38 / 90
第38話 帰還
しおりを挟む
村が見えてきたところで、村の出入り口のところに人の集団が見える。
何かと思い、彼らの前に煙々羅を降ろし地面に降り立った。
すると、すぐに村長が前に出て来て感激したように両手を広げているではないか。
「ど、どうされました?」
「聞きましたぞ! ハルト殿! あなたこそ伝説の大魔術師殿に違いありませんな!」
ん、どうも話が繋がらない。どういうことだ?
村長は感涙し始めたし……冷静に事情を聴くことは難しそうだな。
「こういうことには察しが悪いのお。ハルト」
「ん?」
リリアナが胸の前で腕を組み、呆れたようにため息をつく。
「ジークフリードの手の者が早馬を走らせたのじゃろう? 妾たちは長々と野営地で話をしていたじゃろ? その間に」
「そういうことか。ようやく合点がいった」
ジークフリードと初めて会った時、彼らはティコの村へ危険を知らせに行くところだった。
その後、ティコの村人が避難したのかは不明だが、とにかく災害級の危険が発生したことは伝わっているはず。
その際に私とリリアナのことも話に出たんだろう。リリアナはともかく、私は村を出たまま戻ってこなかったのだから。
私が戻ってこなかったのは騎士と共に魔物の退治に行ったと伝わり、討伐後、早馬が村人へ何を告げたのか分からないが……この分だと私が倒したとかそんなことを伝えたのか?
「村長殿。私が真祖を仕留めたわけではないんですよ」
「大魔術師ハルト殿が中心となり、強大なモンスターを討伐したと聞いております」
「そ、その大魔術師というのは……」
「村……いえ、グレアム王国だけでなく大陸に伝わる伝説があるのですが」
「ほう……」
大魔術師なる者が過去にいたのだろうか? それと私の行為が似ている?
「大賢者を従え、聖女や聖剣とも交流を持ち。その中に入って尚、最も輝きを放つ者」
「……従えてませんが……」
し、しかし。村長の目を見ると、これ以上私が何かを告げるのは野暮だなと思いなおす。
だが、これだけは言っておきたい。
「リリアナは友人であり、私とリリアナは対等な関係です。どちらが上や下なぞありません」
「そうでしたか! しかし、大賢者様を友人と言い切る大魔術師殿の偉大さを再認識しましたぞ」
頭を抱えてしまった。
「ハルト。まあいいではないか。真祖を倒したのじゃ。お主がいなければ、この村もラーセン同様『死都』となっていたに違いなかろうて」
「持ち上げられるのには慣れていないんだ……戸惑ってしまう」
「そうなのか。お主ほどの実力者なら自国でもさぞ尊敬を集めたろうに」
「そうでもないさ」
陰陽師とは表でも活躍するサムライとは異なり、夜な夜な魔を払うことを生業としている。
魔とは穢れであり、穢れを人々に寄せ付けぬよう陰陽師は村人との接触を忌避していた。いや、接触せぬようにとのお達しが上から出ていると言った方がいいか。
陰陽師とて帝の臣民であり、国の組織の一部に属している。それ故、国の行う神職として穢れを払う役目を申し受けているのだ。
◇◇◇
歓待をしてくれるという村長たちへ本日は戦闘で疲れているので休ませて欲しいと固辞して、ようやく自宅へ戻ってきた。
「ふう」
「全く……もう少し相手をしてやってもいいだろうに。英雄と話をしたいもんじゃよ?」
「いや、何が起こるか分からないだろう? もう霊力もそれほど残っていない」
「ふううん」
リリアナがにったあと嫌らしい笑みを浮かべ、口元へ手をやる。
その顔で気が付いたよ。発言にミスがあったってな。
「掃討戦でそれなりに霊力を使ったのだ」
「それでも真祖の時に比すれば、半分以下じゃろう?」
「見ていたのか」
「まあの」
「全く……心眼の無駄使いだ」
「……っつ。妾の勝手じゃろ」
気まずい空気になった時、扉をノックする音が鳴り響く。
「ハルト兄ちゃんー! リリアナ姉ちゃんー!」
リュートか。
すぐに扉を開くと、大きなバスケットを抱えたリュートが満面の笑みを浮かべて立っていた。
