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第28話:メイド喫茶でバイトする(前編)
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「・・・だからな、ここで2周目でここで絶対泣くんだよ。
1周目だと分からなかった「存在しない筈の記憶」が
伏線だってわかった後に読むと、
必ず泣いてしまうんだって!この本は1周目と2周目で
楽しみ方が変わるすごい本なんだって!」
「・・・あのさぁ、この本すごく分厚いんだけど、2周しろと?」
「何言ってるんだ?」(あ、少し許してくれる?)
「上下巻あるぞ」「・・・いきなりそんな長い本を勧めないで!」
(あー・・・こいつにお勧めの本なんか聞くんじゃなかったかも)
すみれはユキヤにお勧めの本について聞いたことを早くも後悔していた。
実は密かに読書家なユキヤにお勧めな本について聞いてみたら、
彼の中にある「面倒くさいスイッチ」が入ってしまったようだ・・・。
ユキヤ曰く、「俺の中の何かが燃え上がったぜ!!」らしいが。
確かに彼の中の「何か」が燃えるような音が聞こえた気がする。
すみれは目の前の男がまたバカなことを言い出した
としか思えなかったのだが。
どうやら彼は真剣そのものだったようで、
その後しばらく熱弁された。
要は「2周目にこそ真の魅力が分かる名作だ」
と言いたいようだった。
ちなみにこの男、過去に3度もこの本を読んでいるという。
そしていずれも号泣したそうだ。
(うわぁ・・・めんどくさいなこいつ)
「映画とかになってないかな・・・その方が内容に入れそうだし。」
と言うも
「映画ねぇ・・・一応されたけど、原作の持ち味を
すべてぶち壊した内容でなぁ・・・」
と、もっと面倒くさいスイッチが入ってしまい、止まらない。
とりあえず適当に相槌を打っていたら、
勝手にヒートアップして語りだす始末。
(ダメだこりゃ・・・)
すみれは心の中でため息をついた。
こうなった時のユキヤは本当に長い。
自分の好きな話題になると延々と話し続けるのだ。
しかも自分が納得するまで話を聞かない。
こういう時は黙って聞き流すに限る。
(今日は旅行の相談したかったんだけどなぁ・・・)
しかしこの様子では今日の相談は無理そうだ。
(なんで私好きな本の話題なんか振っちゃったんだろうか・・・)
まさに後悔先に立たずであった・・・。
****
「・・・まったく旅行したいっていいだしたのあいつなのに」
「だからなんでそんな話題振ったの?」と圭太が呆れている。
そんな今日は圭太の家庭教師のバイトの日である。
今は授業の時間だが、私は先日のユキヤの行動を思い出して、
彼に話していた。
「いやね、ユキヤにさ、『オススメの本ある?』
ってなんとなく聞いたのよ。
そしたら急に語られちゃってさ・・・」
「いやぁ、ユキヤさんにそんな話題振ったら
ぶっ壊れるの目に見えてるでしょ?」
「まあそうなんだけどさ。
まさかあんなに語るとは思わなかったのよ」
「はぁ・・・あの人そういうところあるからなぁ・・・」
「で、旅行の相談もできなかったわけよ。」
「その話って進んでるの?」
「全然!・・・特に資金方面がね」
「ああー・・・それはキツイかも。」
「でしょ?だからバイト代値上げして!」
「・・・うちの経済事情も察してください!
てか今でも十分あげてるでしょ!」
圭太が呆れたように返す。
「えぇ~だって私結構お金使うんだよ?
バイト代の増額くらいなら問題ないでしょ?」
「まあ確かにそうだけど、限度があるからね!?」
「じゃあせめて月1万円増でお願いします!」
「1万ってどんだけ買うつもりだよ!」圭太から冷静なツッコミが入る。
「あーあ、どっかで短期で実入りのいいバイト落ちてないかなぁー・・・」
「そんなもん簡単に堕ちてるわけないでしょ・・・」
「うーん、地道に頑張るしかないか・・・」
***
そんなすみれに転機が訪れたのはその数日後のことであった。
情報をくれたのは圭太であった。
「・・・メイド喫茶のバイト?」
「うん、俺の学校の先輩のバイト先のビルのオーナーが
今度メイド喫茶をオープンするんで、
短期のオープニングスタッフ募集してるって。」
「へぇ~・・・圭太くん詳しいわねぇ・・・」
「・・・というか俺が声かけられてる。」「え・・・?」
「・・・で、どうする?やってみたい?」
「うん!もちろん!」
「じゃあ面接に来て。」
