追放された陰陽師は、漂着した異世界のような地でのんびり暮らすつもりが最強の大魔術師へと成り上がる

うみ

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第33話 白虎

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 昂る気持ちを抑え、頭は冷たく……体は熱く。
 ジークフリードとシャルロットは後どれくらいで到着する?
 笛を吹く必要はない。これだけの気配なら彼らが気が付かぬはずもなし。それに加え、瘴気の光が天高くまでそそり立ったしな。
 
 あと一分以内に真祖は完全に姿を現すだろう。
 ジークフリードらはさすがに間に合わないか。ならば……。
 
 袖を振り札を指先で挟み、目を閉じる。
 ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。
 私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。
 
「式神・虎」

 私の左手に持つ札から紙で折られた虎――「式神・虎」が舞出てきて地に降り立つ。
 本命はここからだ。
 続いて術式を構築……。
 
「八十六式 霊装 西方七宿」

 真夏の太陽より眩いばかりの光が左手に持つ札から発射され、式神の虎へ吸収されていく。
 
「出でよ。白帝・白虎!」

 私の声を合図に爆発したかのような光が虎から溢れだし……視界が白一色に包まれた。
 光が収まると……そこに立っていたのは先ほどまでの紙の虎ではなく雄々しい白に黒の縞模様の毛皮を持つ虎だった。
 これぞ朱雀と並ぶ、式神最高峰のうちの一つ「白虎」。
 本物の虎のように生命力に満ち溢れ、躍動感のある体は体長およそ五メートルと現実の虎より二回り以上大きい。
 青白い燐光が首元と足首を覆い、口元からはバチバチと紫電が奔っている。
 
 ジークフリードが来るまでの間。白虎に護りを任せよう。
 白虎ならば必要十分!
 
「またとんでもないのを出しおったの。妾も行くぞ」
「まだあと真祖が出現するまでに三十秒以上ある。時間内で頼むぞ」

 リリアナは「誰にいっておるのじゃ」とでも言わんばかりの得意気な顔をしつつ杖を胸の前に掲げる。

「森の精霊たちよ。妾と共にヴァイス・ヴァーサ……アーク・リフレクト・アーマー」

 緑色の光が私とリリアナを包み込み、すぐに光が消えた。
 
「これは……?」
「一度だけじゃが、どのような術であろうとも跳ね返すのじゃ」

 そいつはいい。術を気にせず白虎を真祖の爪へ集中させることができるな……。
 この時点で残りはあと十秒程度か。
 
 僅かな時間であろうとも、私もリリアナも止まらない。
 リリアナは更なる術を使うべく集中に入る。
 私は私で白虎へどのような指示を出すべきか考えつつ、札を指先に挟む。
 
 残り時間は……。
 ――三。
 ――二。
 ――今!
 
「きいいいいいいいしゃあああああああああ!」

 実体化した瞬間に真祖は凄まじい金切り声をあげた。
 こちらの真祖も日ノ本にいる真祖と服装以外は似たような容姿をしているな……。
 大きく姿形が異ならないことへほっと胸を撫でおろすが、決して油断してはいい相手ではない。
 奴は人間そっくりの見た目で、バンパイアとよく似た特徴を持つ。
 真祖は三十過ぎくらいの男の姿をしており、銀髪を全て後ろに流した髪型で、肩まで髪がかかっている。
 目はランランと赤く輝き、口元の牙は尖端から赤い液体が滴り落ちていた。
 もっとも目を惹くのは、服装だ。真っ黒の革製の服なのだが、体にピタリと張り付いた形をしており、全身をびっちりと覆っている。
 その上から絹でできた漆黒の外套を羽織り、首元に赤い襟巻……あれは人間の髪の毛を束ねたものか。
 
