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第51話:風邪と夢(その3)
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「夕飯まで作ってくれなくてもいいのに」
「いいんだよ、大体今週の当番俺だったし。」
次の日の夕方、ユキヤは自分から率先して夕飯を作っていた。
「病み上がりなんだから無理しないでいいよ」
すみれは心配そうに言うが、ユキヤは頑として譲らない。
「大丈夫だよ、心配するなって。」
実はあれ以降、ユキヤの中には妙な罪悪感が湧いてしまい、
なかなか消えてくれない状態が続いている。
(たかが夢とはいうけどさ・・・)
些細な事だとは思うがどうしてもすみれに気を使ってしまう。
「ほら、出来たぞ」
ユキヤは出来上がった料理を食卓に並べる。
今日はすみれのリクエストで肉じゃがだ。
「わーい!美味しそう!」
すみれはそう言って目を輝かせる。
そんな彼女の笑顔を見るとユキヤも嬉しくなるのだった・・・。
(喜んでもらえたみたいだけど・・・)
夕食後、すみれがシンクで洗い物をしている。
実は後片付けもユキヤが自分でやると言ったのだが、
すみれに押し切られた形だ。
「後片付けぐらい自分でやるって」
ユキヤはそう言うが、すみれは譲らなかった。
「だから病み上がりなんだから無理しちゃダメだって」
そう言われてしまってはユキヤも引き下がるしかなかったのだ。
そして今に至るわけだが・・・。
(なんか悪いような・・・)
そんなことを考えているうちに
洗い物を終えたすみれが戻ってきた。
「おわったよ」
そう言って彼女は微笑むとソファに腰掛けた。
「あ、ありがとうな」
「どういたしまして」
ユキヤの言葉に笑顔で答える。
しかしそんなすみれの笑顔を見ても、
ユキヤの中にあるモヤモヤとしたものは晴れてくれなかった。
(なんか今日はずっとこんな感じだな・・・)
「ユキヤ、どうしたの?」
すみれはユキヤの顔を覗き込みながら尋ねる。
「いや、なんでもないよ」
そう言ってユキヤは誤魔化すように笑う。
(これってやっぱり罪悪感なのかな?)
ユキヤはそう考えながらも、すみれの隣に座る。
(でもあれはただの夢だったわけだし・・・)
「ねぇ」
突然声をかけられてドキッとする。
「な、なんだ?」思わず声が上ずってしまった。
「ねえ、何か悩み事でもあるの?」
そう言ってすみれは心配そうな目でこちらを見る。
(こいつは鋭いなぁ・・・)
「いや、今日のお前は随分優しいなって思って」
ユキヤは適当に誤魔化す。
「え?急にどうしたの?」
すみれは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「やっぱり俺が風邪を引いてたから優しくしてたの?」
というユキヤの言葉に
「えーそれじゃまるで私が普段優しくないみたいじゃん!」
すみれはムッとして口をとがらせる。
(しまった・・・!)
ユキヤはまたうっかり軽口を叩いたことに気付き、
慌てて取り繕うが・・・。
「いやいや、そうじゃなくてさ。なんていうかさ・・・
普段のお前はもっと・・・ほら夜とか特に」
更にユキヤは普段思っていることをそのまま言う。
「私そんなに鬼畜じゃないと思うんだけど・・・?」
すみれは首を傾げるが、ユキヤは構わず続ける。
「いやほら、この前だって俺にあんなことを・・・」
「あれは君に気持ち良くなってほしかっただけ
なんだけどどなぁ・・・」
すみれの声のトーンがちょっと下がる。
(ま、まずい事言ったかな・・・・?)
