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第37話:大好き!すみれ先生(その3)

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それから数日の間、戸草は休まずに塾に来ていた。
ただその目には覇気がなく、どこか虚ろであった。
(こんな時に限ってあいつは何も言ってこない・・・)
いつもなら、この手の事に関して青柳が茶化してくるのだが、
ここしばらくはそれすらない・・・。

(せめてあいつと言い合いでもしてれば、まだ気がまぎれるのに)
戸草はため息を吐く。

「戸草くん、大丈夫?最近ちょっとボーっとしてるよ?」
すみれにまで注意されてしまう。
「・・・え?いや大丈夫です」
戸草はハッと我にかえる。

「ならいいんだけど、調子が悪いんだったら無理しないでね。」
彼女は少し心配そうに戸草を見た。
その優しい言葉だけで胸がいっぱいになる。
(もう、なんでこんなに優しいんだよ・・・!)

彼女はいつも通りだ。
しかし、戸草の心はどこか晴れやかではなかった。
(・・・やっぱり俺には望みがないんだろう。
そんな事は分かり切っていたはずなのに・・・!)
その事がどうしても引っかかってしまうのだった・・・ 

***

その日も授業が終わると、戸草はそそくさと荷物をまとめ、外に出た。
誰にも話しかけられたくなかったからだ。

しかしそんな彼の願いも空しく、声を掛けて来る者がいた。
「あのさぁ、いつまで実らない恋する俺かわいそうオーラ出してるの?」
声の主は青柳だった。

しかしいつもの軽い様子とはどこか違う。
(・・・お前、いつから俺の隣に?)
戸草は驚いた様子で青柳を見る・・・がすぐに目を反らす。

「べ、別にそんなんじゃないっての!」
戸草は真っ赤になって言い返す。
「まったく・・・だから何度も言ったじゃん!
あんたには見込みないって!」

「うるせぇな!お前には関係ないだろ!」
「あ、本当に振られたんだ・・・」
青柳がちょっと気まずそうな顔をする。

「振られたというか・・・彼氏まで紹介されたよ!」
戸草が半ばヤケクソ気味に言い放つ。
(ええっ、それトドメ刺されたって奴じゃん・・・?!)
流石の青柳も少し引いていた。

「・・・・」
「何か言えよ!」
「いや、なんつーか・・・どんまい」
青柳は気まずそうに言った。

「・・・笑えよ」「え?」
「いつもみたいに笑ったりからかったりしないのかよ?!」
「ちょっと!私を何だと思ってるのよ!?」
声を荒げる戸草に、青柳は思わず言い返す。
彼女もそこまで人が悪いわけではないようだ。

「ごめん・・・」戸草もちょっと言いすぎたことを謝る。
「・・・私だってあからさまに傷心してる人間に、
何か言うほどの鬼じゃないっての。」
「・・・」
「まぁ、元気出しなよ。」
青柳は優しく言う。
「・・・無理だよ」戸草は弱々しく答える。
(これは重症だな・・・)彼女は心の中でため息をついた。

そして一息吸って結審したように話しかける。

「あのさ、なんか甘いもん食べに行く?」
「は?」
「いや、なんか奢ってやろうかと思って」
「・・・なんだよいきなり」戸草は不審そうに聞く。
「・・・いや、失恋した時ってさ甘いもん食べると、
ええと・・・セル・・・いやセロトニン?ってのが
身体に分泌されて、精神的に落ち着くって聞いたから・・・」
青柳は自信なさそうに説明する。

「失恋して甘いものって・・・女の子じゃないんだから」
戸草が少し呆れ顔で言う。
「いや、なんかそういう気分なんだって!」
青柳は必死に主張した。
(・・・もしかして、こいつなりに励ましてくれてるのかな?)
戸草は思った。
「・・・とにかく、この私がめずらしくお、奢ってやるんだから
こんなときぐらい・・・す、素直に受けなさいよ!」
青柳が顔を赤くして、口をとがらせる。
「・・・わかったよ。」
(自分で珍しくって言うか・・・?!)
戸草もこんな時なのに、なんだかおかしくなってしまう。
「よし、じゃあ決まりね。商店街のコンビニに行こう!」
青柳は嬉しそうに言った。

同じ頃
片づけを終えたすみれが帰るために、塾の出入口まで歩いていた。
「あれ?」
入り口付近を見ると、生徒たちが玄関内でたむろしてる。
「あれ?どうしたのみんな」「先生!シーっ!」
一人の女子生徒が慌てた様子で口に指を当てる。

「え?」すみれは不思議に思い、生徒たちの視線の先を見た。
そこには戸草と青柳がいた。何やら楽しげに話しているようだ。
(あれ?あの二人仲良かったっけ?)

