追放された陰陽師は、漂着した異世界のような地でのんびり暮らすつもりが最強の大魔術師へと成り上がる

うみ

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第39話 外伝1 十郎

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――十郎。
「時間がねえ。あと一時いっときもすれば奴は動く!」

 魔王ノブ・ナガの指先がピクリと震える。もう幾何の時も残されてねえ。
 それなのに、晴斗の奴は何を迷ってやがるんだ。
 禁忌を使え。いや、晴斗のことだ。俺が犠牲になるのを気にしてやがるのか。
 
 あいつはいつも冷静沈着で冷血漢と噂されているが、俺はそうは思っていねえ。
 あいつは誰よりも繊細で人の命を何よりも大切に考えている。
 世間では晴斗は敵を倒すためなら誰かを切り捨てることも喜んでやるって言われているが、
 ――事実は逆だ。
 
 あいつは誰にも犠牲になれなんて言えねえ。
 だから……すまんな。晴斗。
 俺はお前さんの気持ちを踏みにじる。
 魔王ノブ・ナガは半端な敵じゃねえ。ここでやらねえと、下手すりゃ日ノ本全てが飲み込まれるぞ。
 
 晴斗をチラリと横目でみやる。
 お前さんなら、必ず。魔王を倒すさ。
 
 小狐丸を握りしめ、振り上げ……自分の左胸に突き刺した。
 
「十郎!」

 晴斗の絶叫が俺の鼓膜を叩く。

「はやく、使え。間に合わなくなる……」
「これだけの損傷……もう、助けることはできない。何をしているんだ。十郎!」

 この期に及んで、俺の傷を心配している場合じゃねえだろ。晴斗。
 切り替えろ。お前さんならきっと乗り越えられる。

「……任せたぞ、晴斗」 
 
 ダメだ。もう意識が……。
 そのまま前のめりに倒れ込み、俺の意識は完全に閉じる。
 
 ◇◇◇
 
 暖かい。
 まだ寝ていたい。
 差し込む光が瞼を刺激し、布団を頭まで被って光を拒否する。
 
 自慢じゃないが、俺はすっぱりと目を覚ますことが大の苦手だ。だから、寝る。
 まだ寝る。
 
 待て。
 何かおかしい。
 俺は「左胸を自分で突き刺して死んだ」んだ。
 
 自分の行った行為に思い至った瞬間、慌てて飛び起きる。
 
「何故だ。何故……俺は動いている。意識があるんだ……」

 座ったまま両手を開き頭を抱えようと動かそうとする。

「肌の色が変わっている……?」

 手の甲、腕の肌色が、褐色に変わっていた。
 まさかと思い、自分の着ていた着流しをはだけさせ上半身を確認。
 体付きこそ変わっていないが、肌の色は全身褐色に変化しているようだった。
 それに、体の色を確認した時から、額に違和感がある。
 
 おずおずと額に手を伸ばすと……角だ。
 右と左に中指くらいの高さがある角が生えているじゃあねえか。
 
 続いて心臓に手を当てる。
 脈打ってはいない。その代わり、胸の中央に熱い何かが蠢いていることを感じた。

「俺は……妖魔になったってのか」
『その通りだ。十郎よ。我がしもべよ』

 頭の中に低い男の声が響く。
 気配はない。男の声はここから気配を探れぬほど遠くから届いているようだな。
 
「何者だ。あんた……」
『我か? お前がよく知る者だ』
「まさか……ノブ・ナガか」
『いかにも。お主らに倒されてしまったからの。また力を蓄えておる』
「……ようやく見えて来たぜ……」

 晴斗は見事、魔王ノブ・ナガを仕留めたんだな。さすが晴斗だぜ。
 しかし、晴斗にとっても俺にとっても想定外の事態が起こってしまった。
 俺はあの場で命を失う。晴斗はおそらく……ノブ・ナガを倒したところで精魂尽き果て倒れ込んだんじゃあないだろうか。
 その結果、俺の死体はあの場で放置された。
 
 ここからは俺の推測だが……。
 晴斗はノブ・ナガを倒した。これは事実だろう。晴斗がノブ・ナガを倒し切らずに撤退するってことはありえない。
 もし倒せずに晴斗が敗れていたのなら、俺はこうして妖魔になっていないからな。
 