こうして私の短期バイトの面接が決定した。
店の前で圭太と待ち合わせる。「お待たせー。」
「こんにちは。」
圭太はいつも通り挨拶を返す。そして圭太の横には見知らぬ美少年がいる。
「この方は・・・圭太君のお友達?」
「この人は今回のバイトを紹介してくれた人だよ。俺の先輩。
メイド喫茶の上にある執事カフェで働いてる。」
「初めまして。私は圭太様・・・いえ圭太君の先輩の藍川真由里と申します。
よろしくお願いしますね。」
「え・・・女のヒト?」「はい。」この美少年の正体は女性のようだ。
「ど、どうして男装されてるんですか?」
「真由里さんは執事カフェで男装店員として働いてるんだよ。」
圭太が変わって説明する。
「そう、こんなふうにですね・・・
ようこそいらっしゃいました。お嬢様。
今日は夢のような時間を楽しんでいってくださいね。」
真由里は声色も立ち振る舞いも、変えて見せる。
「ふぇぇっ・・・」すみれは開いた口が塞がらない。
「・・・とにかく、今回はお二人とも私の紹介となっておりますので、
店長にその旨お伝えしておりますから、よろしくお願いしますね」
「は、はい!よ、よろしくお願いします!」
「それでは、店長は奥にいますから。ではごゆっくり。」
二人は歩き出す。
「すごいでしょ。」圭太が言う。
「う、うん・・・なんか圧倒された・・・
というかすごい世界を見たというか」
「まあ、慣れればどうってことないんだけどな。」
圭太は苦笑した。店の奥から和服の女性が歩いてくる。
「あら、そちらのお嬢さんが圭太ちゃんが連れてきた子?」
「は、はい。よろしくお願いします。」
「よろしくね。私はここの店長の梅千代と申します。」
「は、はじめまして。白石すみれといいます。」
「圭太ちゃんから話は聞いてるわ。」
「え、どんな話を?」
「それは内緒♡」
「うぅ・・・気になります・・・」
「でも、あなたなら大丈夫だと思う。
圭太ちゃんそっくりだし見た目は申し分ないわね」
「え、じゃあ!」「明日から来てくれる?」
「はい!」「よかった。早速だけど、研修を受けてもらうわ。」
「は、はい。」「圭太ちゃんも一緒だから大丈夫よ!」「・・・え?」
「圭太ちゃんはもうバイト始めてるんだし、
一緒に働いてくれるから安心してね。」
「えぇ!?」
すみれが圭太の方を見ると、
恥ずかしそうに顔を赤くして、目を逸らす。
「・・・本当は上の執事カフェの面接受けてたのに・・・」
「圭太ちゃんはこっちの方が絶対才能あるもの!
こっちで使わない手はないでしょ!」
「・・・というわけで先日からメイドとして働いてます・・・」
圭太は困ったように頭を掻く。
「というわけで明日までに制服用意しておくから、明日は絶対に来てね。」
店長はそういって見送ってくれた。
****
「メイド喫茶でバイトねぇ・・・」
夕飯時、報告を聞いたユキヤは何とも言えない表情をする。
「うん、1ヶ月半だけだけどね」
「なんでまたそんなことを?」
「旅行の資金のためだよ」
言い出しっぺはお前だろうが!・・・と思いつつもすみれは答える。
「まぁいいけどさ」
「心配しないで。私頑張るから」
「んー」
ユキヤはあまり納得していない様子だ。
「おっさんが頼んだオムライスにふーふーしてあげたり、
あーんしてあげたりするの?」
ユキヤはちょっと嫌そうな顔でそんなことを言い出す。
「そ、そういう店じゃないよ!高校生の子だっているんだから!」
この発言は流石に偏見が入ってるので、すみれは慌てて否定する。
「まったく・・・発想がおっさんなんだから・・・」すみれはご立腹だ。
「ごめんごめん。」
ユキヤは悪びれることもなく謝る。
「と、とにかく明日から研修に入るからね!」
「ま、せいぜい頑張れよ。」
「うん。」
(しかし・・・すみれのメイド服か)
ユキヤは想像してみる。
・・・似合うかもしれない。
「ユキちゃん?どうしたの?なんか顔赤いよ?」
「いやなんでもない!」
ユキヤは脳裏に浮かんでしまった妄想を必死に消し去る。「変なユキヤ」
「はははは・・・」
苦笑いするユキヤだった。
***
翌日。
バイト先のメイド喫茶は繁華街の一角にあるビルの1階にあった。
ちなみにB1Fにはガールズバー、2Fには執事カフェが入っている。
店の前のドアの上にはクラッシックな書体で
「ドールズDream」と書かれた看板があった。「おはようございます」
すみれが中に入ると、そこには数人のスタッフがいた。
「おはようございます。えっと君は新人さんだよね?
