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「ああ、良い天気だな」
部屋の窓から外を眺め、リラは呟く。
祖国にいたらこんな日は母と一緒に庭でお茶を飲んで料理人の作った甘いお菓……
「リラ!!」
……また来た。
いつもの如くノックもなしに突然部屋に入って来たセラフィスは酷く不愉快そうだった。原因はすぐ分かる。何しろ隣には腕を布で吊ったグロリアがいたから。
「なんて事をしてくれたんだ!問題を起こさないでくれと言っただろう!」
「そちらが先に暴力を振るいました」
「それでもだ!後から来たんだからずっと側室としてこの国を切り盛りして来たグロリアに敬意を持って接しなさい」
「この国を?グロリアが?」
「呼び捨てにするなって言ったわよね?!」
さっきまでのしおらしさは影も形も無くなったグロリアが叫ぶ。前より偉そうになってない?メンタルがゾンビみたいとリラは心の中で毒付いた。
「リラ」
「はい」
「頼むから大人しくしててくれ。何でも買ってやるから」
「僕をグロリアなんかと同列に扱わないで」
「このクソガキ!」
「グロリア黙ってろ。なあリラ、何が気に食わないんだ?」
「聞いて良い?」
「何だ?」
「どうして僕と結婚したの?」
「好きだからに決まってるだろ」
「じゃあ今日から僕に皇太子妃としての権限を下さい」
「……それは、もう少し待ってくれ。リラはまだ若いし……」
途端に歯切れ悪くなるセラフィス。ああ、このもう少しは一生来ない奴だ。そうこうしているうちにグロリアに毒でも盛られて殺されるんだろう。
「もう一つ、最後に教えて。セラフィスはグロリアに全て任せておけばいいと本気で思ってるの?」
「ああ、グロリアは良くやってくれてる」
「使用人に酷い罰を与えることも知ってる?」
「使用人の躾も女主人の仕事だからな」
女主人?
後ろでニヤニヤと下品な笑顔を見せるグロリア。セラフィスがそんな考えなら、もうリラにこの国でするべき事は無い。
「……そう。分かった。大人しくしてるよ」
「分かってくれたか!いい子だリラ」
抱きしめようと伸ばされた腕をすっと避けてリラはセラフィスに背中を向けた。
「昼寝するからもう出てって」
「分かった。また明日の夜に来る」
「は?セラフィス!?許さないわよ!」
「いいから、戻るぞ」
きいきいと喚き立てる声がこの国の最高権力者の男と共に遠くなる。
リラは自分の荷物を取り返したらさっさとルロウに帰ろうと心に決めた。
その日の夜。意外な人物がリラの部屋を訪れた。
「アーサー兄さん?!」
「久しぶりだなリラ」
兄に抱きしめられたリラはうっかり泣いてしまいそうになる。
「何でここにいるの?」
「リラの結婚式を見に来たに決まってるだろ」
「あ……見たの」
「見た」
その後二人はしばらく何をどう言えばいいのか考え込む。
「酷かったな」
「酷かったよね」
二人同時に発した言葉は、これもまた同じようなものだった。それはそうだろう。一周回ってもう喜劇だ。いや、まだお芝居ならマシだ。幕が下りれば役者は普通の人に戻る。だがグロリアは素の状態であれなのだ。
「でもリラはとても可愛かったぞ。ルロウに戻ったら記憶を頼りに宮廷画家に姿絵を描かせて全国民にお披露目しようと思ってる」
「え!やめて!僕すぐに出戻りするから!」
「……そうか。そうだよな。でも勿体無いな。じゃあ宮廷にこっそり飾ろう」
「う……うん、それなら。それよりごめんなさい。あんなに反対されたのに言う事聞かないでこんな事になって」
「いや、こっちこそあの女の噂は聞いてたのに。昔からセラフィスが大好きだったお前にはどうしても言えなかった」
「いいんだ、もう」
側室の一人や二人、勿論ショックではあるけど仕方ない部分も理解している。自分が王妃では後継は望めないのだから。けれどリラが悲しかったのはセラフィス自身があんなに変わってしまった事だ。
「それでも市井は豊かで皆がいい暮らしをしてるようだったぞ。街の側を走る大きな川にもちゃんと防災対策がしてあったし、あれは感心したな」
「そうなの?でもセラフィスが執務室にいる所なんて見た事ないよ?」
