194 / 316
第18章―虚ろな心―
5
しおりを挟む夜も深まる頃、誰もが眠りにつく真夜中。タルタロスの牢獄にある塔の天辺に一羽の黒い鳥が舞い込んだ。黒い鳥は姿を現すと幽閉されている父親、カマエルに話しかけた。
「お父上、例の計画ですが順調に進んでおります。今回の計画には獣族と鳥人族に協力を煽りました。どれも父上の古き友人ばかりです。この計画が外部に漏れる事はないでしょう。それに彼らも焦っております。彼らも私と同様に同じ思いを抱えております」
黒いローブを纏った男は、牢屋の中に囚われているカマエルに報告した。
「ご苦労であった息子よ。では、引き続き計画を進めるのだ」
「御意…――!」
男は、父の話しに跪いて返事をした。
「この計画には彼らの助けと協力が必要です。そして、この計画は天界の方にはまだ見抜かれておりません。ですので出来るだけ早く計画を進める為にも今暫くご辛抱下さい」
「お前には迷惑をかけるな――」
「いいえ、全ては父上のご帰還の為でございます。貴方様の身体は長い地上での束縛により。体力ともに落ちて今ではその体は蝕まれております。一刻でも早く天界にご帰還して、ラファエル様の治療を受けなくてはなりません。ラファエル様だけには、すでに話しておりますのでご安心下さい」
息子の話しにカマエルは、そこでジッと考えこんだ。
「本当でしたら誰にも頼らずに貴方様をこの牢屋から出して差し上げたですが、この牢屋には目には見えない強力な呪文が施されております。残念ながら、我ら鳥人族や半獣族や天使でさえも、この呪文がかけられた牢屋に触れる事は敵いません。この牢屋に触れることは、人間族でしか触れられないのです。さらにこの牢屋を開けるには――」
「息子よ、解っておる……。この忌まわしい牢屋こそが我が肉体を内側から蝕んでおるのじゃ。出来ればこの牢屋を自身の力で打ち破りたいが、それは敵わん。それにここでは、どんな能力も封じられる。悪の力は巨大だ。そして、その力を操る者の手により。この牢屋には強力な呪文がかけられておる。やはりお前の言ったとおり、あれを手に入れるしかあるまい……」
誰もいない塔の天辺でカマエルと黒いローブを纏った男は、神妙な顔で密会を重ねた。彼らはそこで、ここから脱獄するための密かな計画を企てていた。
「では、私は引き続き計画を進めます――」
彼は父にそう言い残すと、黒いローブを翻して後ろを向いた。するとカマエルは一言彼に話しかけた。
「息子よ、お前は何か内に秘めていることがあるな?」
「私がですか……?」
「ああ、そうだ。その浮かない顔こそが、私に言いたげな表情をしている。隠しても私にはわかるぞ」
「――やはり父上は、全てをお見通しのようです。では私ごとですが、お父上に話したいことがあります」
「それは何だ?」
「私は父上を助ける為に地獄門を叩いて来た次第です。計画を無事に成し遂げる為にも、それなりの犠牲を払ってでもこの計画を進めるつもりでした。しかし、いざ犠牲者を出したとなると、私はどうも浮かないのです」
「そうか…――」
「しかしその犠牲は必要だっただけの事だ。決してそれはお前のせいではない。それにその犠牲となった魂は、すでに冥界へと行くはずだった魂だ。いずれは業火の炎に焼かれるとなる身だった。そして、その犠牲となる魂を選んだのは運命のノルンの天秤。お前はミカエル様がお持ちになっている天秤で、魂の善し悪しを秤っただけのことだ。最後にそれを決めたのはノルンだ。しかし、選ばれた魂が最後の行く末をたどるのは誰にもわからない。そして、その魂がどんな最後の審判を受けたかもな…――。それがミカエル様がお持ちになられているノルンの天秤の力だ。ノルンの天秤を決してあなどるではないぞ。ミカエル様がお持ちになっている天秤は、すべての生きるモノの魂の大罪を見透しておるのだ」
「父上――」
彼はその言葉に沈黙してうつ向いた。
「息子よ。そのような事を話すのは、お前の心に迷いが生じているからだ。少しでも迷いがあるのなら、引き返すことだって出来る。どのみち私の身体はここで朽ち果てる運命にある。ならばお前はお前の道を進むがよい。私に構うな――」
カマエルは自分の息子にそう諭すと瞼を閉じて沈黙した。彼は父のその言葉に再び決意を固めた。
「いいえ父上! 私は引き返すことなど考えておりません。前に突き進むだけであります。それが我が道なら、どんなイバラの道でも切り開きましょう。どんな手を使ってでも、父上を見捨てたりはしません!」
「息子よ、ならば私はこの身が朽ち果てるまでお前のその言葉を信じよう――。さあ、行くがよい。もうすぐ夜明けが訪れる。お前の姿は決してだれにも見られてはならぬ。姿を消して、息を殺し、すべてを欺く者となれ」
「ハッ…!」
「さあ、行け…――!」
父のその言葉に男は、強い志を内に秘めて翼を広げてそこから飛び立った。人から鳥の姿へと変身すると彼は小さな天窓から天へと向けて飛び去った。そしてその姿は闇の中へと紛れた。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎
って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!
何故こうなった…
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
そして死亡する原因には不可解な点が…
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています
おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。
魔がさした? 私も魔をさしますのでよろしく。
ユユ
恋愛
幼い頃から築いてきた彼との関係は
愛だと思っていた。
何度も“好き”と言われ
次第に心を寄せるようになった。
だけど 彼の浮気を知ってしまった。
私の頭の中にあった愛の城は
完全に崩壊した。
彼の口にする“愛”は偽物だった。
* 作り話です
* 短編で終わらせたいです
* 暇つぶしにどうぞ
乾坤一擲
響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。
これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。
思い付きのため不定期連載です。
続・異世界温泉であったかどんぶりごはん
渡里あずま
ファンタジー
異世界の街・ロッコでどんぶり店を営むエリ、こと真嶋恵理。
そんな彼女が、そして料理人のグルナが次に作りたいと思ったのは。
「あぁ……作るなら、豚の角煮は確かに魚醤じゃなく、豆の醤油で作りたいわよね」
「解ってくれるか……あと、俺の店で考えると、蒸し器とくれば茶碗蒸し! だけど、百歩譲ってたけのこは譲るとしても、しいたけとキクラゲがなぁ…」
しかし、作るにはいよいよ他国の調味料や食材が必要で…今回はどうしようかと思ったところ、事態はまたしても思わぬ展開に。
不定期更新。書き手が能天気な為、ざまぁはほぼなし。基本もぐもぐです。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う
まと
BL
色々と煩わしい為、そろそろ公爵家跡取りエルの取り巻きをこっそりやめようかなと一人立ちを決心するファヌ。
新たな出逢いやモテ道に期待を胸に膨らませ、ファヌは輝く学園生活をおくれるのか??!!
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる