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第25話 魔溜まり
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「リリアナ。村長殿のところへ報告へ行く」
「うむ」
きっと、村長の屋敷で何人か集まっているはずだ。
彼に伝えれば、すぐに村中へゾンビを討伐したことが伝わるだろう。
村長の屋敷が見えてくる。
屋敷はまだ明かりが灯っていて、扉を叩くとすぐに村の若者が扉を開けてくれた。
中にいた若い衆と村長へ報告をすると、その場にいた人たち全員から感謝の言葉を告げられる。
そのまま彼らと相談して、またモンスターが来るかもしれない懸念があるので、しばらくの間警戒に当たろうと取り決めを行う。
内容は、若い衆が村を巡回しモンスターを発見したら私へ報告へ来るという至って単純な流れだ。
明日より私も村の外縁部へ警戒術式を作り始めるか……。
◇◇◇
自宅に戻ると、リュートから頂いた紅茶を自分で淹れてみる。
葉に湯を注ぐと私であっても、いい香りが漂ってくるではないか。食事に比べれば、紅茶は全然上出来だ。
机の上にコップを二つ置き、順に紅茶を注いでいく。
「宵の中までありがとうな。リリアナ」
向いに腰かけながら、リリアナへ礼を述べた。
「いや、妾が自らの意思でついていっただけじゃ」
紅茶に顔を近づけ、目を細めるリリアナ。
そういえば、夜明けを迎えれば彼女が来て四日目か。
「リリアナ、三日間世話になった。感謝する」
座ったままではあったが、リリアナへ深く頭を下げた。
「妾も久方振りに楽しめた。こちらこそ礼を言いたいくらいじゃ」
「ゲートは完成したのか?」
「うむ。いつでもすぐにここへ来ることができる」
「そうか。いつでも歓迎するよ」
「ほう。言ったな」
ニヤリとリリアナが口元へ笑みを浮かべる。
「ん?」
「それでは、もうしばらく、ここへ厄介になる」
「別に構わんが、大森林の管理はいいのか?」
「昼までは大森林へ行く。昼からこちらへ来る」
それほどここが気に入ってくれたのなら、私としても嬉しい。
しかし、私も子供ではない。リリアナが居心地がいいからという理由だけで「もうしばらく」とは言わないことなどすぐに分かる。
となると……原因は一つだけだ。
「不死者たちに何か心当たりがあるのか?」
「ハルト。アンデッドが出過ぎじゃと思わぬか?」
眉をしかめたまま、リリアナは顎に指先を当てる。
確かにデュラハンからはじまり、ここへ来てから討伐してきたのはアンデッドばかりだ。
しかし、魔の者……特に低位の者はアンデッドが多くを占める。
死者が魔の者に成りかわるという性質上、これはなるべくしてなったといえよう。
だから、アンデッドばかりに遭遇したとしても、有り得ない話ではないのだが……。
「日ノ本では、討伐と言えば多くがアンデッドなのだ」
「ふむ。お主の国では、ゴブリンやトロール、魔獣、幻獣の類は少ないのかの?」
「魔の者以外に敵対的な魔物はいるが、不死者ほど大量にいるわけではない。こちらでは多いのか?」
「お主の国と比べて……となると過多は分からぬが……少なくとも大森林で妾に敵対的なモンスターとなると、アンデッドではなく生者のモンスターがほぼ全てじゃな」
「大森林ではアンデッドが出ない?」
「極稀に発生する程度じゃ。大森林は一種の聖域。通常、モンスターや人が死せども魔族は生まれぬ」
腕を組み首を傾けるリリアナ。
確かに大森林は荘厳なる何かを感じた。だからこそ私は、大森林へ入る際に祈りを捧げたのだ。
「となると……外から流入したか?」
「いや、それはない。妾がしかと見ているからな」
「フォレスト・ドレイクがアンデッドになったのも必然的な何かがあった……のだろうか」
「妾はそう見ておる。……必ず見つけ出し、滅ぼしてくれよう」
魔の者大発生の原因か……。考え得る条件は二つ。一つは自然現象。
魔とは川の流れのように、特定の地域に「溜まる」のだ。地震などで地形が変わると魔溜まりの場所も変わる。
もう一つは……想像し、かぶりを振る。
「何か思うところがあるようじゃの?」
私の様子を目ざとく察したリリアナが、上目遣いに問いかけてきた。
「『魔溜まり』……瘴気は池のように特定地域に多く蓄積されることは知っているか?」
「……感じ取れるほど濃密な瘴気の気配はこの辺りに無かったはずじゃが」
「なら……」
奴か。
いや、まだ確定したわけではない。
「なら、何なのじゃ」
リリアナは私の袖口を掴み、はやくとせかす。
「不用意に不安を煽るのは好ましくない」
「妾を前に何を言っておるのじゃ? はよ、喋るがいい。でないと、口をふさぐぞ?」
リリアナがつま先立ちになり、私の肩へ腕を回す。
