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再会

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 翌日は朝から土砂降りの雨だった。
 何かを悼むように降り頻る様子に、宿から空を見上げるアーサーも憂鬱な気分になる。

 今日はいくつか市場や商店を周り、食糧の流通度合いを確認しようと思っていたが、この天気では屋台も皆閉じているだろうと、アーサーはリラに会いに城に行く事にした。

 ルロウから連れて来た自慢の白馬を、宿の物置に残し、辻馬車で城に到着すると、出迎えたのはリラではなく、いけすかない側室だ。

 アーサーは眉間の皺を深くした。

「いらっしゃいませ!アーサー様~」
「リラはどこだ」
「それが昨夜から姿が見えなくて~」
「なんだと?!」

 グロリアの後ろにはセラフィスが、所在無さげにそわそわと佇んでいる。
 それを見たアーサーは、カッとして城中響き渡るような声でセラフィスを責めた。

「こんなところで何をやっているのです?リラが居なくなったとは何事ですか!何故探しに行かないのです?!」
「あ、いや勿論、城中の兵士が隈なく探しています。俺はここで指揮を取っているので……」

 ルロウとモルトワは領地こそ同等だが軍事力は圧倒的にルロウが上回り、戦争でも仕掛けられたらひとたまりもない。そんな中でも、セラフィスは精一杯の虚勢を張って背筋を伸ばそうとするが、結局アーサーの気迫にジリジリと後ずさった。

「あの子はちょろちょろとすぐ居なくなるんです。私の部屋にご案内しますので見つかるまでお待ちになって」

 思った以上のアーサーの怒りに、ほんの少し怯えながらグロリアがそう言うが、アーサーは無視を決め込み返事もしない。

「コランは?」
「今、リラ様の捜索に出ております」

 控える兵士が答える。それなら自分も、とアーサーは踵を返した。

「アーサー様!待って」

 慌てて腕に取り縋るグロリアに驚いたのはセラフィスだ。

「何をしている!グロリア!失礼だろう!」
「貴方には関係ないことよ!」

 キッとセラフィスを睨み、アーサーに向き直ったグロリアは手に持っていた小さなアトマイザーを気付かれないよう彼の服に噴射した。

「……っ?」

 くらりと蹌踉めくアーサー。
 そんな彼を支えてグロリアは大声で侍女を呼ぶ。

「アーサー王子の体調が優れないわ!誰かすぐ私の部屋に運んで!」
「はい!」
「まて、グロリア!何故お前の部屋なんだ?」
「そんな事を言ってる場合?早くリラを探さないと、どこかで野垂れ死んでるかもしれないわよ?それにアーサー様に万が一があったら、それこそ攻め込まれるんじゃない?彼の事は私に任せて早く行きなさい」
「くっ」

 セラフィスは、何か言いたげに口籠るが、グロリアの言う事ももっともだと判断し、王子を頼むと言い残しその場を去った。

「お任せください」

 グロリアは嬉しそうに微笑むと、殆ど意識を無くしているアーサーを愛しそうに抱きしめた。








 リラが目を覚ました時、辺りは闇に包まれていた。
 何も見えず、身体も動かず、声も出ない。頭さえ、まだはっきりしない状態で、彼はしばらくこの状況について考えていた。

 確か兄さんと別れて部屋に戻ろうとしたんだよな。変な匂いがしてそれから……
 そこからぱったり記憶がない。

 リラは少しずつ暗闇に慣れてきた目で周りの様子を伺った。
 無機質な石で設えた天井。壁も同じで、そこに薄っすら見えるのは簡素な机と……ドア?
 首が動かせないので目だけをキョロキョロとさせ様子を伺うが全く知らない場所である事は間違いない。

 攫われたとしたら絶対犯人はグロリアだ。戻ったら右手もへし折ってやる。
 そんな物騒な事を考えていたリラはドアの開く音に動かない身体をぴくりと粟立たせた。

「リラ?」

 この声……
 扉の向こうで聞こえたあの声だ!

「セラフィス……」

 大声を出したつもりがカサカサと掠れ、弱々しくなったそれを彼はしっかり受け止めて、もう一度リラ、と愛しそうに呼び返す。

「リラ、セラフィスは次期国王になる者の名だ。もうそれは私の名前ではない。兄王子とでも呼んでくれ」

 何を言っているのか。名前を奪われたとはどういう意味だ?リラは混乱しながらも、ひとまず小さく頷く。

「兄王子、ここはどこですか?」
「私の住む塔だよ。コランが連れて来た。君を匿うために」
「塔……」

 リラの脳裏にアーサーやコランと訪れた、森の奥にあった寂しい建物が浮かぶ。

「匿う?僕全然記憶が無くて……」
「グロリアが君を薬で眠らせたんだ。そして兵士に君を森に捨ててくるよう指示した」
「森?!」

 とんでもない事だ。獣があんな沢山いる森に眠ったまま捨て置かれたら、あっという間に餌食になる。

「それをどうしてコランが?」
「命じられた兵士がコランに相談に来たそうだ。その兵士は君付きのモネという侍女の恋人らしくて君を彼女の命の恩人だと言ってたよ」
「そんな……」

 恩人だなんて。結局モネの腕は奪われてしまったのに。

「生きていると知られたら今度こそグロリアはリラに止めを刺しに来る。セラフィスの捜索隊もかなり大掛かりだし、体制が整うまでここで預かる事にした。アーサー王子に連絡が取れたらすぐ祖国に帰れるようにしてくれるだろう。それまで不自由かけると思うがここで隠れていてくれるか?」
「はい。ありがとうございます」
「少し声が戻って来たね。水でも飲むかい?明かりをつけるね」

 言葉遣いは若々しいのに相変わらず老人のような兄王子の声にリラの心臓は波打つ。目の前に現れる姿はあの時のセラフィスではないだろう。

 程なく部屋が薄っすらと明るくなる。首を捻るとテーブルに置かれた蝋燭が眩い灯りをともしていた。そしてその側に背の高い男の影が浮かび上がる。
 ……体格は城にいる弟王子と似ている。さすが双子だ。けれど灯りに照らされたその顔には深い皺と苦悩が刻まれており、声に違わず老人のような見た目だった。

「どうして……?まだ20代でしょう?」
「ああ、驚かせたね。グロリアの薬のせいだ。彼女の作る薬はとんでもない効果があるんだよ」
「まるで魔法使いみたいですね」

 リラの言葉に兄王子は少し笑った。

「本当だね。確かに昔この大陸には魔法使いがいたんだよ。リラは聞いた事ないかもしれないが、モルトワにも伝説が残ってる。グロリアが魔法使いならすごい事だが余計に勝ち目はないね」

 他人事のように自嘲する兄王子にリラは例えようのない寂しさを感じた。

「どうして何もかもを諦めてるの?」
「……」
「昔、僕を励ましてくれたセラフィスはそんな風に笑う人じゃなかった。立派な王になるってあんなに頑張ってたのに」

 そこまで話して、リラはハッと目を瞠る。

「どうやって僕はこの塔の部屋に入ったんですか?」
「……コランが鍵を持っている」
「何故逃げないんですか?!」
「……」

 ああ、やっぱり。
 この人は本当に全ての気力を無くしてしまったんだ……




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