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第34話:ケンカと祭りと打ち上げ花火(前編)

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あの旅行から2週間ほど経ち、夏も後半に入ったある日の事。
「でね、この前友達とも話してたんだけどさ、
お姫様抱っこってあこがれるなって。」
すみれがそう話すのを、ユキヤはスマホ片手に、
だらだらと興味なさげに聞いている。
「お姫様抱っこでベッドまで運ばれるって、女の子の夢なんだなって。」
・・・ユキヤにはこんな話、ちっとも理解できなかった。
そしてついこんなことを言ってしまう。

「シングルベッドなら寝室までお前運ぶより、
ベッドのマットレスをお前の傍に運んだ方が楽じゃね?」

・・・・・・・・。

この瞬間部屋の空気が凍った。
「えーっと・・・ごめんなさい。今なんて言ったのかしら?
もう一度言ってくれるかしら?」
すみれの顔から表情が消えている。声にも抑揚がなく平坦だった。
「いやだからさ、マットレスより人間の方が重・・・!」
ユキヤはここではっとして口を押える。
だがもう遅かった。

次の瞬間、部屋の中に乾いた音が響いていたのだ。
平手打ちされた頬を押さえながら、ユキヤは自分の軽率さを呪う。
(また余計なこと口走っちまった!)

****
「ぎゃっはっははは!そんなこと言ったら怒るに決まってるじゃないっスか!」
数日後、ユキヤのバイト先でその話を聞いた浅葱が爆笑していた。
「笑い事じゃないですよ。あれから何日もまともに口をきいてくれない。」
「まあまあ、女心が分かってないっスねぇ。」
「俺が悪かったんですけどね。謝ろうにも話を聞いてくれない・・・」
ユキヤが頭を抱えると、浅葱が言う。

「・・・で?その間夜の方は?」
「ずっとご無沙汰です・・・」ユキヤはうなだれる。
(あれ?いつもならここで『って何聞いてくるんです!』
って怒る流れっスが・・・その気力すらないとは・・
こりゃ相当落ち込んでるっスね・・・)
「・・・まぁ元気出すっスよ。」
「はい。」


「で、あんたまだ怒ってるの?」
同じ頃、別の場所ですみれは友人のひなのに呆れられていた。
「だってさ、腹立つじゃん!」
「確かに、とんでもない失言だけど、茶木くんだって
悪気があったわけじゃないでしょ?」
「でもさ、女の子にとってはデリケートな問題だよ? 
しかもベッドのマットレスと同列に語るとかある!?」
「それはそうかもしれないけど・・・」
(普段仲いいからケンカすると拗れるんだねぇ)
ひなのは苦笑しながらすみれを見つめていた。

「・・・でも私が体重気にしてるの知ってるのに」
「ああはいはい。分かったわ。」
「むぅ・・・。」
「で?仲直りしたいの?したくないの?」
「そりゃ、もちろん・・・したいよ。」
すみれはうつむきながら答える。
「じゃあどうすれば良いと思う?」
「・・・・・・。」
「ほら考えてみて?」
「・・・・・・。」
下を向いたまま黙ってしまった。
「あら、だんまりね。」「うん・・・ちょっと思いつかなくて。」
「ふむ。じゃあさ、こういうのはどうかしら。」
ひなのは近くの掲示板に貼ってあるポスターを指さした。

「夏祭り・・・?」
「2丁目の神社で週末にやるみたいだね。」
「へぇ。」
「・・・誘っちゃえば?」
「えっ」すみれが顔を赤くしている。
「浴衣着てさ、一緒に行って、帰り道に花火見ながら仲直りデートとか」
「えっ、ええええええ!!!!!」
すみれは真っ赤になって叫ぶ。
「いや、そこまで驚かなくても。」
「そ、そうよね。」
すみれは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

「で、いつ行くの?」
「今週の週末ね。」「結構近いねー」
ひなのがスマホで日程を確認する。
「まあ頑張ってきなさい。」「う、うん。」
「よし!まず浴衣用意しよう!」
そうして二人は商店街へ向かっていった。