じゃあ早速着替えてもらってもいいかな?」
バイトリーダーと思われる人が声をかける。
「はい、よろしくお願いします」
すみれは衣装を受け取ると更衣室へと向かった。
渡された衣装を見るとそれは
クラシカルなロングスカートのメイド服だった。
「うわぁ可愛い」
すみれは思わずつぶやく。
メイド喫茶は何度か行ったことがあるすみれだったが、
そのどれもがミニスカのメイド服を着ているものだったので
こういうタイプのは初めて見る。
「よしっ」すみれは気合を入れて着替え始める。
数分後。
「お待たせしました~」着替え終えたすみれが店内に現れる。
「おお・・・これは・・・」「かわいいねぇ」
スタッフの子たちが口々に言う。
白を基調としたロングスカートのクラシカルタイプだ。
胸元と首周りにフリルのついた白いブラウスに黒のリボンタイ、
頭にはホワイトブリム。靴も歩きやすいものだ。
「うちは19世紀のイギリスをモチーフにした
本格的なメイドをコンセプトにしているのよ」
店長の梅千代さんが誇らしげに説明する。
「へぇ・・・本格的ですね」
「そうよぉ。だから、注文取りに来たときに
お客様のお膝の上に乗るなんてこともしなくていいからね。」
「はい、わかりました」
「まずはフロアの案内からするわ。圭ちゃんお願いね」
店長の横から一人のメイドの子が顔を出す。
よく見るとそれは圭太だった・・・。
「あれ?圭太君!?」
「こ、こんにちはすみれ姉さん」圭太は恥ずかしそうにしてる。
その姿は男子にもかかわらず、不思議な魅力がある。
「冗談かと思ったら、本当にメイドとして働いてたんだ・・・」
すみれは愛が口がふさがらない。
「ね、いつもの圭ちゃんより、こっちの方が全然魅力的でしょ?」
とオーナーがウインクする。
圭太に女装の才能があるのは知っていたが、やはり改めてみるとドキリとする。
「えっと、うん。あはは・・・」すみれは笑ってごまかす。
「まずはキッチンの案内をするね」圭太がそそくさと次の場所へと移動する。
すみれはその後ろ姿をじっと見つめる。
(男の子なのになんであんなに可愛いのかな?)とすみれは不思議に思う。
「次はホールを回るね」圭太が先導して歩き出す。
「あっ、待って圭太くん!」
すみれはあわてて追いかけていく。
「これがメニューだよ。覚えられる範囲で大丈夫だけど、
一応ざっと目を通しておいてもらえると助かるな」
「わかった。頑張ってみるね」
「じゃ、次に行こっか」圭太が先に進んでいく。
すみれもその後ろについていく。
「ここがドリンクコーナーになるんだけど、
ここでは主にオーダーされた飲み物を作ることになるから。
この冷蔵庫から材料を取り出して、 カウンターに置いてあるトレイに乗せるの」
「なるほど。でもこれだと一度にたくさん作れなくない?
それに、結構大変そうな気がするけど」
「うーん。そこは慣れの問題もあるからなぁ。
あと、ドリンクは作り置きしてもいいから、少し多めの分量でも問題はないよ。
でも、出来れば毎日作るのはやめた方がいいかも」
「わかった。ちょっとやってみるね」
「あ、そうだ。これ渡しておくね」
圭太はすみれに名札を渡す。
「これを胸ポケットに入れておくと、
どのテーブルに行っていいのかわかりやすいから」
「ふむふむ」
「それが終わったら、お盆に載せて運ぶんだよ」
「了解」
「何かわからないことがあったら聞いてね」
「うへ~覚えること多い・・・でもありがとう圭太君」
「いいよいいよ。じゃ、僕は仕事に戻るね」
「うん。頑張ってね」「圭太君もね!」
「あ、そうだ。すみれ姉さん、その服似合ってると思うよ」
圭太は照れた様子で言う。
「えっ!?あ、ありがと・・・」
従弟とはいえ男の子に言われるとこちらも照れ臭い。
すみれは思わず目をそらす。
「じゃ、また後でね」圭太はそう言うと別の客の方へ向かって行った。
「よし、私も頑張ろう!」
すみれは気合を入れてキッチンを後にした。
***
しばらくして、無事に研修を終えたすみれは、本格的に働きだしていた。
「はい、オムライス2つ上がりました!
こちらがケチャップになりますので、ご自由にどうぞ」
すみれはテキパキと注文をこなしていく。
「は~い。オーダー入りま~す。
ミックスサンド3、ナポリタン1、コーヒー4、
それとケーキセットでチーズスフレ1お願いします」
「わかりました!」
「はい、チキンソテー1あがりです」
「は~い。じゃ、私が持っていきますね」
「あ、じゃあ、僕が持って行くよ」
「いいの?じゃ、よろしくね。圭太君」
圭太は料理を運びに行く。
オープンしたばかりの店は、かなりの賑わいを見せていた。
「それにしても圭太君、このバイト叔父さんたちよく許してくれたね。」
「・・・親たちは僕が皿洗いや清掃してると思ってるよ」
まさか自分の息子が女装して働いてるとは思っていないようだ。
「すみれ姉さんの方は?」
「私はちゃんと言ったよ。短期だしそこまで言われなかったよ」
「ああ、そういうことか」
「うん。でも、圭太君の方は大丈夫だった?
