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第42話:甘え癖(前編)
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すみれとユキヤの関係が逆転して早数ヶ月。
相変わらず夜はすみれにされるがままのユキヤだったが、
ここ最近ユキヤに異変が生じていた。
「・・・そろそろ放してくれないかな?」
「ん・・・もう少しこのままでいい?」
夕飯の後、片づけをしているすみれの背中にユキヤが抱き着いてくる。
「もう洗い物も終わるからさ」「う~ん、分かったよぉ」
名残惜しそうにすみれから離れるとソファに移動するユキヤ。
(今日は何だか変ね?)
いつもなら、こんなにベタベタしてこない。
「はい、お待たせ」お茶の入ったコップをテーブルに置く。
「ありがとう」隣り合って座ってテレビを見る二人。
「もう少しくっついてていい?」
「うん」肩を寄せ合うようにしてテレビを見ている。
「ねえ、ユキヤ?」ふと思いついたように言うすみれ。
「何?」「あのさぁ・・・」「うん?どうしたの?」
「今日は妙に私にくっついてくるね」
「あー・・・」頭を掻いて困ったような顔をするユキヤ。
「やっぱり嫌だった?」「別に嫌じゃないけどさぁ」
「何かあったの?」心配そうな顔で言うすみれ。
「ただ・・・こうしていると安心するっていうか・・・」
歯切れの悪い答えをするユキヤ。
「そう?でも無理しないでね。体調悪いとかあるなら言ってね」
優しく微笑んで言うすみれ。
(でも最近なんかスキンシップが過剰だよね・・・)
そんなことを思いながらユキヤの横顔を見た時、
彼の頬が赤くなっていることに気が付いた。
「ユキヤ、顔赤いよ?熱でもあるんじゃないの?」
額に手を当てようとするとユキヤは慌ててその手を避ける。
「大丈夫だってば!」さらに顔が赤くなって焦っているようだ。
「本当に平気だから!ちょっと暑くなっただけだから!」
その後姿を見ながらすみれは思った。
(まさかねぇ・・・)
****
「・・・なんてことがここ数週間続いているらしいです。」
そんな事を根岸が蘇芳に相談していた。「それは大変ですね・・・」
蘇芳は苦笑しながら答える。
「茶木さんに対しては結構寛容な白石さんが
ボクに相談するぐらいだから相当ですよ。」
「ふむ・・・」蘇芳は腕を組んで考え込む。
「でもバイト先では普通なんっスよねぇ・・・」浅葱も不思議がる。
「おそらく、茶木くんは普段の反動で、一時的に
『甘え癖』が出てるのかもしれませんね。」
「それってつまりどういう事ですか?」
蘇芳の言葉の意味が分からない根岸。
「夜の営みは白石さんに主導権を握られているから、
せめてそれ以外は白石さんを思い通りにしたい・・・
そんな願望が自分でも気づかないうちに表に出てきてるようです。」
「なるほどぉ・・・」根岸は納得したようにうなずいた。
「しかもすみれちゃんと二人の時だけに発動していると・・・」
浅葱もうなずく。
「そう考えるとしっくりきますね」
「確かに学校やバイト中の彼はいつも通りだし・・・」
根岸と浅葱は二人で顔を見合わせると、 二人して吹き出した。
「これは面白いことになりましたね!」
「何かあったらまた報告するっス!」
「今はまだ軽微な状態で済んでますが、
エスカレートしないといいんですけどね。」
と蘇芳が顎に手を当て渋い顔をした。「とりあえず様子見っスかねぇ・・・」
「一応、私の方からもそれとなく聞いてみるっス。」
「よろしくお願いします。」
****
ところが蘇芳の予想は悪い方向に当たってしまった。
「ごめんユキヤ、これじゃ私動けないんだけど・・・」
ユキヤはすみれの膝の上でうつ伏せになっている。
「ごめん・・・もうちょっといい?」
ユキヤの声は少し震えているようだ。
「仕方がないなぁ・・・」すみれはユキヤの頭を撫でてやる。
「ありがとう、すみれ」ユキヤは嬉しそうだ。
「ユキヤは本当に甘えん坊だなー」すみれはユキヤを抱きしめながら言う。
「だって、一緒にいたいし・・・」ユキヤはすみれの胸に顔を埋めている。
「まったく、しょうが無いなあ、ユキヤは」すみれは優しく微笑む。
「すみれ、好き、大好きだよ」ユキヤはすみれをぎゅっと強く抱き締めた。
(これはこれで可愛いけど・・・何かが違うのよね)
すみれは困ったような表情を浮かべる。
しかもこれが自分と二人きりの時だけなのだから更に困る。
すみれはユキヤに何と言って良いのか分からなかった。
「すみれ、おれ、すみれのこと、好きだよ」ユキヤはすみれに頬擦りする。