 ノブ・ナガは倒れた。しかし、奴の意思はあの世へ逝くことを拒み、無念が僅かながらもあの場に残ったんじゃねえのだろうか。
 そのため、残骸となった魔の闇が霧散せず、淀み、留まる。そいつが俺を巻き込み……妖魔に転じたのだと思う。
 
 その証拠に俺の頭へノブ・ナガの声が届く。
 俺を妖魔に変えたモノは元はノブ・ナガだった残骸だ。それ故、俺には奴の声が聞こえるのだろう。
 
「って感じなんだがどうだ? ノブ・ナガさんよお」
『見事だ。軽そうに見えて、存外頭が回る』
「まあいい。自分の意思が明瞭なら何も問題はねえ」

 我が身が妖魔となろうとも、死ぬ前の自分の意思が残り、自由に体が動かせるのなら死ぬ前と何ら変化はない。
 ――再び、斬る。
 それだけだ。
 
『お主……せっかく褒めたところだが……想像ができぬのか?』
「なんだ。出てきやがれ。たたっ切ってやる」
『残念じゃが、我はまだ実体化できぬ。闇を溜めねばならぬからの。お主にも協力してもらうぞ』
「俺がそんなことに協力するわけねえだろうが」
『十郎。我の闇から生じたお主が、我の命を拒否できると思っておるのか。お目出たい奴だ』
「……何?」
『命じる。「一つ。魔を溜めることへお主の全力を尽くせ」どのようにして溜めるのかはミツヒデに聞くがいい』

 ぐ、ぐうううう。
 な、なんだこの感覚は。
 ノブ・ナガの命令に背こうとか従わねえとかそういう意思でどうにかできるもんじゃねえぞ。
 上手く表現できねえが、ノブ・ナガの命はまるで俺の存在意義のように体に染み込み、自然と奴の命を実行しようと自分の意思が動く。
 
 こんな奴の手先になるつもりなんて毛頭ねえが、これじゃあ抵抗しようにも抵抗って概念そのものが俺の意識の外になっちまう。

「晴斗……。俺は……」

 ちくしょう!
 床を思いっきり叩く。
 すると、床が大きな音を立てて抜けてしまった。

『お主が何を想おうが一考に構わん。何を行おうと構わん。我が命だけを守れ。それだけだ』

 勝ち誇るでもなく、憐れむでもないノブ・ナガの冷徹な声が頭の中へ響く。
 ノブ・ナガの命には従うしかないが、奴の命は酷く曖昧なものだ。邪魔出来る限りは全力で邪魔してやるぜ。見ていろよ。
 
「小狐丸」

 我が愛刀の名を呼ぶ。
 すると、手のひらに小狐丸が現れた。
 
 その時襖が開き、耽美な優男が姿を現す。
 公家のような衣装に身を包み、肩口までの真っ直ぐな黒髪をした三十五歳くらいの男だった。
 晴斗のように美麗といえる顔貌をしているが、彼と違ってどこか人の気持ちを逆なでするような軽薄さを備えている。
 
「目覚めたようですね。十郎君」
「いきなりだな。何者だ」
「おっと、先に名乗るべきでしたね。わたくしはミツヒデ。以後お見知りおきを」
「あんたがミツヒデか。さっきノブが、あんたに事情を聞けって言ってたぜ」
「全く……せめてノブ・ナガ様と呼んでいただきたいところですが……御屋形様は無礼を気にされないお方……」

 嘆かわしいとでも言わんばかりに額に手をやるミツヒデ。

「まあいい。俺にでも分かるように簡潔かつ順を追って説明してくれ」
「ふう。前途多難ですが……茶の間に行きましょうか」
「おう」

 全くお高くとまりやがって。何だよ茶ってよお。
 茶なんてどこでも飲めるだろうが。
 
 何て思いながらも、立ち上がり腕を頭の後ろにやりながら、ミツヒデのあとをついていく。
 その後俺は、ミツヒデから魔の本質について聞かされる。魔の性質とはそんな意味があったのか……驚愕したが、これが事実というのなら魔を集めることは可能だ。
 ただし、きっと人の誰かが魔の真実へ気が付き、魔王復活を阻止しようと動いてくることが予想される。
 
 晴斗。
 お前さんなら、必ず……。
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