さすがに学校には許可貰ってるんだよね」
「まぁね、うちの学校はそんなにバイト関連に厳しくないし。」
二人は休憩中にそんな雑談をする。
店は19世紀をモチーフにしているというだけあって、
メイド喫茶にしてはなかなか渋い雰囲気となっている。
飾ってあるものも、年代を感じさせるものばかりだ。
ただ店の数か所にメイド服を着たドールが飾ってあるのがそれっぽいが。
「・・・店のメイド服をデザインした人の趣味なんだって」
「そうなの?可愛いね」
「・・・ドルフィーってやつらしいよ」
顔立ちなどが本格的なビスクドールと比べると
やや日本人好みになっている。
「圭太君詳しいわね」
「・・・これ僕の先輩がデザインしたやつだからね」
「え?そうなの?・・・そっか。
圭太君の先輩はなんかすごい人が多いね。」
「うん、まぁね」
ちょっと圭太は照れ臭そうにした。
***
そんなこんなで忙しい日々が続く中、
すみれたちもようやく仕事に慣れてきた。
(短期だからあと2週間で終わっちゃうのが
ちょっともったいないかな・・・)
「あ、あの・・・」「はい、なんでしょうかお客様」
「えっと、その、あ、握手してください!」
「はい、かしこまりました」
すみれは微笑んで応じる。
「ありがとうございます!!」
客は大喜びで帰っていった。
すみれと圭太は「双子のようにそっくりなメイド」として、
店ではちょっとした人気を得ていた。
「すみれちゃん、今日も可愛いね。お持ち帰りしたいよ」
「ふふ、うちはそういうのやってませんから~」
変なお客をあしらうのもすっかり上手くなっていた。
「き・・・君が圭太君・・・男の子って・・・本当」「え・・・僕はその」
ある休日、いつものように接客する圭太の手を握る人間がいた。
しかも圭太を男子だと知っているようだ。
ちなみに店側では圭太の性別は明かしていない。
困っている圭太の様子を見て、すみれが席に近づく。
「お客様、当店ではそういったサービスは・・・って君は!?」
その人物は根岸樹だった・・・「ネギちゃん、何してるの?」
声を掛けられて、根岸は圭太から手を放す。「ご、ごめんなさい、つい」
根岸は真っ赤になって謝る。「大丈夫ですよ、気にしないでください」
圭太は笑顔を返す。
「お、男の子が女装して働いてるメイド喫茶があるって聞いて・・・
ボク、居ても立ってもいられなくなって・・・」
「え?そんなこと誰に聞いて・・・」とすみれが聞き返すと、
同じテーブルについている人物が声をかけた。
「よう、ちゃんと働いてるか?」
ユキヤだった。
「な・・・なんであんたここに来てるのよ!」
「客に対して随分な言い回しだなおい」ユキヤが少々呆れ気味に返す。
「す、すいません・・・ボクがどうしても来たいって言ったんです!
それで・・・つ、連れてきてもらったんです」
根岸がすみれたちに平謝りする。
「・・・そういうわけだ。あと、飲食店勤務の先輩として、
お前らの働きぶりを見に来たってのもあるけど。」
ユキヤはニヤニヤとした顔で答える。
「そっかー、ネギちゃんはあたしたちに会いに来てくれたんだね。
なんか嬉しいかも♪」
すみれが根岸に話しかけると、「は、はい!」
と根岸は顔を赤くしながら返事をする。
「・・・で、あんたはネギちゃんをダシについてきたってことね?
圭太君の事をネギちゃんに話したのもあんたでしょ?」
「さあ、どうだったかな~」ユキヤはうそぶく。
「まあいいわ。ところで、注文は何にするの? メニュー表はそこにあるわ」
すみれが指差すとユキヤがメニューをパラパラとめくった後、
「じゃ、俺はコーヒーフロートで」と言った。
「・・・あ、あとこのオムライスに何か描いてくれるってものやってよ」
「かしこまりました。ご主人様☆」
すみれが笑顔で言うと、ユキヤは「おう」と言って少し照れたように返した。
「・・・あんた今結構恥ずかしかったでしょ」
「んなことねえし。別にメイド喫茶なんて珍しくもないし」
「・・・いいの姉さん?あれ姉さんが一番苦手な奴じゃん・・・」
注文を受けた後、圭太が声をかける。圭太はすみれの絵心のなさを知っていた。
なのでもっぱら圭太が入れ替わってやっている作業だった。
「大丈夫!私だって進歩してるのよ。最近はちょっと上手になったのよ」
(と言うか絶対分かってて頼んでるクチよ・・・)
しばらくしてすみれはテーブルにオムライスを運ぶと、
不慣れな手つきでケチャップを手に取り
「・・・何を描きましょうか?」ちょっと緊張気味に声をかける
「んーじゃ、何か動物でも。」ユキヤがそっけなく注文する。
「なんでも・・・いいんですね?」すみれが念を押す。「ああ」
「じゃあ・・・」すみれはオムライスに文字を書いていった。
『鵺』
「・・・いかがでしょうか?」「・・・・・」絶句してるユキヤに対し、
「すごい!『鵺』って文字がちゃんとつぶれずに読めますよ!」と
根岸が横で謎の感動をしていた。
「いやそういう問題じゃないだろ!?」
「えっと、ダメですか・・・?」
「動物・・・というか妖怪だけど、まあいいんじゃないのかな。うん」
「ありがとうございます」
「お前さぁ・・・」
「では失礼しますね」そう言ってすみれは下がって行った。
それを見送るとユキヤはスプーンでオムライスを救い口へ運ぶ。
「・・・不味くはないけど、さぁ」
気のせいかいささか珍妙な味がした。
つづく
1周目だと分からなかった「存在しない筈の記憶」が
伏線だってわかった後に読むと、
必ず泣いてしまうんだって!この本は1周目と2周目で
楽しみ方が変わるすごい本なんだって!」
「・・・あのさぁ、この本すごく分厚いんだけど、2周しろと?」
「何言ってるんだ?」(あ、少し許してくれる?)