「うん、分かってる。ありがと。」すみれはユキヤの髪をそっとなでる。
『ねぇ、裸に首輪だけで留守番してくれるなら、
私にずっと甘えててもいいけど?』
と言いたくなったのを、すみれはグッと飲み込む。
(今のユキヤにこれ言ったら本当にやりかねないし・・・)
「すみれ、どうしたの?考え事?俺の事見てくれないの?寂しいな」
ユキヤは上目遣いですみれを見る。
「ああ、ごめんね。何でも無いんだよ。」すみれは慌てて笑顔を作る。
「本当?良かった」ユキヤは安心
「大丈夫、私はユキヤの味方だからね」すみれはユキヤを抱き寄せる。
「嬉しい、すみれだいすき」ユキヤはすみれにキスをした。
(これは・・・重症だわ)すみれは頭を抱えた。
****
「蘇芳先生、あの、相談があるんですが、よろしいでしょうか」
すみれは蘇芳に相談を持ちかけた。
「白石さんが珍しいですね。なんですかな?」
蘇芳はコーヒーを飲みながら答える。
「実は最近ユキヤ・・・茶木くんが変でして」
「ほう」蘇芳は興味深そうに身を乗り出す。
「最近、私と2人っきりになると甘えてくるんですよ」
「それはまた可愛らしいことですな」
「そうなんですけど・・・」
「何か問題でも?」
「それが、その・・・」すみれの顔は真っ赤に染まっている。
「おや?どうかされましたか?」蘇芳はニヤリとした笑みを見せる。
「いえ、なんでもありません!失礼しました!」
すみれは逃げるように去って行った。
その様子を見送りながら
「ちょっと厄介なことになってきましたね・・・」
と蘇芳がぼそりと言った。
****
「・・・で自分の彼女への一番の願望が
甘やかしてもらう事ってどんだけ平和っスか?!」
蘇芳の話を聞いて浅葱は苦笑まじりに言った。
「いや、まぁ、それはそれで可愛いじゃないですか」
蘇芳も苦笑いしながら返す。
「うーん、確かに可愛いとは思うっスけど・・・。
なんか違うっスよねー」浅葱は首を傾げる。
「それにしても、ここ数日で一気に依存が強まっているのは問題です」
「白石さん、結構憔悴してましたしね・・・」根岸が心配そうに言った。
「もう、限界なんでしょうね。あれは相当精神にきてますよ」
蘇芳は深刻そうに言う。
「さっちゃんの方も、一体何があったんっスかね?」
浅葱が腕を組んで考え込む。
「・・・何か精神的に強いショックを受けるようなことがあり、
その傷を癒そうと白石さんへの依存が高まった・・・
という事ですかね?」
蘇芳は顎に手を当てて考える。
「そうかもしれないっスね」浅葱は同意する。
「しかし、それだと、どうしてここまで急に
症状が悪化したんでしょうか」
根岸は再び疑問を口にした。
「あ~、やっぱりそこが気になるっスよね」
「何かよほどの強いトラウマを引き出してしまったか・・・或いは・・・」
蘇芳は少し考えてから、
「原因は分かりません。ただ、茶木くんの症状が
急激に悪化しているのは事実です」
「このままいくとお互いに疲弊しきって破局・・・
なんてこともあり得ますね。」
「やむを得ないですね。こちらからも少しだけアドバイスをしましょう。」
蘇芳は立ち上がり、研究室の奥へと歩いていった。
****
「心配されない程度に距離を置く?」
根岸からのアドバイスにすみれは首を傾げた。
「はい・・・このままだとお互いに疲弊するだけなんで、
少しの間距離を置いてみるのはどうでしょうか?」
「な、なるほど・・・」すみれは何とも言えない表情を浮かべる。
「でも、あまり距離を置きすぎると浮気とかを心配されるんで、
さりげなく用事があって一緒にいられない・・・
ぐらいの感覚がちょうどいいかと。」
「そっか、そうだよね。ありがとうネギちゃん!
流石心理学部のホープ!」
すみれは根岸の手を握ってブンブン振る。
「・・・まぁ教授の受け売りですけど。」根岸は照れ気味に言う。
実際、蘇芳からのアドバイスを、根岸が伝えているだけなのだが、
敢えて根岸からのアドバイスとして伝えている。
「・・・例えば、今度の連休とか
お友達と出かける約束を先に作っておくとか。」
「うん、わかった!やってみるね!ありがと!」
根岸は「いえいえ」と言って去って行った。
****
とは言ったものの・・・
こんな時に限って予定のあいている女友達がいない。
「ひなちゃんもダメか・・・」
すみれはスマホを見ながらため息をつく。
もし連休に予定がないと分かった途端、今のユキヤなら家まで押しかけて
3日間全力で甘え倒しに来るだろう。
(困ったなぁ・・・)
すみれが悩んでいるところに電話がかかってくる。
「はい、白石です。・・・え?!・・・わかった!ぜひ来てよ!
