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第76話:夜道の出来事(その2)
しおりを挟む数日後、すみれがバイトに行った日、
家で一人夕飯の支度をするユキヤの下に電話が入る。
「もしもし」
『あ、ユキヤ?私だけど・・・』
電話の主はすみれであった。
「お、どうした?」『あのね・・・』「ん?」
『あのね・・・迎えに来て欲しい・・・』
「は?」
ユキヤはすみれの言葉に思わず聞き返す。
『だから・・・迎えに来て欲しいの』
「なんで?」『えっとね・・・』
「だってまだ8時過ぎたばかりだぞ・・・?」
ユキヤは時計を見ながら言う。
高校生だってまだ出歩いてる時間帯だ。
『だって・・・』「だって?」
すみれのはっきりしない返事に彼女の様子を不審に思う。
「どうした?なにかあったのか?」
『怖い・・・』「え?」
『だから・・・怖いの』「・・・・この前のアレか?」『・・・うん』
すみれの声もどこか怯えているように聞こえる。
(あー、まだ引きずってるか・・・)
ユキヤはそう思った。
『だから・・・ね、お願い』「分かったよ・・・」
ユキヤはそう言うと電話を切った。
(まぁこの前あんな目に遭ったばかりだから、
こればっかりは仕方ないのかもしれないが)
と、ユキヤはため息をつく。
そして彼女にもこんな意外な一面もあるんだなと思うと同時に
自分が彼女から頼りにされるのを少々不謹慎に思いながらも
僅かにうれしかったりもした。
***
しかしすみれはこれ以降、すっかり夜出歩くことに
強い恐怖を感じるようになってしまっていた・・・。
(思ったより長く引きずってるなぁ)
あれから2週間経つが、彼女はまだ夜一人で出歩くことが
出来ないでいた・・・。
そして今は彼女が遅くなるとユキヤが迎えに行くという
パターンが、 ここ最近ですっかり日常化してしまっている。
「ほら、着いたぞ」「うん・・・」
すみれはユキヤに手を引かれ、不安そうな返事をした。
「・・・ほら、大丈夫だから」
ユキヤも慣れた様子で彼女を優しく抱きしめると、
その手を引いて歩きだす。
「ごめんね・・」
すみれは申し訳なさそうにユキヤの方を見る。
(自分じゃどうにもならないだけにこいつも辛いんだろうな)
ユキヤもそう思う。
「気にすんなよ。大したことじゃないって」
そう言ってすみれの頭を撫でた。
しかし内心ユキヤは困っていた。
いつまでこうするつもりなのだろうと・・・。
(でも、そろそろ何とかしないと)
この先いつも自分が迎えに行けるとは限らないし、
それより何よりこんな事をこのまま彼女のトラウマに
させたくはなかった。
(とはいえど、俺一人が突っ走っても限界あるしなぁ・・・)
ユキヤはどうしたらいいか分からず悩んでいた。
***
(うーん・・・やっぱり誰かに相談した方がいいのか?)
翌日ユキヤは大学構内を歩きながら考えを巡らせていた。
昨日から散々悩んでいるが、まだ答えは出ていない。
(でも誰に相談する?)