「上下巻あるぞ」「・・・いきなりそんな長い本を勧めないで!」
(あー・・・こいつにお勧めの本なんか聞くんじゃなかったかも)
すみれはユキヤにお勧めの本について聞いたことを早くも後悔していた。
実は密かに読書家なユキヤにお勧めな本について聞いてみたら、
彼の中にある「面倒くさいスイッチ」が入ってしまったようだ・・・。
ユキヤ曰く、「俺の中の何かが燃え上がったぜ!!」らしいが。
確かに彼の中の「何か」が燃えるような音が聞こえた気がする。
すみれは目の前の男がまたバカなことを言い出した
としか思えなかったのだが。
どうやら彼は真剣そのものだったようで、
その後しばらく熱弁された。
要は「2周目にこそ真の魅力が分かる名作だ」
と言いたいようだった。
ちなみにこの男、過去に3度もこの本を読んでいるという。
そしていずれも号泣したそうだ。
(うわぁ・・・めんどくさいなこいつ)
「映画とかになってないかな・・・その方が内容に入れそうだし。」
と言うも
「映画ねぇ・・・一応されたけど、原作の持ち味を
すべてぶち壊した内容でなぁ・・・」
と、もっと面倒くさいスイッチが入ってしまい、止まらない。
とりあえず適当に相槌を打っていたら、
勝手にヒートアップして語りだす始末。
(ダメだこりゃ・・・)
すみれは心の中でため息をついた。
こうなった時のユキヤは本当に長い。
自分の好きな話題になると延々と話し続けるのだ。
しかも自分が納得するまで話を聞かない。
こういう時は黙って聞き流すに限る。
(今日は旅行の相談したかったんだけどなぁ・・・)
しかしこの様子では今日の相談は無理そうだ。
(なんで私好きな本の話題なんか振っちゃったんだろうか・・・)
まさに後悔先に立たずであった・・・。
****
「・・・まったく旅行したいっていいだしたのあいつなのに」
「だからなんでそんな話題振ったの?」と圭太が呆れている。
そんな今日は圭太の家庭教師のバイトの日である。
今は授業の時間だが、私は先日のユキヤの行動を思い出して、
彼に話していた。
「いやね、ユキヤにさ、『オススメの本ある?』
ってなんとなく聞いたのよ。
そしたら急に語られちゃってさ・・・」
「いやぁ、ユキヤさんにそんな話題振ったら
ぶっ壊れるの目に見えてるでしょ?」
「まあそうなんだけどさ。
まさかあんなに語るとは思わなかったのよ」
「はぁ・・・あの人そういうところあるからなぁ・・・」
「で、旅行の相談もできなかったわけよ。」
「その話って進んでるの?」
「全然!・・・特に資金方面がね」
「ああー・・・それはキツイかも。」
「でしょ?だからバイト代値上げして!」
「・・・うちの経済事情も察してください!
てか今でも十分あげてるでしょ!」
圭太が呆れたように返す。
「えぇ~だって私結構お金使うんだよ?
バイト代の増額くらいなら問題ないでしょ?」
「まあ確かにそうだけど、限度があるからね!?」
「じゃあせめて月1万円増でお願いします!」
「1万ってどんだけ買うつもりだよ!」圭太から冷静なツッコミが入る。
「あーあ、どっかで短期で実入りのいいバイト落ちてないかなぁー・・・」
「そんなもん簡単に堕ちてるわけないでしょ・・・」
「うーん、地道に頑張るしかないか・・・」
***
そんなすみれに転機が訪れたのはその数日後のことであった。
情報をくれたのは圭太であった。
「・・・メイド喫茶のバイト?」
「うん、俺の学校の先輩のバイト先のビルのオーナーが
今度メイド喫茶をオープンするんで、
短期のオープニングスタッフ募集してるって。」
「へぇ~・・・圭太くん詳しいわねぇ・・・」
「・・・というか俺が声かけられてる。」「え・・・?」
「・・・で、どうする?やってみたい?」
「うん!もちろん!」
「じゃあ面接に来て。」
こうして私の短期バイトの面接が決定した。
店の前で圭太と待ち合わせる。「お待たせー。」
「こんにちは。」
圭太はいつも通り挨拶を返す。そして圭太の横には見知らぬ美少年がいる。
「この方は・・・圭太君のお友達?」
「この人は今回のバイトを紹介してくれた人だよ。俺の先輩。
メイド喫茶の上にある執事カフェで働いてる。」