彼女の息が顎先にかかり、緑の目がしっかりと私を見つめてくる。
「分かった! 貴君は大賢者だったよな。知っておいた方がいい」
「分かればいいのじゃ」
満足したような笑顔を浮かべたリリアナは、私から体を離す。
「真祖だよ。リリアナ」
そう、もう一つの可能性とは魔の者の中でも魔将と並ぶ最高位の存在。
奴がいるのならアンデッドが多発するのも納得できる。
「何者じゃ?」
「真祖は、アンデッドの頂点に君臨する。不死王とでも言えばいいのか」
「吸血種か」
「吸血もするが、生気そのものを奪う。私が見た限りだが、青白い肌をした人間そっくりの姿をしている」
「赤い目、鋭い爪と牙かの」
「そのような形だったな。陽の光を嫌う。まあ、不死者は大なり小なり光を苦手とするが」
真祖は不死者の中では別格なのだ。
知性は人間並み、片手で身の丈ほどもある中身の入った酒樽を持ち上げる筋力、更に身軽さにも長けている。
屋敷の中や洞窟など狭いところで戦うと、天井や壁を使って三次元的な動きを行う。
真祖とやりあったのは一度切りだったが、森に逃げ込まれ非常に苦労した記憶がある。
あの時は十郎と共に挑んだ。私は真祖の動きにも驚いたが、彼が真祖の動きについていけていることの方がより驚愕したものだ……。
リリアナも私と同じように考え込む仕草を見せていたが、「うーむ」と口へ手を当て立ち上がったかと思うとすぐに腰を降ろす。
「何か浮かびそうなのか?」
「お主の推測が真実とすれば……真祖とはノーライフ・キングかトゥルーバンバイアじゃろうな」
どちらも聞いたことのない名前だが、リリアナが真祖から想像した妖魔なれば危険度は変わらない。
紅茶の残りを飲み干し、リリアナの目をじっと見つめる。
「リリアナ」
「ほう。やる気じゃな?」
「周辺を調べよう。私は地理に優しくない。真祖が街や村へ入り込んでしまうと瞬く間にそこは『死都』となってしまう」
「そうじゃの。妾もそこまで人の住む地域に詳しいわけではないが……村や街の場所くらいなら分かる」
「リリアナ。明日も付き合ってもらっていいか?」
「もちろんじゃ!」
煙々羅を使い、空から行けば馬より遥かに早く移動できる。
明日は朝日と共に出立し、魔の気配を探ろう。
もし真祖だとすれば、距離があっても感知できるはずだ。
「リリアナ。そうと決まればすぐに寝よう」
「それは夜伽の誘いかの?」
「いや」
ぽっと頬を染めるリリアナへ冷たい視線を送り、私は二階へと向かうのだった。
「うむ」
きっと、村長の屋敷で何人か集まっているはずだ。
彼に伝えれば、すぐに村中へゾンビを討伐したことが伝わるだろう。
村長の屋敷が見えてくる。
屋敷はまだ明かりが灯っていて、扉を叩くとすぐに村の若者が扉を開けてくれた。
中にいた若い衆と村長へ報告をすると、その場にいた人たち全員から感謝の言葉を告げられる。
そのまま彼らと相談して、またモンスターが来るかもしれない懸念があるので、しばらくの間警戒に当たろうと取り決めを行う。
内容は、若い衆が村を巡回しモンスターを発見したら私へ報告へ来るという至って単純な流れだ。
明日より私も村の外縁部へ警戒術式を作り始めるか……。
◇◇◇
自宅に戻ると、リュートから頂いた紅茶を自分で淹れてみる。
葉に湯を注ぐと私であっても、いい香りが漂ってくるではないか。食事に比べれば、紅茶は全然上出来だ。
机の上にコップを二つ置き、順に紅茶を注いでいく。
「宵の中までありがとうな。リリアナ」
向いに腰かけながら、リリアナへ礼を述べた。
「いや、妾が自らの意思でついていっただけじゃ」
紅茶に顔を近づけ、目を細めるリリアナ。
そういえば、夜明けを迎えれば彼女が来て四日目か。
「リリアナ、三日間世話になった。感謝する」
座ったままではあったが、リリアナへ深く頭を下げた。
「妾も久方振りに楽しめた。こちらこそ礼を言いたいくらいじゃ」
「ゲートは完成したのか?」
「うむ。いつでもすぐにここへ来ることができる」
「そうか。いつでも歓迎するよ」
「ほう。言ったな」
ニヤリとリリアナが口元へ笑みを浮かべる。
「ん?」
「それでは、もうしばらく、ここへ厄介になる」
「別に構わんが、大森林の管理はいいのか?」
「昼までは大森林へ行く。昼からこちらへ来る」
それほどここが気に入ってくれたのなら、私としても嬉しい。
しかし、私も子供ではない。リリアナが居心地がいいからという理由だけで「もうしばらく」とは言わないことなどすぐに分かる。
となると……原因は一つだけだ。
「不死者たちに何か心当たりがあるのか?」
「ハルト。アンデッドが出過ぎじゃと思わぬか?」
眉をしかめたまま、リリアナは顎に指先を当てる。
確かにデュラハンからはじまり、ここへ来てから討伐してきたのはアンデッドばかりだ。
