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第7話 夢の中
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宵の中だというのに、村長は自身が扉口まで出て来てくれた。
この辺りも習慣の違いだろうか。私の常識では、上位者は奥に座すものである。しかし、外にまで出て来て労ってくれることに悪い気はしない。
デュラハンを討伐したことだけを彼にリュートの口から伝えさせたところ、村長はランタンを取り落とすほど驚きを見せたが、全ては明日ということでリュートの家に戻る。
「ハルト兄ちゃん、ありがとうな!」
リュートは家に戻ると水晶の明かりをつけ、ポコポコとお湯を沸かし紅茶を淹れてくれた。
「いや、礼には及ばん。紅茶も頂けたことだからな」
レモンの切れ端をちょいと絞り、紅茶の入ったカップに沈める。
「ハルト兄ちゃん、本当に紅茶が好きだなあ」
「おお。いい香りだ。レモンもいいものだな」
コップを手に取り、鼻を近づけると紅茶の香りとレモンの爽やかな匂いが混じりあい、これまた鼻孔をくすぐるではないか。
さっそく、一口……。
「おいしい。これはいいな」
「他にもミルクや蜂蜜を足してもおいしいよ」
「そうかそうか。いろいろな楽しみ方があるのだな。抹茶はそのまま飲むだけだったが、紅茶はいろんな味を楽しめる」
「抹茶っておいしいの?」
「ああ。もちろんだとも。あれはあれで、癖になる。甘味と苦みの絶妙なせめぎ合い」
抹茶のことを思い出すと、飲みたくなってくる。
「おっと、リュート。忘れるところだった」
紅茶のことで危うくそのまま寝てしまうところだった……。私もまだまだ修行が足りんな。
「どうしたの? ハルト兄ちゃん」
「リュート、貴君は字が書けるか?」
この地の文化レベルは高い。もしかしたら、村の子供であるリュートでも字が書けるのではないかと思ったのだ。
「うん。書けるよ」
「お、おお」
予想通りだ。随分と教育が行き届いていて感心する。
「突然、文字のことを聞いてどうしたの?」
「ご両親に文を出さないか? ご両親とて今日デュラハンが来襲することはご存知のはずだが、貴君が無事を祈っているはずだろう?」
「お、おお! でも、手紙は……父ちゃんと母ちゃんがどこにいるか分からないから届けようがないよ。それに……今日が終わりの日だって分かってるから戻って来るよ」
「もし、ご両親の元へ文を届けることができるとしたら、どうだ?」
「そら、送りたいよ! ハルト兄ちゃんに助けてもらったんだって、俺は生きているって伝えたい!」
「よし、なら、ここに書くといい」
「分かった! ハルト兄ちゃんのことだから、陰陽術で何とかできるんだな!」
リュートは机の上に置かれた二枚の札へ文をしたためていく。
「リュート、裏側は白紙のままにしておいてくれ。それで、今から説明することを追加で記載して欲しい」
「うん!」
「『裏面の白紙に返答を記載したら、半分に折りたたみ宙へ投げてくれ』と頼む」
「おう! これでいいかな?」
リュートが書き上げた文を見て見るが、見たことのないくにゃくにゃとした文字だった。
もちろん、私に理解できるはずもない。
文字の解析も陰陽術で何とかできないこともないが、言葉と異なり文字の解析は時間がかかる。
「文の内容に問題がないか、もう一度見てくれ」
「うん! ……大丈夫だよ」
机の上に置かれた文のしたためた札を一つ指先で挟み、目を瞑る。
「札術 式神・伝書」
札を指先から離すと、札は形を変え和紙でできた鳩の姿を取る。
「お、おお。鳩みたいだ!」
リュートが感嘆の声をあげた。
