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いざ行かん、リットリオ

初日はこうして終わった

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袋の中身に四人で感嘆の声を漏らしつつしばらく話し合って見たがその内クラウンが最初に控え室の席を立った。

 「おう、もう行くのか?」

 「ああ、俺もう引退するわ。」

そういうクラウンの言葉を誰も不思議がらない。彼の年齢を知っているワケではないがおおよその見当は着いていたからだ。
もう体は盛りを過ぎて良く言って30歳、下手すると40以上。苦労が絶えなかったのか笑みを浮かべる顔には皺が深く刻まれていて、帽子の下には白髪も混じっている。

 「仕方ないさ体力勝負だからな。これからどうする?」
 「そうさな、火には自信があるから・・・魔法の教室でも開くかな。」
「面白そうだな、鼻とか口から火が出せるようになったら大道芸人もできるぜ。」

 俺の軽口にクラウスは苦笑し、それじゃあドラゴンじゃねえかと零し笑顔で闘技場を後にした。
 最後の一華は四位、万年敗退の彼にとって始めての勝利でありこれから先の生涯で何度も話すことになるであろう伝説の男のデビュー戦を選手という立場で知る数少ない一人となる。

 「ヴォルカン・・・か、変わった男だな。」

 悪い気はしない、そう思わせるものが彼にあった。不敵な笑みと若者らしくない落ち着いた佇まいにクラウンはまるで良い夢でも見たように浮かれた気持ちで街の雑踏にまぎれて行った。

 「クラウンが引退か、寂しくなる。」
 「良いヤツだったがな。」

クラウンの背中が控え室の窓から覗く風景と化してからビーストテイマーが呟く。

 「新人のころからの付き合いだったわね。」
 「ええ、珍しい人よ、お人よしで。」

ヒューイも他人事のように言っているが何処となく寂しそうな表情を見せていた。

 「とりあえず私も帰るよ。今回は稼がせてくれてありがとうね。」

 次に席を立ったのはビーストテイマー。出場時に着ていたローブよりも粗末なローブに替えて帰り支度を進めるとそそくさと帰って行った。

 「あのローブは私物じゃなかったのか。」
 「そうよ、衣装はある程度キャリアが長くなると貸し出してくれるのよ、賭け人気が高くなるようにね。」

 派手な刺繍を施されたローブは布のいい高級品であったがなるほどそれなら納得だ。
クラウンと同様に賭け人気の低い彼女の人気では貰える報酬も少ないだろう。
しかしながらだからといって出場選手がみすぼらしい格好をしていては人気が落ちる。服装に投資が要るが収益に関わるので仕方ないことだろう。

 「出場を決めたときにいろいろ言われたのが今になって理解できたな。」

おそらく無鉄砲な若者が幾人も門を叩いては戦士に叩き伏せられて現実を目の当たりにし、借金をこさえて放り出されてきたのだろう。

ある意味あの厳しさはある意味優しさとも取れる。

 「オール・オア・ナッシングか・・・。」
 「なによそれ?」
 「栄光か破滅か、華々しい表舞台で活躍する戦士の一人が自分達の生きる世界を端的に現した言葉だ。」
 「やっぱりこういう世界ってどこも同じなのね。」

ヒューイはそう言うとふうっとため息をついた。彼はまだ若いし実力もあるがそう遠くない未来に全盛期を迎えるだろう。彼はちょうど駆け出しほど若くなく、ベテランほど年齢を重ねていない脂の乗った時期にさしかかっている。

 「なあ、ヒューイ。」
 「なによ、改まって。」
 「呑みに行かないか?」

ちょうど縁も出来たことだし、付き合いの長くなりそうなヒューイを捕まえておこうと思った。

 「いいわよ、ちょうど懐もあったかいしね。」
 「ああ、付き合ってくれるなら奢るよ。」

 彼はバカじゃないし、気性も悪くない。友人くらいにはなれるだろうと声をかけると本人も笑って了承してくれた。俺の闘技場初デビューは戦っていたときの賑やかさとは裏腹にこうしてひっそりと幕を下ろしたのだった。
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