「初めまして。私は圭太様・・・いえ圭太君の先輩の藍川真由里と申します。
よろしくお願いしますね。」
「え・・・女のヒト?」「はい。」この美少年の正体は女性のようだ。
「ど、どうして男装されてるんですか?」
「真由里さんは執事カフェで男装店員として働いてるんだよ。」
圭太が変わって説明する。
「そう、こんなふうにですね・・・
ようこそいらっしゃいました。お嬢様。
今日は夢のような時間を楽しんでいってくださいね。」
真由里は声色も立ち振る舞いも、変えて見せる。
「ふぇぇっ・・・」すみれは開いた口が塞がらない。
「・・・とにかく、今回はお二人とも私の紹介となっておりますので、
店長にその旨お伝えしておりますから、よろしくお願いしますね」
「は、はい!よ、よろしくお願いします!」
「それでは、店長は奥にいますから。ではごゆっくり。」
二人は歩き出す。
「すごいでしょ。」圭太が言う。
「う、うん・・・なんか圧倒された・・・
というかすごい世界を見たというか」
「まあ、慣れればどうってことないんだけどな。」
圭太は苦笑した。店の奥から和服の女性が歩いてくる。
「あら、そちらのお嬢さんが圭太ちゃんが連れてきた子?」
「は、はい。よろしくお願いします。」
「よろしくね。私はここの店長の梅千代と申します。」
「は、はじめまして。白石すみれといいます。」
「圭太ちゃんから話は聞いてるわ。」
「え、どんな話を?」
「それは内緒♡」
「うぅ・・・気になります・・・」
「でも、あなたなら大丈夫だと思う。
圭太ちゃんそっくりだし見た目は申し分ないわね」
「え、じゃあ!」「明日から来てくれる?」
「はい!」「よかった。早速だけど、研修を受けてもらうわ。」
「は、はい。」「圭太ちゃんも一緒だから大丈夫よ!」「・・・え?」
「圭太ちゃんはもうバイト始めてるんだし、
一緒に働いてくれるから安心してね。」
「えぇ!?」
すみれが圭太の方を見ると、
恥ずかしそうに顔を赤くして、目を逸らす。
「・・・本当は上の執事カフェの面接受けてたのに・・・」
「圭太ちゃんはこっちの方が絶対才能あるもの!
こっちで使わない手はないでしょ!」
「・・・というわけで先日からメイドとして働いてます・・・」
圭太は困ったように頭を掻く。
「というわけで明日までに制服用意しておくから、明日は絶対に来てね。」
店長はそういって見送ってくれた。
****
「メイド喫茶でバイトねぇ・・・」
夕飯時、報告を聞いたユキヤは何とも言えない表情をする。
「うん、1ヶ月半だけだけどね」
「なんでまたそんなことを?」
「旅行の資金のためだよ」
言い出しっぺはお前だろうが!・・・と思いつつもすみれは答える。
「まぁいいけどさ」
「心配しないで。私頑張るから」
「んー」
ユキヤはあまり納得していない様子だ。
「おっさんが頼んだオムライスにふーふーしてあげたり、
あーんしてあげたりするの?」
ユキヤはちょっと嫌そうな顔でそんなことを言い出す。
「そ、そういう店じゃないよ!高校生の子だっているんだから!」
この発言は流石に偏見が入ってるので、すみれは慌てて否定する。
「まったく・・・発想がおっさんなんだから・・・」すみれはご立腹だ。
「ごめんごめん。」
ユキヤは悪びれることもなく謝る。
「と、とにかく明日から研修に入るからね!」
「ま、せいぜい頑張れよ。」
「うん。」
(しかし・・・すみれのメイド服か)
ユキヤは想像してみる。
・・・似合うかもしれない。
「ユキちゃん?どうしたの?なんか顔赤いよ?」
「いやなんでもない!」
ユキヤは脳裏に浮かんでしまった妄想を必死に消し去る。「変なユキヤ」
「はははは・・・」
苦笑いするユキヤだった。
***
翌日。
バイト先のメイド喫茶は繁華街の一角にあるビルの1階にあった。
ちなみにB1Fにはガールズバー、2Fには執事カフェが入っている。
店の前のドアの上にはクラッシックな書体で
「ドールズDream」と書かれた看板があった。「おはようございます」
すみれが中に入ると、そこには数人のスタッフがいた。
「おはようございます。えっと君は新人さんだよね?
