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第12話 闘技場の通路にて

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 そんなこんなで、いよいよ精霊祭初日の朝がやってきた。

 寝間着から動きやすい服に着替えて戦闘準備を整えた俺は、儀式が開かれる闘技場へと向かう。

「ここか……」

 闘技場の周辺には、すでに選手と思しき子供達が集まっていた。

 中には、すでに人を数人殺してそうな目をした子供や、並の大人よりも大柄な子供がちらほら混ざっている。本当に彼らは貴族の子供なのか? 怖いぞ。

「……………………!」

 俺に付き添ってきたプリシラは、怯えて何も喋れなくなっている。少し刺激が強すぎたらしい。

「……頑張るんだぞ、アラン君! 相手の見かけに惑わされるな! 君なら優勝確実だ!」
「まあまあ、熱くなるのは良いけれど、あまりプレッシャーをかけすぎるのは良くないわよ。……頑張ってねアランちゃん。いつも通りで良いの!」

 ダリア先生とメリア先生は、そう言って俺の肩にがっしりと触れてきた。二人揃ってものすごい期待とプレッシャーをかけてきていることだけは伝わってくる。

「はい、頑張ります先生」
「それと……魔力解放は使っちゃダメよ。今のあなたにはまだ負担が大きすぎるわ」
「それに、きちんと制御できなければ相手の命まで危険に晒してしまうからな!」

 加えて、そんな風に釘をさされた。

 師匠に使用を禁じられている技はここ一番の時に使う羽目になるのがお約束だが……ここは素直に従っておこう。

「……分かりました。肝に銘じます」

 俺はそう答えた。確かに、先生たちより弱い相手にあれを使うのは危険すぎるからな。

 ――ちなみに、力比べの儀に参加できるのは十歳から十五歳までの間である。

 一応は貴族のが行う神聖(?)な儀式らしいので、この国で成人と見なされる十六歳以上になると参加資格を失うのだ。

 その代わり、成人は三日目に行われる別の儀式へ参加できる。理由は不明だが、なぜか三日目の儀式は平民でも成人していれば参加可能らしい。

 とにかく、力比べの儀は自分の力が同年代の人間と比べてどの程度のものなのかを測ることができる良いチャンスだ。別に優勝できなくてもいいが、なるべく良い成績を残せるよう気を引き締めて行こう。

「お、お兄さま! 危なかったらちゃんと降参してねっ! 死んじゃやだからねっ! うえーーーーーんっ!」
「大丈夫だよプリシラ。僕は死なないから」

 昨晩死にかけたけど。

「ぐす……ひっぐ…………うんっ……」
「でも万が一死んだら骨は拾ってね!」
「やっぱいがないでえええええええええええっ!」
 
 かくして、俺は見送ってくれた皆と別れ、受付を済ませて指定された控室へ向かうのだった。

 *

「ええと、この先か」

 受付の人に案内された通りに通路を進む俺。

「聞こえなかったのか? 雑魚はとっとと帰れよ!」
「言い返すこともできないのかな? この弱虫!」
「うっ……ぅぅっ……」

 突き当りを曲がったその時、丈の長いスカートを履いた小柄な少女が、複数人の子供達に囲まれている場面に遭遇した。

「何とか言えよッ!」
「今のうちに失格にしてやろーぜ」
「おらっ! もっと泣け!」
「…………ひっぐ……うぅっ……」

 なるほど、絵に描いたような虐めである。

 教育された貴族の子供といえど、大人の目がなければこんなものなのだろうか? 教育を受けた猿の方がまだ利口そうだ。

 ……仕方がない。前世の記憶を取り戻したことで優しさに目覚めたこの俺が、猿どもに優しく注意してやろう。

「ねえねえ、何してるの?」

 俺は集団のうち一人の肩を叩いて問いかけた。

 試合前に暴力沙汰を起こして失格になったら笑えないので、出来る限り穏便に済ませたい。友好的にいこう。

「ん? なんだよお前」
「だめだよ、こんな所にいちゃ」
「あぁ? 何がダメだって?」
「この闘技場はお猿さんの来る場所じゃないんだ。外まで案内してあげるから、早く山へお帰り――」

 刹那、俺は胸ぐらを掴まれて壁際へ追い込まれる。

「お前いまなんつったぁッ?! 誰が猿だってッ?!」
「あ、あれぇ……?」

 おかしい、俺はもっと友好的に説得するつもりだったのに、自分でも耳を疑うような発言をしてしまった。

 これじゃあまるで原作のアランみたいだ。どうなっている?

「おい、答えろよッ!」
「………………」

 何もこちらまで相手と同じレベルに落ちて口喧嘩をする必要はない。

 俺は何とか気持ちを落ち着かせて、ひとまず今の発言を謝罪することにした。

「す、すごいや! キミ達は猿なのに人間の言葉が話せるんだね!」

 ――出来なかった。

「はぁ…………?」

 悪ガキどもの顔は、みるみるうちに真っ赤になっていく。

「ふ、ふざけんなよてめえええええええッ!」

 まさに大激怒といった感じである。憤死してしまいそうな勢いだ。

「あ、ごめんごめん。冗談だよ! まさか顔を真っ赤にしてまで猿に寄せてくれるなんて……キミたちは面白いね! あはははっ!」

 おい! この口は一体どうなっているんだ! どうしてヤバい発言ばかり飛び出す?! 誰か俺の口を塞いでくれ!

「死ねええええええええええッ!」
「うぐ」

 結果的に、俺は派手に殴り飛ばされることになるのだった。

「い、いたた……」

 ……おかしい。状況が悪化してしまった。それもこれも、思ったことをそのまま口に出したせいだ。

 もしかして俺、同年代くらいの子供とコミュニケーションを取るのが下手なのか? プリシラやニナは身内だからどうにかなっていただけ……? 友達がいないのもそのせい……?

 いや、そういうレベルの話じゃないぞこれは……! 俺は前世の記憶を取り戻して改心したつもりだったが、本性の部分は何も変わっていなかったということなのか?!

「おーい。コイツもそこの泣き虫と一緒の仲間になりたいってさァ!」
「弱そうなくせに、生意気な口聞いてんじゃねーよッ!」
「雑魚が出てもどうせ初戦敗退だぜ? 仲良くここでうずくまってろよ」

 そんなことを考えている間に、今度は俺が取り囲まれて暴行を受ける羽目になってしまった。先生達の攻撃と比べたら虫に刺された程度の威力しかないが、このままじっとしているのも癪だ。どうしたものか。

「そ、その子は……関係ありません……っ。だから……や、やめてくださいっ……!」

 すると、先ほどまで暴行を受けていた少女がふらふらと立ち上がりながら言う。

「うるせえ! てめぇは黙ってろよ泣き虫レスターっ!」

 ――レスター。俺はその名前を知っていた。
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