しかし、魔の者……特に低位の者はアンデッドが多くを占める。
死者が魔の者に成りかわるという性質上、これはなるべくしてなったといえよう。
だから、アンデッドばかりに遭遇したとしても、有り得ない話ではないのだが……。
「日ノ本では、討伐と言えば多くがアンデッドなのだ」
「ふむ。お主の国では、ゴブリンやトロール、魔獣、幻獣の類は少ないのかの?」
「魔の者以外に敵対的な魔物はいるが、不死者ほど大量にいるわけではない。こちらでは多いのか?」
「お主の国と比べて……となると過多は分からぬが……少なくとも大森林で妾に敵対的なモンスターとなると、アンデッドではなく生者のモンスターがほぼ全てじゃな」
「大森林ではアンデッドが出ない?」
「極稀に発生する程度じゃ。大森林は一種の聖域。通常、モンスターや人が死せども魔族は生まれぬ」
腕を組み首を傾けるリリアナ。
確かに大森林は荘厳なる何かを感じた。だからこそ私は、大森林へ入る際に祈りを捧げたのだ。
「となると……外から流入したか?」
「いや、それはない。妾がしかと見ているからな」
「フォレスト・ドレイクがアンデッドになったのも必然的な何かがあった……のだろうか」
「妾はそう見ておる。……必ず見つけ出し、滅ぼしてくれよう」
魔の者大発生の原因か……。考え得る条件は二つ。一つは自然現象。
魔とは川の流れのように、特定の地域に「溜まる」のだ。地震などで地形が変わると魔溜まりの場所も変わる。
もう一つは……想像し、かぶりを振る。
「何か思うところがあるようじゃの?」
私の様子を目ざとく察したリリアナが、上目遣いに問いかけてきた。
「『魔溜まり』……瘴気は池のように特定地域に多く蓄積されることは知っているか?」
「……感じ取れるほど濃密な瘴気の気配はこの辺りに無かったはずじゃが」
「なら……」
奴か。
いや、まだ確定したわけではない。
「なら、何なのじゃ」
リリアナは私の袖口を掴み、はやくとせかす。
「不用意に不安を煽るのは好ましくない」
「妾を前に何を言っておるのじゃ? はよ、喋るがいい。でないと、口をふさぐぞ?」
リリアナがつま先立ちになり、私の肩へ腕を回す。
彼女の息が顎先にかかり、緑の目がしっかりと私を見つめてくる。
「分かった! 貴君は大賢者だったよな。知っておいた方がいい」
「分かればいいのじゃ」
満足したような笑顔を浮かべたリリアナは、私から体を離す。
「真祖だよ。リリアナ」
そう、もう一つの可能性とは魔の者の中でも魔将と並ぶ最高位の存在。
奴がいるのならアンデッドが多発するのも納得できる。
「何者じゃ?」
「真祖は、アンデッドの頂点に君臨する。不死王とでも言えばいいのか」
「吸血種か」
「吸血もするが、生気そのものを奪う。私が見た限りだが、青白い肌をした人間そっくりの姿をしている」
「赤い目、鋭い爪と牙かの」
「そのような形だったな。陽の光を嫌う。まあ、不死者は大なり小なり光を苦手とするが」
真祖は不死者の中では別格なのだ。
知性は人間並み、片手で身の丈ほどもある中身の入った酒樽を持ち上げる筋力、更に身軽さにも長けている。
屋敷の中や洞窟など狭いところで戦うと、天井や壁を使って三次元的な動きを行う。
真祖とやりあったのは一度切りだったが、森に逃げ込まれ非常に苦労した記憶がある。
あの時は十郎と共に挑んだ。私は真祖の動きにも驚いたが、彼が真祖の動きについていけていることの方がより驚愕したものだ……。
リリアナも私と同じように考え込む仕草を見せていたが、「うーむ」と口へ手を当て立ち上がったかと思うとすぐに腰を降ろす。
「何か浮かびそうなのか?」
「お主の推測が真実とすれば……真祖とはノーライフ・キングかトゥルーバンバイアじゃろうな」
どちらも聞いたことのない名前だが、リリアナが真祖から想像した妖魔なれば危険度は変わらない。
紅茶の残りを飲み干し、リリアナの目をじっと見つめる。
「リリアナ」
「ほう。やる気じゃな?」
「周辺を調べよう。私は地理に優しくない。真祖が街や村へ入り込んでしまうと瞬く間にそこは『死都』となってしまう」
「そうじゃの。妾もそこまで人の住む地域に詳しいわけではないが……村や街の場所くらいなら分かる」
「リリアナ。明日も付き合ってもらっていいか?」
「もちろんじゃ!」
煙々羅を使い、空から行けば馬より遥かに早く移動できる。
明日は朝日と共に出立し、魔の気配を探ろう。
もし真祖だとすれば、距離があっても感知できるはずだ。
「リリアナ。そうと決まればすぐに寝よう」
「それは夜伽の誘いかの?」
「いや」
ぽっと頬を染めるリリアナへ冷たい視線を送り、私は二階へと向かうのだった。
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