***
翌日。
週末の準備をしているすみれのスマホが鳴る。
その名前を見てすみれは慌てて電話を取る。
「もしもし!」
『もしもし、久しぶり。俺だよ!蒼汰だよ』「蒼ちゃん?!」
電話の主はすみれの幼馴染の嶋蒼汰だった。

「どうしたの!?いきなり電話してきて!」
『スゥは相変わらず元気そうだな。』「おかげさまでね。」
久々に聞く長なじみの声にすみれが笑う。
『俺、スゥの家の近くまで来てるんだけど、良かったら会わないか?』
「えっそうなの?」
『今就活しててさ、ちょうどこの近所の会社に来てるんだ。』
「私も丁度買い物行こうとしてたから、迎えに行くよ。
どこらへんにいる?」
『ありがとう。駅まで行けば分かるよ。』
「了解。すぐ向かう。」
すみれが幼馴染の蒼汰と会うのは、高校卒業以来だ。
そしてすみれは知っている。
蒼汰が自分の同級生の柊くるみと付き合っていることを。
だからと言って二人の関係が疎遠になることはなかった。
すみれが上京してからもたまに連絡を取り合うくらいではあった。

「スゥ!」
駅に到着したところで、
背後から幼少時のあだ名で呼ばれたすみれが振り向く。
そこにはスーツ姿の青年が立っていた。
「蒼ちゃん!久しぶり」「おう。元気にしてたか?」
「うん。蒼ちゃんがスーツってなんか見慣れないなぁ」
「今日は就活で近くに来たからさ、久しぶりにスゥの顔見たくてな。」
「じゃあ来年はこっちで就職するの?」
「いやまだ決めてはいないけど、その予定だぜ。」
「あれ?お父さんの会社を継ぐのかとばっかり・・・」
「親父はそこまで甘くないよ。まずは外で修行して来いってさ。」
蒼汰は現在専門学校生で、将来的には父親の仕事を継ぐ予定だ。

「まぁまだ先だけどさ。スゥにも会いたかったしさ。」
「そういえば最近連絡なかったもんね・・・」
「ま、まぁ色々忙しかったんだよ!」
「ふぅん・・・」
「ま、まあいいや。立ち話もなんだからどっかに入ろう」
「う、うん!」
(そういや蒼ちゃんと二人で出かけるなんて何年ぶりだろう・・・)
二人は近くの喫茶店に入っていく。

しかしその姿に、誰かからの視線が向けられているのに
二人は気付いていなかった。
誰であろう他ならぬユキヤ本人であった。
ユキヤは二人に気付かれぬように後をつけていたのだ。

***

ユキヤは二人が喫茶店に入るのを見届けると、
物影に隠れて様子をうかがい始めた。
「だれだ・・・あの男?」
ユキヤはその光景をみてイラついてきた。
「なんであいつらが一緒にいるんだ?
しかもあんなに楽しそうに話しやがって」
そう呟きながらも、二人は仲睦まじげに話をしているように見えた。
(まさか・・・浮気か?)
そう思った瞬間、ユキヤは頭に血が上った・・・

普段なら乗り込んで問い詰めているところだが
いかんせん今はケンカ中の身である。
それに浮気と決まったわけではない。
そもそも今回のケンカの原因は自分の失言と来てる。
そんなことを考えながらユキヤはその場を後にした。
***

「そういやさ、彼氏いるんだって?」
「えっ!?」
喫茶店で席に着くなり蒼汰はすみれに唐突すぎる質問をする。
「くるみから聞いてるよ。良かったな。」
くるみは蒼汰の恋人で、すみれとは同級生だ。

「ちょ、ちょっと!いきなり何を言って」
「隠すなって。俺とスゥの仲だろ。」
「もう。蒼ちゃんにはかなわないな」
そう言いつつも、すみれは嬉しそうだった。
が、すぐに今ケンカしていることを思い出す。

