上 下
24 / 90

第24話 モンスターが村に

しおりを挟む
 素っ裸のまま、風呂からあがり陰陽術で身体を乾かす。
 左腕へ絡繰からくりの術をかけ、手を握り開きを数度繰り返した。
 
「よし、大丈夫だな」
 
 自分の意思通りに左腕は動く。
 満足したところでふううと大きく息を吐くと、湯に浮かんだ銀色の髪が目に入り、眉をしかめる。
 嫌でも目に入る銀髪へ鬱々とした気持ちになりながら五右衛門風呂からあがり、髪を後ろへ流したところで声が。
 
「ハルト、リュートが参ったが如何にすればよい?」

 止める間もなくリリアナが私の目の前に姿を現す。

「……」
「む。すまぬ。まだ行水中だったか」
「いや、時間をかけてしまった私の不手際だ」
「そ、それはいいのだが……隠さぬのか……」

 ああ、まだ何も着ていなかったな。
 そういうのなら、リリアナが後ろを向けばいい話だと思うのだが……。
 言葉とは裏腹にリリアナは口に手を当てながら、私の体を凝視している。
 
 彼女には左腕のことを教えてもらったことだし、今更忌避すべき刻印を見られはしたところで思うところは無い。
 先ほどは「見ないでくれ」と言ったが、刻印は彼女を向こうへ追いやる詭弁に過ぎなかったのだから。
 本音は一人でゆっくりと風呂につかりたかっただけ。
 もっとも、彼女以外の人物にとなると「刻印を見られたくない」というのは本音ではあるが……。

「すまんが、服を着るまでリュートには待っててもらえるように言ってもらえるか? 直接礼が言いたい」
「分かった。しかし、お主……案外引き締まった体をしておるの」
「戦闘の繰り返しだったからな。サムライほどではないにしろ、鍛えてはいるさ」

 急いで服を着てから、すぐに家の中へ向かう。
 
 中に入ると、リリアナが食器とリュートが持ってきてくれた夕食を机に並べていてくれているところだった。
 リュートはというと、台所に立ち飲み物の準備をしているではないか。
 この香り……紅茶に違いない。
 
「リュート。持ってきてくれてありがとう。それに紅茶まで」
「ハルト兄ちゃん! 魚と塩をありがとうな! 助けてもらって、いろいろ差し入れまでしてくれて!」
「なあに。貴君の料理には何物も敵わないさ」

 へへへと鼻を指でこするリュートと笑いあう。
 
 この後はリュートの料理に舌鼓を打ち、すぐに寝ることになった。

 ――翌朝。
 この日はリリアナと共に野山に出て、野草や果物について聞きつつ、枯れ木を集め家の裏手まで運ぶ。
 続いて家の中を見渡しながら、必要な物をリリアナに作っていってもらう。
 洗面用の桶や食料保管用の箪笥など大きい物から、コップや籠など細かい物まで、刃物以外の必要最低限の物は彼女の助けで揃えることができた。

 作業をしているが、昨日に引き続き穏やかな時間が流れ、宵の口を迎える。
 今晩はリュートたちから分けてもらった牛乳とバターを使い、鹿肉のシチューをリリアナと奮闘しながら調理してみた。

 リリアナと向かい合わせに座り、彼女の作ってくれたお玉でシチューを皿に盛る。
 一方の私は、これまたリュート一家からお裾分けされた丸パンが入った籠を机の上に置く。

「う、うむ。ま、まあ悪くはないの」
「そ、そうだな。昨日の昼よりは断然よい」

 乾いた笑い声をあげつつ、私とリリアナは冷や汗が流れ出る。
 一応、食べるに困らない味ではある。上出来だろう……。
 
「パンは美味じゃの」
「そ、そうだな……」

 微妙な空気を払拭しようとリリアナが呟くが、そのパンはリュートにいただいたものだ……。
 言った後、リリアナもすぐに気が付いたようで顔を上に向け黄昏れていた。
 
 ――ドンドン
 その時、扉を激しく叩く音が響く。
 これはただ事ではないな。リリアナと頷きあい、扉を開く。

 扉の外には村長と砂浜へ行ったときに現場確認を行った若い男が、息絶え絶えに立っていた。
 
「どうしました?」
「モ、モンスターが」

 男は扉へ手をつき、なんとか言葉を返す。
 急いでここまで来たのだろう。
 そこへ、リリアナが水の入ったコップを男へ手渡す。
 男はコップを受け取ると一息に水を飲み干し、大きく息を吐いた。
 
