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第17章―天上の刃―

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――タルタロスの牢獄では、看守達が逃げた囚人の捜索にあたっていた。彼らは長時間、外で松明を持ちながら捜索をしていたので、あまりの寒さに誰もが心身ともに疲れきっていた。そんな最中、東の監視塔にいたジュノーは、一人で監視を続けていた。遠くの山を見ていると、向こうの空から誰かが向かって来るのが見えた。目を凝らすと竜に乗ったハルバートの姿が見えた。ダモクレスの岬から竜騎兵の一行が戻って来たのを確認するとジュノーは他の監視官に連絡した。

 連絡を受けた他の監視官は直ぐにサイレンを鳴らすと、外にいた彼ら達に合図を送った。看守達はサイレンの音に足を止めると捜索するのをやめて城の中へと戻った。ジュノーは監視塔からハルバートの姿だけを確認したが、他の部下達の姿がないことに気がついた。周りを見渡しても彼の姿しかなかった。ハルバートは、城の敷地内に着地すると竜の背中から降りた。どこか機嫌の悪そうな表情で苛立っていた。城で待機していた竜騎兵の隊員達が急いで駆けつけると、そこで不機嫌そうに一言話した。

「お前ら、竜を頼む! 俺は部屋に戻って寝るから起こすなよ!」

「ハルバート隊長。他の隊員達は?」

「知るかよそんなの。俺に一々聞くな!」

「で、ですが…――」

 一人の隊員が心配そうに仲間のことを尋ねてくると、ハルバートは睨みつけるなり、ウザそうな態度で突き飛ばして文句を言い放った。

「うるせぇ邪魔だ退け! 俺は今、無性に腹が立ってんだ!」

 目の前にいた隊員を突き飛ばすと、ズカズカと歩いて行った。

「どいつもこいつも、クソッタレだ! この俺を当てにしやがって! 何が竜騎兵の隊長だ! そんなもん、やってられるか! こともあろうかファルクの野郎どもに殲滅されかけただと…――!? ふざけるな! まさかこんなに弱小揃いの隊員ばかりだとは思わなかったぜ! ああ、クソッ! 胸くそ悪いぜ!」

 ハルバートは怒りに奮えながら愚痴を溢して、苛立ちながら歩いた。装備していた武器を地面に投げ捨て、着ていた鎧も、そこら辺に無造作に投げ捨てた。彼は完全に頭にきている様子だった。城で待機していた部下達は逆鱗に触れまいと無言で後ろからついて行った。地面に投げ捨て装備品を全て回収すると、彼らはヒソヒソと立ち話をした。

「あれはヤバいな。ハルバート隊長、荒れるぞ?」

「ああ、もの凄くキレてたな。触らぬ神に祟り無しだ。取り合えず近づくのは、よそうぜ!」

「ああ、そうだな。その方がいい。とばっちり喰らうのはゴメンだ」

 そこにいた3人の隊員達はヒソヒソ話をすると、ハルバートが奥の階段を降りて行くのを黙って見届けた。

「――ところで、ダモクレスの岬に向かった他の隊員達の姿がまだないよな?」

「ああ、リーゼルバーグ隊長の姿もない。一体どうしたんだ?」

「そうだよ。逃げた囚人もどうしたんだ? まさかハルバート隊長だけ、一人で戻って来たのか?」

 3人は全くわからない状況の中で他の隊員達の安否が気掛かりだった。

「でも、なんかハルバート隊長。体とか傷だらけだったな。ダモクレスの岬で、何かあったのかな?」

「…………」

 3人はそこで不穏な空気に包まれると考えることを止めた。そんな最中に再びサイレンが鳴った。3人の隊員は辺りを見渡すと、南東から向かってくる竜騎兵達の姿を目で確認した。

「あっ…! あれはリーゼルバーグ隊長と他の隊員達だ!」

「よし、俺達も早く出迎えに行こうぜ!」

 3人は塔の端まで急いで走ると仲間達を出迎えに行った。リーゼルバーグと、生き残った隊員達は、空から真下に向かって着地した。そこで3人の隊員達が目にしたのは、悲惨な光景だった。戻って来た隊員達は多数の負傷者が出ていた。中には、矢で重傷を受けた者達もいた。そして、全身に矢が刺さって瀕死の者もいた。戻って来た者は皆、傷だらけだった。ただならぬ事態に彼らはそこで絶句しながら動揺すると、中にいる者達に助けを求める為に一人は慌てて城の中へと戻ると助けを呼びに行った。そして、間もなくすると中にいた看守や、医療部隊達が慌ただしく駆けつけにきた。駆けつけにきた者達は誰もが驚いて動揺した。

 普段とは違う見慣れない光景に辺りは一瞬で騒然となった。医療部隊達は、傷だらけで瀕死の重傷を負った隊員や、重傷を負った隊員達を次々に担架に乗せると、急いで医療室へと運んで行った。気絶しているユングや、背中に傷を受けたマードックも担架に乗せられると医務室に運ばれた。緊張感が漂う中、リーゼルバーグはハルバートに代わって全体の指揮をとった。待機していた部下達は彼の所に向かうと一体何があったかを尋ねてきた。リーゼルバーグは、何も知らない彼らに説明した。

「帰還の最中、鳥人族の連中に我々は襲撃にあったのだ。命辛辛助かったもの、敵の矢で撃たれて死んだ者もいる。そして、矢で撃たれて負傷者した者もな」

「そうですか……。それは大変でしたね、隊長?」

「まあな。あと逃げた囚人についてお前達にも話しとく。脱獄した囚人は、途中の山間で凍死して死んでいたのを見つけた。我々がダモクレスの岬に行くまでもなかった。良いかお前達、この事を看守の奴らにも話しとけ。もう捜索は終わりだと伝えろ――」

「ハッ!」

 3人はそこで返事をすると一斉に敬礼をした。そして、彼らは建物の方へと足早に向かった。するとリーゼルバーグが一人の若い隊員に後ろから声をかけた。

「そこのお前、こっちに来い!」

「リーゼルバーグ隊長。どうしましたか?」

「お前に聞く。ハルバートを見なかったか?」

「ああ、ハルバート隊長でしたから先ほど一人でご帰還されましたよ。虫の居所が悪いらしく、誰も部屋に来るなと言っていました」

「――そうか、わかった。引き留めてすまなかった。もう行ってもいいぞ」

「ハッ!」

 そう言って若い隊員は敬礼をすると、再び2人の所へと戻った。負傷した隊員達は全員、担架で医務室に運ばれた。無傷だった隊員達は後片づけにおわれた。彼らはワイバーンを竜小屋に戻したり。落ちている武器や、装備品を回収したりして慌ただしかった。そんな中、ケイバーやギュータスは話しながら意気揚々と歩いて戻って行った。リーゼルバーグは彼らを引き留めることもなく、そのまま戻らせた。そこで疲れた様子でため息をつくと、空を見上げながら今日の一日の事を振り返った。たった一日で色々な事がありすぎた。少なからず疲労感を感じると、降り注ぐ雪の景色を眺めながら建物の中へと入って行った――。

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