 対する私とリリアナは耳を塞ぐこともせず、準備した手を行使すべく動き始める。

「白虎!」

 白虎へ命令を下そうとするが、リリアナから目で「少し待て」と合図がきた。
 彼女へ頷きを返すと同時に、彼女は杖を天に掲げ呪文を紡ぐ。
 
「我が魔力、存分に使うがいい。ビリジアン・エタンセル!」

 な、なんという霊力だ。
 リリアナの髪の毛が全て逆立ち、霊力の渦が彼女の体を駆け巡っている。
 その全てが杖に収束し……くすんだ青みがかった緑色の光が現れた。
 
 杖から緑色の光線は空へと伸び、とある一点で膨らみ……同じ色をした巨大な隕石へと変化する。
 
「最大火力じゃ! 喰らえ!」

 リリアナの声に応じ、緑色の隕石が神速を持って真祖を押しつぶさんと迫った。
 
 一方で真祖はニマアアと人なら顎が外れても開けないほど口を大きく開き、真っ赤な長い舌で唇を舐める。

「ヒャヒャヒャヒャ!」

 真祖は狂ったようにあざ笑うが、リリアナの放った緑色の隕石ビリジアン・エタンセルが奴の頭上へ突き刺さり……。
 
「っち。さすがに簡単にはやらせてくれんか」

 残念そうなリリアナの声。

「確かにな。白虎。真祖と対峙しろ。決して自ら襲い掛からず防衛に徹してくれ」

 真祖は自らの僕であるバンパイアを三体生み出し、盾にしてリリアナの魔術を凌いだのだ。
 自分の眷属を肉壁程度にしか考えていない奴の精神に反吐が出る。
 
 どうする?
 スケルタル・ドレイクの時に使った千本ではどれだけ眷属を出そうが真祖に攻撃は届くか……?
 いや、千本は手数こそ多いが一撃の威力は大したことがない。バンパイアの体を潰し切る前に次のバンパイアを出されてしまうな。
 つまり、千本では攻撃が届かない。
 
 白虎で攻勢を仕掛けつつ、真祖がバンパイアを出す余裕を無くせればいいが……白虎は式神だけにそのような器用な立ち回りはできない。
 リリアナと私の二人が連続して最大火力で攻撃すれば、バンパイアの肉壁などモノともせず突破できるかもしれぬが……。
 その場合、二人に大きな隙ができてしまう。
 白虎を頼りに一か八かを仕掛ける前に、取れる手を考えるべきだ。一か八かは本当に窮してからでよい。
 ならば……。
 
「ハルト。ジークフリードとシャルロットが来るまでゆるりと粘るかの?」

 私の考えを読むかのように、リリアナが呟く。

「その方がいいと私も思っていたところだ。一撃必殺の賭けに出るよりは、ここで奴を釘付けにした方がいいと思った」
「ふむ。妾たちが相手をしていれば、騎士たちに犠牲は出ぬからの」
「そういうことだ」

 リリアナは油断なく杖を構えなおした。

 ◇◇◇
 
 白虎の持続時間を延長させたり、生れ出たバンパイアを陰陽術で仕留めたり……。リリアナはリリアナでリフレクト・アーマーが途切れぬよう立ち回りつつ、隙を見てバンパイアを攻撃している。
 そんなこんなで粘ること十分ほど。
 ようやく待ち人が来た。
 
「リリアナ様、ハルト殿。お待たせしてしまい、申し訳ありません」

 ジークフリードは騎士の礼を行い、背中の大剣の柄に手をかける。
 大きな彼に隠れるような形でシャルロットも横から顔を出し、ペコリと頭を下げた。
 
「ジークフリード。あの虎と入れ替わるように前に出て欲しい。シャルロットはジークフリードのサポートを頼めるかの?」

 リリアナが簡潔に役割を告げると、ジークフリードは首を縦に振りゆっくりと前へ歩を進めていく。

「リリアナ様。先ほどバンパイアが真祖の傍から湧き出していたのを見ました」

 ジークフリードの背へ目を向けたままシャルロットがリリアナへ声をかける。

「そうなのじゃ。あのクラスをポンポンと出してきよる……既に二十はやったかの……」
 
 リリアナが私へ目を向けてくる。言いたいことは分かる。私も既にうんざりだよ。
 お互いに肩を竦め合い、大きな息を吐く。
 
 こういうやり取りをしているが、真祖への攻勢に手は抜いていない。
 
「リリアナ様。ハルトさん、真祖以外のアンデッドならば……結界で何とかできそうですが……ジークフリードさんをしばらくの間サポートしていただけますか?」
「ほう。考えがあるのじゃな。ならば妾がジークフリードをサポートしよう。ハルト、それでよいか?」
「分かった。ならば私は白虎を使い、バンパイアどもへ対処しよう」
「ありがとうございます。準備をさせていただきますわ」

 シャルロットは優雅に礼を行い、時折地面に手で触れながら円を描くようにテクテクと歩いて行く。
 彼女の後ろ姿を目で追いつつ、意識を真祖へ向ける。
 さあ、状況開始だ。
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