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第16章―天と地を行き来する者―
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しおりを挟む――天上に白い雲が行き交う。風に漂う雲は時の流れを感じさせていた。少年は一人で草原に佇みながらジッと空を見上げた。青い空はどこまでも果てしなく蒼穹の彼方には鳥達が羽ばたいて飛んでいた。その自由な姿に少年は彼を重ねて眺めた。そんな少年の姿を見守り続けている青年は、物陰からそっと見つめた。その表情はどこか切なさが滲み出ていた。彼は宮殿の外から庭に出ると、不意に話しかけた。
「待ってもあの者は来ませんよ。きっとどこかに出歩いているんでしょう。彼は貴方様には見向きもしません。それが本来の形なのですから――。彼は興味本意でハラリエル様に近づいたのです」
ラジエルは片手に本を持ちながらハラリエルに話しかけた。その言葉に、彼は寂しそうな目をした。
「わ、わからないよ…――」
「何がですか?」
「ラジエルの気持ちが、ボクにはわからない……」
「私がですか?」
「ねぇ、ラジエルはラグエルが嫌いなの…――?」
ハラリエルはその事を尋ねると、彼の顔を見つめた。
「ええ、嫌いです――。そもそもあのような者と仲良くすること自体が、本来は間違ってるのです」
「ど、どうして……? ボクはラグエルが好きだよ? ラグエルだけじゃなく、ラジエルや他の皆も好きだよ……? ラグエルはきっとラジエルや他の皆とも、本当は仲良くしたいと思ってるはずだよ」
「ハラリエル様……」
彼は呆れた様子で鼻で笑った。
「――やめましょう。そう言った会話は、私は好きではありません」
「ラ、ラジエル……」
「仮に彼がそれを望んでいても大概の者は彼とは仲良くしたくはないでしょう。貴方様は何もわかってはいないのです。今から遥か数千年前、天魔大戦であの時、何が起きて何が失われ、誰が悲しみ、誰が傷つき、その嘆きの終止符に誰が犠牲になったかを――。彼はそのうちの一人です。監視する側が、あの者に手を貸した。その大罪は烙印の如く、今も彼に付きまとっているのです。何より蔑まされていることがその証ではありませんか。我ら天使の掟の中で、もっとも重い罰は裏切りです。彼はそれを犯したことにより罰を受けている。ただそれだけのことです――」
ラジエルは淡々とその事を彼の前で話した。ハラリエルはその話しを聞くと、悲しい表情を見せた。
「だからラジエルは彼を嫌うの…――? ボクはそんなの悲しいと思う。全ての窓は閉まっていても、一つくらい窓は開いてて欲しいと思うよ。例えそれが許されないことでもボクは受け入れる側でありたい。そうじゃなきゃ悲し過ぎるよ」
「ハラリエル様…――」
彼はその言葉に心が揺れた。
「汚れなき純粋――。私は貴方様のその純粋な心が、胸に突き刺さります。私もかつては貴方様みたいに純粋だったのでしょうか…――? そうだとしたら私はもう純粋な心ではなくなったのかも知れません」
彼はそう話すと、どこか悲しげな瞳で遠くを見つめた。
「ラジエル……。どうしたのラジエル…――?」
ハラリエルは彼の手を取ると話しかけた。するとラジエルは、悲しげな表情で視線を向けた。
「私は貴方様に――」
「ラジエル……?」
「言え、何でもありません。少し気分が優れないので部屋に戻ります」
彼はそう告げると掴んできた手を振りほどいた。
「どうしたのラジエル…――?」
ハラリエルは心配した様子で話しかけた。でも、彼は振り返ることもなく無言でその場から離れると自分の部屋に戻って行った。
「ラジエル……」
部屋に戻って行く彼を目で追うと自然と体が動いた。そして気がついたら独りでに足が彼の部屋に向かっていた。扉の前に佇むとノックしようか迷った。暫く迷った末にハラリエルは恐る恐るドアをノックして叩いた。
「ラ、ラジエル……? ラジエル大丈夫?」
声をかけてみるが部屋の中からは返事がなかった。ハラリエルは心配になると部屋の中に入った。
「ラジエル…――?」
部屋の中に入ると、彼は眼鏡をはずして椅子の上で眠っていた。膝元には読みかけの本が置いてあった。ハラリエルは椅子の上で眠っている彼を黙って近くで見つめた。少し顔色が優れない彼を心配すると、傍に寄って手もとに触れた。
「ラジエルごめんなさい……」
ハラリエルは眠っている彼にヒッソリと話すと、静かに部屋を出て行った。
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