「じゃあ余程優秀な宰相でもいるんだろうな」
誰だろう。知ってる人だろうか。
「けれど王があれではこの国も先が無い。さっさと帰るぞ」
「あっ、待って!グロリアに宝石も式服も全部取られちゃって」
「はあ?俺が取り返して来てやる」
そう言うなりアーサーは立ち上がって出て行こうとする。
「アーサー兄さんがこの城にいたら大騒ぎだよ!それに部屋知らないでしょ」
「構わん。適当に使用人を見つけて案内してもらう」
「あ……」
リラはバタンと閉まるドアをなす術もなく見つめた。
アーサーは昔から何をするのも猪突猛進だ。国一番の剣の使い手で、戦があれば率先して指揮を取る。度胸もあるのでグロリアに臆する事も無いだろう。
リラは兄を信じて待つ事にして早速ルロウへの帰り支度を始めた。
「皇妃様!」
「モネ!もういいの?」
宮廷医の所で暫く休んでいたモネが部屋に戻って来た。肩からガッチリ固定されていて痛々しい。
「はい、もう大丈夫です!皇妃様のおかげです」
そう言うなりモネは跪いてリラの靴に服従のキスをした。
「モネ?」
「モネは皇妃様に命を捧げます。この先一生何があっても」
「……ありがとう。もし良かったらルロウに来ない?」
「えっ?皇妃様、国にお帰りになるのですか?」
「うん」
「そうですか……。皇妃様にとってこの国が碌でも無い思い出になってしまうのは寂しいですが、私も是非お連れ下さい。片手でも役に立ってみせます」
「分かった。じゃあ明日にでも出発しよう。準備しておいで」
「はい」
モネはお辞儀をして部屋を辞した。
入れ替わりに今度はコランが部屋にやって来る。
……今夜は慌ただしいな。
「リラ様、先ほどアーサー王子とお会いしました」
「あっ、ごめんね、驚かせて」
「いえ、ルロウに戻られるんですね」
「うん……良くして貰ったのにごめん。僕はもうセラフィスとは一緒にいられない。グロリアの思惑通りになるのは腹立つんだけどね」
リラは仕方ないと言うように苦笑いする。そんな彼にコランは意を決したように切り出した。
「会って頂きたい方がいます」
「誰?」
「ちょっと込み入った話になるので先にその方の所にご案内しても宜しいですか?」
「良いけど」
この期に及んで誰に合わせたいと言うのだろう。
「馬車を準備致しますのでしばしお待ち下さい」
そう言ってコランは出て行った。
部屋の窓から外を眺め、リラは呟く。
祖国にいたらこんな日は母と一緒に庭でお茶を飲んで料理人の作った甘いお菓……
「リラ!!」
……また来た。
いつもの如くノックもなしに突然部屋に入って来たセラフィスは酷く不愉快そうだった。原因はすぐ分かる。何しろ隣には腕を布で吊ったグロリアがいたから。
「なんて事をしてくれたんだ!問題を起こさないでくれと言っただろう!」
「そちらが先に暴力を振るいました」
「それでもだ!後から来たんだからずっと側室としてこの国を切り盛りして来たグロリアに敬意を持って接しなさい」
「この国を?グロリアが?」
「呼び捨てにするなって言ったわよね?!」
さっきまでのしおらしさは影も形も無くなったグロリアが叫ぶ。前より偉そうになってない?メンタルがゾンビみたいとリラは心の中で毒付いた。
「リラ」
「はい」
「頼むから大人しくしててくれ。何でも買ってやるから」
「僕をグロリアなんかと同列に扱わないで」
「このクソガキ!」
「グロリア黙ってろ。なあリラ、何が気に食わないんだ?」
「聞いて良い?」
「何だ?」
「どうして僕と結婚したの?」
「好きだからに決まってるだろ」
「じゃあ今日から僕に皇太子妃としての権限を下さい」
「……それは、もう少し待ってくれ。リラはまだ若いし……」
途端に歯切れ悪くなるセラフィス。ああ、このもう少しは一生来ない奴だ。そうこうしているうちにグロリアに毒でも盛られて殺されるんだろう。
「もう一つ、最後に教えて。セラフィスはグロリアに全て任せておけばいいと本気で思ってるの?」
「ああ、グロリアは良くやってくれてる」
「使用人に酷い罰を与えることも知ってる?」
「使用人の躾も女主人の仕事だからな」
女主人?
