の頭へ手をやりポンポンと彼女の頭を撫でる。
「い、いえ……争いが回避できたこともわたくしではなく、全ては神の御心です」
ぶしゅーと湯気があがりそうなほど赤面したシャルロットは顔を伏せ、なんとか言葉を紡ぎ出してた。
彼女は男と接触することを自ら禁じている。
十郎がヴェール越しとはいえ、頭に触れたのならこの反応も不思議ではない。しかし、この先これでは……いざという時に彼女が正常に動くことができるか不安を感じるな……。
いや。
戦いとなれば、話は別だ。
彼女とて聖女として幾度も危険な戦闘をこなしている。抜かりはないだろう。
アレと同じようにな。
「なんじゃ? 妾へ熱視線を送りおってからに。こんな大勢の前で……いや、構わん」
このまま急接近しようとしてきたリリアナの額へ人差し指と中指を当て押しとどめる。
全く……。
これでも戦闘中はスイッチが切り替わったように動いてくれるのだ。
「……リリアナに比べればまだマシか」
「なにがじゃ?」
「いや、何でもない」
子供っぽく拗ねた様子で顔を背けるリリアナへくすりと声を出し、十郎へ此度の騒動のことについて尋ねようとした時――。
――ゾワリ。
巨大な魔の気配を全身にひしひしと感じる。
心の底まで冷気に包まれるようなこの感触……。
忘れもしない。これは奴だ。
目を細め油断なくゆっくりと立ち上がる。
その時には既に古代龍以外の他の者は全て、魔の気配がした方向へ構えを取っていた。
空間が歪み、指先が扉を開くように動く。
その動きに伴って、歪みが広がり中から羽織の袖……続き袴の先……そして端正ながらも冷徹さを感じるあの顔が姿を現す。
「ミツヒデ……」
その者の名がつい口から出てしまった。
「おやおや、みなさんお揃いで」
扇子を口に当て、まるで散歩でもしているかのように気軽な声でミツヒデがこちらの様子を伺う。
「ミツヒデ!」
怒り心頭といった様子で十郎は背中の小狐丸の柄へ手をやる。
「おっと、十郎くん。仕事が済んでいないのに休憩ですか?」
実際に物量を持つかのような十郎の威圧感がミツヒデに注がれた。
しかし、それでもミツヒデは柳に風。
まるで動じた様子もなく、優雅な仕草で扇子を開き自分の頬を扇ぐ。
「もう言いなりにはならねえ。ノブともどもお前さんも叩き斬ってやる」
「その霊力でですか? やめておきなさい」
っく……。
ミツヒデの背後から濃紺の瘴気が立ち上がる。
この気配……魔将であった時の十郎と遜色がないぞ。もちろん、彼が万全の状態の時のだ。
「……ッチ」
今やるとこちらがまとめて撫で斬りにされる。
十郎も私と同じ気持ちだったのだろう。その証拠に彼は狐丸に手を当てたまま、舌打ちをした。
「なるほど。これはこれは」
ミツヒデは柔和な笑みを浮かべたまま扇子を袖の下にしまいこむ。
そして、何を思ったのか愉快そうにパチパチと拍手をし始めたではないか。
「何を考えている?」
読めない。彼の考えが。
眉根をひそめ、彼へ問いかけた。
「これくらいはやって頂かないと、張り合いがありません」
「どういう意味だ?」
「あえてあなた方を泳がせたのです。あなた方自らが動きに気が付き、わたくしたちの動きを上回るくらいはしてもらわないと」
「一体……何を?」
「全ては御屋形様の為。とだけ、申しておきましょうか」
ミツヒデは袖の下から扇子を出し、頬の横辺りにそれを掲げる。
彼の考えがまるで掴めない。言葉自体は同じ言語のため理解はできるが、会話が繋がらな過ぎて何のことだか想像すらできないでいる。
誰もが静まりかえる中、ミツヒデだけが口元だけに薄い笑みを浮かべ手首を軽く振るった。
彼の動きに伴って、扇子が開く。
「ここは立ち去るといたしましょうか」
「待て!」
踵を返したミツヒデの背に向けて十郎が叫ぶ。
「十郎くん。死合うのは……次お会いした時ですよ……」
顔だけ振り向いたミツヒデの目が赤く光った。
先ほどの十郎以上の威圧感に気圧されたのか、十郎は口を開いたまま額からタラリと一滴の汗を流す。
「次とはいつ、どこで会うのだ?」
私の問いにミツヒデは赤く光る目を虚空に向け、囁く。
「次は『次』ですよ。それでは」
ミツヒデはにこおと目を細め、開いた扇子を閉じ、手のひらで一回転させる。
その瞬間、彼の姿が忽然と消失したのだった。
彼の姿が消えた途端、私の背中からぶわっと汗が噴き出てくる。
彼は……強い。
万全の状態で挑まねば、勝ちを掴むことなど到底かなわないだろう。
全員の霊力が枯渇しかけている今、彼と戦わずに済んだことは何と幸運なことか。
「やっぱ、全力じゃねえと無理そうだ……すまんな。晴斗」
小狐丸から手を離し、その場へドカッと座り込む十郎。
「いや、いかな理由か分からぬが、ここで戦わずして幸いだった」
正直な気持ちを十郎へ伝える。
「分かってはいたことじゃが、あやつ……災厄レベルのモンスター以上じゃぞ」
リリアナは額の汗を拭いながら、やれやれと頭に手を当てた。
「全快の十郎とそこまで変わらないと私は見ている」
「……やはり、それほどまでなのか……」
安心させるようにリリアナへ言ったつもりが、逆に彼女は渋面になってしまう。
しかし、そこは彼女も歴戦の賢者。首を振って謎の声を出すとすぐに元通りの顔へ戻った。
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「もちろんだぜ」
「ミツヒデの転移術の仕組みについて知っておることを教えてくれぬか?」
十郎はミツヒデと供にいたが、彼にミツヒデがあっさりと転移術の秘密などを語るとは思えない。
それに……十郎が転移術に興味を持つとも考えられぬし……。
「おう。だいたい聞いてるから説明するぜ」
何!
あの十郎が、術について聞いているだと!
「晴斗、お前さん、何かよからぬことを考えてねえか?」
「いや」
「あからさまに動揺しなくても分かってるって。俺からミツヒデに転移術が何たるか教えてくれなんて聞いてねえよ」
「なら何故」
「ミツヒデから俺へ注意点があるからとか言って転移術のことを自分からベラベラと殊更丁寧に説明したんだよ」
十郎は巨大な魔溜まりを消滅させるために動いていた。
遠い距離を隔てる魔溜まりをあれほどの短時間で消滅していったのはミツヒデの転移術があったからこそ。
仕事上必要だったから、ミツヒデは彼に転移術について説明した?
どこか引っかかるが、今はそのことについて深く考察することはよそう。それよりも、ミツヒデの転移術について聞くのが先決だ。
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