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第38話 帰還

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 村が見えてきたところで、村の出入り口のところに人の集団が見える。
 何かと思い、彼らの前に煙々羅えんえんらを降ろし地面に降り立った。
 
 すると、すぐに村長が前に出て来て感激したように両手を広げているではないか。
 
「ど、どうされました?」
「聞きましたぞ! ハルト殿! あなたこそ伝説の大魔術師殿に違いありませんな!」

 ん、どうも話が繋がらない。どういうことだ?
 村長は感涙し始めたし……冷静に事情を聴くことは難しそうだな。
 
「こういうことには察しが悪いのお。ハルト」
「ん?」
 
 リリアナが胸の前で腕を組み、呆れたようにため息をつく。

「ジークフリードの手の者が早馬を走らせたのじゃろう? 妾たちは長々と野営地で話をしていたじゃろ? その間に」
「そういうことか。ようやく合点がいった」

 ジークフリードと初めて会った時、彼らはティコの村へ危険を知らせに行くところだった。
 その後、ティコの村人が避難したのかは不明だが、とにかく災害級の危険が発生したことは伝わっているはず。
 その際に私とリリアナのことも話に出たんだろう。リリアナはともかく、私は村を出たまま戻ってこなかったのだから。
 私が戻ってこなかったのは騎士と共に魔物の退治に行ったと伝わり、討伐後、早馬が村人へ何を告げたのか分からないが……この分だと私が倒したとかそんなことを伝えたのか?
 
「村長殿。私が真祖を仕留めたわけではないんですよ」
「大魔術師ハルト殿が中心となり、強大なモンスターを討伐したと聞いております」
「そ、その大魔術師というのは……」
「村……いえ、グレアム王国だけでなく大陸に伝わる伝説があるのですが」
「ほう……」

 大魔術師なる者が過去にいたのだろうか? それと私の行為が似ている?
 
「大賢者を従え、聖女や聖剣とも交流を持ち。その中に入って尚、最も輝きを放つ者」
「……従えてませんが……」

 し、しかし。村長の目を見ると、これ以上私が何かを告げるのは野暮だなと思いなおす。
 だが、これだけは言っておきたい。
 
「リリアナは友人であり、私とリリアナは対等な関係です。どちらが上や下なぞありません」
「そうでしたか! しかし、大賢者様を友人と言い切る大魔術師殿の偉大さを再認識しましたぞ」

 頭を抱えてしまった。
 
「ハルト。まあいいではないか。真祖を倒したのじゃ。お主がいなければ、この村もラーセン同様『死都』となっていたに違いなかろうて」
「持ち上げられるのには慣れていないんだ……戸惑ってしまう」
「そうなのか。お主ほどの実力者なら自国でもさぞ尊敬を集めたろうに」
「そうでもないさ」

 陰陽師とは表でも活躍するサムライとは異なり、夜な夜な魔を払うことを生業としている。
 魔とは穢れであり、穢れを人々に寄せ付けぬよう陰陽師は村人との接触を忌避していた。いや、接触せぬようにとのお達しが上から出ていると言った方がいいか。
 陰陽師とて帝の臣民であり、国の組織の一部に属している。それ故、国の行う神職として穢れを払う役目を申し受けているのだ。
 
 ◇◇◇
 
 歓待をしてくれるという村長たちへ本日は戦闘で疲れているので休ませて欲しいと固辞して、ようやく自宅へ戻ってきた。
 
「ふう」
「全く……もう少し相手をしてやってもいいだろうに。英雄と話をしたいもんじゃよ?」
「いや、何が起こるか分からないだろう? もう霊力もそれほど残っていない」
「ふううん」

 リリアナがにったあと嫌らしい笑みを浮かべ、口元へ手をやる。
 その顔で気が付いたよ。発言にミスがあったってな。

「掃討戦でそれなりに霊力を使ったのだ」
「それでも真祖の時に比すれば、半分以下じゃろう?」
「見ていたのか」
「まあの」
「全く……心眼の無駄使いだ」
「……っつ。妾の勝手じゃろ」