「リュート。何かご両親の持ち物や……母上なら櫛などでもよい」
「うん」
リュートは二階へ走って行き、すぐに手に櫛と髭剃りナイフを持ち戻ってくる。
「これでいいかな?」
「問題ない」
式神・伝書をもう一羽作り、それぞれに臭いを嗅がせる。
「お、おお。鳩の色が変わった!」
リュートの言葉通り、和紙でできた鳩は白から薄い緑へと色を変えた。
「ご両親の臭いを認識した証だ」
「へええ」
「あとは放つだけになる」
窓を開けると、二羽の鳩は飛び立って行く。
リュートは窓から顔を出し、見えなくなるまで歓声をあげながら、鳩の姿を追っていた。
「ハルト兄ちゃん、いろいろありがとうな」
「なあに。紅茶の礼だ。あとはゆるりと休むとしようか」
「うん!」
リュートと別れ、私は彼に用意してもらった客室へ入る。
パタリと客室の扉を閉め、ベッドに腰かけた。
このベッドというものは、昨日寝て思ったが布団より優れた利点がある。
それは……高い位置にあるため埃対策によいということだ。
この部屋は掃除が行き届いているのでそれほどでもないのだが、それでも外から入る砂埃や靴に付着した泥なんかがそのままになっているのだ。
床で眠るとなると、埃が舞い上がり吸い込んでしまう。その対策として高い位置で眠ることで、かなり快適に眠ることができる。
そうそう、話は変わるが家に入る時に靴を脱がないということにも驚いた。しかし、ガラスの破片などが落ちているやもしれぬし、靴を履いたままというのも悪くはないのではと思う。
益体のことを考えていると、疲れもあり眠気からあくびが出る。
そのままゴロンとベッドに横たわり、靴を脱ぐ。
「……寝るとするか」
デュラハンを討伐し、明日村長へ報告を済ませればリュートの抱えていた問題は一旦区切りがつく。
その後、どう行動しようか? 許されるのならここでしばらく暮らしたいところだが……。
思考の海に沈んでいるうちに、いつしか私の意識は遠のいていった。
◇◇◇
辺りは火の海に包まれていた。
草木一本生えぬ山麓の岩肌だというのに、炎の勢いはとどまることをしらないでいる。
「さすがに魔将ともなると手強かったな!」
年の頃三十歳ほどのガッチリした体格をした男が人好きのする笑みを私へ向けた。
彼は肩くらいまである黒髪を頭頂部で結び、鋭い目つきをした男で、サムライだというのに鎧はつけず着流しに草鞋といったおよそサムライらしくない姿をしている。
腰には脇差。手には身の丈ほどもある刀――小狐丸を握りしめていた。
「十郎。不可解だ」
「残照じゃねえのか? 魔将不知火は、凄まじい炎を操ったからな」
軽い調子で男――十郎は私へ言葉を返す。
いや、そうではない。十郎。
残照など有り得ないはずなのだ。本体が消えると術も消える。
それなのに、何故、未だに炎が舞っているのだ?
まさか……。
「十郎。とても……嫌な予感がする」
「全く、いつもいつも晴斗は慎重だな。それがお前さんの美徳だがなあ。俺は助かってる」
その時、得も言われぬ悪寒が私の身体を突き抜ける。
「十郎……」
「ああ、分かってる。こいつは……不知火なんて目じゃねえヤバさだ」
そうだ。彼の言う通り、未だ景色に変化はないが、それでも言いしれない圧迫感を体全体に感じる。
魔将など比較にならないほどの圧力を。
妖魔と一口に言っても、それぞれ実力にかなりの開きがある。
その中でも魔将と真祖は最高位に位置づけられる妖魔なのだ。
彼らから感じる圧力が児戯に思えるほどの、何かが生まれ出でようとしている。
今、ここで。
――キイイイイイン。
澄んだ鐘の音に似た音が響き渡る。
すると、炎が一層燃え上がり、赤々とした色が黒く……黒く染まっていく!