「・・・さっきから気まずくて出れないんですよ。」
「てかあれに割り込める勇気ないし・・・」
「あーあ、俺もあんな青春送りたいわ!」
生徒が口々にぼやく。
「まぁ・・・確かに・・・」すみれは苦笑した。

***

「・・・そんなわけで皆なかなか帰れなくなっちゃってさ」
夕飯時、すみれは塾であったことを楽しそうにユキヤに話す。

「ふぅん」
さも興味なさげに聞いているユキヤだったが、
内心では少し安心していた。
(そうか・・・あの少年、いい方向に進み始めたんだな)
彼も他人事ながら、戸草の事を気に掛けていた。
(まぁこれも人生の勉強・・・なんだろうな)
ユキヤは心の中で呟いた。

それと同時に、彼は戸草がまだ中学生の少年である事にも安心する。
もしこれが自分と同い年の男だったら・・・
(だったらそんな可能性すら潰すけどな)
ユキヤは心の中で呟いた。

「どうしたの?ニヤニヤして」
すみれが不思議そうに聞く。
「いや、なんでもないよ」ユキヤは誤魔化すように答えた。
(まぁ・・・頑張れ少年!)と彼は勝手に思った。

「・・・でも戸草くん、なんであんなに元気なかったんだろうね?」
「・・・・・!!」
ユキヤは少しずっこけそうになる。

(まだ気付いてないんかい!!)
ユキヤはすみれの自分への無頓着さを目の当たりにして、
心の中でツッコんだ。

「え?何?」
不思議そうに聞くすみれに、ユキヤはそっと首を振った。
(ダメだこりゃ・・・)
「なんでもない・・・」彼はがっくりとうなだれる。

(まぁこいつがこんな限り、他の男に取られることはない・・・よな?)
そう思うと、少し気が楽になった。

「何か言った?」すみれが不思議そうに聞く。
「いや、なんでもないっての」ユキヤは苦笑する。
(結局こいつに付き合えるのは今のところ多分俺だけだし・・・)
それは自分にとっては不本意な形ではあるけど・・・と彼は思った。

「変なの。」
すみれはふに落ちない感じでつぶやく。
「いや、お前最近塾の子たちの事ばっかりだよなって」
ユキヤが苦笑いしながら言った。
「あれ?ヤキモチ?」
そう言って彼女は揶揄うように笑う。

「・・・うるさい、そんなんじゃないってば!」
「はいはい、ユキヤも可愛いよ~」
すみれはそう言ってユキヤの頭を撫でた。

「だから違・・・うぅ・・・」
ユキヤの抵抗の声は、撫でられたせいで途中で小さくなった。
結局、すみれには最後までペースを狂わされるのである。
(まったく・・・なんでこいつといると こんなに調子狂うんだろうな?)
ユキヤはそう思った。

「でも、君にヤキモチ焼かれるのは悪い気しないかな。」
そう言ってすみれはユキヤに抱きつく。
「なんだよ、それ・・・」
ユキヤは照れながらも嬉しそうに微笑む。
(まぁ・・・こいつとなら、こんな関係も悪くないか)
彼は心の中で呟いた。

「えへへ・・・大好き」
そう言ってすみれはユキヤの胸に顔を埋めた。
(まったく、こいつといると本当に調子狂うな)
ユキヤは内心苦笑いしながら思った。
(まぁでも・・・なんかこいつの声を聞いてるだけで安心するんだよな・・・)
「・・・はいはい」
彼はそう呟くと、彼女の頭を撫でた。

そして、お互いどちらからともなく唇を重ねた・・・。
「ん・・・」
「ん・・・ちゅ・・・」
二人はしばらくの間、お互いの舌を絡め合う。
(あぁ・・・やっぱりこいつとのキスは気持ちいいな)
ユキヤは心の中で思った。
「ぷはぁ・・・」二人の唇が離れる。唾液が糸を引いた。
「・・・えへへ」すみれは嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て、ユキヤも思わず頬が緩む。

「ねぇ・・・これからどうする?」
「どうするって?」
「決まってんじゃん」彼女は悪戯っぽく笑う。
「あぁ・・・そうだな」

「あ、でもその前に食器片づけないとね・・・」
すみれが思い出したように言った。
「じゃあ、俺がやっとくよ」
ユキヤはそう言うと立ち上がった。

つづく
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