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ドラゴンと独立宣言の章

センチメンタルはほろ苦く その4

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がむしゃらに走っていく最中。バレストラ公爵は風景を見なかった。

見れなかった。

(無い・・・何も無い・・・余が知る街が何も無いぞ・・・!)

番地も、そこから覗く王城もそのままだというのに全く違うのだ。全てが。

(エレオノーラと歩いた街が・・・何処にもない!)

思い出は思い出に・・・いかに古い街といえどバレストラ公爵が子供だった時代はすでに何十年も昔の話である。街は時と共に移ろい、新しい記憶となっていた。

「そんな・・・そんなはずは・・・」

記憶を頼りに歩き回ってもバレストラ公爵の目には知らない風景ばかりが届く、映る、そして匂う。

「匂い・・・そういえば・・・!」

彼の記憶に愛しの彼女と食べた焼き菓子の味が思い出される。抜け出した先で食べたあの焼き菓子が。
金貨を出して渋い顔をされた思い出の店だ。

「あそこに行けば・・・きっとあそこなら・・・」

縋る想いでバレストラ公爵は番地をなぞる。幸い大通りの風景は変わっても道筋は変わっていない。
多少迷ったもののバレストラ公爵は少しずつ思い出の店へと近づいた。

「おお・・・此処だ・・・」

思い出の店は少し古ぼけていたものの彼の記憶のままに残っていた。嗅いだ匂いもずっとそのままだった。

「マフィン・・・といったか」

バレストラ公爵は店に近づくとゆっくりと店のカウンターを覗き込んだ。すると可愛らしい少女が顔を出した。

「いらっしゃいませ!・・・わっ、貴族様だ!」
「変わらんな・・・ふふ、やっぱり変わらん」
「?」

バレストラ公爵はホッと胸をなでおろした。カウンターでおたつく少女はかつてエレオノーラと焼き菓子を買いにきた際に出会った少女そのままだったからだ。
自分を一目見て貴族様と言い、バタバタと慌て始める姿。何度訪れても変わらなかったその姿と仕草を見てバレストラ公爵は微笑む。

「アニタは変わらんな・・・」
「えっ?おばあちゃんと知り合いなの?」

そう呟いた一言を聞いて少女はそう返した。その一言にバレストラ公爵の目は見開かれる。

「お、おばあ・・・?」
「うん、アニタおばあちゃん。何十年も前から此処で売り子をしてたんだよ!呼んできてあげるね」

元気にそう言って店の奥へと引っ込む少女を引きとめようとしたが言葉がでなかった。あの少女はアニタではないのか?それにアニタがおばあちゃんだと?

「おばあちゃん!ほらほら!お客様だよ!」
「子供の知り合いなんていたかねえ・・・」

首を傾げながら出てきたのは初老を過ぎた老婆で、杖を突きながら歩いてきた。どうやらカウンターに立ち続けるのは辛いようで彼女に任せていたようだ。だがそんな彼女もカウンターの前に佇むバレストラ公爵を見るなり目を見開いてゆっくりとした動作ではあったが至極急いだ様子でカウンターへやってきた。

「こ、公爵様!」
「お、お前は・・・?」
「あ、ああ、アニタでございます!お忘れですか!ご覧下され、この・・・この金貨!貴方様に頂いたこの金貨・・・エレオノーラ様と何度も通ってくださった事は昨日の事のように思い出しますぞ」

老婆はそう言うとしわくちゃの顔をさらにしわだらけにして微笑む。その姿は変わっていたもののあの頃の面影を残し、老いてなお彼女らしさを残していた。

「お前がアニタか・・・ではそちらの者は?」
「孫のアリエッタでございます公爵様、いやはやお懐かしい・・・お二人がご結婚なされた時、娘の名前をつける練習と縁起のよい名前を探してくださりましたなぁ。ですがその時に私にはもう娘の名は決まってしまっていて、ならば孫の名前はアリエッタにせよと・・・店がつぶれそうになった時も影ながらご助力いただき・・・本当に懐かしゅうございますなぁ・・・」
「そうだな・・・そうだったな・・・」

堰を切ったようにあふれ出す思い出、辛い事でもなく、苦い記憶でもなく、温かく、懐かしい記憶。
そして、悲しい記憶。

「公爵様、貴方は何故そんなお姿なのですか?」
「わからぬ・・・だが昔を思い出したかったのかもしれんな・・・」
「昔・・・ですか」

アニタはそう言うとどこか寂しげに微笑む。そうだった。彼女も知っているのだったな。
エレオノーラ・・・。

「そういえば・・・彼女はどうしているのだろうか・・・」
「彼女?」
「うむ、弟の娘の一人が彼女に・・・エレオノーラにそっくりでなぁ・・・」
「そうですか、それはそれは・・・」

そっと目元を拭った時、自分の手が皺だらけの、良く知る自分の手になっていた。
彼女と共に過ごし、何時か彼女の元へと行くと誓ったあの日からなんとか生きてきた自分の手だ。

「ふむ・・・夢から覚めたわ」
「覚めぬ夢は悪夢だけですから・・・きっと良い夢だったのでしょう」
「そうさな・・・悪くなかった」

仮面の男がきっかけというのは気に食わないが、余は確かに夢から覚めた。夢から覚め、起きたからには生きねばならぬな。
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