婚約破棄からはじまる悪役領主のはかりごと~ざまあされたふりをして裏から領土を操ることにしようか~

うみ

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5.さあ、暗躍をはじめよう

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「服を脱がなくていい」
「は、はい。脱がせて頂けるのですね」
「それもしない、少し長くなるかもしれん。ベッドか椅子に腰かけてくれ」
「はい……」

 落ち込んだ様子で椅子にちょこんと腰かけた彼女はうつむいたままキュッと唇をかみしめていた。
 そこで俺は思い出す。
 彼女が脱ごうとしたのも当然だ。だって俺が今朝メイド長に厳しく叱責してきたんじゃないかよ。初日のメイドは俺の部屋へ寄越せって。
 意味はもちろん、語るまでもない。
 彼女は「部屋にいてくれ」という俺の言葉で覚悟を決めた。
 それを俺が制したということはだな、彼女にその価値もないと言ったようなもの。
 
「情報の行き違いだ。俺はキアーラと話をしたかった。体を求めたわけじゃない。ずっと寝ていただろ? だから体の調子がまだよくないのだ」
「そ、そうだったのですか。それはとんだ勘違いを」
「そうそう。だから、眠たくなるまで話でもさせてくれないかってことだ」
「もちろんです」

 ごくりとコップの水を飲み干し、水桶から新たな水を注ぐ。
 あっと手を伸ばすキアーラに対し「問題ない」と空いた方の手で示す。
 
「単刀直入に。キアーラはヨハン・フェンブレンの噂をくらいは聞いたことがあるか?」
「は、はい」

 彼女はようやく落ち着いてきたらしく、本来の顔に戻ったようだ。素の彼女は余り表情を動かす方ではないらしい。
 俺の事を聞かれて何と答えていいのか悩む様子は見せるものの、眉や口元は全く動いていなかった。
 となると、先ほどからの一連の流れは彼女にとって俺が思う以上に驚いたということなのかもしれない。
 
 答えあぐねる彼女に向け軽い調子で肩を竦め、こちらから回答を述べる。
 
「ヨハン・フェンブレンは物語の中に出てくるような悪徳領主だ。これほど酷い領主を俺は知らない。自分のこととはいえ、ヨハン・フェンブレンはどうしようもない奴だ。女にだらしなく、政治に関心がない癖にその場限りの感情で口を出す。しかも、自分で言ったことを覚えていないし、すぐに翻す。賄賂に弱く、街に増え続ける貧困者にも興味がない。全く、数え上げればきりがないさ」
「そ、そのようなことは。ヨハン様はお優しい方です。私を救ってくださったときだって。今だって、そうです。領主様が奴隷に謝罪してくださるなんてことは有り得ません!」
「キアーラの気持ちは嬉しく思う。メイドたちや執事たちに聞いてみるといい。ヨハン・フェンブレンがどのような者なのかってことを」
「何故、そうもご自分を卑下されるのですか?」

 意外なことにキアーラはヨハン・フェンブレンに対しそれほどの悪感情を持っていなかった。
 ヨハンの噂は街にいれば嫌でも耳に入ってくるというのに。俺の前だから気を遣っているだけだろうな。領主の前であなたは悪人です、なんてことを言える者はいないか。
 これは俺の聞き方が意地悪だった。
 キアーラはというと、口元を微動だにさせず真っ直ぐ俺の目を見つめていた。彼女の目は髪色と同じアッシュグレーで、光の加減によっては銀色にも見える。
 不思議と引き込まれるような、強い意志を感じさせる瞳だった。
 
「俺は気が付いたんだ。倒れて運び込まれ起きた時にふと、な」
「ご自分のことに? ですか?」
「そうだ。自分のこれまでの治世を振り返り、前伯爵とまではいかずとも領民たちの笑顔を取り戻したい。明日を来年を楽しみにできる、そんな領土にしたいと思ったんだ」
「素晴らしいお考えだと思います!」

 賛同するキアーラの眉が僅かにあがる。喜怒哀楽が余り顔に出ないという俺の推測は合っていたのかな。
 彼女に洗いざらい話をしようとしているわけだが、「秘密にしておいてくれ」と言って本当に秘密が守られるとまで楽天していない。
 彼女を信じていないんじゃないんだ。こうした会話というのは意識せずふとした時に、もしくは俺の口からも意識せずとも漏れ聞こえるかもしれないだろ。