バスケットからは何とも言えぬ芳醇な香りが……。
「お、おお。この匂い……」
リリアナもさっきまでの空気はどこへやら、口から涎が垂れてきそうな勢いで頬を緩めている。
「リュート、ありがとう」
「ううん。村長さんらが食材を一杯くれてさ。紅茶と……あと珍しい飲み物も手に入ったから先にそれを淹れるね」
「もちろんだとも」
紅茶もそうだが、もう一つの飲み物とやらも楽しみだ。
「ハルト。頬が緩んでおるぞ」
「リリアナこそ……」
「仕方あるまい。リュートの食事じゃぞ」
「そうだな。仕方ない」
納得の頷き合いを行った後、私とリリアナはそそくさと椅子に腰かける。
「紅茶はここな。ミルクとレモンも持ってきてるよ。お好みでどうぞ!」
リュートが机の上にポットとコップ……お皿の上にはこの前持ってきてくれたクッキーが数枚乗っていた。
蜂蜜と小麦粉を混ぜて焼いただけのシンプルなお菓子なのだが、これがまた紅茶に合うのだ。
「リリアナ。クッキーは、一枚だけにしておこう」
「もちろんじゃ。この後、夕飯じゃからの」
さすがリリアナ。分かっている。
紅茶の香りを十分に楽しんだ後、まずは何も入れずに一口。
うむ。うまい。口の中へ広がる紅茶の爽やかな香りもたまらない。
「こっちも冷めないうちに試してくれよな」
続いて机に置かれたのは、湯気を立てる真っ黒な液体が入ったコップ……。
こんな黒い飲み物など今まで見たことが無い。
見た目はとても美味な物には思えぬが、リュートが出してくれたものなのだ。見た目で判断してはいけない。
コップを手に取り、鼻を近づける。
「ほお。これはまた、香ばしい匂いだな」
一口飲んでみる。
苦いが、後味は悪くない。飲むとすうっと苦みは消え、また次を飲みたくなる。
これは油っぽい食事をしながら飲むと、口内がスッキリしてよさそうだ。
「ほうほう。これは甘い菓子の後に会うの」
リリアナもこの黒い液体が気に入ったようだな。
「それはコーヒーっていうんだって。俺も飲んでみたけど、苦くて……」
「私は結構気に入ったぞ。コーヒーとやらが」
「妾もじゃ」
コーヒーを楽しんでいるうちに夕食の準備が整い、幸せな時間を過ごす。
やはりリュートの作る食事は格別だ。
夜になり、リリアナは一旦大森林の様子を見に行くと部屋からゲートで転移していった。
そんなわけで今日は久々の一人で過ごす夜である。
ベッドに寝ころびながら、右手で左腕へ触れ大きく息を吐く。
真祖討伐でジークフリードとシャルロットの知古を得ることができたのは幸いだったな。今後、真祖・魔将の階位を持つ敵が現れた時、協力を仰ぐことができる。
しかし、戦い以外で一度彼らと腹を割って会話を行いたいと思っている。それは、聖属性のことについてだ。
リリアナの木属性もそうだが、この世にはまだ私の知らぬ属性が存在し、木と聖についてはその道の専門家が近くにいる。
ならば、木と聖属性についてもっと調べたい。あわよくば自分が使えるようになれれば……と思う。
陰陽術の本質は「重ねる」ことにある。陰陽五行に加え、木・聖を追加できるなら九つまで重ねることができるようになるのだ。
正直なところ真祖を倒す前、私は積極的に未知の属性について調べようと思っていなかった。
しかし……少しでも自分が今より強くなる必要性を感じている……。
十郎。
貴君は一体どうしてしまったのだ? 運命が導くのならまた貴君に会うことだろう。
――俺を止めてくれ。
と彼は言っていた。
真意は分からぬ。魔将となれば確かに討伐対象にはなるが、十郎は生前のように理性があり破壊をまき散らすようには思えなかった。
ならば、魔に堕ちたとはいえ「魔将」ではなく「夜魔」といわれる領域に属すのではないだろうか。
夜魔とは、不幸にも魔の者になってしまったが善良な意思を残す者たちのことを言う。彼らの中には妖魔討伐に協力している者もおり、日ノ本では夜魔は討伐対象ではない。
ならばなぜ十郎はあのようなことを私だけに聞こえるように言い放った?