何言ってるの!私は大歓迎だよ!当たり前じゃん!」
すみれは興奮して思わず声が大きくなる。
「・・・それじゃ、連休の初日に駅まで来てよ。」
すみれはそう言って電話を切った。
そして、「よっしゃ!」軽くガッツポーズをとった。
そして連休初日。
ユキヤはすみれからメッセージを貰う。
『連休中は泊まりに来る人がいるから家に来ないでね』と。
「ちょっと待て・・・泊まりに来るって誰だよ?!」
あまりにも情報の少ないメッセージにユキヤは混乱した。
そしてすみれの方はというと、駅まである人物を迎えに行っていた。
「久しぶり~!」「本当に久しぶりね。すみれも元気だった?」
「もちろん、元気に決まってるじゃない。」
「あんたがちゃんと生活できてるか心配だったのよ。」
「・・・あのねぇ、もう1年以上もこっちで暮らせてるでしょ!」
この会話の内容からだれが来たのかはお察しであろう
来たのはすみれの母、美恵子だった。
連休中に友達と東京見物に来たのだという。
それでその間宿泊場所としてすみれの家に来ることになったのだった。
「ごめんなさい、急に泊めて欲しいなんて言っちゃって。」
「全然いいわよ。一人ぐらいなら何とかなるし。」
二人は駅前で昼食をとると、そのまますみれの家に向かう。
「大学へはちゃんと通ってる?」
「まあ、なんとかね。」
「勉強はどう?」
「そこそこ順調かな。」
「彼氏はできたの?」
「それは・・・まぁ・・・」
すみれは言葉を濁す。
「ひょっとして父さんに知られたら・・・とか心配してる?」
「そりゃまぁ・・・」
「大丈夫よ。私はあんたがそこまで男見る目無いとは思ってないし」
「本当?」
「で、彼氏はいるの?いないの?」
美恵子はちょっとニヤついて聞いてくる。
「もう!母さんってば!」すみれは思わず声を荒げた。
「ふふふ」美恵子は笑う。
そんな雑談をしているうちに二人はすみれのマンションに到着した。
美恵子は「ここがすみれの住んでるところか」と言って見回す。
「狭い部屋だけど我慢し・・・」
「すみれ!リビングに誰かが倒れてる!!」
美恵子は叫ぶ。
「えぇ!?」すみれは慌てて駆け寄る。
そこには見慣れた顔があった。
「・・・このバカ!」
すみれは呆れたように言う。
そこにいたのはもちろんユキヤだ。どうやら眠っているだけらしい。
「あら、これはまた可愛い寝顔ね。」
美恵子は微笑みながらユキヤの頬をつつく。
「・・・ん」
ユキヤが少し反応する。
「やぁすみれ、おはよう・・・」
まだ寝ぼけているようだ。
「こんにちは。彼氏さん」
「えっ?!あれ?!ここはどこ?!なんで俺はここに?!」
ユキヤは飛び起きてあたりを見回している。
「・・・全く、本当にアンタって人は・・・」
「・・・お、俺、何かやった?」
ユキヤは不安そうな顔をする。
「人の部屋に勝手に合鍵で入って、リビングで堂々と昼寝してたことかな」
「・・・ごめん」
ユキヤは申し訳なさそうに謝る。
「別にいいけどさ。」
「で、でも、お前があんな不穏なメッセージよこすから・・・」
「家に来るなってだけでしょ」
「あれじゃあまりにも情報量が足りないだろ!」
あのメッセージに不安を抱いて、つい来てしまったらしい。
「そして待ってるうちに寝入ってしまって・・・」
「ばかじゃないの・・・。」
「うぅ・・・」
ユキヤは恥ずかしそうに頭を掻いている。
「ほれ、とりあえず座りなさい」
「うん・・・」
ユキヤはソファーに座ってうなだれている。
「ぶっ・・・ははははは!」
背後から笑い声がした。声の主は言うまでもなく美恵子だった。
「ちょっ・・・母さん!」
「あーごめんごめん。あまりに予想外の展開過ぎて面白くてね」
美恵子は腹を抱えて笑っている。
「さっき彼氏云々の話をしてたところに、
部屋にこんな説得力のある物体が転がってるとか・・・もう、ね。」
「物体て・・・」
「あぁ、本当に面白いものを見せてもらったわ。
すみれが彼氏連れてきたらどんな感じになるのかと思ってたけど、
まさかここまで愉快になるとはね。」
「まったく、もう・・・」
すみれはため息をつく。
「ま、とりあえず自己紹介させてもらおうかしら。
私は白石美恵子です。よろしくね、彼氏さん」
「あ、はい、こちらこそ。茶木ユキヤと言います。」
ユキヤは立ち上がって挨拶をする。
「さ、お茶入れたわよ。」
美恵子が紅茶を運んできた。
「ありがとうございます。いただきます。」
ユキヤは真っ赤になってうつむいている。
自分がしでかしたことが、今になって恥ずかしくなってきたのだ。
彼女の親御さんとの初対面が
よりによってこんな形になったのだから無理もない。
「はい、すみれも」
「ありがと」
すみれはカップを手に取る。
「ところで彼氏さん、すみれとはどれぐらいの仲なの?」
美恵子から改めて聞かれる。
「お付き合い・・・させていただいて・・ます。」
ユキヤは消え入りそうな声で答える。
「ふぅん?具体的には?」
美恵子はニヤニヤしながら聞いてくる。
「同じ大学に通っています・・・」
「それだけ?」
「はい・・・」
「すみれ、あんたこの子の事好き?」