 気まずい空気になった時、扉をノックする音が鳴り響く。
 
「ハルト兄ちゃんー! リリアナ姉ちゃんー!」

 リュートか。
 すぐに扉を開くと、大きなバスケットを抱えたリュートが満面の笑みを浮かべて立っていた。
 バスケットからは何とも言えぬ芳醇な香りが……。
 
「お、おお。この匂い……」

 リリアナもさっきまでの空気はどこへやら、口から涎が垂れてきそうな勢いで頬を緩めている。

「リュート、ありがとう」
「ううん。村長さんらが食材を一杯くれてさ。紅茶と……あと珍しい飲み物も手に入ったから先にそれを淹れるね」
「もちろんだとも」

 紅茶もそうだが、もう一つの飲み物とやらも楽しみだ。

「ハルト。頬が緩んでおるぞ」
「リリアナこそ……」
「仕方あるまい。リュートの食事じゃぞ」
「そうだな。仕方ない」

 納得の頷き合いを行った後、私とリリアナはそそくさと椅子に腰かける。

「紅茶はここな。ミルクとレモンも持ってきてるよ。お好みでどうぞ!」

 リュートが机の上にポットとコップ……お皿の上にはこの前持ってきてくれたクッキーが数枚乗っていた。
 蜂蜜と小麦粉を混ぜて焼いただけのシンプルなお菓子なのだが、これがまた紅茶に合うのだ。
 
「リリアナ。クッキーは、一枚だけにしておこう」
「もちろんじゃ。この後、夕飯じゃからの」

 さすがリリアナ。分かっている。
 紅茶の香りを十分に楽しんだ後、まずは何も入れずに一口。
 うむ。うまい。口の中へ広がる紅茶の爽やかな香りもたまらない。
 
「こっちも冷めないうちに試してくれよな」

 続いて机に置かれたのは、湯気を立てる真っ黒な液体が入ったコップ……。
 こんな黒い飲み物など今まで見たことが無い。
 見た目はとても美味な物には思えぬが、リュートが出してくれたものなのだ。見た目で判断してはいけない。
 コップを手に取り、鼻を近づける。
 
「ほお。これはまた、香ばしい匂いだな」

 一口飲んでみる。
 苦いが、後味は悪くない。飲むとすうっと苦みは消え、また次を飲みたくなる。
 これは油っぽい食事をしながら飲むと、口内がスッキリしてよさそうだ。
 
「ほうほう。これは甘い菓子の後に会うの」
 
 リリアナもこの黒い液体が気に入ったようだな。
 
「それはコーヒーっていうんだって。俺も飲んでみたけど、苦くて……」
「私は結構気に入ったぞ。コーヒーとやらが」
「妾もじゃ」

 コーヒーを楽しんでいるうちに夕食の準備が整い、幸せな時間を過ごす。
 やはりリュートの作る食事は格別だ。
 
 夜になり、リリアナは一旦大森林の様子を見に行くと部屋からゲートで転移していった。
 そんなわけで今日は久々の一人で過ごす夜である。
 
 ベッドに寝ころびながら、右手で左腕へ触れ大きく息を吐く。
 真祖討伐でジークフリードとシャルロットの知古を得ることができたのは幸いだったな。今後、真祖・魔将の階位を持つ敵が現れた時、協力を仰ぐことができる。
 しかし、戦い以外で一度彼らと腹を割って会話を行いたいと思っている。それは、聖属性のことについてだ。
 リリアナの木属性もそうだが、この世にはまだ私の知らぬ属性が存在し、木と聖についてはその道の専門家が近くにいる。
 ならば、木と聖属性についてもっと調べたい。あわよくば自分が使えるようになれれば……と思う。
 陰陽術の本質は「重ねる」ことにある。陰陽五行に加え、木・聖を追加できるなら九つまで重ねることができるようになるのだ。
 
 正直なところ真祖を倒す前、私は積極的に未知の属性について調べようと思っていなかった。
 しかし……少しでも自分が今より強くなる必要性を感じている……。
 十郎。
 貴君は一体どうしてしまったのだ? 運命が導くのならまた貴君に会うことだろう。
 