じゃあ早速着替えてもらってもいいかな?」
バイトリーダーと思われる人が声をかける。
「はい、よろしくお願いします」
すみれは衣装を受け取ると更衣室へと向かった。
渡された衣装を見るとそれは
クラシカルなロングスカートのメイド服だった。
「うわぁ可愛い」
すみれは思わずつぶやく。
メイド喫茶は何度か行ったことがあるすみれだったが、
そのどれもがミニスカのメイド服を着ているものだったので
こういうタイプのは初めて見る。
「よしっ」すみれは気合を入れて着替え始める。
数分後。
「お待たせしました~」着替え終えたすみれが店内に現れる。
「おお・・・これは・・・」「かわいいねぇ」
スタッフの子たちが口々に言う。
白を基調としたロングスカートのクラシカルタイプだ。
胸元と首周りにフリルのついた白いブラウスに黒のリボンタイ、
頭にはホワイトブリム。靴も歩きやすいものだ。
「うちは19世紀のイギリスをモチーフにした
本格的なメイドをコンセプトにしているのよ」
店長の梅千代さんが誇らしげに説明する。
「へぇ・・・本格的ですね」
「そうよぉ。だから、注文取りに来たときに
お客様のお膝の上に乗るなんてこともしなくていいからね。」
「はい、わかりました」
「まずはフロアの案内からするわ。圭ちゃんお願いね」
店長の横から一人のメイドの子が顔を出す。
よく見るとそれは圭太だった・・・。
「あれ?圭太君!?」
「こ、こんにちはすみれ姉さん」圭太は恥ずかしそうにしてる。
その姿は男子にもかかわらず、不思議な魅力がある。
「冗談かと思ったら、本当にメイドとして働いてたんだ・・・」
すみれは愛が口がふさがらない。
「ね、いつもの圭ちゃんより、こっちの方が全然魅力的でしょ?」
とオーナーがウインクする。
圭太に女装の才能があるのは知っていたが、やはり改めてみるとドキリとする。
「えっと、うん。あはは・・・」すみれは笑ってごまかす。
「まずはキッチンの案内をするね」圭太がそそくさと次の場所へと移動する。
すみれはその後ろ姿をじっと見つめる。
(男の子なのになんであんなに可愛いのかな?)とすみれは不思議に思う。
「次はホールを回るね」圭太が先導して歩き出す。
「あっ、待って圭太くん!」
すみれはあわてて追いかけていく。
「これがメニューだよ。覚えられる範囲で大丈夫だけど、
一応ざっと目を通しておいてもらえると助かるな」
「わかった。頑張ってみるね」
「じゃ、次に行こっか」圭太が先に進んでいく。
すみれもその後ろについていく。
「ここがドリンクコーナーになるんだけど、
ここでは主にオーダーされた飲み物を作ることになるから。
この冷蔵庫から材料を取り出して、 カウンターに置いてあるトレイに乗せるの」
「なるほど。でもこれだと一度にたくさん作れなくない?
それに、結構大変そうな気がするけど」
「うーん。そこは慣れの問題もあるからなぁ。
あと、ドリンクは作り置きしてもいいから、少し多めの分量でも問題はないよ。
でも、出来れば毎日作るのはやめた方がいいかも」
「わかった。ちょっとやってみるね」
「あ、そうだ。これ渡しておくね」
圭太はすみれに名札を渡す。
「これを胸ポケットに入れておくと、
どのテーブルに行っていいのかわかりやすいから」
「ふむふむ」
「それが終わったら、お盆に載せて運ぶんだよ」
「了解」
「何かわからないことがあったら聞いてね」
「うへ~覚えること多い・・・でもありがとう圭太君」
「いいよいいよ。じゃ、僕は仕事に戻るね」
「うん。頑張ってね」「圭太君もね!」
「あ、そうだ。すみれ姉さん、その服似合ってると思うよ」
圭太は照れた様子で言う。
「えっ!?あ、ありがと・・・」
従弟とはいえ男の子に言われるとこちらも照れ臭い。
すみれは思わず目をそらす。
「じゃ、また後でね」圭太はそう言うと別の客の方へ向かって行った。
「よし、私も頑張ろう!」
すみれは気合を入れてキッチンを後にした。
***
しばらくして、無事に研修を終えたすみれは、本格的に働きだしていた。
「はい、オムライス2つ上がりました!
こちらがケチャップになりますので、ご自由にどうぞ」
すみれはテキパキと注文をこなしていく。
「は~い。オーダー入りま~す。
ミックスサンド3、ナポリタン1、コーヒー4、
それとケーキセットでチーズスフレ1お願いします」
「わかりました!」
「はい、チキンソテー1あがりです」
「は~い。じゃ、私が持っていきますね」
「あ、じゃあ、僕が持って行くよ」
「いいの?じゃ、よろしくね。圭太君」
圭太は料理を運びに行く。
オープンしたばかりの店は、かなりの賑わいを見せていた。
「それにしても圭太君、このバイト叔父さんたちよく許してくれたね。」
「・・・親たちは僕が皿洗いや清掃してると思ってるよ」
まさか自分の息子が女装して働いてるとは思っていないようだ。
「すみれ姉さんの方は?」
「私はちゃんと言ったよ。短期だしそこまで言われなかったよ」
「ああ、そういうことか」
「うん。でも、圭太君の方は大丈夫だった?