ユキヤは考えるが、特にこれと言った候補は浮かばなかった。
まず内容が内容だけに女性には相談しにくい。
(ただでさえ、癖の強い人ばっかりだし・・・)
しかしだからといって、男友達に相談するのは
すみれのプライバシーに関わってしまう。
(それでなくても俺の男友達連中って口の軽い奴が多いからなぁ・・・)
そんな事を考えると、ユキヤは結局誰にも相談できずにいた。
(はぁ・・・)
ユキヤはため息をつくと空を見上げた。
(俺の交友関係って、真面目な事を相談するのに向いてないよな)
「あーあ、どっかに相談しやすくて、ある程度事情を理解してくれて
口が堅くて、いらんことを根掘り葉掘り詮索してこない
そんな人間いないかなー!」
彼は半ばヤケクソ気味にそんな事を呟いてしまう。
(・・・てかそんな都合のいい奴なんて、
そこらに転がってるわけないか)
我ながらバカなことを考えた・・・と諦めかけたその時
通路の先で談笑している松葉姉妹と黒川の姿が目に入った。
「・・・いた。」
***
「どうしたんです?突然呼び出して」
「まぁまぁ、まずは座って。コーヒーでも飲むか?奢るぜ」
夕方、大学の食堂で、ユキヤが黒川を呼び出していた。
「は、はぁ・・・」
黒川は不思議そうな顔でユキヤの方を見た。
「コーヒーで不足ならチョコパフェも付けようか?」
「い、いえ・・・」
ユキヤの態度に黒川が若干引きながらも席に着く。
「で、話ってなんです?」
黒川がそう聞くと、ユキヤは単刀直入に切り出した。
「ちょっと相談がある・・・」
ユキヤはそう言うとこれまでの事を話した。
「・・・ふぅん、あの白石さんにもそんな一面があったんですね。」
普段のすみれを知っているので、黒川が意外そうな顔をする。
「正直俺もあいつがここまで引きずるとは
思ってなかったよ・・・」
そう言ってユキヤはチョコパフェの最後の一口を
飲み込んでため息を吐いた。
「でもどうしてそんな事を俺に相談するんです?」
黒川がユキヤにそう聞くと
「うーん・・・まぁ、そこは・・・」
と、おかわりのチョコムースを頼みながらユキヤは言葉を濁す。
(まさか適当に考えた条件にピッタリ合う奴が目の前にいたから
・・・とは言えないよなやっぱ。)
黒川は、すみれとユキヤの関係を知る松葉姉妹に
飼われるペットだ。
勿論これは大学では秘密であり、姉妹からも固く口止めされている。
そしてユキヤ達もまた姉妹たちの事情を知っており、
秘密を共有する関係だ。
(ある程度自分たちの事情を知っている分
余計な詮索はしてこないだろうし、こいつがあの双子ちゃんの
下僕である限り、口は堅いだろうし・・・)
ユキヤはそう考えて黒川を相談相手に選んだのだ。
「まぁ、それはいいとして・・・」
と、黒川が本題に戻す。
「白石さんが絡んでいる事なら、俺よりも結衣・・・さんたちに
相談した方がよかったのでは?」
そう言いつつ彼はコーヒーを啜る。
「まぁ普通はそう思うよな・・・」
「お二人とも白石さんとは仲がいいですし、
協力してくれると思いますけど?」
黒川がユキヤに言う。
「それはそうなんだけどな・・・」
と、ここまで言うとユキヤは渋い顔になる。
「?」
キョトンとする黒川にユキヤはため息を吐きながら
「・・・でもそれはすみれの奴が直接
あの子たちに相談した場合だ」
と言った。
「・・・・・・・・・あ!」
ユキヤの言葉に黒川が何かを察したような顔をする。
「俺なんかが相談にいったら『そんな事は自分でお考えなさい』とか
『そういう時こそ貴方があの子を守っておあげなさい』
とか説教垂れて終わるぞ」
と、ユキヤは更にため息を吐きながら言う。
「あ~・・・確かに」(・・・しかし今の微妙に似てたな)
心の中でユキヤのモノマネに感心しつつ、
黒川も納得したように頷いた。
(あのお二人は男性相手だと妙に突き放した物言いするからな・・・)
と、彼は内心思った。
「だからお前に相談したんだよ」
ユキヤがそう言って渋い顔でチョコムースを口に運ぶ。
「なるほど・・・」
黒川は腕を組み、考え込む。
