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第78話:厄介なお仕事8「変化」

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「え?ギターを希望されているのですか?」
「はい・・・」
調教が終わった後、樺島を宿舎まで送った黒川の報告を
姉妹たちは自室で聞いていた。
「しかしまたなんでそんなものを・・・」
驚きつつも友麻が不思議そうに尋ねる。

「何でも、先ほど調教を受けてる間に、
今までにないフレーズが頭に浮かんだからそれを忘れないうちに
形にしたい・・・ということだそうです。」
「まぁそこは腐っても音楽を嗜む人間の性というやつでしょうか・・・」
樺島からの意外な申し出に結衣は驚きながらも納得する。

「でしたら忘れないうちに楽譜にでも起こしておけば
よろしいでしょう?」
友麻が呆れつつも至極まっとうなことを言う。
「それが・・・」
友麻の言葉に黒川が一瞬口ごもる。
「・・・?、それが、なんですの?」
「彼曰く『楽譜が読めない』との事で・・・」
「・・・?!」
黒川の言葉に姉妹は一瞬言葉を失った。

「・・・え?!ではどうやって作曲していたのですか?」
友麻がようやく疑問を口にする。
「なんでも頭の中に浮かんだフレーズをギターで形にして、
歌詞を載せてそれをまとめて暗記していたという事です。
で、それをバンドメンバーに口で伝えていた・・・と」
黒川もいまいち飲み込みきれてない感じに説明する。
「・・・大した才能ですわね」
結衣が呆れて言う。

「では、哲ちゃんは楽譜も読めないのに作曲をなさっていたと?」
友麻も信じられないという様子で尋ねる。
「・・・はい」

「で、どうしますお姉さま?」
黒川の報告を聞き終わり友麻が姉に尋ねる。
「あの子の音楽に対する熱意と才能は本物と分かりましたが・・・
しかしあの子の望みを簡単に叶えるのはやぶさかではありません」
結衣が考え込みながら返す。

今の樺島は絶望感から姉妹たちに従順になり始めている。
しかし希望を安易にかなえてしまう事が
彼の自信を取り戻してしまう危険性があった。

「ではギターではなく・・・何か他の楽器を
与えてみてはどうでしょうか?」
黒川が提案する。
「他の楽器ですか・・・?」
黒川の提案に結衣が考え込む。
「・・・確かにすべてを制限してしまうのは、
逆に追い詰めてしまうかもしれませんわね」
「しかし他の楽器といっても、私たちが稽古に使っている
グランドピアノやヴァイオリンは
急に使わせるのは危険ですし・・・」
「ふーむ・・・」
3人はしばらく考え込んでいた。

***

同じ頃・・・
宿舎に一人戻った樺島だったが、帰るなり机に向かっていた。
散々調教され、体力も限界に近い筈なのだが、
一心不乱に置かれていたメモ用紙へ何かを書き綴る。

「ダメだ・・・」
しばらく何かを書き連ねていた彼だったが、
 やがて筆を放し頭を抱えた。生憎掻き毟る髪はない。
「こんな安っぽい言葉じゃあの感情は表現しきれない・・・」
・・・こんな事は初めてだった。

いつも思い浮かんだフレーズをギターで弾き形にして、
その時の気分で思いついた詞を載せていく・・・
彼にとっては簡単な作業の筈だった。

しかし今回に限っては、その詞が形にならない。
湧き出る感情に語彙力が追い付かない・・・。
彼の中に何か言いようのない悔しさが生まれ、
その苛立ちと共にメモ用紙を力任せに破り捨てた。


「くそっ・・・くそぉ!!」
彼は叫びながら床を転がり続けた・・・。

***

そして翌朝・・・
姉妹たちが樺島の居る宿舎を訪れた。
そして彼女たちが持ち込んだものを見て、樺島は唖然とする。

「取り敢えず今家にあるもので、お前に渡せそうな楽器は
物置にあったこれだけでしたわ・・・」
「私たちが幼少のみぎりに使っていたものですのよ」
「・・・・!」

彼女たちが持ってきたのは子供用のトイピアノだった・・・。

「見た目は小さいですが、一応電子ピアノですから
音程は確かですわよ」
「楽譜が読めないとお聞きしましたので、私たちが昔使ってた
『子どもバイエル』も用意してあげましたのよ」
姉妹がそう言って子供向けの教本を机の上に置いた。

「ふざけるな!俺を馬鹿にしてるのか?!」
二人の用意した楽器を見て樺島は激高する。
「あら、音楽に関しては天才だとお聞きしましたのに
使いこなす自信がございませんか?」
「な・・・?!」
「そんな事ではデビューしても
せいぜいアルバム1枚出して終わりでしょうね」
結衣と友麻がわざとらしく挑発する。

「ぐ・・・」
二人の挑発に樺島は思わず口ごもる。
「・・・分かった。他に無いんだろ?」
「ご理解が早くて助かりますわ」
「使いこなせればきっと良い曲が作れる筈です」

「では、私たちこれから学校がありますので」
「あぁ、ちなみにそれ特注品ですから、もし壊しでもしたら
目玉の飛び出るような金額を請求させていただきますわ」
「!!?」
笑顔でそう言って二人は部屋を後にした。

「・・・くそっ!言いたい放題言っていきやがて!」
樺島は怒りのあまりゴミ箱を蹴飛ばした。
床に散らばる紙クズが舞う。
そして・・・部屋に一人残された彼は、
静かに鍵盤の蓋を開く・・・。

