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第55話 遠話を使ってみる

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 アテはあるが、使えるかどうか分からない。
 そう、あれだ。定期的に来ている日ノ本からの商船だ。
 あの商船が純粋に商売を行っているだけなら、倶利伽羅へ囁いて何とかできるかもしれない。
 ただ、裏に左大臣がいるのが……よろしくない臭いがプンプンする。
 
「布教を認めてくださるのでしたら、聖属性を使うすべの教授を行いに、ハルトさんのお国へ司祭を派遣することもできるかもしれませんわ」
「そっちの方が遥かに敷居が高いと思う。私は国のまつりごとに関わることができないのだよ」

 追放された身だからと心の中で呟く。
 シャルロットへあえて伝える必要もないだろう。彼女は倶利伽羅と私の会話を聞いていたし、私の立場もすでに分かっているとだろうから。
 
「ハルト、せっかく魔術で意思疎通ができるのじゃ、クリカラに相談してみてはどうじゃ?」
「そうだな。彼なら周囲に情報を漏らしたりはしない」
 
 色ボケしていない時のリリアナは鋭い。問題は色ボケしている時が大半なことだが……。
 戦闘中以外でも今みたいに「大賢者」らしくなってくれれば。いや、無理だな。
 感心したように彼女を見つめていたら、にへえっとすぐに顔が崩れた。
 
「雑談はこれくらいにして、アンデッドを討伐しに行こう」
「はい」
「そうじゃな。次のところへ案内するぞ」

 頷き合い、リリアナのシャルロットと私は彼女の手を握り次の場所へ転移する。
 
 ◇◇◇
 
 シャルロットのMPが危うくなってくる頃、ちょうど日が暮れて来たので煙々羅えんえんらに乗り自宅へと戻った。
 扉を開けたら、いい匂いが漂ってきて腹が早く食わせろと悲鳴をあげる。
 
「おかえりー。ご飯の準備はできてるぜ」

 リュートがこちらに笑顔を向けてお玉を振るった。
 ほおお、今日はシチューか。

「相変わらずの腕前よの。漂ってくる香しい匂いだけでもうたまらぬな」

 リリアナ、涎が垂れてるぞ……。
 威厳がとか言うのだったら、少しはだらしないところを気にしたほうがいいのではないか?
 などと思ったが、口には出さずシャルロットと共に食器を出すのを手伝う。

「あ、ハルト兄ちゃん、聖女さま。ジークフリードのおっちゃんが『報告がある』とか言ってたぜ」

 シチューを皿に盛りながら、リュートが呟く。
 何か問題があったのか?

「心配ありませんよ。ハルトさん。急がない連絡のはずです。危急でしたらジークフリードさんはここで待っていますよ」
「確かに。言われてみればそうだ。彼らは現在ここに拠点を作っているのだし。待たない理由はないな」
 
 いずれにしろ明朝ジークフリード本人か代理の者が訪ねてくることだろう。
 気に病んでも仕方がない。
 ここは……。
 
「食べようか」

 自分の欲望に正直になろう。
 並べられたシチューと籠に入った丸パンを眺め、口内に唾液が溢れてくる。
 さすがにどこかの大賢者みたいに口から涎を垂らすことはしないが……。
 
「美味しそうじゃあ。妾は食べる」
「食べる前にお祈りをするんだろ?」

 リリアナへ釘をさすと、彼女はあからさまに落胆した様子で目をつぶり両手を胸の前で組む。
 それぞれ信じる神へ祈りを捧げた後、私たちはリュートのシチューに舌鼓を打つのだった。
 
 食事を食べた後、五右衛門風呂へ入ろうと脱衣所で服を脱いでいるとリリアナが顔を出す。
 
「一緒に入ると温め直す必要がなく無駄にならぬぞ」
「二人も入れないだろう。先に入りたいのか?」
「む。むうう。風呂の形式は樽以外はないのかの?」
「いや。五右衛門風呂は簡易的なものだ。升のような浴槽というところに入る場合もある」
「すぐに作ろうぞ」
「あれはあれで、湯の温度を維持するのが面倒なんだが……陰陽術か魔術でどうとでもなるか」