さすがに学校には許可貰ってるんだよね」
「まぁね、うちの学校はそんなにバイト関連に厳しくないし。」
二人は休憩中にそんな雑談をする。
店は19世紀をモチーフにしているというだけあって、
メイド喫茶にしてはなかなか渋い雰囲気となっている。
飾ってあるものも、年代を感じさせるものばかりだ。
ただ店の数か所にメイド服を着たドールが飾ってあるのがそれっぽいが。
「・・・店のメイド服をデザインした人の趣味なんだって」
「そうなの?可愛いね」
「・・・ドルフィーってやつらしいよ」
顔立ちなどが本格的なビスクドールと比べると
やや日本人好みになっている。
「圭太君詳しいわね」
「・・・これ僕の先輩がデザインしたやつだからね」
「え?そうなの?・・・そっか。
圭太君の先輩はなんかすごい人が多いね。」
「うん、まぁね」
ちょっと圭太は照れ臭そうにした。
***
そんなこんなで忙しい日々が続く中、
すみれたちもようやく仕事に慣れてきた。
(短期だからあと2週間で終わっちゃうのが
ちょっともったいないかな・・・)
「あ、あの・・・」「はい、なんでしょうかお客様」
「えっと、その、あ、握手してください!」
「はい、かしこまりました」
すみれは微笑んで応じる。
「ありがとうございます!!」
客は大喜びで帰っていった。
すみれと圭太は「双子のようにそっくりなメイド」として、
店ではちょっとした人気を得ていた。
「すみれちゃん、今日も可愛いね。お持ち帰りしたいよ」
「ふふ、うちはそういうのやってませんから~」
変なお客をあしらうのもすっかり上手くなっていた。
「き・・・君が圭太君・・・男の子って・・・本当」「え・・・僕はその」
ある休日、いつものように接客する圭太の手を握る人間がいた。
しかも圭太を男子だと知っているようだ。
ちなみに店側では圭太の性別は明かしていない。
困っている圭太の様子を見て、すみれが席に近づく。
「お客様、当店ではそういったサービスは・・・って君は!?」
その人物は根岸樹だった・・・「ネギちゃん、何してるの?」
声を掛けられて、根岸は圭太から手を放す。「ご、ごめんなさい、つい」
根岸は真っ赤になって謝る。「大丈夫ですよ、気にしないでください」
圭太は笑顔を返す。
「お、男の子が女装して働いてるメイド喫茶があるって聞いて・・・
ボク、居ても立ってもいられなくなって・・・」
「え?そんなこと誰に聞いて・・・」とすみれが聞き返すと、
同じテーブルについている人物が声をかけた。
「よう、ちゃんと働いてるか?」
ユキヤだった。
「な・・・なんであんたここに来てるのよ!」
「客に対して随分な言い回しだなおい」ユキヤが少々呆れ気味に返す。
「す、すいません・・・ボクがどうしても来たいって言ったんです!
それで・・・つ、連れてきてもらったんです」
根岸がすみれたちに平謝りする。
「・・・そういうわけだ。あと、飲食店勤務の先輩として、
お前らの働きぶりを見に来たってのもあるけど。」
ユキヤはニヤニヤとした顔で答える。
「そっかー、ネギちゃんはあたしたちに会いに来てくれたんだね。
なんか嬉しいかも♪」
すみれが根岸に話しかけると、「は、はい!」
と根岸は顔を赤くしながら返事をする。
「・・・で、あんたはネギちゃんをダシについてきたってことね?
圭太君の事をネギちゃんに話したのもあんたでしょ?」
「さあ、どうだったかな~」ユキヤはうそぶく。
「まあいいわ。ところで、注文は何にするの? メニュー表はそこにあるわ」
すみれが指差すとユキヤがメニューをパラパラとめくった後、
「じゃ、俺はコーヒーフロートで」と言った。
「・・・あ、あとこのオムライスに何か描いてくれるってものやってよ」
「かしこまりました。ご主人様☆」
すみれが笑顔で言うと、ユキヤは「おう」と言って少し照れたように返した。
「・・・あんた今結構恥ずかしかったでしょ」
「んなことねえし。別にメイド喫茶なんて珍しくもないし」
「・・・いいの姉さん?あれ姉さんが一番苦手な奴じゃん・・・」
注文を受けた後、圭太が声をかける。圭太はすみれの絵心のなさを知っていた。
なのでもっぱら圭太が入れ替わってやっている作業だった。
「大丈夫!私だって進歩してるのよ。最近はちょっと上手になったのよ」
(と言うか絶対分かってて頼んでるクチよ・・・)
しばらくしてすみれはテーブルにオムライスを運ぶと、
不慣れな手つきでケチャップを手に取り
「・・・何を描きましょうか?」ちょっと緊張気味に声をかける
「んーじゃ、何か動物でも。」ユキヤがそっけなく注文する。
「なんでも・・・いいんですね?」すみれが念を押す。「ああ」
「じゃあ・・・」すみれはオムライスに文字を書いていった。
『鵺』
「・・・いかがでしょうか?」「・・・・・」絶句してるユキヤに対し、
「すごい!『鵺』って文字がちゃんとつぶれずに読めますよ!」と
根岸が横で謎の感動をしていた。
「いやそういう問題じゃないだろ!?」
「えっと、ダメですか・・・?」
「動物・・・というか妖怪だけど、まあいいんじゃないのかな。うん」
「ありがとうございます」
「お前さぁ・・・」
「では失礼しますね」そう言ってすみれは下がって行った。
それを見送るとユキヤはスプーンでオムライスを救い口へ運ぶ。
「・・・不味くはないけど、さぁ」
気のせいかいささか珍妙な味がした。
つづく
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