分からない。
今は考えても仕方ないか……。
ゴロリと寝返りをうち、横になった姿勢のまま眠りにつく。
――翌朝。
朝からリュートが訪ねてきた。朝食の匂いを嗅ぎつけたのか、リリアナもいつの間にか椅子に座り紅茶に口をつけている。
「ハルト兄ちゃん、一つお願いがあるんだ」
「どうしたリュート? 改まって」
「え、えとな。俺を弟子にしてくれないかな?」
「それは陰陽術を学びたいということか?」
「うーん。陰陽術が俺には無理なら、術の勉強でもいいんだ……俺、もう少し強くなりたい」
「村を護りたいってことなのか?」
「それもあるけど、ハルト兄ちゃんみたいにカッコよくなりたい!」
ううむ。
陰陽術を教えることはやぶさかではないが、陰陽術を習得するには最低限七つの属性を使いこなさねばならぬ。
それ故、陰陽術を学ぶ者は多いが陰陽師に成れる者は非常に少ない。
「そうか……しかしなあ」
「ハルト兄ちゃんが暇な時だけでいいんだよ。お金は……余り出せないけど……夕食くらいならご馳走するよ!」
「ほう。金は要らない。食材費も出す。貴君を弟子にしようではないか!」
任せろ。リュート。陰陽術の習得が叶わなかったとしても、私が貴君を一人前の術師へ育ててみせる。
「即答じゃの……ハルト……」
リリアナがあきれたように口を挟む。
「言いたいことが何かあるのか?」
私の問いかけにリリアナは何も答えず、リュートへ向き直り一言。
「リュート。妾もお主を鍛えようではないか。妾にも食事を頼む」
「え、いいの?」
「もちろんじゃ」
こうして、リュートには二人の師が付くことになったのだった。
リュートへ術を教える前に、まずは街へ繰り出さねばな。
現金も道具もない。修行には道具も必要だから……。
「リュート。明後日より貴君を弟子に迎えようと思う。その前に……いろいろ物入りなのだ」
「修行用の道具かな?」
「それもあるが、私はここへ来て依頼一度も買い物へ出かけていないのだよ。そろそろ一度街へ繰り出しておこうと思ってね」
「おお、案内するよ!」
「しかし、その前に……紙をもう少し作らねばならないんだ。そんなわけで、今日は紙の準備。明日は街へ行く。明後日に貴君を弟子にってところだ」
「おおお。さすがハルト兄ちゃん、計画的だぜ!」
そうだろう。そうだろう。
はしゃく私とリュートをよそに、リリアナは静かに紅茶を飲み干すとコホンとワザとらしい咳払いをする。
「どうした? リリアナ」
「うむ。妾も行こう」
「街に行くのか?」
「うむ。楽しそうじゃし」
「そうか。迷子になるなよ。ちゃんとついてくるように」
「子供じゃあるまいて……迷いはせぬよ」
しかし、言葉とは裏腹にリリアナの目が泳いでいるではないか。
冗談のつもりだったのだが、彼女は方向音痴の気質が?
「リリアナなら、迷っても一人で帰還できるし問題ないさ」
「そ、そうじゃの……うむ」
椅子から立ち上がり、リリアナとリュートへ交互に目をやる。
「リリアナ、リュート。そんなわけで、私はこれから枝を拾いに行く」
「俺も行くよ。ハルト兄ちゃん」
「妾もつきあってやろう」
さあて。紙を作るとするか。
何かと思い、彼らの前に煙々羅を降ろし地面に降り立った。
すると、すぐに村長が前に出て来て感激したように両手を広げているではないか。
「ど、どうされました?」
「聞きましたぞ! ハルト殿! あなたこそ伝説の大魔術師殿に違いありませんな!」
ん、どうも話が繋がらない。どういうことだ?