「ま、拙いぞ。こ、これは……」
「あ、ああ。この気配は……魔将や真祖ではありえない。となると……」
「魔王だな」
そう呟き、十郎は次第に集まってくる黒い炎を睨みつけ舌打ちをする。
「十郎。姿を現したその時に決める。敵が魔王となれば、二の手を出させるわけにはいかぬ」
「もちろんだ。頼むぜ。アレを」
「霊装……ではないな。物装か?」
「あたぼうよ。それが俺にとって最良!」
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
毎日更新していきますので、しおり代わりにぜひぜひフォロー、評価いただけますと、とても嬉しいです。
この辺りも習慣の違いだろうか。私の常識では、上位者は奥に座すものである。しかし、外にまで出て来て労ってくれることに悪い気はしない。
デュラハンを討伐したことだけを彼にリュートの口から伝えさせたところ、村長はランタンを取り落とすほど驚きを見せたが、全ては明日ということでリュートの家に戻る。
「ハルト兄ちゃん、ありがとうな!」
リュートは家に戻ると水晶の明かりをつけ、ポコポコとお湯を沸かし紅茶を淹れてくれた。
「いや、礼には及ばん。紅茶も頂けたことだからな」
レモンの切れ端をちょいと絞り、紅茶の入ったカップに沈める。
「ハルト兄ちゃん、本当に紅茶が好きだなあ」
「おお。いい香りだ。レモンもいいものだな」
コップを手に取り、鼻を近づけると紅茶の香りとレモンの爽やかな匂いが混じりあい、これまた鼻孔をくすぐるではないか。
さっそく、一口……。
「おいしい。これはいいな」
「他にもミルクや蜂蜜を足してもおいしいよ」
「そうかそうか。いろいろな楽しみ方があるのだな。抹茶はそのまま飲むだけだったが、紅茶はいろんな味を楽しめる」
「抹茶っておいしいの?」
「ああ。もちろんだとも。あれはあれで、癖になる。甘味と苦みの絶妙なせめぎ合い」
抹茶のことを思い出すと、飲みたくなってくる。
「おっと、リュート。忘れるところだった」
紅茶のことで危うくそのまま寝てしまうところだった……。私もまだまだ修行が足りんな。
「どうしたの? ハルト兄ちゃん」
「リュート、貴君は字が書けるか?」
この地の文化レベルは高い。もしかしたら、村の子供であるリュートでも字が書けるのではないかと思ったのだ。
「うん。書けるよ」
「お、おお」
予想通りだ。随分と教育が行き届いていて感心する。
「突然、文字のことを聞いてどうしたの?」
「ご両親に文を出さないか? ご両親とて今日デュラハンが来襲することはご存知のはずだが、貴君が無事を祈っているはずだろう?」
「お、おお! でも、手紙は……父ちゃんと母ちゃんがどこにいるか分からないから届けようがないよ。それに……今日が終わりの日だって分かってるから戻って来るよ」
「もし、ご両親の元へ文を届けることができるとしたら、どうだ?」
「そら、送りたいよ! ハルト兄ちゃんに助けてもらったんだって、俺は生きているって伝えたい!」
「よし、なら、ここに書くといい」
「分かった! ハルト兄ちゃんのことだから、陰陽術で何とかできるんだな!」
リュートは机の上に置かれた二枚の札へ文をしたためていく。
「リュート、裏側は白紙のままにしておいてくれ。それで、今から説明することを追加で記載して欲しい」
「うん!」
「『裏面の白紙に返答を記載したら、半分に折りたたみ宙へ投げてくれ』と頼む」
「おう! これでいいかな?」
リュートが書き上げた文を見て見るが、見たことのないくにゃくにゃとした文字だった。
もちろん、私に理解できるはずもない。
文字の解析も陰陽術で何とかできないこともないが、言葉と異なり文字の解析は時間がかかる。
「文の内容に問題がないか、もう一度見てくれ」
「うん! ……大丈夫だよ」
机の上に置かれた文のしたためた札を一つ指先で挟み、目を瞑る。
「札術 式神・伝書」
札を指先から離すと、札は形を変え和紙でできた鳩の姿を取る。
「お、おお。鳩みたいだ!」
リュートが感嘆の声をあげた。
「リュート。何かご両親の持ち物や……母上なら櫛などでもよい」