美恵子はいきなり核心を突いてくる。
「えっ!?そ、そりゃもちろん好きだし、愛してるけど・・・」
とここまで言いかけてすみれは顔を赤くする。
「・・・って母さん!さっきから意地悪過ぎ!」
「ごめんごめん。なんか初々しい反応見てたら楽しくて。」
美恵子はニコニコしている。
「ねぇ、この子可愛いでしょ?」
「はい、とても可愛いと思います。」
ユキヤがあっさりと答えると美恵子は満足げにうなずく。
「じゃあさ、すみれのどこが好きになったの?」
「へっ?!それはその・・・」
「どうなの~?」美恵子は楽しそうに詰め寄る。
「ちょっと!お母さん!」すみれは慌てて止めに入る。
「ええと・・・強いてあげるなら・・・」「あげるなら?」
「全部・・・・ですかね?」照れながらユキヤの口から絞り出される。
その瞬間すみれがトマトの様に真っ赤になる。
「あ・・・あんた!何言ってるの?!」「・・・だって、選ぶの無理だし」
「だからって・・・・!」すみれは恥ずかしさでプルプルと震えている。
「ほらね?可愛いでしょ?この子は私の自慢の娘なの」
「お母さん!!」
「ええ。俺には勿体ないくらいですよ。」
「だから・・・もう!母さん、恥ずかしいんだけど・・・」
「あら、ごめんなさい。私ったらつい調子に乗っちゃって。」
美恵子はニヤニヤしている。
「いえ、お気になさらずに。俺も楽しかったですし。」
ユキヤは照れながらも笑って見せる。
「そう言ってもらえるとありがたいわ。」
「はい。」
ユキヤは照れながらもニッコリ笑う。
「じゃあ、これからは家族として仲良くやっていきましょうね。」
「はい。」
「そうだ、せっかくだから一緒にご飯食べていってちょうだい。」
「いいんですか?ありがとうございます!」
ユキヤは嬉しそうに笑う。
「あら、笑うと八重歯が出るのね。」
「あっ、すみません。気持ち悪いですかね・・・」
「ううん、そんなことないわよ。むしろかわいいわ」
「よかった・・・」
ユキヤはホッとした表情を浮かべる。
「それにしても、すみれの彼氏がこんな面白い人だとは思わなかったわ」
「ちょっと母さん、からかわないでよ・・・」
「ごめんごめん。でも、本当に面白かったわ。」
「もう、母さんったら・・・」
すみれは少し顔を赤らめてうつむく。
「さて、それじゃあ夕飯の支度をしてくるから少し待っててね。」
美恵子はキッチンに向かう。
「あ、手伝うよ、母さん。」
すみれが後を追う。
「いいわよ、ゆっくりしてて。」
「いいからいいから。」
「もう、しょうがない子ね・・・」
二人は仲良く並んで料理を始める。
***
夕食後。
「どうもごちそうさまでした。」食べ終わったユキヤは美恵子に頭を下げる。
「ふふ、しっかり食べる子で良かったわ」
美恵子は上機嫌だ。
「あ、洗い物は俺がやりますよ。」
「いいのよ、お客様なんだから座っていて。」
「いえ、やらせてください。」
「じゃあ、お願いしようかしら。」
「はい。」
ユキヤは食器を持って立ち上がる。
「あ、私も手伝おうか?」とすみれが立ち上がる。
「あ、いいよ俺一人でやるから。お前はお母さんと一緒にいなよ」
「え?」
「せっかく遠いところ来てくれたんだし、
もっといろいろ話したいこととかあるだろ?」
(あれ?)すみれはユキヤの態度に違和感を覚える。
いつもなら、ここで甘えたスイッチが入ってベタベタ甘えてくるはずが、
今は普通になっている。(おかしい・・・)
すみれが戸惑っているうちに、ユキヤは台所に消えていった。
「ねぇねぇ、すみれ。」
美恵子がすみれに話しかけてきた。
「何?母さん?」
「あの子、良い子じゃない。」
「まぁ、そうだけど・・・」
「すみれは幸せ者ね。あんな素敵な人が恋人で。」
「えっ?」
「だって、すみれの事大切にしてくれてるんでしょ?」
「えぇ、それはもちろん。」
「じゃあ、安心ね。」
「あはは、まぁね」すみれは照れ笑いする。
「最初見た時は、こんなチャラチャラした子で大丈夫か?と思ったけど。」
「ちょっと、ひどいな~」
「でも、すみれの事をちゃんと大事に思ってくれているみたいだし、
私としても嬉しい限りよ。」
「そっか・・・」
「あの子なら間違いなく、いざという時すみれを守ってくれると思うわ。」
「うん。そうだといいな。」
「きっと守れるわよ。」
ちなみにキッチンにいたユキヤはこの時しばし手が止まっており、
美恵子の言葉がしっかり耳に入っていた。
そして、彼はその言葉を聞いて、心の中でこうつぶやく。
『俺が守るよ、絶対に』
それから、すみれは美恵子とのおしゃべりに夢中になり、
ユキヤは黙々と洗い物を続けた。
相変わらず夜はすみれにされるがままのユキヤだったが、
ここ最近ユキヤに異変が生じていた。
「・・・そろそろ放してくれないかな?」
「ん・・・もう少しこのままでいい?」
夕飯の後、片づけをしているすみれの背中にユキヤが抱き着いてくる。
「もう洗い物も終わるからさ」「う~ん、分かったよぉ」
名残惜しそうにすみれから離れるとソファに移動するユキヤ。
(今日は何だか変ね?)