 リリアナが乗り気なようだし、風呂桶を作ってもらうことにしようか。
 足を伸ばして湯につかると本当に気持ちがいいもなのだ。

「薪を取ってこようぞ」
「今やるのか」
「うむ! やりたい時がやる時じゃの。まごついていては他のことで謀殺され、結局作らずとなることもある」
「一理ある。やるか」
「うむ! 形状だけ教えてくれい」

 五右衛門風呂も材料に回し、小屋に置いてある薪やら枝を追加してリリアナの魔術で風呂桶を作成する。
 相変わらず素晴らしい魔術で、一瞬で風呂桶が完成してしまった。
 湯を作る為の釜やらそれらを風呂桶に流し込む管やらも即完成し、風呂に入る準備がものの小一時間で整う。

「素晴らしい。リリアナ。湯の様子は見ておくから入るといい」
「え?」
「その釜で湯を沸かして風呂桶に入れるわけだろう? 保温の札術を施してはいるが、最初は湯加減が分からぬからな」
「そ、そうじゃの。ちゃんと機能するか確かめねばの」
「後、この風呂桶は足を伸ばして入ることができるのだ。一人でゆっくりとつかることができるさ」
「……あい……」
「待て、その場で脱がなくていい。私が出るまで待て」

 聞く耳を持たぬリリアナは、その場で肩に掛かる布に手をかけ上半身裸になる。

「まあいつものことか」

 彼女の体を見ぬよう、踵を返し風呂釜へ向かう。
 
「リリアナ。湯加減はどうだ?」
「これはよいぞ! 湯あみとはこれほど良いものだったのじゃなあ」
「そうだろう。風呂桶で入るなんて贅沢の極みだからな」
「妾の自宅にも置こうかのお……」

 気に入ってくれたようでよかった。

「リリアナ。私が風呂からあがった後、部屋に来てくれるか?」
「……夜伽か! 体を清めてから……」
「そうではない。倶利伽羅と会話をやってみたい」
「そういや、そうじゃったの」

 自分で提案したんだろう……さすがのエロフ脳に開いた口が塞がらない私であった。
 
 ◇◇◇
 
「では、遠話をするぞ」
「頼む」

 ベッドの上に腰かけ子供っぽく足を上下に動かすリリアナは、手のひらに木の枝を乗せている。
 彼女が目をつぶり念を込めると、木の枝がぼんやりと光を放ちすぐに光は消え去った。
 
「リリアナじゃ、クリカラよ。今会話できる状態にあるかの?」

 枝に向け声をかけるリリアナ。
 数秒沈黙が続き、枝から倶利伽羅の声が響いてくる。
 
『驚きやした。本当に会話できるんですね』
「当然じゃ。何度も行っておる術じゃからの」

 得意気にリリアナはそううそぶき、顔をあげ私と目を合わした。
 
「そのまま話すがよいぞ」
「わかった」

 枝に向けて声をかければいいのだな。
 
「倶利伽羅。こちらは妖魔の数が非常に少ないのだ。土地の広さは数倍あるのに、妖魔の数はおそらく日ノ本より少ない」
『そうなんでやすか! それは、よいところですね』

 倶利伽羅へ魔溜まりのことと聖属性のことを説明していく。
 彼は驚いたように何度も「そうなんでやすか!」を連発していたが、概要を説明するだけで魔の流れと仕組みについて理解したようだった。
 
「――というわけで、近く日ノ本へ『聖属性』を導入したいと考えている」
『あっしも賛成です。皇太子様へコッソリ相談するのが一番かと思いやす』
「皇太子様ならうまく取り扱ってくれそうだな」
『折を見て皇太子様と接触します。もちろん念入りに人払いして』
「分かった。この件は慎重に進めたい。事と場合によっては国を揺るがす事実だからな」
『分かってやす』

 私と倶利伽羅の会話が止まったところで、リリアナが口を挟む。
 
「話はもういいのかの?」
「そうだな。リリアナ、また近く遠話をしたい」
「もちろんじゃ。して、お主、ミツヒデのことは聞かぬのか? 何か思い出せそうで思い出せんとか言っておったじゃろう?」
「確かに。これだけ手軽に会話ができるのなら……」

 ミツヒデが生前何を行った人物なのか、書物で調べれればすぐ分かるはず。
 倶利伽羅はこちらにも来ることだし、その時に謝礼を払うことができる。

『ミツヒデ? また懐かしのとんでも人物の名前がでやしたね』
「知っているのか?」
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