村長は感涙し始めたし……冷静に事情を聴くことは難しそうだな。
「こういうことには察しが悪いのお。ハルト」
「ん?」
リリアナが胸の前で腕を組み、呆れたようにため息をつく。
「ジークフリードの手の者が早馬を走らせたのじゃろう? 妾たちは長々と野営地で話をしていたじゃろ? その間に」
「そういうことか。ようやく合点がいった」
ジークフリードと初めて会った時、彼らはティコの村へ危険を知らせに行くところだった。
その後、ティコの村人が避難したのかは不明だが、とにかく災害級の危険が発生したことは伝わっているはず。
その際に私とリリアナのことも話に出たんだろう。リリアナはともかく、私は村を出たまま戻ってこなかったのだから。
私が戻ってこなかったのは騎士と共に魔物の退治に行ったと伝わり、討伐後、早馬が村人へ何を告げたのか分からないが……この分だと私が倒したとかそんなことを伝えたのか?
「村長殿。私が真祖を仕留めたわけではないんですよ」
「大魔術師ハルト殿が中心となり、強大なモンスターを討伐したと聞いております」
「そ、その大魔術師というのは……」
「村……いえ、グレアム王国だけでなく大陸に伝わる伝説があるのですが」
「ほう……」
大魔術師なる者が過去にいたのだろうか? それと私の行為が似ている?
「大賢者を従え、聖女や聖剣とも交流を持ち。その中に入って尚、最も輝きを放つ者」
「……従えてませんが……」
し、しかし。村長の目を見ると、これ以上私が何かを告げるのは野暮だなと思いなおす。
だが、これだけは言っておきたい。
「リリアナは友人であり、私とリリアナは対等な関係です。どちらが上や下なぞありません」
「そうでしたか! しかし、大賢者様を友人と言い切る大魔術師殿の偉大さを再認識しましたぞ」
頭を抱えてしまった。
「ハルト。まあいいではないか。真祖を倒したのじゃ。お主がいなければ、この村もラーセン同様『死都』となっていたに違いなかろうて」
「持ち上げられるのには慣れていないんだ……戸惑ってしまう」
「そうなのか。お主ほどの実力者なら自国でもさぞ尊敬を集めたろうに」
「そうでもないさ」
陰陽師とは表でも活躍するサムライとは異なり、夜な夜な魔を払うことを生業としている。
魔とは穢れであり、穢れを人々に寄せ付けぬよう陰陽師は村人との接触を忌避していた。いや、接触せぬようにとのお達しが上から出ていると言った方がいいか。
陰陽師とて帝の臣民であり、国の組織の一部に属している。それ故、国の行う神職として穢れを払う役目を申し受けているのだ。
◇◇◇
歓待をしてくれるという村長たちへ本日は戦闘で疲れているので休ませて欲しいと固辞して、ようやく自宅へ戻ってきた。
「ふう」
「全く……もう少し相手をしてやってもいいだろうに。英雄と話をしたいもんじゃよ?」
「いや、何が起こるか分からないだろう? もう霊力もそれほど残っていない」
「ふううん」
リリアナがにったあと嫌らしい笑みを浮かべ、口元へ手をやる。
その顔で気が付いたよ。発言にミスがあったってな。
「掃討戦でそれなりに霊力を使ったのだ」
「それでも真祖の時に比すれば、半分以下じゃろう?」
「見ていたのか」
「まあの」
「全く……心眼の無駄使いだ」
「……っつ。妾の勝手じゃろ」
気まずい空気になった時、扉をノックする音が鳴り響く。
「ハルト兄ちゃんー! リリアナ姉ちゃんー!」
リュートか。
すぐに扉を開くと、大きなバスケットを抱えたリュートが満面の笑みを浮かべて立っていた。
バスケットからは何とも言えぬ芳醇な香りが……。
「お、おお。この匂い……」
リリアナもさっきまでの空気はどこへやら、口から涎が垂れてきそうな勢いで頬を緩めている。
「リュート、ありがとう」
