冷たい月を抱く蝶

成瀬瑛理

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第3章―偽りの家族の肖像―

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 11歳の誕生日を迎えるその日の前日、私は彼の前でピアノを弾いた。彼はバッハの曲『主よ人の望みよ喜びよ』と言う曲が好きだった。私はお義父様を喜ばそうと、ピアノで習ったその曲を彼の前で弾いた。

 ガッカリさせないよう鍵盤に向かって一生懸命ピアノを弾いた。暖かい日差しが射し込む窓辺で、私は鍵盤を指先で鳴らす。音を一つ一つ紡ぐように、かろやかで優雅な旋律の音色を奏でた。

 深みがある音色は、綺麗な音を響かせた。その旋律は心が愛に満たされるような、とても暖かな響きだった。 私は父に感謝の思いを込めて弾いた。お義父様は椅子に座ったまま、私の方をジッと見ていた。

 時おり目を瞑って、その旋律を穏やかな表情で聴いているようだった。最後まで弾き終わると指先を止めた。父は私のピアノの演奏を聴き終わると暖かな拍手をしてくれた。そんな父の拍手に、私はピアノの前で顔が少し照れた。

「素晴らしいよ、瞳子……! お前の奏でた旋律は綺麗な音色だった。きっと日頃の練習のおかげだろう。私は久しぶりに感動したよ」

「まあ、お義父様ったら……! でも、今日は私のピアノを聴いてくれてありがとう! お義父様はいつもお仕事で忙しいから、私のピアノを聴いてくれるか不安だったの。お義父様が少しでも、リラックスしてくれたら私はそれだけ嬉しいわ」

「瞳子。お前は本当に思いやりのある子だ。私はそんな優しい子に育ってくれて嬉しいよ」

「ほ、本当に……?」

「ああ、私の可愛い瞳子。お前は自慢の娘だ。血は繋がってはいないが、お前は私のたった一人の家族だ。これからも私の傍にいてくれ――」

「お、お義父様……!」

 私はその言葉に嬉しくなると、椅子から立ち上がって彼の元に駆け寄って抱きついた。
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