 ――俺を止めてくれ。
 と彼は言っていた。
 真意は分からぬ。魔将となれば確かに討伐対象にはなるが、十郎は生前のように理性があり破壊をまき散らすようには思えなかった。
 ならば、魔に堕ちたとはいえ「魔将」ではなく「夜魔」といわれる領域に属すのではないだろうか。
 夜魔とは、不幸にも魔の者になってしまったが善良な意思を残す者たちのことを言う。彼らの中には妖魔討伐に協力している者もおり、日ノ本では夜魔は討伐対象ではない。
 
 ならばなぜ十郎はあのようなことを私だけに聞こえるように言い放った?
 分からない。
 今は考えても仕方ないか……。
 
 ゴロリと寝返りをうち、横になった姿勢のまま眠りにつく。
 
 ――翌朝。
 朝からリュートが訪ねてきた。朝食の匂いを嗅ぎつけたのか、リリアナもいつの間にか椅子に座り紅茶に口をつけている。
 
「ハルト兄ちゃん、一つお願いがあるんだ」
「どうしたリュート? 改まって」
「え、えとな。俺を弟子にしてくれないかな?」
「それは陰陽術を学びたいということか?」
「うーん。陰陽術が俺には無理なら、術の勉強でもいいんだ……俺、もう少し強くなりたい」
「村を護りたいってことなのか?」
「それもあるけど、ハルト兄ちゃんみたいにカッコよくなりたい!」

 ううむ。
 陰陽術を教えることはやぶさかではないが、陰陽術を習得するには最低限七つの属性を使いこなさねばならぬ。
 それ故、陰陽術を学ぶ者は多いが陰陽師に成れる者は非常に少ない。

「そうか……しかしなあ」
「ハルト兄ちゃんが暇な時だけでいいんだよ。お金は……余り出せないけど……夕食くらいならご馳走するよ!」
「ほう。金は要らない。食材費も出す。貴君を弟子にしようではないか!」

 任せろ。リュート。陰陽術の習得が叶わなかったとしても、私が貴君を一人前の術師へ育ててみせる。

「即答じゃの……ハルト……」
 
 リリアナがあきれたように口を挟む。

「言いたいことが何かあるのか?」

 私の問いかけにリリアナは何も答えず、リュートへ向き直り一言。

「リュート。妾もお主を鍛えようではないか。妾にも食事を頼む」
「え、いいの?」
「もちろんじゃ」

 こうして、リュートには二人の師が付くことになったのだった。
 リュートへ術を教える前に、まずは街へ繰り出さねばな。
 現金も道具もない。修行には道具も必要だから……。
 
「リュート。明後日より貴君を弟子に迎えようと思う。その前に……いろいろ物入りなのだ」
「修行用の道具かな?」
「それもあるが、私はここへ来て依頼一度も買い物へ出かけていないのだよ。そろそろ一度街へ繰り出しておこうと思ってね」
「おお、案内するよ!」
「しかし、その前に……紙をもう少し作らねばならないんだ。そんなわけで、今日は紙の準備。明日は街へ行く。明後日に貴君を弟子にってところだ」
「おおお。さすがハルト兄ちゃん、計画的だぜ!」

 そうだろう。そうだろう。
 はしゃく私とリュートをよそに、リリアナは静かに紅茶を飲み干すとコホンとワザとらしい咳払いをする。
 
「どうした? リリアナ」
「うむ。妾も行こう」
「街に行くのか?」
「うむ。楽しそうじゃし」
「そうか。迷子になるなよ。ちゃんとついてくるように」
「子供じゃあるまいて……迷いはせぬよ」

 しかし、言葉とは裏腹にリリアナの目が泳いでいるではないか。
 冗談のつもりだったのだが、彼女は方向音痴の気質が?
 
「リリアナなら、迷っても一人で帰還できるし問題ないさ」
「そ、そうじゃの……うむ」

 椅子から立ち上がり、リリアナとリュートへ交互に目をやる。
 
「リリアナ、リュート。そんなわけで、私はこれから枝を拾いに行く」
「俺も行くよ。ハルト兄ちゃん」
「妾もつきあってやろう」

 さあて。紙を作るとするか。
 
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