ユキヤは少し動揺する。
「いや、別に攻められて嫌だというわけじゃなくてだな」
「そうだね、いつもあんなにヒイヒイ言って喜んでるんだから」
すみれがニヤニヤしながら返す。
「おいおい、俺はそんなこと・・・ちょっ・・・おい!」
すみれは強引にユキヤを押し倒す。
「そんな事言ってると、こんなことしちゃうよ。」
すみれはそう言うとユキヤの身体に体重を掛けてくる。
「わ、わかった・・・俺が悪かった!」
ユキヤも戸惑いながら謝罪する。
「冗談だよ、そんなことで怒るわけないじゃん」
すみれは笑いながら言うと、ユキヤの上から降りる。
(焦った・・・)
「じゃあ逆に聞くけど、今の君が私に望む事って何?」
「え・・・?」
そう言われれば夜の生活が逆転して以降、
彼の夜の生活の立場は一変してしまった。
今のユキヤはすみれにされるがままで、
自分から何かを望むことはあまりない。
「もちろん、して欲しいこととかあるでしょ?」
そういわれて改めて考えてみる・・・。
「ほら、今日の私は優しいんでしょ?」
(俺はこいつに・・・)
ユキヤは想像する。(自分が今すみれに望む事・・・)
そこまで考えた時、彼の脳内ではある一つのセリフを
思い浮かべるのだった・・・
(俺を苛めて欲しい・・・)
「ん?何して欲しいの?」
そう聞き返されてユキヤははっと我に返る。
(俺、今何考えてたんだ・・・?)
彼は自分の言った言葉が理解できなかった。
(苛めて欲しいとか思ってしまったような・・・)
すみれは不思議そうな目でこちらを見ている。
「ユキヤ、大丈夫?なんか顔が赤いよ?」
「あ、いや・・・なんでもねぇよ」
「もう、ちょっと熱あるんじゃない?」
そう言ってすみれはユキヤの額に自分の額を当ててみる。
「うーん、少しあるかな?」
(近い近い!顔が近い・・・!)
突然のことに動揺してしまう。
「あはは、なに照れてるの、かわいい♪」
そう言いながらさらに距離を詰めてくる。
(うぉぉお!かわいいなんて言わないでくれぇええ!)
そんなことを考えている間にも
すみれはどんどん距離を縮めてくる。
(その無邪気な笑顔で・・・俺の事を・・・)
「もう、どうしたのよ?」
(ああその声で・・・その手で・・・その指で・・)
思わず想像してしまう。
(もっと苛めてくれたら・・・)
すみれがユキヤの身体に触れ始めると、
「んっ・・・」思わず吐息が漏れてしまう。
(あぁ!ダメだ!)
そう思った瞬間、急にすみれの手が離れていく。
「もう、君も風邪ひいてるんだし、早めに寝ないとダメだよ?」
「あ、ああ・・・」
「じゃあ、明日出すゴミちょっとまとめてくるから」
すみれはそう言うとキッチンに戻っていった。
(なんだ?もう終わりなのか?)
物足りなさを感じながらもユキヤはベッドに横になるのだった。
しかし・・・
「大丈夫だよ。君が弱っているところを襲ったりしないから」
キッチンへ向かう途中ですみれが小声でそういった事に
ユキヤは気付いていなかった・・・。
***
それからさらに数日が経ち、ユキヤの体調はすっかり回復していた。
でも彼の中のモヤモヤは一向に晴れてくれない。
(最初はすみれへの罪悪感だけかと思っていたけど・・・)
熱にうなされた時に見ていた悪夢・・・。
(でもあれはただの夢で俺の願望じゃない・・・)
そう思っていたのに、日を追うごとにどんどんそれが
真実のように思えてきてしまう。
夢の中で怖かったのはなにも自分の行動ばかりではない。
すみれが自分から去っていくところも、恐怖でしかなかった。
もし彼女が自分から離れてしまったら・・・。
(そんな事になったら俺は・・・)
風邪と熱で弱って、無意識にそんな事を
考えてしまったのだろう。
しかしそれは夢となって自分の前に現れてしまった。
もちろんこれはあくまで夢の中の出来事であり、
実際にすみれがユキヤを置いていくとは思っていない。
しかしそれでも不安な気持ちになることは止められなかった。
(このままじゃダメだ・・・)
このままだとすみれに対しても罪悪感を抱いてしまう。
すみれに謝ってスッキリしたいとも思うが、
今回すみれ自身には危害を加えたわけではない。
(俺の中で解決しなきゃ、この気持ちも晴れないんだろうな)
そう考えたユキヤは、自分から行動を起こすことにした。
まずはすみれに今の正直な気持ちを正直に話そうと思う。
その上でどうするのか話し合うのだ。
(しかしあいつには何を話したらいいんだ・・・?)