「あ、ありがとうございます」
「落ち着いたかの?」

 リリアナへコップを手渡した男は彼女へ頷きを返す。
 やっと息が整った男は扉から手を離し、こちらを向く。
 
「何があったんですか?」

 私の問いかけに男は苦虫を噛み潰したように呟く。
 
「モンスターが三体……村へ。いきなりのお願いで申し訳ありませんが、ハルト殿……モンスターをお願いできませんか?」

 ほう。モンスターか。強力な魔の者ならばすぐに気が付くのだが、小者となると集中せねば存在が小さすぎて接近を把握することは難しい。

「お任せください」
「ありがとうございます! 村までモンスターが来ることなんてここ数年間無かったものでして……」

 なるほど、だからこれほど焦っていたのか。
 村の外周に警戒網を敷いた方が良いだろうな。それなら、どのような小者であっても気が付く。

「落ち着いてください。すぐに向かいますので」
「場所は……」
「大丈夫です。気配を感じ取れば」

 男へ家の扉を閉めて待機するように告げ、彼を帰らせる。
 
「リリアナ」
「既に感知しておるぞ。低位のアンデッドじゃな」

 リリアナは何でもないと言った風に首を振った。

「アンデッド……不死者か」

 目を閉じ、魔の気配へ意識を集中させると……確かに三体の魔を感じとることができる。
 低位の不死者で間違いないな。
 
「リリアナ。討伐してくる」
「妾も行く」

 ◇◇◇
 
 外に出ると、曇り空のため月も出ておらず走ることもできないくらい視界が悪い。
 ランタンも持たずに前へ進んで行くリリアナへ「少し待ってくれ」と声をかけた。
 
「そうじゃった。ハルトは人間じゃったの」
「ああ、すぐに終わる」

 袖を振り札を指先で挟む。
 目を閉じ、集中、すぐに目を開ける。
 
「暗視術」

 術の発動と共に、視界が明瞭になった。
 しかし、暗視術で見える世界は白黒で色がついていない。
 慣れないうちは違和感のある見え方なのだが、もう何度も暗視術で野山を駆け回った私にとっては慣れた景色だ。
 
「待たせたな。行こう」
「うむ」

 リリアナと共に、目的地へと駆け出す。

 村の北側へ進み、人家が少なくなってきたところで不死者の姿を発見した。
 不死者は肉が腐りかけた元人間のモノで、全員男。
 服と腐り具合から判断するに、不死者になってまだそれほど日数が経っていないようだな。

「ステータス・オープン」 

『名称:ゾンビ
 種族:アンデッド
 レベル:十二
 HP:七十
 MP:―
 スキル:神経毒』 

 予想した通り、低位の魔の者で間違いない。
 ズルズルと足を引きずりながらゆっくりとこちらに向かってくるが、その歩みは鈍重で人が普通に歩行するより遅いくらいだ。

 あの歩き方からして、これだけ距離が開いていれば、警戒する必要もないだろう。

「リリアナ。すぐ仕留める」
「うむ」

 リリアナは私の後ろへ下がり、ゾンビの様子をじっと伺う。
 私は袖を振り、札を指に挟み目を閉じ術式を紡ぐ。
 
「二十六式 物装 葬送火そうそうか

 青白い炎が札から舞い上がり、ゾンビへ向け一直線に迸る。
 鈍重なゾンビ三体とも炎を避ける様子もなく、炎が着弾すると燃え上がった。
 
 間もなく、三体揃って鎮魂の炎に焼かれ尽くし体が全て煙となっていく。
 残ったのは彼らの着ていたところどころが破れた衣服のみだった。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い異世界転生。何も成し遂げることなく35年……、ついに前世の年齢を超えた。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...