「今はちょっと・・・ね」と顔を曇らせる。
「おいおい、まさか上手く行ってないとか?」
「それは大丈夫だよ。ただ、あっちが悪いというか、
向こうが謝るまでは許さないって感じで」
まったく隠せていない。

「はぁー相変わらず頑固だなぁ。スゥは」
「そういう性格なのは蒼ちゃんが一番知ってるでしょ」
「まぁな。でもスゥだって悪いと思うぞ」
「むむむ・・・」
「とりあえずちゃんと話し合ってみること。いいな?」
「わかった。」
「よしっ!じゃあこの話は終わり!
ところでさ、今度また遊びに行ってもいいか?
就活も一段落ついたら、次はくるみと一緒に来るよ。」
「ほんとに?じゃあ、遊園地とか行きたいかも」
「おっけ。じゃあ決まりだな。」
「やった!楽しみにしてるね」
「おう」
その後二人はお互いの近況、地元の思い出などを話し楽しく過ごした。
そうしてしばらくして・・・

「じゃあ、俺そろそろ帰らないとな」蒼汰が席を立つ。
「そうだね。今日はありがとう」
すみれも改めて艇を言った。
「こっちこそありがと。久々に会えてよかった。」
「うん。私も」
「それじゃ、また連絡する」
「うん。待ってるね!」
蒼太が会計を終えて店を出て行く。

すみれは蒼汰がいなくなった後もしばらく見つめていた。
「蒼ちゃん・・・かっこよくなったなぁ」
蒼太が去った後、すみれはボソッと呟いた。

****

「で、男の方は真面目そうな爽やか熱血漢な男子っスか・・・」
「・・・茶木さんとは真逆のタイプですね」
ユキヤのバイト先の喫茶店で、浅葱と根岸が話を聞いていた。
「・・・うう、すみれの浮気者!」
「自分の事を棚に上げて何を言ってるんです?」

バイト先でユキヤは大いに荒れていた。
原因は言うまでもなく先ほどの光景である。
「くそ!俺というものがありながら・・・」
「でもケンカの原因作ったのさっちゃんっスよね?」
「ぐっ・・・」
浅葱の容赦のない一言にユキヤは黙り込む。
「まぁまぁ、落ち着くっスよ。」
「そうそう、まだ浮気と確定したわけじゃないでしょう?」
「うるさい!大体なんであんたら普段は仲悪いのに、
どうして今日は一緒に来てるんだよ!」
殆ど八つ当たりである。

「いえ・・・茶木さんがいつになく落ち込んでいると聞いて。」
「そうっスね。普段ならこんなことしないっスけど、
放っとけないっスからね」
「お前らのその優しさが余計傷つくんだが!?」
ユキヤは二人に対して怒鳴った。

「・・・だからちょっとは落ち着くっスよ」
浅葱はそう言って荒れるユキヤの耳に息を吹きかける。
「ひゃうっ!」
この不意打ちにユキヤはカウンターに突っ伏して動けなくなる。
「ふっ、ちょろいっスね」
「・・・あー耳が弱点・・・」
根岸はポンと手を打つ。

「はぁ・・・はぁ・・・てめぇら覚えとけよ」
「さっきまでの威勢はどうしちゃたんスか?」
「・・やっぱりチョロい」
「うう・・・」
「ちょっとは落ち着いたっスか?」「・・・どんな落ち着かせ方だよ!」
「・・・じゃあ今度は反対を」
今度は根岸がユキヤの反対側の耳に息をかける。

「ひゃん!や、やめて」
ユキヤは再び動けなくなる。
「ほら、落ち着いてきたでしょ?」「お、お前ら俺を何だと・・・!」
「はいはいわかったわかったっス。もういじらないっス」
浅葱は呆れたように言った。
「・・・まぁとりあえずすみれちゃんに謝ってちゃんと話をする事っスね。」
根岸はユキヤの頭を撫でた。
「・・・・。」
ユキヤは素直に応じた。

つづく
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