ユキヤは考える。
(そういえば・・・)
この前すみれが熱の時に自分にしてくれた事を思い出す。
(優しく・・・か・・・)
あの感覚は気持ち良かった。
(でも俺は・・・それにそんな気持ちなんてぶつけても・・・)
また迷ってしまう。
彼はその日、何度も考えていた。
***
そうしてしばらく経った後・・・
「なあ、すみれ」
リビングのソファでスマホを見ているすみれに
ユキヤが声をかける。
「ん?どうしたの?」
「ちょっと大事な話がある」
そう言ってユキヤはすみれの隣に座る。
「どうしたの急に改まって?」
すみれが不思議そうに尋ねる。
「いや、今言うべきだと思ってさ」
「ん?なに?」
ユキヤは深呼吸して気持ちを落ち着ける。
ユキヤは俯いてすみれの前に両手であるものを差し出す。
「え?ちょっと・・・?!」
その手には首輪があった・・・。
「い、一体何・・・?」
すみれはちょっと引き気味になっている。
というか何が何だか分からない。
「俺・・・お前と一緒にいたい」
ユキヤは俯きながらそう答えた。
「それって・・・」
すみれは思わず言葉に詰まる。
そして少しの沈黙の後、再び口を開く。
「な、なんで急に?」
そう言いながらもすみれは嬉しさを隠しきれない様子であった。
一方のユキヤは顔を真っ赤にしている。
「この前熱があった時、夢を見たんだ・・・お前が離れていくのを、
酷い事をしてでも引き留めようとする夢。」
「・・・・。」
ユキヤの話をすみれは黙って聞いている。
「もう一つは、人形みたいなお前と・・・してた・・・夢」
「そ、そうなんだ・・・」
すみれは動揺しながらも相槌を打つ。
「それで考えたんだ・・・
俺って本当はお前のことどう思ってるんだろうって」
ユキヤは真剣な眼差しですみれを見つめる。
(こいつに俺の気持ちをぶつけてみたい)
そんな思いが彼の中にあった。
「熱があった中で見た変な夢だけど・・・
これは心の底から俺はお前と離れたくないって事だと思う。」
「う、うん・・・」
すみれはユキヤの言葉に聞き入っている。
「お前と一緒にいたいって気持ちも、
お前が離れていくのが怖いっていう気持ちも全部本心なんだ」
そこまで言うとユキヤは一度深呼吸をして話を続ける。
「だから・・・俺はお前に酷いことをしたいわけじゃないんだ!