「ううん。村長さんらが食材を一杯くれてさ。紅茶と……あと珍しい飲み物も手に入ったから先にそれを淹れるね」
「もちろんだとも」
紅茶もそうだが、もう一つの飲み物とやらも楽しみだ。
「ハルト。頬が緩んでおるぞ」
「リリアナこそ……」
「仕方あるまい。リュートの食事じゃぞ」
「そうだな。仕方ない」
納得の頷き合いを行った後、私とリリアナはそそくさと椅子に腰かける。
「紅茶はここな。ミルクとレモンも持ってきてるよ。お好みでどうぞ!」
リュートが机の上にポットとコップ……お皿の上にはこの前持ってきてくれたクッキーが数枚乗っていた。
蜂蜜と小麦粉を混ぜて焼いただけのシンプルなお菓子なのだが、これがまた紅茶に合うのだ。
「リリアナ。クッキーは、一枚だけにしておこう」
「もちろんじゃ。この後、夕飯じゃからの」
さすがリリアナ。分かっている。
紅茶の香りを十分に楽しんだ後、まずは何も入れずに一口。
うむ。うまい。口の中へ広がる紅茶の爽やかな香りもたまらない。
「こっちも冷めないうちに試してくれよな」
続いて机に置かれたのは、湯気を立てる真っ黒な液体が入ったコップ……。
こんな黒い飲み物など今まで見たことが無い。
見た目はとても美味な物には思えぬが、リュートが出してくれたものなのだ。見た目で判断してはいけない。
コップを手に取り、鼻を近づける。
「ほお。これはまた、香ばしい匂いだな」
一口飲んでみる。
苦いが、後味は悪くない。飲むとすうっと苦みは消え、また次を飲みたくなる。
これは油っぽい食事をしながら飲むと、口内がスッキリしてよさそうだ。
「ほうほう。これは甘い菓子の後に会うの」
リリアナもこの黒い液体が気に入ったようだな。
「それはコーヒーっていうんだって。俺も飲んでみたけど、苦くて……」
「私は結構気に入ったぞ。コーヒーとやらが」
「妾もじゃ」
コーヒーを楽しんでいるうちに夕食の準備が整い、幸せな時間を過ごす。
やはりリュートの作る食事は格別だ。
夜になり、リリアナは一旦大森林の様子を見に行くと部屋からゲートで転移していった。
そんなわけで今日は久々の一人で過ごす夜である。
ベッドに寝ころびながら、右手で左腕へ触れ大きく息を吐く。
真祖討伐でジークフリードとシャルロットの知古を得ることができたのは幸いだったな。今後、真祖・魔将の階位を持つ敵が現れた時、協力を仰ぐことができる。
しかし、戦い以外で一度彼らと腹を割って会話を行いたいと思っている。それは、聖属性のことについてだ。
リリアナの木属性もそうだが、この世にはまだ私の知らぬ属性が存在し、木と聖についてはその道の専門家が近くにいる。
ならば、木と聖属性についてもっと調べたい。あわよくば自分が使えるようになれれば……と思う。
陰陽術の本質は「重ねる」ことにある。陰陽五行に加え、木・聖を追加できるなら九つまで重ねることができるようになるのだ。
正直なところ真祖を倒す前、私は積極的に未知の属性について調べようと思っていなかった。
しかし……少しでも自分が今より強くなる必要性を感じている……。
十郎。
貴君は一体どうしてしまったのだ? 運命が導くのならまた貴君に会うことだろう。
――俺を止めてくれ。
と彼は言っていた。
真意は分からぬ。魔将となれば確かに討伐対象にはなるが、十郎は生前のように理性があり破壊をまき散らすようには思えなかった。
ならば、魔に堕ちたとはいえ「魔将」ではなく「夜魔」といわれる領域に属すのではないだろうか。
夜魔とは、不幸にも魔の者になってしまったが善良な意思を残す者たちのことを言う。彼らの中には妖魔討伐に協力している者もおり、日ノ本では夜魔は討伐対象ではない。
ならばなぜ十郎はあのようなことを私だけに聞こえるように言い放った?