いつもなら、こんなにベタベタしてこない。
「はい、お待たせ」お茶の入ったコップをテーブルに置く。
「ありがとう」隣り合って座ってテレビを見る二人。
「もう少しくっついてていい?」
「うん」肩を寄せ合うようにしてテレビを見ている。
「ねえ、ユキヤ?」ふと思いついたように言うすみれ。
「何?」「あのさぁ・・・」「うん?どうしたの?」
「今日は妙に私にくっついてくるね」
「あー・・・」頭を掻いて困ったような顔をするユキヤ。
「やっぱり嫌だった?」「別に嫌じゃないけどさぁ」
「何かあったの?」心配そうな顔で言うすみれ。
「ただ・・・こうしていると安心するっていうか・・・」
歯切れの悪い答えをするユキヤ。
「そう?でも無理しないでね。体調悪いとかあるなら言ってね」
優しく微笑んで言うすみれ。
(でも最近なんかスキンシップが過剰だよね・・・)
そんなことを思いながらユキヤの横顔を見た時、
彼の頬が赤くなっていることに気が付いた。
「ユキヤ、顔赤いよ?熱でもあるんじゃないの?」
額に手を当てようとするとユキヤは慌ててその手を避ける。
「大丈夫だってば!」さらに顔が赤くなって焦っているようだ。
「本当に平気だから!ちょっと暑くなっただけだから!」
その後姿を見ながらすみれは思った。
(まさかねぇ・・・)
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「・・・なんてことがここ数週間続いているらしいです。」
そんな事を根岸が蘇芳に相談していた。「それは大変ですね・・・」
蘇芳は苦笑しながら答える。
「茶木さんに対しては結構寛容な白石さんが
ボクに相談するぐらいだから相当ですよ。」
「ふむ・・・」蘇芳は腕を組んで考え込む。
「でもバイト先では普通なんっスよねぇ・・・」浅葱も不思議がる。
「おそらく、茶木くんは普段の反動で、一時的に
『甘え癖』が出てるのかもしれませんね。」
「それってつまりどういう事ですか?」
蘇芳の言葉の意味が分からない根岸。
「夜の営みは白石さんに主導権を握られているから、
せめてそれ以外は白石さんを思い通りにしたい・・・
そんな願望が自分でも気づかないうちに表に出てきてるようです。」
「なるほどぉ・・・」根岸は納得したようにうなずいた。
「しかもすみれちゃんと二人の時だけに発動していると・・・」
浅葱もうなずく。
「そう考えるとしっくりきますね」
「確かに学校やバイト中の彼はいつも通りだし・・・」
根岸と浅葱は二人で顔を見合わせると、 二人して吹き出した。
「これは面白いことになりましたね!」
「何かあったらまた報告するっス!」
「今はまだ軽微な状態で済んでますが、
エスカレートしないといいんですけどね。」
と蘇芳が顎に手を当て渋い顔をした。「とりあえず様子見っスかねぇ・・・」
「一応、私の方からもそれとなく聞いてみるっス。」
「よろしくお願いします。」
****
ところが蘇芳の予想は悪い方向に当たってしまった。
「ごめんユキヤ、これじゃ私動けないんだけど・・・」
ユキヤはすみれの膝の上でうつ伏せになっている。
「ごめん・・・もうちょっといい?」
ユキヤの声は少し震えているようだ。
「仕方がないなぁ・・・」すみれはユキヤの頭を撫でてやる。
「ありがとう、すみれ」ユキヤは嬉しそうだ。
「ユキヤは本当に甘えん坊だなー」すみれはユキヤを抱きしめながら言う。
「だって、一緒にいたいし・・・」ユキヤはすみれの胸に顔を埋めている。
「まったく、しょうが無いなあ、ユキヤは」すみれは優しく微笑む。
「すみれ、好き、大好きだよ」ユキヤはすみれをぎゅっと強く抱き締めた。
(これはこれで可愛いけど・・・何かが違うのよね)
すみれは困ったような表情を浮かべる。
しかもこれが自分と二人きりの時だけなのだから更に困る。
すみれはユキヤに何と言って良いのか分からなかった。
「すみれ、おれ、すみれのこと、好きだよ」ユキヤはすみれに頬擦りする。
「うん、分かってる。ありがと。」すみれはユキヤの髪をそっとなでる。
『ねぇ、裸に首輪だけで留守番してくれるなら、
私にずっと甘えててもいいけど?』
と言いたくなったのを、すみれはグッと飲み込む。
(今のユキヤにこれ言ったら本当にやりかねないし・・・)
「すみれ、どうしたの?考え事?俺の事見てくれないの?寂しいな」
ユキヤは上目遣いですみれを見る。
「ああ、ごめんね。何でも無いんだよ。」すみれは慌てて笑顔を作る。