「しかし、もはや遅い。いや、長い時間をかければ理解を得ることはできないことはない。だが、俺は最短距離で領土改革をしていきたいんだ」
「難し過ぎて私にはよく分かりません。申し訳ありません」
「いや、難しく考えなくていい。俺は変わった、そして、俺には目指すべき目標ができた、それだけだ」
「大事なお話しを私などに聞かせてもよいのでしょうか」
「問題ない。ヨハンのことをよく知る人物であればあるほど、俺が変わったなんて話を信じることはない。それほどまでに、昨日までの俺の振る舞いは酷すぎた」

 そうなのだ。
 俺が変わったという噂が聞こえてきたとしても、信じるものなんていない。
 意味不明な悪徳領主としての俺が大きな足かせになるってことさ。改革をしようと俺が言ったところで、場当たり的な感情で制度を捻じ曲げてきた俺の言葉を聞く者なんているか?
 現状では誰もいない。時間をかけて誠心誠意、俺が変わったことを出して行けばいずれ、改革が進むかもしれん。
 だが、それでは遅いのだ。
 三年間毎日俺が「狼が来る」と言い続けた牧場があったとする。三年間、狼が来なかった牧場に「狼が来る」と言ったところで本当に狼が来るなんてこと信じてもらえるわけがない。
 むしろ、ついにおかしくなったと幽閉されるまであり得る。
 
「ヨハン様は私に何を求められておられるのですか? メイドとしてのお仕事でしたら誠心誠意、やらせていただきます。も、もちろん、よ、夜も……」
「キアーラ。俺の力になって欲しい。何も知らぬ君だから、これから俺がすることも笑い飛ばすことはないと思っているんだ」
「笑うなど……いたしません」
「キアーラを俺のお気に入りということにしておいてもよいか?」
「も、もちろんです」

 彼女がたまたま俺のことを知らなかった。だから、彼女に協力を願ったんだ。打算なのかと問われれば、その通りとしか答えようがない。
 だけど、少しでも協力してくれそうな者をそのまま放置しておくなんて余裕が俺にはないのだ。
 上手く事が運んだその時には、できる限りの礼はする。
 すまん、キアーラ。
 心の中で謝罪し、今日のところは彼女を自室へと帰らせた。
 
 パタリと部屋扉が閉まり、ふうと小さく息をつく。
 そこへ待ってましたとばかりに、カラスが俺の肩にとまった。
 
「で、どうするつもりだ?」
「そうだな。まずはヨハン・フェンブレンのこと。領土のこと。記憶にある限り、本国や周辺諸国のことをメルキトと共有しようか」
「いいぜ。相棒。一人より二人の方が暗躍するに考えも多く浮かぶ。とことん俺を使い倒す気だな。カカカカカ」
「使える者は全て使うさ。じゃないと、この難局、そう易々とは乗り切らせてくれないからな」

 顔を向け合い笑い合う。
 ひとしきり笑ったところで、カラスがふわりと飛び上がり正面の机に着地した。
 
「先に聞かせてくれ。お前さんは何をするつもりだ? 乳のでかい姉ちゃんとの会話を聞く限り、お前さんは酷い悪徳領主だったそうだな」
「その通り。誰からも信用されていない。その上、なるべく早く大ナタを振るう必要があるときたものだ」
「そいつは愉快な話だな」
「他人事だと思って。まあいい。ヨハン・フェンブレンで動くには何かと制約がキツイ。ならば、ヨハン・フェンブレンでなく、別の人物だったらどうだ?」
「なるほど。そいつは愉快だ。面白れぇんじゃねえか」
「力を持ったとある『やんごとなき者』が裏から領地を助ける。大目標はヨハン・フェンブレンの追い落とし。まっさらな領主を立てる。その後、新たな領主を支援し大改革を行う」
「いいねえ。俺たちは故人。光の当たらぬくらいが丁度いい」

 我ながら悪くない案だとほくそ笑む。
 メルキトも気に入ってくれたようだし、この線で進めよう。
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