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バカなの? バカなんだな
しおりを挟む意気揚々と目の前にやって来たのは、いちばんあり得ないふたりだった。
「アメリアさま、はじめまして。マチルダですぅ」
となりでアンディが困った顔をしている。
新カノを連れた元カレが目の前に立っている。
おうおう。なにしに来た、掠奪女。掠奪してやった女を笑いに来たのか?
ほらね。こういう女だよ。おとなしいふりをして、いまだってケンカを売りに来たのだよ。
アンディ。あんたはこういう女に引っかかったんだよ。
だいたいね、はじめて会って紹介もされていないのに馴れ馴れしく名前を呼ぶんじゃない。失礼極まりないでしょう。
止めろよ、バカ男。
ヘンリーさまがすいっとわたしをかばうように手を出した。
マチルダは、おや? という顔でまじまじとヘンリーさまを見つめた。つくづく失礼なヤツだ。
売られたケンカなら買うけども。
いいよ、やってやるよ。ボスママにくらべたらあんたなんかザコだし。ひのきの棒でじゅうぶん叩けるし。
そもそもひとりだし。ボスママは団体で来るんだからね。
ボッコボコにしてやんよ!
わたしは、胸に輝く勲章を見せつけるように、ぐいっと突き出した。
でもね、時と場所を考えた方がいいよ。なんたってきょうのわたしは、しゅ、ひ、ん。主賓なんだもの。
言ってみればこの会場全体がわたしのホームなのよ。あなたは完全アウェイなのよ。
わかってる?
わたしのバックにはねぇ、王家がついているのよ。エバンス侯爵もついてるのよ。カーソン公爵だってついてる、たぶん。
それでもいいなら、かかってこいや!
しゅしゅっ。ボクシングの構えをとる。
そんなわたしの殺気を察してか、ヘンリーさまにその手をすっとおさえられた。
見上げると彼は眉間にしわをよせてじっとわたしを見おろしている。
ああ、やっちゃダメですか。ダメですよね。
「アメリアになにか用かな」
ヘンリーさまはお仕事モードに切り替わった。お仕事モードのヘンリーさまはなかなか冷淡だ。そして、わたしをかばってくれるのね。
さりげなく腰を引き寄せられた。ええ? それはアリですか。
決してわたしを矢面には立たせない。
そんな決意を感じます。どきどき。
「あ、あのごあいさつを……」
引けよ。引けってことなんだよ。空気読めないか?
「もどろう、マチルダ。ご迷惑だよ」
アンディがマチルダの腕を引いた。ええー、でもー。とマチルダは渋る。
「ごめんよ、アメリア。きょうはおめでとう」
アンディが冷や汗をかきかきそう言った。
わたしの腰に回ったヘンリーさまの手に力が入る。
「きみはもう、アメリアとは関係がないだろう。馴れ馴れしく呼ばないでもらいたい」
きりっ! すてきです。
「まあ、婚約破棄したばっかりなのに、もう呼び捨てにするほど親しくなったんですか」
おいおい、マチルダ。あんたがそれ言うか。
「おいっ! マチルダ」
アンディが強めに腕を引っぱった。
「あら、そちらはいつから呼び捨てだったんですか」
言ってやったぜ。
「あーーーら。掠奪女と掠奪され男じゃない」
聞き覚えのある声が割って入った。
うわあ。もうひとり面倒くさいヤツがあらわれた。
優雅に扇をひらひらさせながら、真っ赤なドレスのローズ・ウィンチェスターが立っていた。
いつもの取り巻きを引き連れて。
……なに? 略奪され男って。
「よく顔を出せたわね。厚顔無恥ってことばご存じ?」
辛辣さ、全開だ。きょうの毒舌は掠奪女にむかっている。
「あ、あら、なんのことでしょう」
さすがのマチルダもたじたじである。
「国家存亡の危機を救った婚約者が死にかけているときに浮気していた男と、婚約者のいる男に色目を使ったふしだらな女じゃありませんか。ひんしゅく者じゃなーい? ねえ?」
問いかけられた取り巻きのみなさんは「そうですわねぇ」と声をそろえる。
「ふ、ふ、ふしだら?」
マチルダは口をパクパクした。
「し、死にかけっておおげさな。それに婚約ならちゃんと解消したし」
アンディ。知らなかったんですか。知る気もなかったですか。
ローズのこめかみに、ぴきっと青筋が走った。
「三日間意識不明の、なにがおおげさですの?」
「え? え? 意識不明?」
「いやですわ。ご存じありませんでしたの? なにをしていらしたのかしら」
「いやあねぇ」
取り巻きのみなさんが絶妙な合いの手を入れる。
練習してきましたか。
アンディは急にあわてだした。
「それに解消ではなく破棄と聞きましたけど」
そこはそうです。破棄です。そちら側有責の。
「ほほ、あなたがた有名ですのよ。ご自分で思っているよりもずうっとね。それなのに」
ローズはひゅうっと眉尻を下げた。
「こんなふうにわざわざ目立つなんて、信じられないほど図太い神経ですのね」
「なっ、なにを……。わたしはただごあいさつをしに来ただけでっ」
「ごあいさつねぇ」
ローズは頭の先からつま先まで、じっとりねっとりとなめるように視線を動かした。
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