後ろでニヤニヤと下品な笑顔を見せるグロリア。セラフィスがそんな考えなら、もうリラにこの国でするべき事は無い。
「……そう。分かった。大人しくしてるよ」
「分かってくれたか!いい子だリラ」
抱きしめようと伸ばされた腕をすっと避けてリラはセラフィスに背中を向けた。
「昼寝するからもう出てって」
「分かった。また明日の夜に来る」
「は?セラフィス!?許さないわよ!」
「いいから、戻るぞ」
きいきいと喚き立てる声がこの国の最高権力者の男と共に遠くなる。
リラは自分の荷物を取り返したらさっさとルロウに帰ろうと心に決めた。
その日の夜。意外な人物がリラの部屋を訪れた。
「アーサー兄さん?!」
「久しぶりだなリラ」
兄に抱きしめられたリラはうっかり泣いてしまいそうになる。
「何でここにいるの?」
「リラの結婚式を見に来たに決まってるだろ」
「あ……見たの」
「見た」
その後二人はしばらく何をどう言えばいいのか考え込む。
「酷かったな」
「酷かったよね」
二人同時に発した言葉は、これもまた同じようなものだった。それはそうだろう。一周回ってもう喜劇だ。いや、まだお芝居ならマシだ。幕が下りれば役者は普通の人に戻る。だがグロリアは素の状態であれなのだ。
「でもリラはとても可愛かったぞ。ルロウに戻ったら記憶を頼りに宮廷画家に姿絵を描かせて全国民にお披露目しようと思ってる」
「え!やめて!僕すぐに出戻りするから!」
「……そうか。そうだよな。でも勿体無いな。じゃあ宮廷にこっそり飾ろう」
「う……うん、それなら。それよりごめんなさい。あんなに反対されたのに言う事聞かないでこんな事になって」
「いや、こっちこそあの女の噂は聞いてたのに。昔からセラフィスが大好きだったお前にはどうしても言えなかった」
「いいんだ、もう」
側室の一人や二人、勿論ショックではあるけど仕方ない部分も理解している。自分が王妃では後継は望めないのだから。けれどリラが悲しかったのはセラフィス自身があんなに変わってしまった事だ。
「それでも市井は豊かで皆がいい暮らしをしてるようだったぞ。街の側を走る大きな川にもちゃんと防災対策がしてあったし、あれは感心したな」
「そうなの?でもセラフィスが執務室にいる所なんて見た事ないよ?」
「じゃあ余程優秀な宰相でもいるんだろうな」
誰だろう。知ってる人だろうか。
「けれど王があれではこの国も先が無い。さっさと帰るぞ」
「あっ、待って!グロリアに宝石も式服も全部取られちゃって」
「はあ?俺が取り返して来てやる」
そう言うなりアーサーは立ち上がって出て行こうとする。
「アーサー兄さんがこの城にいたら大騒ぎだよ!それに部屋知らないでしょ」
「構わん。適当に使用人を見つけて案内してもらう」
「あ……」
リラはバタンと閉まるドアをなす術もなく見つめた。
アーサーは昔から何をするのも猪突猛進だ。国一番の剣の使い手で、戦があれば率先して指揮を取る。度胸もあるのでグロリアに臆する事も無いだろう。
リラは兄を信じて待つ事にして早速ルロウへの帰り支度を始めた。
「皇妃様!」
「モネ!もういいの?」
宮廷医の所で暫く休んでいたモネが部屋に戻って来た。肩からガッチリ固定されていて痛々しい。
「はい、もう大丈夫です!皇妃様のおかげです」
そう言うなりモネは跪いてリラの靴に服従のキスをした。
「モネ?」
「モネは皇妃様に命を捧げます。この先一生何があっても」
「……ありがとう。もし良かったらルロウに来ない?」
「えっ?皇妃様、国にお帰りになるのですか?」
「うん」
「そうですか……。皇妃様にとってこの国が碌でも無い思い出になってしまうのは寂しいですが、私も是非お連れ下さい。片手でも役に立ってみせます」
「分かった。じゃあ明日にでも出発しよう。準備しておいで」
「はい」
モネはお辞儀をして部屋を辞した。
入れ替わりに今度はコランが部屋にやって来る。
……今夜は慌ただしいな。
「リラ様、先ほどアーサー王子とお会いしました」
「あっ、ごめんね、驚かせて」
「いえ、ルロウに戻られるんですね」
「うん……良くして貰ったのにごめん。僕はもうセラフィスとは一緒にいられない。グロリアの思惑通りになるのは腹立つんだけどね」
リラは仕方ないと言うように苦笑いする。そんな彼にコランは意を決したように切り出した。
「会って頂きたい方がいます」
「誰?」
「ちょっと込み入った話になるので先にその方の所にご案内しても宜しいですか?」
「良いけど」
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