「本当?良かった」ユキヤは安心
「大丈夫、私はユキヤの味方だからね」すみれはユキヤを抱き寄せる。
「嬉しい、すみれだいすき」ユキヤはすみれにキスをした。
(これは・・・重症だわ)すみれは頭を抱えた。
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「蘇芳先生、あの、相談があるんですが、よろしいでしょうか」
すみれは蘇芳に相談を持ちかけた。
「白石さんが珍しいですね。なんですかな?」
蘇芳はコーヒーを飲みながら答える。
「実は最近ユキヤ・・・茶木くんが変でして」
「ほう」蘇芳は興味深そうに身を乗り出す。
「最近、私と2人っきりになると甘えてくるんですよ」
「それはまた可愛らしいことですな」
「そうなんですけど・・・」
「何か問題でも?」
「それが、その・・・」すみれの顔は真っ赤に染まっている。
「おや?どうかされましたか?」蘇芳はニヤリとした笑みを見せる。
「いえ、なんでもありません!失礼しました!」
すみれは逃げるように去って行った。
その様子を見送りながら
「ちょっと厄介なことになってきましたね・・・」
と蘇芳がぼそりと言った。
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「・・・で自分の彼女への一番の願望が
甘やかしてもらう事ってどんだけ平和っスか?!」
蘇芳の話を聞いて浅葱は苦笑まじりに言った。
「いや、まぁ、それはそれで可愛いじゃないですか」
蘇芳も苦笑いしながら返す。
「うーん、確かに可愛いとは思うっスけど・・・。
なんか違うっスよねー」浅葱は首を傾げる。
「それにしても、ここ数日で一気に依存が強まっているのは問題です」
「白石さん、結構憔悴してましたしね・・・」根岸が心配そうに言った。
「もう、限界なんでしょうね。あれは相当精神にきてますよ」
蘇芳は深刻そうに言う。
「さっちゃんの方も、一体何があったんっスかね?」
浅葱が腕を組んで考え込む。
「・・・何か精神的に強いショックを受けるようなことがあり、
その傷を癒そうと白石さんへの依存が高まった・・・
という事ですかね?」
蘇芳は顎に手を当てて考える。
「そうかもしれないっスね」浅葱は同意する。
「しかし、それだと、どうしてここまで急に
症状が悪化したんでしょうか」
根岸は再び疑問を口にした。
「あ~、やっぱりそこが気になるっスよね」
「何かよほどの強いトラウマを引き出してしまったか・・・或いは・・・」
蘇芳は少し考えてから、
「原因は分かりません。ただ、茶木くんの症状が
急激に悪化しているのは事実です」
「このままいくとお互いに疲弊しきって破局・・・
なんてこともあり得ますね。」
「やむを得ないですね。こちらからも少しだけアドバイスをしましょう。」
蘇芳は立ち上がり、研究室の奥へと歩いていった。
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「心配されない程度に距離を置く?」
根岸からのアドバイスにすみれは首を傾げた。
「はい・・・このままだとお互いに疲弊するだけなんで、
少しの間距離を置いてみるのはどうでしょうか?」
「な、なるほど・・・」すみれは何とも言えない表情を浮かべる。
「でも、あまり距離を置きすぎると浮気とかを心配されるんで、
さりげなく用事があって一緒にいられない・・・
ぐらいの感覚がちょうどいいかと。」
「そっか、そうだよね。ありがとうネギちゃん!
流石心理学部のホープ!」
すみれは根岸の手を握ってブンブン振る。
「・・・まぁ教授の受け売りですけど。」根岸は照れ気味に言う。
実際、蘇芳からのアドバイスを、根岸が伝えているだけなのだが、
敢えて根岸からのアドバイスとして伝えている。
「・・・例えば、今度の連休とか
お友達と出かける約束を先に作っておくとか。」
「うん、わかった!やってみるね!ありがと!」
根岸は「いえいえ」と言って去って行った。
****
とは言ったものの・・・
こんな時に限って予定のあいている女友達がいない。
「ひなちゃんもダメか・・・」
すみれはスマホを見ながらため息をつく。
もし連休に予定がないと分かった途端、今のユキヤなら家まで押しかけて
3日間全力で甘え倒しに来るだろう。
(困ったなぁ・・・)
すみれが悩んでいるところに電話がかかってくる。
「はい、白石です。・・・え?!・・・わかった!ぜひ来てよ!