でも、それでも俺は!」
そう言ってユキヤは首輪を差し出す。
「俺は・・・ずっとお前の傍にいたいんだ!」
「!」
すみれは思わず言葉を失う。
(まさかユキヤからこんなこと言われるなんて・・・)
驚きの後で喜びも出てきてしまう。
「・・・だから、これを」
ユキヤは改めて持ってきた首輪を差し出す。
「ユキヤ・・・」
(そうか、だから熱を出してから様子がおかしかったのか・・・)
すみれは最近の彼の妙な言動の原因が
ようやくわかった気がした。
「とにかく俺は、お前の傍にいたい」
ユキヤは真っ直ぐな目ですみれを見つめる。
その視線から、彼が本気で言っていることが伝わる。
「でも、お前はそれで良いのか?」
ユキヤは不安そうに尋ねる。
すみれの答えはもう決まっていた。
(私は・・・)
「そんなこと、聞かれるまでもないじゃない」
そう言うと首輪を手に取って微笑む。
「ありがとう・・・」
そうして二人は抱き合った・・・。
つづく
「いいんだよ、大体今週の当番俺だったし。」
次の日の夕方、ユキヤは自分から率先して夕飯を作っていた。
「病み上がりなんだから無理しないでいいよ」
すみれは心配そうに言うが、ユキヤは頑として譲らない。
「大丈夫だよ、心配するなって。」
実はあれ以降、ユキヤの中には妙な罪悪感が湧いてしまい、
なかなか消えてくれない状態が続いている。
(たかが夢とはいうけどさ・・・)
些細な事だとは思うがどうしてもすみれに気を使ってしまう。
「ほら、出来たぞ」
ユキヤは出来上がった料理を食卓に並べる。
今日はすみれのリクエストで肉じゃがだ。
「わーい!美味しそう!」
すみれはそう言って目を輝かせる。
そんな彼女の笑顔を見るとユキヤも嬉しくなるのだった・・・。
(喜んでもらえたみたいだけど・・・)
夕食後、すみれがシンクで洗い物をしている。
実は後片付けもユキヤが自分でやると言ったのだが、
すみれに押し切られた形だ。
「後片付けぐらい自分でやるって」
ユキヤはそう言うが、すみれは譲らなかった。
「だから病み上がりなんだから無理しちゃダメだって」
そう言われてしまってはユキヤも引き下がるしかなかったのだ。
そして今に至るわけだが・・・。
(なんか悪いような・・・)
そんなことを考えているうちに
洗い物を終えたすみれが戻ってきた。
「おわったよ」
そう言って彼女は微笑むとソファに腰掛けた。
「あ、ありがとうな」
「どういたしまして」
ユキヤの言葉に笑顔で答える。
しかしそんなすみれの笑顔を見ても、
ユキヤの中にあるモヤモヤとしたものは晴れてくれなかった。
(なんか今日はずっとこんな感じだな・・・)
「ユキヤ、どうしたの?」
すみれはユキヤの顔を覗き込みながら尋ねる。
「いや、なんでもないよ」
そう言ってユキヤは誤魔化すように笑う。
(これってやっぱり罪悪感なのかな?)
ユキヤはそう考えながらも、すみれの隣に座る。
(でもあれはただの夢だったわけだし・・・)
「ねぇ」
突然声をかけられてドキッとする。
「な、なんだ?」思わず声が上ずってしまった。
「ねえ、何か悩み事でもあるの?」
そう言ってすみれは心配そうな目でこちらを見る。
(こいつは鋭いなぁ・・・)
「いや、今日のお前は随分優しいなって思って」
ユキヤは適当に誤魔化す。
「え?急にどうしたの?」
すみれは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「やっぱり俺が風邪を引いてたから優しくしてたの?」
というユキヤの言葉に
「えーそれじゃまるで私が普段優しくないみたいじゃん!」
すみれはムッとして口をとがらせる。
(しまった・・・!)
ユキヤはまたうっかり軽口を叩いたことに気付き、
慌てて取り繕うが・・・。
「いやいや、そうじゃなくてさ。なんていうかさ・・・
普段のお前はもっと・・・ほら夜とか特に」
更にユキヤは普段思っていることをそのまま言う。
「私そんなに鬼畜じゃないと思うんだけど・・・?」
すみれは首を傾げるが、ユキヤは構わず続ける。
「いやほら、この前だって俺にあんなことを・・・」
「あれは君に気持ち良くなってほしかっただけ
なんだけどどなぁ・・・」
すみれの声のトーンがちょっと下がる。
(ま、まずい事言ったかな・・・・?)