(かといって俺に相談されてもな・・・)
取り敢えずいろいろと案を出そうかとも思ったが、
ユキヤだって、自分が思いつく限りの事は大体やっているだろう。
それではお手上げなのは、黒川にも理解できた。
「確かに俺がお役に立てることは何もありませんね・・・」
黒川は、はぁと溜息をつくとそう言った。
「だよなぁ・・・」
ユキヤは残念そうに言う。
「すいません・・・」
黒川はすまなそうに頭を下げるが・・・
「あ・・・いや、でも・・・」
しかし黒川は何か思いついたように顔を上げた。
「・・・なに?」
ユキヤが興味を示す。
「要は、トラウマを克服できればいいんですよね?」
「まぁ、そうだな・・・」
黒川の言葉にユキヤが答える。
「だったら、白石さんのトラウマを別の事で
上書きしてしまうのはどうですか?」
「・・・は?」
黒川の言葉にユキヤが思わず聞き返す。
「これは・・・結衣さんの話なのですが、
以前トラウマで苦手だったものを楽しい出来事で上書きする事で、
払拭できたということがありました」
「なるほど・・・」
(あの双子のお姉ちゃんの方の話か・・・)
ユキヤが頷いて
(確かに、トラウマを克服するには、
そのトラウマの要因となった出来事を楽しい事や嬉しい事などで
上書きしてしまうのは一つの手かもしれないな・・・)
そんな事を考える。
「でも根強く残ったトラウマの場合、こっちもよっぽどの事をしないと、
簡単に解決とはいきませんよ」
「だよなぁ・・・」今度はユキヤが腕組みする番だった。
「白石さんが一番楽しくて、かつインパクトのある事とかですね」
(あいつの・・・一番楽しい事か)
ユキヤは考えたが、すぐには答えが出てこない。
「難しいですね・・・」と黒川も言う。
「・・・ちなみに、お姉ちゃんの時はどうしたんだ?」
参考にユキヤは結衣の時のことを黒川に尋ねる。
「え・・・・・!」
しかしその途端、黒川は真っ赤になり黙ってしまった。
「なあ、教えてくれよ、参考までにさ・・・」
ユキヤは少し真面目な顔になり黒川に詰め寄る。
「えっと、あの・・・」
黒川は目を逸らす。
「誰にも言わないから、なんならフォンダンショコラも奢る!」
「・・・!」
ユキヤの真剣なまなざしに、黒川が観念したように口を開いた。
「ですから・・・その・・・結衣さんの・・楽しい
・・・事を・・ですね」
「そうかそうか、お姉ちゃんが楽しい事を・・・・・・・・って!!」
そこまで言いかけたユキヤは、ここでようやく
黒川が急に口ごもった理由を察した。
あのサディスティックな姉妹の楽しい事と言えば・・・。
(それって・・・つまり!!)
「・・・・・すまん」
とユキヤが謝ると、黒川も真っ赤になって俯いてしまった。
「いや、謝らないで下さい・・・」
と、黒川も同じく気まずそうに答える。
内容が内容だけに真面目に謝られると却って恥ずかしい。
「と、とにかく・・・」
あまりの気まずさにユキヤが強引に話を戻す。
「まぁ、何となくだがヒントはもらえたと思うから・・・助かったよ」
「そ、そうですか・・・なら良かったです」
黒川もユキヤのその言葉を聞くと、 これ以上この話題を続けると
更に気まずくなるだけだと感じたらしく、 話に乗ってくる。
「上手く行ったら今度、特大チョコタルトを・・・」
「結構です」(先輩じゃないんだから・・・)
黒川が即答する。
「あ、そう・・・美味いんだけどな」
ユキヤが残念そうに言う。
(この人のこういうところ、友麻様に似てるなぁ・・・)
そんな黒川の思いも知らず、ユキヤはチョコムースの最後の一口を
スプーンで掬って口に運ぶと
「まぁでも、何とかなりそうな気がしてきたよ」
と呟いた。
「色々とありがとうな、じゃ。」
チョコムースを平らげるとユキヤは席を立った。
「あ、はい・・・」
黒川も慌てて残りのコーヒーを流し込む。
(・・・まぁ、何とかなるだろう)
ユキヤはそんな事を考えながら、すみれの元へと向かうのであった。
つづく
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