何言ってるの!私は大歓迎だよ!当たり前じゃん!」
すみれは興奮して思わず声が大きくなる。
「・・・それじゃ、連休の初日に駅まで来てよ。」
すみれはそう言って電話を切った。
そして、「よっしゃ!」軽くガッツポーズをとった。
そして連休初日。
ユキヤはすみれからメッセージを貰う。
『連休中は泊まりに来る人がいるから家に来ないでね』と。
「ちょっと待て・・・泊まりに来るって誰だよ?!」
あまりにも情報の少ないメッセージにユキヤは混乱した。
そしてすみれの方はというと、駅まである人物を迎えに行っていた。
「久しぶり~!」「本当に久しぶりね。すみれも元気だった?」
「もちろん、元気に決まってるじゃない。」
「あんたがちゃんと生活できてるか心配だったのよ。」
「・・・あのねぇ、もう1年以上もこっちで暮らせてるでしょ!」
この会話の内容からだれが来たのかはお察しであろう
来たのはすみれの母、美恵子だった。
連休中に友達と東京見物に来たのだという。
それでその間宿泊場所としてすみれの家に来ることになったのだった。
「ごめんなさい、急に泊めて欲しいなんて言っちゃって。」
「全然いいわよ。一人ぐらいなら何とかなるし。」
二人は駅前で昼食をとると、そのまますみれの家に向かう。
「大学へはちゃんと通ってる?」
「まあ、なんとかね。」
「勉強はどう?」
「そこそこ順調かな。」
「彼氏はできたの?」
「それは・・・まぁ・・・」
すみれは言葉を濁す。
「ひょっとして父さんに知られたら・・・とか心配してる?」
「そりゃまぁ・・・」
「大丈夫よ。私はあんたがそこまで男見る目無いとは思ってないし」
「本当?」
「で、彼氏はいるの?いないの?」
美恵子はちょっとニヤついて聞いてくる。
「もう!母さんってば!」すみれは思わず声を荒げた。
「ふふふ」美恵子は笑う。
そんな雑談をしているうちに二人はすみれのマンションに到着した。
美恵子は「ここがすみれの住んでるところか」と言って見回す。
「狭い部屋だけど我慢し・・・」
「すみれ!リビングに誰かが倒れてる!!」
美恵子は叫ぶ。
「えぇ!?」すみれは慌てて駆け寄る。
そこには見慣れた顔があった。
「・・・このバカ!」
すみれは呆れたように言う。
そこにいたのはもちろんユキヤだ。どうやら眠っているだけらしい。
「あら、これはまた可愛い寝顔ね。」
美恵子は微笑みながらユキヤの頬をつつく。
「・・・ん」
ユキヤが少し反応する。
「やぁすみれ、おはよう・・・」
まだ寝ぼけているようだ。
「こんにちは。彼氏さん」
「えっ?!あれ?!ここはどこ?!なんで俺はここに?!」
ユキヤは飛び起きてあたりを見回している。
「・・・全く、本当にアンタって人は・・・」
「・・・お、俺、何かやった?」
ユキヤは不安そうな顔をする。
「人の部屋に勝手に合鍵で入って、リビングで堂々と昼寝してたことかな」
「・・・ごめん」
ユキヤは申し訳なさそうに謝る。
「別にいいけどさ。」
「で、でも、お前があんな不穏なメッセージよこすから・・・」
「家に来るなってだけでしょ」
「あれじゃあまりにも情報量が足りないだろ!」
あのメッセージに不安を抱いて、つい来てしまったらしい。
「そして待ってるうちに寝入ってしまって・・・」
「ばかじゃないの・・・。」
「うぅ・・・」
ユキヤは恥ずかしそうに頭を掻いている。
「ほれ、とりあえず座りなさい」
「うん・・・」
ユキヤはソファーに座ってうなだれている。
「ぶっ・・・ははははは!」
背後から笑い声がした。声の主は言うまでもなく美恵子だった。
「ちょっ・・・母さん!」
「あーごめんごめん。あまりに予想外の展開過ぎて面白くてね」
美恵子は腹を抱えて笑っている。
「さっき彼氏云々の話をしてたところに、
部屋にこんな説得力のある物体が転がってるとか・・・もう、ね。」
「物体て・・・」
「あぁ、本当に面白いものを見せてもらったわ。
すみれが彼氏連れてきたらどんな感じになるのかと思ってたけど、
まさかここまで愉快になるとはね。」
「まったく、もう・・・」
すみれはため息をつく。
「ま、とりあえず自己紹介させてもらおうかしら。
私は白石美恵子です。よろしくね、彼氏さん」
「あ、はい、こちらこそ。茶木ユキヤと言います。」
ユキヤは立ち上がって挨拶をする。
「さ、お茶入れたわよ。」
美恵子が紅茶を運んできた。
「ありがとうございます。いただきます。」
ユキヤは真っ赤になってうつむいている。
自分がしでかしたことが、今になって恥ずかしくなってきたのだ。
彼女の親御さんとの初対面が
よりによってこんな形になったのだから無理もない。
「はい、すみれも」
「ありがと」
すみれはカップを手に取る。
「ところで彼氏さん、すみれとはどれぐらいの仲なの?」
美恵子から改めて聞かれる。
「お付き合い・・・させていただいて・・ます。」
ユキヤは消え入りそうな声で答える。
「ふぅん?具体的には?」