ユキヤは少し動揺する。
「いや、別に攻められて嫌だというわけじゃなくてだな」
「そうだね、いつもあんなにヒイヒイ言って喜んでるんだから」
すみれがニヤニヤしながら返す。
「おいおい、俺はそんなこと・・・ちょっ・・・おい!」
すみれは強引にユキヤを押し倒す。
「そんな事言ってると、こんなことしちゃうよ。」
すみれはそう言うとユキヤの身体に体重を掛けてくる。
「わ、わかった・・・俺が悪かった!」
ユキヤも戸惑いながら謝罪する。
「冗談だよ、そんなことで怒るわけないじゃん」
すみれは笑いながら言うと、ユキヤの上から降りる。
(焦った・・・)
「じゃあ逆に聞くけど、今の君が私に望む事って何?」
「え・・・?」
そう言われれば夜の生活が逆転して以降、
彼の夜の生活の立場は一変してしまった。
今のユキヤはすみれにされるがままで、
自分から何かを望むことはあまりない。
「もちろん、して欲しいこととかあるでしょ?」
そういわれて改めて考えてみる・・・。
「ほら、今日の私は優しいんでしょ?」
(俺はこいつに・・・)
ユキヤは想像する。(自分が今すみれに望む事・・・)
そこまで考えた時、彼の脳内ではある一つのセリフを
思い浮かべるのだった・・・
(俺を苛めて欲しい・・・)
「ん?何して欲しいの?」
そう聞き返されてユキヤははっと我に返る。
(俺、今何考えてたんだ・・・?)
彼は自分の言った言葉が理解できなかった。
(苛めて欲しいとか思ってしまったような・・・)
すみれは不思議そうな目でこちらを見ている。
「ユキヤ、大丈夫?なんか顔が赤いよ?」
「あ、いや・・・なんでもねぇよ」
「もう、ちょっと熱あるんじゃない?」
そう言ってすみれはユキヤの額に自分の額を当ててみる。
「うーん、少しあるかな?」
(近い近い!顔が近い・・・!)
突然のことに動揺してしまう。
「あはは、なに照れてるの、かわいい♪」
そう言いながらさらに距離を詰めてくる。
(うぉぉお!かわいいなんて言わないでくれぇええ!)
そんなことを考えている間にも
すみれはどんどん距離を縮めてくる。
(その無邪気な笑顔で・・・俺の事を・・・)
「もう、どうしたのよ?」
(ああその声で・・・その手で・・・その指で・・)
思わず想像してしまう。
(もっと苛めてくれたら・・・)
すみれがユキヤの身体に触れ始めると、
「んっ・・・」思わず吐息が漏れてしまう。
(あぁ!ダメだ!)
そう思った瞬間、急にすみれの手が離れていく。
「もう、君も風邪ひいてるんだし、早めに寝ないとダメだよ?」
「あ、ああ・・・」
「じゃあ、明日出すゴミちょっとまとめてくるから」
すみれはそう言うとキッチンに戻っていった。
(なんだ?もう終わりなのか?)
物足りなさを感じながらもユキヤはベッドに横になるのだった。
しかし・・・
「大丈夫だよ。君が弱っているところを襲ったりしないから」
キッチンへ向かう途中ですみれが小声でそういった事に
ユキヤは気付いていなかった・・・。
***
それからさらに数日が経ち、ユキヤの体調はすっかり回復していた。
でも彼の中のモヤモヤは一向に晴れてくれない。
(最初はすみれへの罪悪感だけかと思っていたけど・・・)
熱にうなされた時に見ていた悪夢・・・。
(でもあれはただの夢で俺の願望じゃない・・・)
そう思っていたのに、日を追うごとにどんどんそれが
真実のように思えてきてしまう。
夢の中で怖かったのはなにも自分の行動ばかりではない。
すみれが自分から去っていくところも、恐怖でしかなかった。
もし彼女が自分から離れてしまったら・・・。
(そんな事になったら俺は・・・)
風邪と熱で弱って、無意識にそんな事を
考えてしまったのだろう。
しかしそれは夢となって自分の前に現れてしまった。
もちろんこれはあくまで夢の中の出来事であり、
実際にすみれがユキヤを置いていくとは思っていない。
しかしそれでも不安な気持ちになることは止められなかった。
(このままじゃダメだ・・・)
このままだとすみれに対しても罪悪感を抱いてしまう。
すみれに謝ってスッキリしたいとも思うが、
今回すみれ自身には危害を加えたわけではない。
(俺の中で解決しなきゃ、この気持ちも晴れないんだろうな)
そう考えたユキヤは、自分から行動を起こすことにした。
まずはすみれに今の正直な気持ちを正直に話そうと思う。
その上でどうするのか話し合うのだ。
(しかしあいつには何を話したらいいんだ・・・?)
