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第3話 勘違いメイドのニナ

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【ニナside】

 ラムリ家は、代々ディンロード家にお使えしてきた家系だ。

 だから、私が物心ついた頃から何度かアラン様の姿をお見かけすることがあった。

 初めて会った時のアラン様は可愛らしい赤ん坊で、まだ幼かった私の指を握って無邪気に微笑んでくださったことを覚えている。

 次に会った時、アラン様は天使のように綺麗な男の子になっていて、気後れした私は遠くからその優しい微笑みを眺めていることしかできなかった。

 そして三度目、今からちょうど一年前に世話係のメイドとして正式にアラン様へお仕えすることが決まった時。

「ほ、本日からアラン様のお世話をさせていただくことになったニナ・ラムリです! よろしくお願いしますっ!」
「…………ああ、そう。よろしく頼むよ」

 抑揚のない声でそう言ったアラン様の表情は、背筋が凍りついてしまうくらい虚ろだった。

「アラン様……」
「用は済んだだろう。もう出ていって」
「…………は、はい」

 両親を早くに亡くしてしまった私には、アラン様のお気持ちが痛いほどよく分かる。私がずっと側で支えてあげていれば、いつかきっとあの頃のような笑顔を取り戻してくれるはず。

 そんな風に考えていたのが甘かった。

 アラン様の心は、とっくの昔に限界を迎えて壊れてしまっていたのだ。

 将来ディンロード家を背負わなければならないという重圧と、お母様を失っても人前で泣くことすら許されない環境に、幼いアラン様が耐えていられるはずがなかったのである。

 ――ある日のこと。

「な、何をなさっているのですかアラン様っ!?」
「……見れば分かるだろう。虫を眺めているんだ」
「ですが……!」

 机の上に乗っていたのは、無残な姿でもがく一匹の虫だった。

「こいつはアレの餌だから……明日はアレに同じことをする」

 アラン様はそう言って、窓際に置かれた鳥籠に入っていた小鳥を指さす。

「………………っ!」
「その次はお前」

 そして、今度はゆっくりと私の方を指さした。

「ひぃっ……!」
「小鳥は……好きかい?」
「………………!」
「返事をしておくれよ」

 それから後のことはよく覚えていない。

 ただ、その日の晩にこっそり小鳥を逃したことだけは記憶している。そうしないと、とても恐ろしいことになってしまいそうな気がしたから。

  ――そして翌日の朝。

「……やってくれたね」

 アラン様は私に対して小さな声でそう呟いた。

「は、はい……?」
「お仕置きだよ」

 ……アラン様が私に不気味な悪戯いたずらをしかけてくるようになったのはそれからだ。

 気づけば私は、あれほど想っていたアラン様に対して恐怖心を抱くようになっていた。

 眠っているアラン様を起こすことも、アラン様のお部屋を掃除することも、アラン様に食事をお出しすることも、全て恐る恐るやっている自分に気付いてしまったのである。

「ディンロード家に仕えることを至上の喜びとせよ」

 それが父と母から教わった大切な教えであるのに、私にはもう守れそうにない。

 ――今日もアラン様を起こしに行く時間がやって来た。

 今日はどんな恐ろしいことをなさっているのだろうか。

 とても憂鬱で、恐ろしくて、体が震える。

 アラン様。私にはあなたの考えていることが分かりません。

 …………大嫌いです。

 *

「今まで……ごめんなさい……」

 奇跡が起きた。

「僕は……良い子になります」

 突然、アラン様の瞳が昔のような輝きを取り戻したのだ。

 話し方もまるで別人のようである。

 ――その時ようやく分かった。

 私が勘違いしていただけで、アラン様の心は壊れてなどいなかったのだ。

 ただ、誰も教えてくれなかったから善悪の区別がついていなかっただけ。
 
 今までの悪戯はきっと、全て私に対する愛情表現だったに違いない。

 誤解されてしまうせいで皆から避けられ、ずっと一人で苦しんできたのだ。

 本来であれば、私がアラン様を叱って一つずつ教えていかなければいけなかったのに……。私は愚かだ。メイド失格だ。

「言わなくても、私には分かります。……アラン様はすっかりお変わりになりました」

 私は原因不明の高熱を出して苦しんでいるアラン様の手を必死に握る。

「……だから、どうか早く良くなってください。それだけが私の――ニナの願いです」
「………………うん」

 小さな声で返事をして、弱々しい力で手を握り返してくるアラン様。

 こうしていると、赤ん坊だったアラン様のことを思い出してしまう。

「………………」
「私は……アラン様を信じぬくことができませんでした。それでも……こんな私を頼って下さるのであれば……ニナはもう、決してアラン様のお側を離れません……!」

 アラン様からの返事はない。すでに眠ってしまわれたのだから当然だ。

 卑怯な私は、アラン様が聞いていない時にしか自分の罪を告白することができない。

「う……ぅ……」

 悪夢を見ているのか、アラン様は酷くうなされている。

 もしかすると、これは呪いなのかもしれない。

 私がアラン様を恐れ、憎しみを抱いてしまったから、それが呪いへと変化してしまったのだ。

「ニナが……ニナが間違っていました……っ! 呪いなら……ニナが引き受けますっ、だから、どうか……っ!」

 神様、どうかお願いします。

 アラン様を――ニナの大切なご主人様をそちらへ連れて行かないでください。
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