美恵子はニヤニヤしながら聞いてくる。
「同じ大学に通っています・・・」
「それだけ?」
「はい・・・」
「すみれ、あんたこの子の事好き?」
美恵子はいきなり核心を突いてくる。
「えっ!?そ、そりゃもちろん好きだし、愛してるけど・・・」
とここまで言いかけてすみれは顔を赤くする。
「・・・って母さん!さっきから意地悪過ぎ!」
「ごめんごめん。なんか初々しい反応見てたら楽しくて。」
美恵子はニコニコしている。
「ねぇ、この子可愛いでしょ?」
「はい、とても可愛いと思います。」
ユキヤがあっさりと答えると美恵子は満足げにうなずく。
「じゃあさ、すみれのどこが好きになったの?」
「へっ?!それはその・・・」
「どうなの~?」美恵子は楽しそうに詰め寄る。
「ちょっと!お母さん!」すみれは慌てて止めに入る。
「ええと・・・強いてあげるなら・・・」「あげるなら?」
「全部・・・・ですかね?」照れながらユキヤの口から絞り出される。
その瞬間すみれがトマトの様に真っ赤になる。
「あ・・・あんた!何言ってるの?!」「・・・だって、選ぶの無理だし」
「だからって・・・・!」すみれは恥ずかしさでプルプルと震えている。
「ほらね?可愛いでしょ?この子は私の自慢の娘なの」
「お母さん!!」
「ええ。俺には勿体ないくらいですよ。」
「だから・・・もう!母さん、恥ずかしいんだけど・・・」
「あら、ごめんなさい。私ったらつい調子に乗っちゃって。」
美恵子はニヤニヤしている。
「いえ、お気になさらずに。俺も楽しかったですし。」
ユキヤは照れながらも笑って見せる。
「そう言ってもらえるとありがたいわ。」
「はい。」
ユキヤは照れながらもニッコリ笑う。
「じゃあ、これからは家族として仲良くやっていきましょうね。」
「はい。」
「そうだ、せっかくだから一緒にご飯食べていってちょうだい。」
「いいんですか?ありがとうございます!」
ユキヤは嬉しそうに笑う。
「あら、笑うと八重歯が出るのね。」
「あっ、すみません。気持ち悪いですかね・・・」
「ううん、そんなことないわよ。むしろかわいいわ」
「よかった・・・」
ユキヤはホッとした表情を浮かべる。
「それにしても、すみれの彼氏がこんな面白い人だとは思わなかったわ」
「ちょっと母さん、からかわないでよ・・・」
「ごめんごめん。でも、本当に面白かったわ。」
「もう、母さんったら・・・」
すみれは少し顔を赤らめてうつむく。
「さて、それじゃあ夕飯の支度をしてくるから少し待っててね。」
美恵子はキッチンに向かう。
「あ、手伝うよ、母さん。」
すみれが後を追う。
「いいわよ、ゆっくりしてて。」
「いいからいいから。」
「もう、しょうがない子ね・・・」
二人は仲良く並んで料理を始める。
***
夕食後。
「どうもごちそうさまでした。」食べ終わったユキヤは美恵子に頭を下げる。
「ふふ、しっかり食べる子で良かったわ」
美恵子は上機嫌だ。
「あ、洗い物は俺がやりますよ。」
「いいのよ、お客様なんだから座っていて。」
「いえ、やらせてください。」
「じゃあ、お願いしようかしら。」
「はい。」
ユキヤは食器を持って立ち上がる。
「あ、私も手伝おうか?」とすみれが立ち上がる。
「あ、いいよ俺一人でやるから。お前はお母さんと一緒にいなよ」
「え?」
「せっかく遠いところ来てくれたんだし、
もっといろいろ話したいこととかあるだろ?」
(あれ?)すみれはユキヤの態度に違和感を覚える。
いつもなら、ここで甘えたスイッチが入ってベタベタ甘えてくるはずが、
今は普通になっている。(おかしい・・・)
すみれが戸惑っているうちに、ユキヤは台所に消えていった。
「ねぇねぇ、すみれ。」
美恵子がすみれに話しかけてきた。
「何?母さん?」
「あの子、良い子じゃない。」
「まぁ、そうだけど・・・」
「すみれは幸せ者ね。あんな素敵な人が恋人で。」
「えっ?」
「だって、すみれの事大切にしてくれてるんでしょ?」
「えぇ、それはもちろん。」
「じゃあ、安心ね。」
「あはは、まぁね」すみれは照れ笑いする。
「最初見た時は、こんなチャラチャラした子で大丈夫か?と思ったけど。」
「ちょっと、ひどいな~」
「でも、すみれの事をちゃんと大事に思ってくれているみたいだし、
私としても嬉しい限りよ。」
「そっか・・・」
「あの子なら間違いなく、いざという時すみれを守ってくれると思うわ。」
「うん。そうだといいな。」
「きっと守れるわよ。」
ちなみにキッチンにいたユキヤはこの時しばし手が止まっており、
美恵子の言葉がしっかり耳に入っていた。
そして、彼はその言葉を聞いて、心の中でこうつぶやく。
『俺が守るよ、絶対に』
それから、すみれは美恵子とのおしゃべりに夢中になり、
ユキヤは黙々と洗い物を続けた。
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