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第29話 ハウラの崩壊4
しおりを挟む一体何が書かれているのだろうか?
私は恐る恐る封を切って、中に入っている手紙に目を通す。
――ハウラさんへ。お誕生日おめでとうございます。ハウラさんのお誕生日は僕と日が近いから、ちゃんと覚えています。むしろ、自分の誕生日を忘れてることの方が多いです……。ええと、そんなことはどうでもいいですね。本当は何か贈り物をしたいのですが、今は殆ど外へ出してもらえなくて、渡せる物もないから、こうして手紙を書くことにしました。実をいうとエリーの提案なんだけどね。
「……………………」
*
(ひ、引き出しは開けちゃだめっ!)
(何故ですか? 何か私に良からぬ隠し事でもしているのですが?)
(そ、そういうわけじゃなくて……その、色々と……あるから……今はだめなんだ……!)
(はぁ、仕方ありませんね。面倒なので今回だけは見逃しますが、ちゃんと片付けておかないと後でお仕置きしますから)
(う、うん……ありがとうハウラさん! あはは……)
*
「こんなものを……隠していたんですか……」
私はそう呟いた後、続きを読み始める。
――また話がそれました。あまり手紙を書かないので難しくて。……改めまして、いつもありがとうございます。面と向かって言うのは少し恥ずかしくて、こんな風にしか感謝の気持ちを伝えられなくてごめんなさい。僕はあまり良い子じゃないから、よくハウラさんのことを怒らせちゃうけど、それでもハウラさんのことが大好きです。ハウラさんのこと、お母さんみたいな人だと思っています。……お姉ちゃんかな? とにかく、僕のことを気にかけてくれる大切な人です。
「な、何を……言ってるんですか……?」
まさか、アニ様は本当に私のことを慕っていたのだろうか?
……いや、そんなはずがない。私は今まで散々、適当な理由を付けてアニ様のことを痛めつけていたのだから。
――だから、ハウラさんに楽をさせてあげられるよう、頑張って言いつけを守って立派な大人になります。それまでは沢山迷惑をかけてしまうと思いますが、これからもよろしくお願いします。…………ハウラさんが本当はデルフォス兄さんのお世話係をしたかったことは分かっているけど、僕も兄さんに負けないくらい立派になるので、どうか見守っていてください。頼りにしてますね。
手紙はそれで終わりだった。
「ふ……ふざけないでください…………!」
そういえば、昨日は私の誕生日だ。デルフォスと違って、アニ様はいつも欠かさず祝ってくれた。
私がどれだけ素っ気ない態度をとっても、笑顔で。
「ど、どこまで……馬鹿なんですか……? わ、私は……あなたのことを……あんなに露骨に嫌っていたんですよ……? なのに、どうして……こんな……」
アニ様はどこまでも愚か者だ。どれだけ突き放してもすり寄ってくる。そういう所が、私を苛つかせるのだ。
「あ…………」
だけど、私は気づいてしまう。
手紙にちゃんと書いてあるじゃないか。
『ハウラさんのこと、お母さんみたいな人だと思っています』と。
アニ様は…………あの子は私が育てたのだ。まだあんなに小さかった頃から今まで。母親代わりとして。
「――ぁ、ぁ、あ!」
どうして今まで気付かなかった? 私は、あの女が――オリヴィアが最も欲していたであろうものを手にしていたというのに。
「ああああああああああああああああああああああああッ!」
私は絶叫した。
アニ様が……あの子が一番頼りにしていたのは私なのだ。
だからあんな風にいくら突き放しても……私のことを大好きだって……。
「あぁ…………そんな……違う。わ、私は……私は悪くない……!」
私は手紙を投げ捨てて後ずさる。
思い返せば、私が覚えているのはアニ様との思い出ばかりじゃないか。
私の誕生日をいつも祝ってくれたのだって、アニ様だけだ。
それなのに私は、この屋敷の中で一番慕ってくれていたアニ様を、あんな風に追い出したのだ。
連れ戻そうにも、もはやどこにアニ様が居るのかも分からない。
「あぁ…………」
私は膝から崩れ落ちた。
……これからはずっと、デルフォスに奴隷のように扱われる日々が続いていくのだ。
そう考えると、絶望しかない。まさかオリヴィアが育てたデルフォスが、あんなクズだとは思わなかった。
……それに比べて私が育てたアニ様は……とてもお優しくて……優秀で……魔法は使えなくとも、全てにおいてデルフォスより上だった。
「そ、そうだ……だから、これでいい……。アニ様ほどのお方が……こんなクズしかいない家に縛られていては……いけない……」
そうだ、思い出した。だからこそ私はあんな風に厳しく当たってアニ様を追い出したのだ。
心のどこかで、アニ様の優秀さを見抜いていたから。
この屋敷に閉じ込められたまま、一生を終えるのはあまりにも不憫だと思ったから。
アニ様に未練が残らないようにしてあげたのだ。
そうに違いない。――いや、そうだった。
私が今までしてきたことは、全てアニ様のためを思ってのこと。そのおかげで、アニ様は素敵なお方になられた。
だからきっと、アニ様は立派に外へ羽ばたいて幸せに暮らしている。
残された私は、この屋敷に残ったアニ様との思い出をせめてもの心の支えとして生きていけばいい。
無理やり自分にそう言い聞かせた私は、小屋の中の惨状を見て現実に引き戻される。
アニ様がこの屋敷で育った証――私との思い出は、全て先ほどの私の手によって滅茶苦茶に壊されていた。
「え…………?」
アニ様の寝ていたベッドも、アニ様が座っていた椅子も、私が洗濯したアニ様の服が入っていたクローゼットも、私がアニ様の教育の為に与えた書物が沢山入っていた本棚も、私がアニ様に弾き方を教え込んだ鍵盤楽器も、何もかも壊されていて原型をとどめていない。
私が壊した。そこに言い訳は通用しない。
「あ、あああああああああッ! ち、違う……ちがうちがうちがうちがうちがう!」
アニ様が遠くのものを見づらそうにしていた私のためにプレゼントしてくれた眼鏡も、アニ様の信頼も、全て私が壊した。
「ああああ、いやああああああああああああああああッ! うるさいうるさいうるさい! だまれえええええええええッ!」
私は床を這いつくばって、散らばった家具の破片を集める。
早く元に戻さないと、アニ様の帰ってくる場所がなくなってしまう。
アニ様との思い出が消えてしまう。
早くしないと。早く。早く早く早く。
……そうだ、アニ様がくれた手紙も大切に保管しておかなければ。
――そう思った矢先、強い風が吹き込んできて、床に放り投げた手紙が吹き飛ばされた。
「あ、あああ!」
私はそれを必死に掴み取ろうとするが、、上手くいかない。
「だめえぇッ! いかないでぇッ! もうそれしかないのッ!」
結局、アニ様の手紙は開いていた窓から外へ出ていってしまった。
「そ、そんな……いやだ……いやだぁッ!」
残ったものまでどんどん消えていく。アニ様が――あの子が消えていく。
「や、やめてっ……もうやめてええええええええええええええッ!」
私は泣き叫んだ。
けれど、もう何も残っていない。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
私が全て処分したのだ。
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