「ええと、基本の音の他に・・・この黒いのが半音なのか」
ピアノと一緒に置いていかれたバイエルを見ながら音を出す。
教本にある音階に従って触るとド、レ、ミと音が響いた。
(なるほど・・・)
樺島は少し楽しくなってくる。

(どれ・・・まずは簡単な曲からやってみよう)
バイエルにある練習曲を弾いてみる。
彼が鍵盤を指で弾くと、ピアノから軽やかなメロディが流れた。

「できた・・・!」
そしてそれが思いのほか上手くいき、樺島は思わず声を上げた。
それからはただひたすらピアノに打ち込んだ・・・。

以降、彼が脱走を企てることは無くなった。

***

それから3日ほど経った夕方、黒川が樺島を迎えに宿舎にやってきた。
ちなみに彼の調教期間は約2週間のため、
あと数日を残すのみとなっていた。

「調教のお時間です。地下室までお願いします。」
彼がそう言ってドアをノックするが返事はなかった。
(また眠ってるのかな?)
疑問に思いながらも彼はドアを開けた。
「・・・?」

樺島はベッドの上に置いたピアノの前で眠っていた。
(やっぱり・・・)
黒川は少し呆れ気味に彼に近付いた。
ピアノの前に突っ伏す彼の周りとゴミ箱には、
何かが書かれたメモ紙があふれていた。
(また変なポエムか・・・?)
黒川はそんな事を考えながらそれを静かに拾い上げた。

「これは・・・?!」
メモ用紙を見た黒川は一瞬目を疑った。
そこには短く拙いがらも譜面が書かれていたからだ。
(こいつ、ついこの間まで楽譜すら読めなかったはずだぞ・・・)
思わずそのメモをまじまじと見つめる。
「んんっ・・・」
するとそこへ樺島が目を覚ました。

「ふぁぁぁ・・・何?もう時間?」
「は、はい・・・もう時間です。」
「分かった・・・」
樺島は眠そうに目をこすりながらベッドから降りた。

「・・・」
黒川はそんな彼の様子を訝しげに見ていた。
(ついこの前、教本とピアノを与えられただけで、
もうここまで出来るのか・・・?)
彼は樺島の思わぬ才能を目の当たりにして驚きながらも少し感心する。

「あぁ、それな。色々弾いて見たけどまだ形になってなくてさ」
樺島は黒川の持つメモを見てあくびまじりに答える。
「これはあなたが書いたのですか?」
黒川が尋ね返す。
「まぁな。しかし思いついた曲を書いておけるのはいいな」
「・・・」
(こいつ、もう作曲を・・・)
樺島の言葉に黒川が言葉を失う。

「ん?どうした?」
「あ、いや・・・なんでもありません。」
「ふーん」
樺島は興味なさそうに言う。
(社長が才能潰したくないって話は本当なのかも・・・)
「では地下へ移動します」
黒川は気持ちを切り替えるとそう告げた。

「あ、あぁ・・・」
それを聞いた樺島の顔が一瞬こわばる。
「おや、怖いのですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて・・・」

なんとも歯切れの悪いやり取りの後、二人は地下室へと向かった。

***

宿舎から地下室への移動中、樺島が黒川に声をかける。
「あのさ・・・」
「なんでしょう?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・」
「はい」

「あの子達、俺を・・・どうしたいの?」
「・・・」
樺島のその問いに黒川はしばし間をおいて口を開いた。
「そんな事を聞いてどうするんです?」

眉一つ動かさず冷たくそう答える彼に樺島は一瞬ぞくりとする。
(・・・この人も何考えてるか分からなくて怖いよな)
ここ数日の調教で姉妹に少なからず恐怖の感情を抱いているが、
実際のところ黒川も苦手な部類だった。
(だって、坊主にサングラスに黒スーツだぜ・・・)

「あ、いや、ただちょっと気になっただけで・・・」
「そうですか」
樺島は彼の冷ややかなまなざしを受け、冷や汗を流す。
(うう、やっぱり怖い・・・)

「・・・少なくともあなたを殺すつもりはないでしょうね」
「!!?」
彼の物騒かつ淡々とした答えに樺島は声にならない叫びを上げた。
「・・・冗談です」
そう言いながらも黒川は眉一つ動かさない。
(あんたが言うとシャレにならないんだってば!)
黒川の意地悪な返しに樺島は怒りを必死に抑える。

「お二人の心は私にはわかりかねますが
あのお二人が本気になれば、取り返しのつかない性癖の一つや二つ
その身に簡単に刻み込んでくれるでしょうね・・・。」
黒川がさらに続ける。

「・・・ひっ!」
その言葉に樺島の背筋が凍る。
「さて、話はここまでにして到着しましたよ」
地下室の入り口に到着したと同時に彼の耳元で黒川がこう言った。

「ちなみにさっきのは冗談でもなんでもありませんから」
「!!!??」
顔から血の気が引いた樺島をよそに黒川は淡々と続ける。

「・・・ひょっとしたらもう遅いかもしれませんね」
「・・・な、な・・・!!」
(俺・・・そんなに・・・?!)

そして樺島の動揺を尻目に彼は地下室への扉を開けた。
その後ろ姿を樺島は恐怖の目で見ていた。
(この人どうして俺の事こんなに脅すんだろう・・・?)
こうして樺島は否応なしに地下へ降りることになった・・・。

つづく
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