分からない。
今は考えても仕方ないか……。
ゴロリと寝返りをうち、横になった姿勢のまま眠りにつく。
――翌朝。
朝からリュートが訪ねてきた。朝食の匂いを嗅ぎつけたのか、リリアナもいつの間にか椅子に座り紅茶に口をつけている。
「ハルト兄ちゃん、一つお願いがあるんだ」
「どうしたリュート? 改まって」
「え、えとな。俺を弟子にしてくれないかな?」
「それは陰陽術を学びたいということか?」
「うーん。陰陽術が俺には無理なら、術の勉強でもいいんだ……俺、もう少し強くなりたい」
「村を護りたいってことなのか?」
「それもあるけど、ハルト兄ちゃんみたいにカッコよくなりたい!」
ううむ。
陰陽術を教えることはやぶさかではないが、陰陽術を習得するには最低限七つの属性を使いこなさねばならぬ。
それ故、陰陽術を学ぶ者は多いが陰陽師に成れる者は非常に少ない。
「そうか……しかしなあ」
「ハルト兄ちゃんが暇な時だけでいいんだよ。お金は……余り出せないけど……夕食くらいならご馳走するよ!」
「ほう。金は要らない。食材費も出す。貴君を弟子にしようではないか!」
任せろ。リュート。陰陽術の習得が叶わなかったとしても、私が貴君を一人前の術師へ育ててみせる。
「即答じゃの……ハルト……」
リリアナがあきれたように口を挟む。
「言いたいことが何かあるのか?」
私の問いかけにリリアナは何も答えず、リュートへ向き直り一言。
「リュート。妾もお主を鍛えようではないか。妾にも食事を頼む」
「え、いいの?」
「もちろんじゃ」
こうして、リュートには二人の師が付くことになったのだった。
リュートへ術を教える前に、まずは街へ繰り出さねばな。
現金も道具もない。修行には道具も必要だから……。
「リュート。明後日より貴君を弟子に迎えようと思う。その前に……いろいろ物入りなのだ」
「修行用の道具かな?」
「それもあるが、私はここへ来て依頼一度も買い物へ出かけていないのだよ。そろそろ一度街へ繰り出しておこうと思ってね」
「おお、案内するよ!」
「しかし、その前に……紙をもう少し作らねばならないんだ。そんなわけで、今日は紙の準備。明日は街へ行く。明後日に貴君を弟子にってところだ」
「おおお。さすがハルト兄ちゃん、計画的だぜ!」
そうだろう。そうだろう。
はしゃく私とリュートをよそに、リリアナは静かに紅茶を飲み干すとコホンとワザとらしい咳払いをする。
「どうした? リリアナ」
「うむ。妾も行こう」
「街に行くのか?」
「うむ。楽しそうじゃし」
「そうか。迷子になるなよ。ちゃんとついてくるように」
「子供じゃあるまいて……迷いはせぬよ」
しかし、言葉とは裏腹にリリアナの目が泳いでいるではないか。
冗談のつもりだったのだが、彼女は方向音痴の気質が?
「リリアナなら、迷っても一人で帰還できるし問題ないさ」
「そ、そうじゃの……うむ」
椅子から立ち上がり、リリアナとリュートへ交互に目をやる。
「リリアナ、リュート。そんなわけで、私はこれから枝を拾いに行く」
「俺も行くよ。ハルト兄ちゃん」
「妾もつきあってやろう」
さあて。紙を作るとするか。
0
お気に入りに追加
634
あなたにおすすめの小説
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
追放された最弱ハンター、最強を目指して本気出す〜実は【伝説の魔獣王】と魔法で【融合】してるので無双はじめたら、元仲間が落ちぶれていきました〜
里海慧
ファンタジー
「カイト、お前さぁ、もういらないわ」
魔力がほぼない最低ランクの最弱ハンターと罵られ、パーティーから追放されてしまったカイト。
実は、唯一使えた魔法で伝説の魔獣王リュカオンと融合していた。カイトの実力はSSSランクだったが、魔獣王と融合してると言っても信じてもらえなくて、サポートに徹していたのだ。
追放の際のあまりにもひどい仕打ちに吹っ切れたカイトは、これからは誰にも何も奪われないように、最強のハンターになると決意する。
魔獣を討伐しまくり、様々な人たちから認められていくカイト。
途中で追放されたり、裏切られたり、そんな同じ境遇の者が仲間になって、ハンターライフをより満喫していた。
一方、カイトを追放したミリオンたちは、Sランクパーティーの座からあっという間に転げ落ちていき、最後には盛大に自滅してゆくのだった。
※ヒロインの登場は遅めです。
捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~
伽羅
ファンタジー
物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる