転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ

文字の大きさ
上 下
41 / 49

ジェームズ

しおりを挟む

 べつに、王なんてなりたくもなかった。



 ウィリアムにもルークにも、いじわるなんてされたことはない。物心つくころにはいっしょに勉強させられた。

 教師が差別をしたこともない。



 勉強自体はきらいじゃなかった。知らなかった知識に触れるのは楽しかったし、兄たちもやさしかった。

 差別されているなんて、微塵も感じなかった。



 ただ、母親は差別したがった。

「ウィリアム殿下もルーク殿下もあなたとはちがうのよ」

「いっしょに勉強するなんておこがましいわ」

「あなたは側妃の子なのだから、一歩下がらないといけないの」



 「側妃の子」の意味がわかったのは、ずいぶん後だ。母親がちがうのはわかっていた。母親と自分の順番が一番最後であるのがなぜなのか。



 ああ、そうか。だからウィリアムとルークとならんではいけないのか。



 ウィリアムもルークもそう言ったことはない。言ったのは母親だった。



 後になって、それは母親の劣等感だったのだとわかった。ただ、そのときにはもう、自分自身にもしっかりと劣等感が植え付けられていた。



 どうせ勉強したって、三番手の自分にはお鉢は回ってこない。やるだけ無駄だ。

 そんな劣等感。



「無駄なんかじゃない。おれといっしょに兄上の手助けをしよう」

 ルークはそう言った。

 考えてみれば、二番手のルークだって立場は同じだ。腹違いなんて関係がないことだった。

 理屈はわかっても、もはや素直に「うん」とは言えない。

 それくらい自分の中で劣等感は大きく育っていた。



 ジェームズ殿下は兄ふたりにくらべて出来が悪い。態度もよくない。性格も悪い。

 やはりあの側妃の子だから。



 そのように言われはじめると、母親は「ほらね」と言った。

「どうせなにをやっても、側妃だからと悪く言われるのよ」

 そう言われるように仕向けたのは自分だろうが。



 ブライスはきらいだった。見下すようなあの目がヘビみたいだった。
 カミラも嫌いだった。自分と同じように親に飼い慣らされているから。自分を見ているようで虫唾が走った。



 ただ、シャーロットは。シャーロットだけが安らぎだった。

「ご機嫌うるわしゅう、ジェームズ殿下」

 その声が聴きたくて、王宮内を無意味にうろついた。

 あのふわふわのピンクの髪に一度でいいから触れてみたかった。

 あの菫色の瞳に、一度でいいから自分を映してほしかった。

 あのぷるぷる震える体を、自分の腕の中に閉じ込めてみたかった。



 でもそれは全部ルークのものだった。



 だからブライスが計画を持ちこんだとき、あれが自分のものになるのなら、と思ってしまった。

 ルークに裏切られたかわいそうなシャーロットを、自分がなぐさめるのだ。

 そうすれば、自分を見てくれる。あの髪にも自由に触れられる。シャーロットが、自分の腕の中に来てくれる。

 それならば。



 しかたがないから、王になってやる。



 だからあのとき、シャーロットを放したくなかった。一秒でも長くこの腕の中に置いておきたかった。



 はじめて触れたシャーロットは想像よりもずっと華奢で、すこし力を入れたら壊れそうだった。

 彼女の動く感触がまだこの腕に残っている。

 ジェームズは自分の腕を抱きこんだ。まるでシャーロット本人がそこにいるかのように。



 冷たい石の牢獄の中に、ジェームズはひとりすわっている。テーブルもソファもない。小さなベッドがひとつきり。湿った薄いふとんが一枚。

 ここへ入れられて、何日が経ったのだろう。

 母はどうしただろう。



 ウィリアムは回復しただろうか。

 あの侍女、アメリアだっけ? 元気になっただろうか。悪いことをした。あんなに吹き飛ぶなんて思わなかった。



 カツカツと足音がした。

 ああ、もう食事の時間か。一日二回、食事が出される。パンとスープだけ。フォークもナイフもいらない。スプーンだけで足りる食事だ。



 だけど、鉄格子の前に立ったのは国王陛下だった。

「ジェームズ」

 なぜそんなにやさしい声で話しかけるんだ。

「わたしは後悔しているんだ」

 やさしい声で話を続ける。

「おまえには乳母をつけて、早くにイザベラから離すべきだった」

 ああ、その話か。



「兄弟三人で力を合わせてこの国を守っていってほしかった。残念だよ」

 そう言うと、陛下はガラスの小瓶を鉄格子のすき間から差し入れた。



 そうか、おれは死ぬのか。

「見届けてやる」

 見上げたら父親が涙を流していた。

「ちゃんと導いてやれなくて、すまなかった」



 いや。いつだって手は差し出されていたのだ。父も兄たちも、王妃でさえ。その手を取らなかったのは自分自身だ。



「父上。ごめんなさい」

 視界がぼやけた。

「うん」

「兄上たちとシャーロットにも、あやまっていたと伝えてください。あとアメリアにも」

「わかった。伝えよう。イザベラは先に逝って待っている」





 シャーロット。嫌いでも憎くてもときおり思い出してくれないか。そう思うのはあまりに虫がよすぎるだろうか。

 シャーロット。きみのしあわせを願ってやまない。





 ジェームズは小瓶を手にとった。ふしぎなことに怖くはなかった。ふたを開けて口に持っていく。量にして一口ほど。

 ふう、と一息吐いて、口に含んだ。それはとろりとやけに甘ったるかった。

 最後に口にしたものが、苦くなくてよかった。それからひと息に飲み干した。喉が焼けついた。



 暗闇に堕ちていくしゅんかん、「ジェームズ」と呼ぶ父の声が聞こえた。

 最後に聞いたのが、父の声でよかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...