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第44話 楔

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「いや、そういうことではない。彼は魔将に転じた。魔将とは人の世に大災害をもたらす存在なのだよ」
「ハルトさんはご存知ないのですか? 魔族には人と共存を願うお方もいらっしゃるということを」

 もちろん知っているさ。
 しかし、十郎は夜魔ではなく魔将なのだ。
 かぶりを振る私へシャルロットは静かに言葉を続ける。
 
「ジュウロウ様からは邪気を感じませんでした。きっとハルトさんとまた友となれると思うのですが……」
「何!」

 いや、それならば夜魔とステータスに表示されるはず。

「ジュウロウ様は生前の意思そのままを保持しているはずです」
「……十郎が自分のやりたいように動けるのなら、人に仇成すことなど有り得ない」
「あのお方に繋がる『くさび』を感じました。それこそが、ハルトさんにジュウロウ様を『邪悪』と感じさせているモノです」
「十郎は枷がついた状態なのか……?」

 話がまるで見えて来ない。
 十郎とまた友人として歩むことができるのなら、何が何でも彼に突き刺さった「楔」とやらを崩したいところだ。
 どうにかできないものかとシャルロットをじっと見つめると、彼女は少し言いよどんだ後、口を開く。
 
「わたくしは楔を外す術を使えます」
「お、おお!」

 しかし、シャルロットの顔は優れない。
 これは単純に喜ぶことはできなさそうだ……。
 
「何か問題があるのか?」

 眉をひそめる彼女へ問いかけると、彼女は深く頷きを返す。
 
「ジュウロウ様の楔は重く……わたくしの力では足りません。ハルトさんならばと思い相談に来たのですが……」
「残念だが、私は『楔』さえ認識していない体たらくだったからな」
「そうですか……残念です。ジュウロウ様といずれ、戦わなければ……なのですね」
「いや、そうと決まったわけじゃない。要は術の威力をあげればいいのだろう?」
「はい。ですが……わたくしの力では……」
「シャルロット。しばらく、術の開発に付き合ってくれないか? 試してみたいことがある」
「分かりました。一度、国に戻ります。きっとまた戻ってきますので、その時にお願いします」
「ありがとう」
「いえ、ジークフリードさんからお聞きしたところ、ジュウロウ様は強すぎて太刀打ちできないとおっしゃってました。その為、聖王国ではどうすればいいのか対応を練っています……国にとっても死活問題なのですよ」
 
 てっきりシャルロットの個人的な思いでここに来ていると思っていたが、彼女の後ろには国が控えているということか。
 しかし、その割に彼女の発言は包み隠す様子がまるでないのだが……。

「貴君の国は私のような者に情報を与えていいものなのか?」
「問題ありませんわ。わたくしをここへ使わせたのですもの」
「それは……?」
「わたくしは教義上、嘘はつけません。黙ることはできますが……」
「なるほど。この件に関しては、貴君に全権が任されているってことか」
「そう取っていただいて構いません。先日の真祖討伐は、ハルトさんが思っている以上にわたくしとこの国グレアム王国に影響を及ぼしているのですよ」

 シャルロットは言葉を続ける。
 真祖は聖剣使いであるジークフリードが聖女シャルロットへ応援を頼んだ。この二人は大陸でも屈指の実力者で、特に対妖魔に関してはこの二人の右に出る者はいない。
 その二人が苦戦し、肩を並べて戦った私とリリアナのことが話題にならないわけが無かった。
 元々「大賢者」として知名度があるリリアナはともかく、私のことはグレアム王国、聖王国の中枢部でも話題になったそうだ。
 ディリング伯爵領内で噂になるくらいは覚悟していたが、まさか二つの国で騒がれるとは思いもしなかった。

「シャルロット、私のことはどれほど知れ渡っているのだ?」
「少なくとも、わたくしの国である聖王国の武闘派の神官内では、知らぬ者がいないほど広まっています」
「それはスレイヤーの組織なんだろうか?」
「スレイヤーは個々人の契約で成り立ってますが、神官は共和国に所属する対魔族の組織です」
「ふむ……」
「あ、あの……噂になるとお困りでしょうか? やはり大賢者様と同じく大魔術師様も世捨て人なのでしょうか」
「いや、リリアナはどうか分からぬが、妖魔討伐を依頼されれば出向くよ。元とはいえ私も陰陽師の端くれ……」
「それでしたらホッとしました……私はあなたの噂を抑え込もうと動きませんでしたので……」

 シャルロットと私の間にある種の違和感を覚える。
 十郎ほどの魔将はともかくとして、あの真祖は最上位の実力を持つとは言えなかった。真祖としては並みの実力だろう。
 大陸は日ノ本より遥かに広大な面積を持つ。となれば、真祖や魔将と戦う機会も少なくはないはず。それが、一体の真祖を倒した程度で国中に不本意ながら大魔術師ハルトと名が広まるほどのものかと言われると、はなはだ疑問だ。

「シャルロット、真祖や魔将……リリアナの言葉を借りるとデーモンロードだったか……が出現することはこれまで無かったのか?」
「もちろんありましたわ。『十年に一度の災厄』と言われておりますとおり、滅多に出て来るものではありませんのでご安心ください」
「十年に一度……なのか? たったそれだけ?」
「はい。想像するだけでも恐ろしいことですが、十年に一度くらいの間隔でデーモンロードは大陸の『ディアボロス悪魔の・ナオス《神殿》』と呼ばれる場所で出現することが多いです」

 おかしい。これほど広い大陸に十年間で一度しか魔将・真祖が生まれないなど……それだけの器がある人材が死ななかった? いや、そんなわけなかろう。
 戦闘強者ではなくとも、魂の器の大きな人物が存在し、死んだ後に充分な魔が漂っていれば魔将となる。
 逸脱した器であればノブ・ナガのように魔王になることさえできるのだ。この大陸は恐らく日ノ本の数倍以上の人口を抱えているはず。
 ……となれば、率からして魔将・真祖に成ることができる人材も多いはずなのだ。

「ハルトさん、どうかなさいましたか? とても怖い顔をされておられます」
「すまない。考え事をしていた」
「何か引っかかることがありましたか?」
「デーモンロードの数が……異常に少ないと思うのだ」
「そうでしょうか……あれほどの魔族がそうそう出て来ては国が大変なことになりますよ」
「シャルロット、私の故郷はグレアム王国より面積も人口も少ないと思う。しかし」

 一旦そこで言葉を切り、紅茶を一口飲む。
 シャルロットも固唾を飲んで私の次の言葉を待っていた。
 
「日ノ本では二年に一度はデーモンロードが誕生する。多い時は年に一体」

 息を飲むシャルロット。
 彼女はおろおろと指先を震わせ、胸の前で手を組み目をつぶる。

Mon dieuおお、神よ……。ハルトさんの国をお守りください」

 シャルロットは十字を切り祈りを捧げた。
 なるほど。日ノ本に数倍の規模を持つ大陸で十年に一度しか生まれない真祖を倒したとなると確かに噂になるのは理解できる。
 それに、あの戦い。シャルロットとジークフリードだけでは勝てないことはないにしろ、騎士の犠牲者も数人出ていたかもしれない。
 
「シャルロット。私の気質は先ほど述べた通りだ。妖魔討伐にこの身が必要ならば手を貸す」
「ありがとうございます。ジュウロウ様の件、わたくしも全力でお手伝いさせていただきますわ」

 ぽっと頬を染め、シャルロットは控えめな笑みを浮かべる。

「分かった。国の許可を得たらすぐにこちらに来てもらえるか?」
「はい」
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