「うん」
リュートは二階へ走って行き、すぐに手に櫛と髭剃りナイフを持ち戻ってくる。
「これでいいかな?」
「問題ない」
式神・伝書をもう一羽作り、それぞれに臭いを嗅がせる。
「お、おお。鳩の色が変わった!」
リュートの言葉通り、和紙でできた鳩は白から薄い緑へと色を変えた。
「ご両親の臭いを認識した証だ」
「へええ」
「あとは放つだけになる」
窓を開けると、二羽の鳩は飛び立って行く。
リュートは窓から顔を出し、見えなくなるまで歓声をあげながら、鳩の姿を追っていた。
「ハルト兄ちゃん、いろいろありがとうな」
「なあに。紅茶の礼だ。あとはゆるりと休むとしようか」
「うん!」
リュートと別れ、私は彼に用意してもらった客室へ入る。
パタリと客室の扉を閉め、ベッドに腰かけた。
このベッドというものは、昨日寝て思ったが布団より優れた利点がある。
それは……高い位置にあるため埃対策によいということだ。
この部屋は掃除が行き届いているのでそれほどでもないのだが、それでも外から入る砂埃や靴に付着した泥なんかがそのままになっているのだ。
床で眠るとなると、埃が舞い上がり吸い込んでしまう。その対策として高い位置で眠ることで、かなり快適に眠ることができる。
そうそう、話は変わるが家に入る時に靴を脱がないということにも驚いた。しかし、ガラスの破片などが落ちているやもしれぬし、靴を履いたままというのも悪くはないのではと思う。
益体のことを考えていると、疲れもあり眠気からあくびが出る。
そのままゴロンとベッドに横たわり、靴を脱ぐ。
「……寝るとするか」
デュラハンを討伐し、明日村長へ報告を済ませればリュートの抱えていた問題は一旦区切りがつく。
その後、どう行動しようか? 許されるのならここでしばらく暮らしたいところだが……。
思考の海に沈んでいるうちに、いつしか私の意識は遠のいていった。
◇◇◇
辺りは火の海に包まれていた。
草木一本生えぬ山麓の岩肌だというのに、炎の勢いはとどまることをしらないでいる。
「さすがに魔将ともなると手強かったな!」
年の頃三十歳ほどのガッチリした体格をした男が人好きのする笑みを私へ向けた。
彼は肩くらいまである黒髪を頭頂部で結び、鋭い目つきをした男で、サムライだというのに鎧はつけず着流しに草鞋といったおよそサムライらしくない姿をしている。
腰には脇差。手には身の丈ほどもある刀――小狐丸を握りしめていた。
「十郎。不可解だ」
「残照じゃねえのか? 魔将不知火は、凄まじい炎を操ったからな」
軽い調子で男――十郎は私へ言葉を返す。
いや、そうではない。十郎。
残照など有り得ないはずなのだ。本体が消えると術も消える。
それなのに、何故、未だに炎が舞っているのだ?
まさか……。
「十郎。とても……嫌な予感がする」
「全く、いつもいつも晴斗は慎重だな。それがお前さんの美徳だがなあ。俺は助かってる」
その時、得も言われぬ悪寒が私の身体を突き抜ける。
「十郎……」
「ああ、分かってる。こいつは……不知火なんて目じゃねえヤバさだ」
そうだ。彼の言う通り、未だ景色に変化はないが、それでも言いしれない圧迫感を体全体に感じる。
魔将など比較にならないほどの圧力を。
妖魔と一口に言っても、それぞれ実力にかなりの開きがある。
その中でも魔将と真祖は最高位に位置づけられる妖魔なのだ。
彼らから感じる圧力が児戯に思えるほどの、何かが生まれ出でようとしている。
今、ここで。
――キイイイイイン。
澄んだ鐘の音に似た音が響き渡る。
すると、炎が一層燃え上がり、赤々とした色が黒く……黒く染まっていく!
「ま、拙いぞ。こ、これは……」
「あ、ああ。この気配は……魔将や真祖ではありえない。となると……」
「魔王だな」
そう呟き、十郎は次第に集まってくる黒い炎を睨みつけ舌打ちをする。
「十郎。姿を現したその時に決める。敵が魔王となれば、二の手を出させるわけにはいかぬ」
「もちろんだ。頼むぜ。アレを」
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