ユキヤは考える。
(そういえば・・・)
この前すみれが熱の時に自分にしてくれた事を思い出す。
(優しく・・・か・・・)
あの感覚は気持ち良かった。
(でも俺は・・・それにそんな気持ちなんてぶつけても・・・)
また迷ってしまう。
彼はその日、何度も考えていた。
***
そうしてしばらく経った後・・・
「なあ、すみれ」
リビングのソファでスマホを見ているすみれに
ユキヤが声をかける。
「ん?どうしたの?」
「ちょっと大事な話がある」
そう言ってユキヤはすみれの隣に座る。
「どうしたの急に改まって?」
すみれが不思議そうに尋ねる。
「いや、今言うべきだと思ってさ」
「ん?なに?」
ユキヤは深呼吸して気持ちを落ち着ける。
ユキヤは俯いてすみれの前に両手であるものを差し出す。
「え?ちょっと・・・?!」
その手には首輪があった・・・。
「い、一体何・・・?」
すみれはちょっと引き気味になっている。
というか何が何だか分からない。
「俺・・・お前と一緒にいたい」
ユキヤは俯きながらそう答えた。
「それって・・・」
すみれは思わず言葉に詰まる。
そして少しの沈黙の後、再び口を開く。
「な、なんで急に?」
そう言いながらもすみれは嬉しさを隠しきれない様子であった。
一方のユキヤは顔を真っ赤にしている。
「この前熱があった時、夢を見たんだ・・・お前が離れていくのを、
酷い事をしてでも引き留めようとする夢。」
「・・・・。」
ユキヤの話をすみれは黙って聞いている。
「もう一つは、人形みたいなお前と・・・してた・・・夢」
「そ、そうなんだ・・・」
すみれは動揺しながらも相槌を打つ。
「それで考えたんだ・・・
俺って本当はお前のことどう思ってるんだろうって」
ユキヤは真剣な眼差しですみれを見つめる。
(こいつに俺の気持ちをぶつけてみたい)
そんな思いが彼の中にあった。
「熱があった中で見た変な夢だけど・・・
これは心の底から俺はお前と離れたくないって事だと思う。」
「う、うん・・・」
すみれはユキヤの言葉に聞き入っている。
「お前と一緒にいたいって気持ちも、
お前が離れていくのが怖いっていう気持ちも全部本心なんだ」
そこまで言うとユキヤは一度深呼吸をして話を続ける。
「だから・・・俺はお前に酷いことをしたいわけじゃないんだ!
でも、それでも俺は!」
そう言ってユキヤは首輪を差し出す。
「俺は・・・ずっとお前の傍にいたいんだ!」
「!」
すみれは思わず言葉を失う。
(まさかユキヤからこんなこと言われるなんて・・・)
驚きの後で喜びも出てきてしまう。
「・・・だから、これを」
ユキヤは改めて持ってきた首輪を差し出す。
「ユキヤ・・・」
(そうか、だから熱を出してから様子がおかしかったのか・・・)
すみれは最近の彼の妙な言動の原因が
ようやくわかった気がした。
「とにかく俺は、お前の傍にいたい」
ユキヤは真っ直ぐな目ですみれを見つめる。
その視線から、彼が本気で言っていることが伝わる。
「でも、お前はそれで良いのか?」
ユキヤは不安そうに尋ねる。
すみれの答えはもう決まっていた。
(私は・・・)
「そんなこと、聞かれるまでもないじゃない」
そう言うと首輪を手に取って微笑む。
「ありがとう・・・」
そうして二人は抱き合った・・・。
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