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最終話 あなたの手を取る
しおりを挟む「そのドレス、どちらの? ずいぶん変わったデザインですこと。掠奪され男の趣味ですの?」
たしかに、え? なに、そのドレス。とは思った。センスのない子どもみたいなふりふりのぶりぶりのドレスである。
かわいいイコールピンク。と盲信しているようなケバいピンク。
ピンクならお嬢さまの髪を見習えや。そういいたくなるほどのひどさ。
アンディはもうぐいぐいとマチルダの腕を引いている。ええ? 泣きそうなんだけど。自分たちからけしかけてきたくせに。情けないわね、まったく。
「だいたいきょうはなんの夜会かご存じ? 謀反鎮圧の功労者の叙勲のお披露目ですのよ。アメリアさまの晴れ舞台! そこにあなたがたが出てくる資格はなくてよ」
「そ、そんなひどい。お城の夜会なんだもの。わたしだって出たい」
マチルダは目をウルウルさせて、助けを求めるようにアンディを見上げた。
まあ、子爵家ならお城の夜会なんてそんなに来ないだろうからね。伯爵家のアンディに連れてきてもらったんでしょう。
そして、張りきった末のそのピンクか。
うーーん、ないな。
アンディはすでに、しっぽを巻いている。
「あら、なに被害者面してるのかしら。あつかましい」
ローズは吐き捨てるように言った。
「あなたがたは加害者なのよ。慰謝料だって払ったのでしょう」
うわー。容赦ないな。マチルダはとうとう泣き出してしまった。
いやー、いまさら泣いたところでね、だれも同情しないと思うな。
あっ、お嬢さまと目が合った。目をぱちくりさせている。
お嬢さまにこんな修羅場は似合いません。来なくていいですよ。
ルーク殿下といっしょにごあいさつ、忙しいですからね。
「もうやめろ! 来るんだっ」
アンディが少々乱暴にマチルダの腕を引っぱって背中を向けた。
……もう帰った方がいいと思うよ。そんで目を覚ませ。
わたしが言えるのはそれくらいだ。
「わたしの目の黒いうちは、社交界に出入りできると思わないことね」
ローズ・ウィンチェスターがぴしりと扇を閉じた。おお、追い打ちもすごいな。
はっきりとウィンチェスター侯爵家が敵宣言した。まあ、たいへん。アンディとマチルダはそそくさと逃げだした。
あーあ。
言うだけ言うと「はあ、すっきりした」とローズは胸をはった。
うん、すっかりわたしのターンを取られたね。
となりでヘンリーさまがくすくすと笑っている。
目が合うとローズは、ばつが悪そうに赤くなった。
「べ、べつにあなたのために言ったわけじゃないから! 思ったこと言っただけよ」
そのままぷいっと背を向けた。取り巻きのみなさんが「ごきげんよう」とにっこりして後をついて行った。
「根は悪い人じゃないんだろうな」
その背を見送りながら、ぼそりとヘンリーさまが言った。
「きっと思ったことを素直に口に出しちゃうんでしょうね」
良くも悪くも生きづらいでしょうに。まあ、まだ若いし、だんだん処世術も身につくでしょう。
離れたところで、お嬢さまが拍手していた。ほらほら、ちゃんと前を向いて、ご来賓にごあいさつしないといけませんよ。
見上げたらヘンリーさまと目が合った。あ、ずっと茶色だと思っていたけれど、すこし緑がかっているんですね、その瞳。
ヘンリーさまは手を差し出した。
「ダンスのお相手を。レディ」
その瞳にいくらか不安が混じっている。自信満々に詰め寄ってきたくせに。
しかたないな。だってときめいちゃったもの。どきどきしちゃったもの。
長らく忘れていた恋という感情が胸の奥から湧いてくる。
精神年齢って、肉体年齢に引っ張られるんだね。
いま、わかったよ。
だから、わたしはその手を取った。
なるべく優雅に見えるように。軽やかに見えるように。余裕があるように見せかけてステップを踏む。
緊張します。はじめてヘンリーさまと踊るんだもの。
あっ……。そうだった。
確認しなくてはいけないことがあった。
「あの……」
「なんだい?」
「わたしと踊っていてもいいのですか」
「うん? きみしか踊る人はいないけど?」
……そうなの?
「どなたか優先する方は……?」
「……ああ。そういう人はいないよ。いないからきみと踊っている」
「そ、そうですか。よかったです」
ヘンリーさまはくすくすと笑っている。
「正直に言うとね、仕事にかまけていたら婚約者にフラれてしまった」
ええ! なんてもったいないことを。超優良物件だと思うのだけど。
「自分を最優先にしてくれる人がいいんだって。さっさとそういう人を見つけていたよ」
「そうでしたか。それはご愁傷さまです?」
ヘンリーさまはあははっと声をあげて笑った。
「おかげでこうしてきみと踊れている。彼女には感謝しないとね」
「そ、そ、そうですか」
曲が終わる。ちょっと残念。
離れようとしたら、握った手に力が入った。
え? と思って見上げた。
「次の曲もお願いするよ」
ええ? 続けてですか? それはもう特定の相手ってことじゃないですか。
「ハミルトン伯には許可をいただいている」
ええー?
偉そうな方々と歓談中のおとうさまと目が合った。
いや、「うむ」じゃないのよ。あれ? 外堀埋められてる?
「おれに恥をかかせないでくれよ」
ヘンリーさまがひゅうっと眉尻を下げた。なんですか、ゴールデンレトリバーみたいです。
お嬢さまが胸のところで手を組んで目をキラキラさせている。
となりではルーク殿下がにやにやしている。
こらー! 王子!
もう外堀、完全に埋まっているんじゃないの? 埋め立て工事完了ですか。
あっ、そうか。お見舞いに来たときが着工だったんだ。それできょうが竣工。
なんだ、完成しちゃったかー。じゃあしょうがないな。
家のどこかに「定礎」の石がきっとある。
ジョージ・クラークが遠くで踊りながら「うむ」とうなずいた。
はは。
「わたしも仕事にかまけますよ」
「おれのことを忘れないように鋭意努力するよ」
顔を見あわせてふふっと笑った。
「はい、わたしも忘れられないように鋭意努力します」
わあ。とってもいい笑顔。
きゃあ! という令嬢方の黄色い歓声の中、わたしたちは二曲目を踊りはじめた。
おしまい
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